山本啓四郎
日清紡ホールディングス・元取締役社長
(敬称略)- 出自
- 1943年9月に慶應義塾大学経済学部を卒業し、同年10月に日清紡績へ入社した。1967年6月に取締役、1969年6月に常務取締役、1972年12月に専務取締役へ進み、1973年12月に取締役社長へ就いた。1979年7月に取締役会長へ移っている。1920年生まれの東京都出身で、社長就任は53歳のときである。
- 抜擢
- 1973年12月、露口達氏が取締役会長へ移るのと同時に取締役社長へ就任した。専務取締役に上がってから1年での昇格で、取締役から社長まで6年半しかかかっていない。同じ1967年6月に取締役となった中瀬秀夫氏は常務が1970年6月、専務が1976年7月と後れており、役員へ上がった時点の同列から先に抜けた側が社長へ回る順序だったとみられる。
- 施策
- 在任は1973年12月から1979年7月までの5年半である。就任年度の1974年3月期は単体売上高1,128億円・当期純利益78億円だったが、第一次石油危機後の繊維不況で1975年3月期は975億円・39億円へ落ちた。1976年4月期には売上高952億円・経常利益48億円まで下がっている。その後は3期続けて増収となり、退任年度の1979年4月期は売上高1,269億円・経常利益115億円へ戻した。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY72)795億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1979年版 経歴・学歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1978年版 経歴
- 日本企業要覧 1974年版 経歴
- 人事興信録 第34版 下(興信データ、1987年)や 読み