半田忠雄
エア・ウォーター・元代表取締役社長
社長就任までの出自
出自
1906年に大阪で生まれた。1931年3月に慶應義塾大学法学部を卒業し、同年4月に大倉商事へ入社した。1945年10月に同社を退き、1946年1月に大同酸素の常務取締役総務部長として迎えられた。1954年6月に営業部長を兼務し、1955年4月に専務取締役へ進んだ。新卒で入った会社ではなく、商社から役員として招かれた外部出身である。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1960年6月、1933年3月に大同酸素を興して社長を務めた藤井満彦氏が取締役会長へ回り、その後任として社長に就任した。藤井氏は1929年以来の大阪商工会議所議員で、会長として社内に残った。半田氏は入社から14年、専務取締役として総務と営業を統括していた。創業者から商社出身の専門経営者へ、日々の経営が渡った交代だったとみられる。
在任中の主な施策
施策
就任の翌年、1961年9月に東京証券取引所市場第一部へ株式を上場した。1970年10月期に78億円だった売上高は、1974年10月期に186億円、1979年10月期には282億円へ伸びた。利益は1974年10月期の経常利益16億円を頂点に細り、1979年10月期は経常損失0.14億円・当期純損失0.44億円の赤字に転落した。1980年1月に取締役会長へ退き、社長在任は19年7か月に及んだ。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1931〜1980年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-