決断
自社で企画した商品を海外の取引先に作らせる仕組みを、創業期から持った卸であった。1988年の設立時から事業の目的に卸売だけでなく企画と製造を掲げ、ポーチやエプロン、化粧ポーチを自ら企画して販路を開拓した。1980年代後半の円高で海外への発注が難しくなると、田中仁氏は単身で中国へ渡り、地場企業と価格の交渉をまとめて取引を開始した。その結果、海外の調達経路を確保した。2000年には服飾雑貨の市場視察で訪れた韓国で日本円3000円ほどのメガネを見て、帰国後すぐにメガネ市場の調査に着手した。売場・品揃え・3万〜4万円の価格・1週間の受け取りという4つの不満を解消すれば参入できるとの判断が、2001年4月のアイウエア事業への参入につながった。