山田輝郎
ロート製薬・元取締役社長
(敬称略)- 出自
- 1894年に奈良県で生まれ、1920年3月に早稲田大学政治経済学部を卒業した。1949年9月のロート製薬設立と同時に取締役社長へ就いている。同月には金子栄五郎氏が専務取締役、田中貞雄氏が取締役、畑尾貞夫氏が監査役へ就いており、設立時の陣容がそのまま経営陣になった。1975年3月期の大株主は山田安邦氏13.35%を筆頭に山田安信氏7.95%・山田安定氏7.91%が並び、山田輝郎氏も5.89%を持っていた。株式を一族で分け持つ資本の裏づけがあったとみられる。
- 抜擢
- 初代社長であり、前任はいない。1899年2月に山田安民氏が始めた信天堂山田安民薬房を源流として、1949年9月にロート製薬が設立され、その時点で取締役社長に就いた。1920年3月の早稲田大学卒業から29年後にあたる。設立時の役員は専務取締役から監査役まで全員が同じ1949年9月付で、外部から迎えた役員はいない。創業家と社内の人材だけで法人の体制を組んだとみられる。
- 施策
- 在任は約29年に及び、1961年10月に大阪証券取引所第2部へ上場、1964年10月に東京・大阪両取引所の第1部へ指定された。1975年8月には倒産した近江兄弟社から軟膏「メンソレータム」の商標使用権を取得している。単体売上高は1959年7月期の26.0億円から、社長として最後の期にあたる1978年3月期には94.9億円へ伸びた。1978年4月に取締役会長へ退き、山田安邦氏へ社長を渡した。
- 評価
- 執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1964年版 経歴・学歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1978年版 経歴