尾山和勇
横浜ゴム・元取締役社長
社長就任までの出自
出自
慶應義塾大学理財科を1918年に出て、1932年4月に古河商事へ入社した。同社を1934年9月に退き、同年11月に横浜護謨製造へ移っている。横浜護謨製造は1917年10月に古河電気工業と米国B.F.グッドリッチの提携で設立された会社で、古河系の商社から系列の製造会社へ移った経路にあたる。移籍から12年後の1946年3月に常務取締役となった。
社長に選ばれた経緯
抜擢
常務取締役となってから9年を経た1955年8月、取締役社長に就任した。1960年版の要覧は、常務取締役・専務取締役を経て副社長に就任したと職歴を記しており、社内の段を順に上って社長へ届いている。前任者が誰で、どのような経緯で交代したかは、要覧の役員欄からは追えない。
在任中の主な施策
施策
戦後にB.F.グッドリッチとの提携を再開し、神奈川県平塚市にゴムとビニールの総合工場を完成させた。在任末期の1962年の時点では、タイヤ需要の増加をまかないながら、収益性の高い工業用品と雑貨を伸ばす方針をとっている。川崎工場内のウレタンフォーム工場はすでに稼働し、三重工場内では新しいタイヤ工場を建設中で、愛知県新城にも新工場を予定していた。設備増強は川崎・平塚・三島・三重の4工場すべてに及んだ。
新城工場建設で立て直し在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1932〜1955年
在任中の業績
就任前(FY54)90億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-