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1954年〜1990年 電電公社の専属工事会社として始まった70年

売上高と利益率の推移
売上高(億円)

「電電公社の設備拡張に対応する」── 発注者ありきで始まった会社

1954年5月、日本電信電話公社の電気通信設備拡張計画に対応することを目的に[2]、資本金3,100万円で協和電設株式会社が東京で設立された[1]。設立趣意書には「日本電信電話公社の電気通信設備拡張計画に対応することを目的として」と発注者の名前が明記されており、独立した工事会社が独自に市場を切り拓いて誕生したのではなく、戦後復興期の通信インフラ大量整備を担うために発注者の側から事実上の組成要請を受けて生まれた会社という出自を持つ。1968年刊の概略書は、電電公社が昭和28年度(1953年度)を初年度とする第一次五カ年計画を実施した結果、工事量が急増する一方でこれを請け負う工事業界の体制が十分でなく、強力な建設業者の出現が待望されていたと記し、協和電設は「この要望に応えて、昭和二九年五月、民間有力会社の出資によって創設された」と説明している[3]。発注者の設備計画が先にあり、その受け皿として民間有力会社が出資して会社をつくったという成り立ちが、当時の記録からも裏づけられる。1954年7月には建設大臣登録(ハ)第3825号で建設業者認定を受け、同月に電電公社から通信線路工事・通信機械工事・伝送無線工事の各1級資格認定を取得して、3つの工事領域の指定工事会社として営業の足場を確保した。

設立直後の9月には共同工業株式会社(資本金1,300万円)と日本電話工業株式会社(資本金600万円)を吸収合併し、資本金は5,000万円に拡張された[4]。概略書も創立直後に当時の有力工事業者であった共同工業・日本電話工業を吸収合併したと記しており[5]、設立から4ヶ月で同業3社の統合体として再編されたことになる。戦後復興期の通信工事業界において協和電設は最初から複数の前身を束ねた地域有力会社として船出した。電電公社の指定工事会社制度のもとでは、新規参入は事実上不可能で、認定を受けた既存会社の間で工事が分配される仕組みが業界慣行として定着していた。協和電設は発足と同時に電電公社から通信線路(通信土木を含む)・通信機械・伝送無線の各工事で一級資格業者の認定を獲得し[6]、東京を中心とする首都圏の通信線路・機械・伝送工事を担う地位を確立した。

電電公社の戦後の設備投資計画は1953年度から1972年度までの5ヶ年計画を4次にわたって積み上げ、固定電話の全国普及を国策として実行した。1953年の固定電話加入数は約155万件にすぎなかったが、1972年度末には3,000万件を超え、20年間で約19倍の規模となった。電話需要の急増は通信線路の物理的な敷設量に直結し、指定工事会社の受注高もこれに連動して右肩上がりで伸びた。協和電設の実績にもその連動は明瞭に表れている。発足直後の1955年10月期の完工高は6億2,000万円だったが、5年後の1960年10月期には20億5,000万円と3.3倍に達した[7]。さらに1962年10月期(1963年からは9月決算に変更)と比べた1967年9月期の完工高は131億2,100万円・受注高は141億6,000万円で、5年間で完工高は約3倍、受注高は約3.8倍に伸びている[8]。創立からわずか13年で資本金も8億4,000万円まで拡大した[9]。1968年刊の概略書はこの時期の同社について、約3%の民需を除けばほぼすべてが電電公社を主体とする官公需要で占められ、工事の部門別内訳も通信土木41%・通信線路26%・通信機械20%と通信工事に特化していたと記し[10]、当時推進中の「第四次長期計画」で発注工事量が年々増大する恵まれた条件のなか、同社を長期計画を担う工事受注業者のなかで最大手と位置づけている[11]。同書は末尾で、この分野はデータ通信など新分野への進出で高度な工事技術が要請される技術革新の渦中にあるとし、協和電設は新しい情勢に対応して発展していると評している[12]。自社で需要を生み出す余地はほとんどなく、発注者である電電公社の予算がそのまま会社の売上を決める関係は、戦後の40年以上にわたって維持された。

上場と事業領域の拡張 ── 通信工事から建設業者へ

1963年2月、設立から9年で東京証券取引所市場第二部に上場した[13]。創業期に資本市場へのアクセスを獲得した背景には、電電公社の設備投資が右肩上がりで拡大する一方で施工能力の拡張に数十億円規模の設備投資が必要だった事情がある。上場による資金調達と知名度向上は、指定工事会社内での序列を意識した動きでもあった。1972年2月には東証一部に指定替えとなり、設立18年で通信工事業界における大手としての地位を固めた[14]。同時期の1973年1月には協和通信工業株式会社と合併し、登記上の設立年月は同合併会社の1946年12月へさかのぼる形で変更された[15]。協和電設の社史でも「実質的な創業は1954年だが、登記上は1946年」という二段階の起源を持つ会社として整理されている。

1970年代後半から1980年代にかけて、協和電設は事業目的の追加を通じて受注領域の拡張を試みた。1975年11月に「設計、測量」業務を[16]、1982年12月には「情報処理に関する業務及びこれに関連する機材、機器類の販売、賃貸、修理加工」を[17]、1987年12月には「空調、衛生給排水、消防等、建築設備の建設及び保守」「上下水道、産業廃水、産業廃棄物、脱臭施設等、環境保全設備の建設及び保守」「各種散水設備の建設及び保守」を[18]、1988年12月には「調査、製造」業務を[19]、それぞれ事業目的に追加した。電電公社の通信工事のみで売上を伸ばす時代から、土木・建築・環境分野へ事業領域を拡張する時代への移行が、定款変更の積み重ねとして現れている。

ただし事業目的の追加と実態の事業拡張は必ずしも一致しない。1985年4月の電電公社民営化までは、協和電設の主力受注先は依然として通信設備工事であり[20]、土木・建築・環境工事の収益寄与は限定的だった。指定工事会社制度のもとで電電公社の特命受注に近い形で工事が分配される業界慣行は、競争入札による市場開放を準備する必要性を経営陣に意識させたが、実際の事業構造の変革は1990年代以降にずれ込んだ。事業目的の先行的追加は、来るべき市場環境の変化に備えた経営の意思表示としての性格を持っていた。

NTT民営化と「協和エクシオ」への改称

1985年4月の電電公社民営化で日本電信電話株式会社(NTT)が発足し[21]、それまで指定工事会社制度のもとで安定的に分配されてきた通信工事に競争入札が広がった。協和電設にとっては、半世紀近く続いた発注者1社依存の構造に転換期が訪れた瞬間である。NTTの設備投資は民営化後も継続したが、入札制度の導入で受注競争が激化し、価格圧力が強まった。1980年代後半は固定電話の普及が一段落し、デジタル交換機への置き換えやISDN(INSネット)の整備が始まる過渡期で、通信工事の中身も従来のアナログ回線工事から新しい技術領域へとシフトしつつあった。

1991年5月、創業時から37年間使い続けた「協和電設」の社名を「株式会社協和エクシオ」へ変更した[22]。「エクシオ(EXCEO)」は「Excellence(卓越)」「Communication(通信)」「Engineering Operation(技術運営)」を組み合わせた造語と説明されており、通信工事会社としての出自を超えて総合エンジニアリング企業として認識されたいという経営の意志が、社名そのものに刻まれた。社名変更は単なる呼称の更新ではなく、NTT民営化後の業界再編に備えた自己定義の刷新であり、通信工事一本足からの脱却を社内外に向けて宣言する性格を帯びていた。

しかし「協和エクシオ」への改称後も、収益の主柱はNTTグループ向け通信工事から動かなかった。1990年代の通信業界では携帯電話の急速な普及とインターネット商用化が進み、NTTドコモ(1992年分社)の携帯基地局工事や光ファイバー回線の敷設工事が新しい受注源として立ち上がった。協和エクシオはこれらの新領域工事でも指定工事会社の地位を維持し、NTT東西・NTTドコモを主要顧客とする構造を継続した。社名は変わっても、発注者は変わらない。これが1990年代半ばまでの協和エクシオの姿であり、本格的な脱通信キャリア依存への構造転換は2000年代以降に持ち越された。

1991年〜2018年 多角化と全国統合の20年 ── 通信工事会社からインフラサービス会社へ

売上高と利益率の推移
売上高(億円)

昭和テクノス合併と事業領域の本格拡張

2001年4月、協和エクシオは株式会社昭和テクノス(資本金1,481百万円)を合併し、資本金は6,888百万円へ拡大した[23]。昭和テクノスは電気設備工事を中核とする会社で、合併によって協和エクシオの事業領域は通信工事に加えて電気設備工事・建築設備工事へと広がった。合併に伴う事業目的の追加は多岐にわたり、「工事監理及びコンサルティング」「情報処理機器、電気通信機器、産業用・家庭用電気機器、建築資材、建設機械及び自動車の販売、賃貸及び修理」「損害保険代理業及び生命保険募集業」「駐車場の運営及び管理」と、事業範囲が拡張された[25]。さらに2001年6月には「電気通信事業法に基づく電気通信事業」「電気通信事業者の代理店業」も事業目的に追加され[24]、設備建設の受注会社から通信サービス事業者の代理店業務までを視野に入れた総合化の方向性が打ち出された。

昭和テクノス合併以降の協和エクシオは、子会社化を通じた事業領域拡張の路線を本格化させた。2004年4月に大和電設工業株式会社[26]、2004年5月に和興エンジニアリング株式会社[27]、2010年5月に池野通建株式会社[28]、2011年11月にアイコムシステック株式会社[29]と、通信工事・ICTソリューション会社のグループ化を連続して実行した。これらのM&Aは首都圏の施工力強化とICT領域への進出を両立させる意図のもとで進められ、買収先各社の地域顧客基盤と技術人材をグループに取り込む形で実行された。2015年7月には和興エンジニアリングと池野通建を合併させ、株式会社エクシオテックとして再編し、グループ内通建会社の効率化も進めた[30]

財務面では、2004年6月に「労働者派遣事業及び有料職業紹介事業」[31]、2006年6月に「放置車両確認事務」、2013年6月に「発電事業及び売電事業」「貨物利用運送事業」と、事業目的の追加が断続的に続いた[32]。発電事業の追加はFIT制度(固定価格買取制度)の導入を受けたメガソーラー等再生可能エネルギー事業への参入準備であり、貨物利用運送事業の追加は工事現場との物流連携の内製化を視野に入れた動きだった。この時期の協和エクシオは「通信工事会社」というアイデンティティを維持しつつも、事業目的の継続的な拡張を通じて、社会インフラ全般を扱う総合エンジニアリング会社への変身を準備した。

2018年3社一括子会社化 ── 通信工事業界再編の決定打

2018年10月、協和エクシオはシーキューブ株式会社、西部電気工業株式会社、日本電通株式会社という上場通信工事3社を一括で子会社化した[33]。シーキューブは中部地方を地盤とし主にNTT西日本・中部電力向け工事を担う有力会社、西部電気工業は九州地方を地盤としNTT西日本・九州電力向け工事を担う有力会社、日本電通は関西地方を地盤としNTT西日本向けアクセス系工事を担う有力会社であり、3社はいずれも東証一部に独立して上場していた地場通建大手である。協和エクシオを中核とする全国施工網に、中部・関西・九州の地場通建大手3社を同時に組み込んだこの統合は、通信工事業界における再編の決定的な一手となった。

3社統合の効果はFY18の財務数字に直ちに表れた。連結売上高はFY17の3,127億円からFY18の4,237億円へ約35%拡大し、営業利益はFY17の256億円からFY18の317億円へ24%増となった。総資産はFY17の2,613億円からFY18の4,165億円へ約59%拡大し、自己資本もFY17の1,759億円からFY18の2,643億円へ約50%増となった。3社の連結化に伴うのれんはFY18時点で102億円が計上され、有利子負債もFY17の10億円からFY18の177億円へ約17倍に増加した。前年と比較して財務規模が一段階拡大した状況であり、3社統合により、協和エクシオは単なる通信工事会社から通信・電気・社会インフラを扱う全国規模のグループ会社へと変貌した。

3社統合の戦略的意義は、通信キャリア依存からの脱却にとどまらない。中部・関西・九州の地場通建大手はそれぞれの地域でNTT西日本のみならず中部電力・九州電力・自治体・ゼネコン等の多様な発注者と取引関係を構築していた。これらの顧客基盤を協和エクシオグループに取り込むことで、首都圏中心だったグループの顧客ポートフォリオは全国規模の多発注者構造へと再編された。連結売上の過半を依然NTTグループ向けが占める構造は残ったものの、地場大手3社が積み上げてきた電力会社・自治体向け工事の収益寄与が新たに加わり、後の「都市インフラ事業」「システムソリューション事業」へのセグメント再編の素地が形成された。

海外展開と再生可能エネルギーへの足場

2019年3月、協和エクシオの子会社であるEXEO GLOBAL Pte. Ltd.が、シンガポール拠点のDeClout Pte. Ltd.(現EXEO Global Asset Holdings Pte. Ltd.)を子会社化した[34]。これは協和エクシオグループとして本格的な海外進出の足がかりとなる案件で、東南アジアにおけるICTサービス・データセンター事業を視野に入れた展開だった。日本国内の通信キャリア各社の設備投資が成熟期を迎える中、成長余地のある海外ICT市場への進出は、長期的な収益源を多角化する一手だった。海外展開はその後、シンガポールを地域統括拠点としてインドネシア・フィリピン等への展開を進め、システムソリューション事業の海外売上構成として現れる。

2020年6月には事業目的に「輸出入業務」「古物売買業」が追加され[35]、海外事業展開に伴う付随業務の整備も進められた。2013年に追加した発電事業についても、FIT制度を活用したメガソーラー建設等の実績を積み重ね[36]、後の「都市インフラ事業」セグメントの構成要素のひとつとして組み込まれていく。協和エクシオは2010年代後半、国内の通信工事を中核としつつも、海外展開・再生可能エネルギー・道路・橋梁・水処理などの社会インフラ領域への足場を、子会社化と事業目的拡張の両面から固めていった。

3社統合と海外進出を経たFY19の連結売上高は5,246億円となり、FY17の3,127億円からわずか2年で約68%の拡大を遂げた。営業利益も同期間に256億円から311億円へ伸び、規模拡大に伴い粗利が積み上がった。総資産は4,449億円、自己資本は2,668億円となり、有利子負債は158億円にとどまった。3社統合直後の財務調整期を経て、グループ全体としての連結財務基盤は安定化に向かい、次の中期経営計画策定と2030年に向けたビジョン形成の素地が整った。

2019年〜現在年 「2030ビジョン」とエクシオグループへの変身(2019〜現在)

売上高と利益率の推移
売上高(億円)

2021年「エクシオグループ」改称と顧客カテゴリ別再編

2021年10月、協和エクシオは社名を「エクシオグループ株式会社」へ変更した[37]。1991年の「協和エクシオ」改称から30年で、再び社名の再定義が実施され、今回は単なる商号変更にとどまらず、4社統合体としてのグループ経営を前面に出す意味を持っていた。「協和」は1954年の創業時の前身会社名(共同工業・日本電話工業)の集合体としてのニュアンスを残す商号であり、それを外して「エクシオグループ」と一本化することは、創業期の通信工事会社というアイデンティティから外し、通信・電気・社会インフラの総合サービス事業者として再出発する宣言だった。

社名変更と並行して、グループは事業セグメントの抜本的再編を実施した。2017年〜2020年の地域別セグメント体制(協和エクシオ/シーキューブ/日本電通/西部電気工業)を解体し、FY21からは顧客カテゴリ別の3セグメント体制──「通信キャリア」「都市インフラ」「システムソリューション」──へ統一した。「通信キャリア」はNTT東西・NTTドコモ・KDDI等への通信設備工事を集約し、「都市インフラ」は電気・土木・環境分野のインフラ建設を集約、「システムソリューション」はICTシステムインテグレーション・データセンター構築・海外事業を集約する構造となった。地域子会社別の縦割り体制から、顧客領域別の横断体制へと、グループの組織原理そのものが変わった。

3事業並列型セグメント体制の戦略意図は明確である。舩橋哲也前社長は2021年7月のインタビューで「電気・土木などの技術を生かした『都市インフラ』、ソフトウェア開発のケーパビリティが発揮できる『システムソリューション』の事業を拡大し、2030年度には、通信キャリア、都市インフラ、システムソリューションの各事業の売上高比率をそれぞれ3分の1ずつにしたい」(bcm.co.jp、2021年7月)と語っており[38]、3事業の均等構成こそが2030ビジョンの中核目標として明示された。NTTグループ依存からの脱却を量的に達成し、3つの事業ポートフォリオで景気変動・通信投資サイクル変動への耐性を高めるという長期方針が、社名変更と組織再編の両輪として打ち出された。

データセンター需要の急拡大と過去最高益の連続更新

2022年4月、東京証券取引所の市場区分見直しでエクシオグループは東証一部からプライム市場に移行した[39]。同月にはICT領域子会社のアイコムシステック株式会社とアクレスコ株式会社を統合し、エクシオ・デジタルソリューションズ株式会社を発足させ、システムソリューション事業の社内集約を進めた[40]。2024年10月にはさらにエクシオ・デジタルソリューションズ・エクシオ・コアイノベーション・株式会社メディックスの3社を合併させ、ICT事業統括の集約を一段進めた[41]。これらの組織再編は2021年の顧客カテゴリ別セグメント再編を実行するための受け皿づくりであり、システムソリューション事業の規模を組織的にも拡張する流れの一環をなす。

2020年代に入って数年で立ち上がったのが、データセンター建設需要である。生成AI・クラウドサービスの急成長で国内のハイパースケーラー向けデータセンター案件(1棟あたり数百億円規模)が連続発注され、エクシオグループはシステムソリューション事業の中核ドライバーとしてこの需要を取り込んだ。FY24の連結売上高は6,708億円となり、FY17の3,127億円から7年間で約2.1倍となった。営業利益はFY24に424億円に達し、FY17の256億円から約66%増となった。経常利益は435億円、当期純利益は268億円で、いずれも過去最高水準を更新した。受注高もFY24に過去最高を記録し、データセンター案件の長期受注残高がFY25以降の業績にも厚みをもたらす構造が整った。

セグメント別では、FY24の通信キャリア事業売上は2,525億円(連結比約38%)、都市インフラ事業売上は2,177億円(同約32%)、システムソリューション事業売上は2,006億円(同約30%)と、3事業の構成比はほぼ均等な水準に近づいた。2021年に舩橋前社長が示した「3分の1ずつ」のビジョンに対し、FY24時点で構成比38:32:30まで均等化が進んだ計算となる。通信キャリア事業の売上は2,500億円規模で横ばいから微減傾向、都市インフラ事業は2,000億円規模から漸増、システムソリューション事業はデータセンター需要を受けて2,000億円規模へ短期間で拡大、という構造変化が定量的に確認できる。1954年の創業以来、発注者が事実上1社(電電公社→NTTグループ)に固定されてきた通信工事会社は、70年を経て3事業並列型のインフラサービスグループへと変貌した[42]

梶村啓吾社長の就任と次期中計 ── ROE2桁目標への引き上げ

2025年6月、エクシオグループは代表取締役の異動を実施した。2019年6月から6年間社長を務めた舩橋哲也氏は代表取締役会長へ移行し、代表取締役副社長を務めていた梶村啓吾氏が新たに代表取締役社長へ昇格した[43]。梶村社長はNTTコミュニケーションズ ネットワーク事業部統合カスタマサービス部長を経て2024年6月にエクシオグループ副社長に就任、就任1年で社長へ昇格した[44]。NTTグループ出身者が副社長として転入後、1〜2年で社長へ昇格するパターンは、小園文典元社長(2012年6月副社長就任、2013年6月社長昇格)、舩橋哲也前社長(2018年6月副社長就任、2019年6月社長昇格)に続いて3代連続となる[45]。梶村社長は就任後、現中期経営計画(2021〜2025年度)の最終年度であるFY25の達成と、次期中期経営計画の策定を並行して進める方針を示した。2025年11月7日の第2四半期決算説明会では「大変順調です」と決算を総括し、「利益改善施策の効果が表れてきている」(ログミーFinance、2025年11月7日)と発言[46]、現中計の営業利益目標470億円の達成が視野に入っているとの認識を示した[47]。2025年12月の個人投資家向けIRセミナーでは、データセンター事業を中心に売上中計目標を前倒し達成したと発表し、次期中計について「ROE目標を9%から2桁水準へ引き上げ予定」(ログミーFinance、2025年12月13日)と予告した[48]。2026年5月の次期中計発表に向けて、収益性指標の引き上げと資本効率重視への転換が予告されている。

ROE2桁目標への引き上げは、エクシオグループにとって意味の重い方針転換である。通信工事会社の事業モデルは受注工事を施工して粗利を稼ぐ請負型であり、自己資本を厚く積んで安定性を保つ一方、ROEは概ね一桁台後半で推移した。FY24時点の自己資本3,211億円に対する純利益268億円は、ROE約8.4%に相当する。これを「2桁水準」へ引き上げるには[49]、純利益の伸長と並行して自己資本の効率的活用──配当性向の引き上げ、自社株買い、政策保有株式の縮減、M&Aによる資本投下──が必要となる。請負業の安定収益構造の上で資本市場との対話を強化する方向性は、現中計までの「2030ビジョン3事業均等構成」とは別軸の経営課題であり、梶村現社長の任期の主題となる。

2025年11月7日の決算説明会で梶村社長は「現場の繁忙さに対して『気を緩めずに工事進捗のマネジメントを丁寧に行う』」(ログミーFinance、2025年11月7日)と語り[50]、受注急拡大局面における品質維持と工程管理の重要性を強調した。受注高の過去最高更新が続く一方で、施工現場の負荷増大と人材確保の課題は、データセンター事業を中心に拡大局面にある通信工事業界全体の共通課題でもある。グループ会社150社近くに広がった統治構造に対しては、舩橋会長時代から進めてきた監査部の独立等によるガバナンス強化が継続課題として残されている[51]。1954年に電電公社の設備拡張に対応するために設立された協和電設は、70年を経てデータセンター事業を成長軸とするインフラサービスグループとなり[52]、次の10年に向けた資本効率と多事業統合の両立という課題に向き合っている。