決断
地元の評判で生徒を集めてきた塾が、1984年に宣伝で名前を売る立場に転じた。1981年から1983年の3年で生徒数を倍にし、授業料の半年前納で資金繰りも安定させた後、同年正月に塾として初めて全国紙へ全面広告を出し、3月には木の図柄と緑色のCIを入れ、7月に武道館で小中学生1万人を集めた。広告費を払えたのは、1984年11月期に経常利益2億2500万円を上げていたからである。小中学生が減り18歳人口が山を迎えることを見越し、ナガセは1985年から高校生向けの東進ハイスクールを直営で始めた。中央線沿線の小中学生向けの塾で稼いだ利益と知名度が、大学受験予備校へ移る元手になった。