中瀬秀夫
日清紡ホールディングス・元取締役社長
社長就任までの出自
出自
1947年3月に九州大学法学部を卒業し、同年4月に日清紡績へ入社した。1967年6月に取締役、1970年6月に常務取締役へ進み、1976年7月に営業本部長兼大阪出張所長を務める専務取締役となった。1979年7月に取締役社長へ就任している。1920年生まれの長崎県出身で、営業畑を歩いた生え抜きである。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1979年7月、山本啓四郎氏が取締役会長へ移るのと同時に取締役社長へ就任した。両氏は同じ1967年6月に取締役となった間柄で、12年後に社長を承継した。就任時の常務取締役は油田晴男氏が1972年12月、大原慶一氏と鐘江啓蔵氏が1977年7月の昇格で、1970年6月に常務となった中瀬氏が最も早い。工場長を経た取締役が並ぶ役員会で、営業本部長の経験者を選んだ人事だったとみられる。
在任中の主な施策
施策
就任年度にあたる1980年4月期の単体売上高は1,494億円・経常利益117億円で、前期の1,269億円・115億円から増収となった。1981年11月には館林化成工場を新設し、繊維以外の生産拠点を増やしている。1981年4月期は売上高1,629億円へ伸びた一方で経常利益は74億円へ減り、1982年4月期も1,703億円・77億円だった。役員欄に社長として載るのは1981年版までで、退任の年は資料で確認できていない。
新日本無線の子会社化在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1947〜1979年
在任中の業績 FY78→FY04
就任前(FY78)1,269億円
退任時(FY04)2,434億円
変化(26カ年)+92%
就任前-
退任時-
変化-