仙石襄

クラレ・元取締役社長

(敬称略)

Sengoku Jo

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生年月日
学歴 東京帝国大学法学部
出自
出自
1929年に東京帝国大学法学部を卒業して大倉商事へ入り、1932年3月に倉敷レイヨンへ移った。1942年12月に取締役、1945年10月に常務取締役、1948年6月に専務取締役、1961年2月に取締役副社長へ進み、同年11月には出資先の協和ガス化学工業の社長を兼ねた。入社から本体の社長就任まで36年を数える。出身は創業地と同じ岡山県である。
抜擢
1968年8月、大原總一郎氏の後任として社長に就任した。1926年の創業から1968年まで社長は大原孫三郎氏と大原總一郎氏の2人で、大原家以外から出た最初の社長にあたる。就任前年度にあたる1968年3月期の売上高は743億円だった。専務として20年、副社長として7年を大原體制の下で過ごしており、路線を継ぐ人選だったとみられる。
施策
事業領域の広がりを受け、1970年6月に社名を倉敷レイヨンからクラレへ改めた。1969年11月にポリエステル長繊維クラベラ、1972年5月にガスバリア樹脂エバール、同年12月に鹿島工場でポリイソプレンゴムの生産を始め、同年10月には米国に販売会社を置いた。売上高は1968年3月期の743億円から退任年度の1975年3月期は1786億円へ伸びたが、石油危機で経常利益は1974年3月期の116億円から10億円へ落ちた。
評価
執筆予定
就任前(FY67)743億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料

  • Kuraray「History 1960s」 読み
  • 日本企業要覧 1969年版 経歴・学歴・出身地・生年
  • 日本企業要覧 1978年版 経歴
  • 私の履歴書 経済人16「日高輝」(日本経済新聞社、1981年) 経歴

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