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1951年〜2003年 電電公社の工事会社から「日本コムシス」への半世紀
「100%電電公社の特命受注」── 発注者が1社しかいない工事会社
1951年12月、経済界と電気通信設備工事業界の有力者21名の出資により、東京都に日本通信建設株式会社が設立された[1][2]。戦後の電信電話事業の復旧整備を民間の資本・技術・労力で進めるべきだという声を背景に、石坂泰三氏を発起人代表として経済界・斯業界の有力者が参加し、資本金3000万円で発足した会社である[3][4]。翌1952年に日本電信電話公社(電電公社)から線路・機械・伝送無線の「総合1級業者」認定を受け、同公社の指定工事会社として通信設備の建設を請け負う体制が出発点となった[5]。電気通信建設業は電電公社を唯一の発注者とする閉鎖的な業界で、指定業者間の競争はあっても新規参入は事実上不可能な参入障壁が存在した。1953年に東京〜名古屋〜大阪間のマイクロ波無線中継回線工事を受注し、日本の長距離通信網の建設に関わるなど、創業当初から全国規模のインフラ工事を請け負う会社として事業を開始した[6]。よって発注者である電電公社の投資計画が、そのまま同社の受注高と業績を決定する関係になった。
高度成長期の電話需要拡大に伴って電電公社の設備投資は年々増大し、日本通信建設の受注も発注者の投資計画と連動して伸びた。1959年に受注工事高が100億円を突破し、1962年7月には東証2部に上場を果たし、1963年にはシールド工事の第1号を受注して地下通信管路の施工にも進出した[7][8][9]。1965年にはバンコクで初の海外工事を請け負い、1970年には衛星通信地球局工事にも進出し、技術領域を拡張した[10][11]。1972年には東証・大証の1部に指定替えとなり、日本を代表する通信建設会社としての地位を固めた[12]。しかし収益の源泉は電電公社の投資計画1つに連動する構造のままで、受注先を自ら選ぶ経営の自由度はほとんど残されなかった。
電電公社の設備投資は戦後復興と高度成長に伴う電話需要の拡大で年率二桁の増加を続け、日本通信建設の経営はその需要の波に支えられた。1960年代後半からは全国自動即時通話網の整備やクロスバー交換機の大量導入が続き、同社の受注残高は常に高水準を維持した。ただし工事は公社からの特命受注に近い形で分配される業界慣行があり、技術的な差別化よりも発注者との長期的な信頼関係と施工管理能力の積み重ねが競争力の源泉となった。その結果、指定工事会社間での暗黙の棲み分けが業界の安定を支えた。後のNTT民営化と競争入札の導入が同社に変化をもたらす前提は、1970年代までに業界構造へ織り込まれていた。
NTT民営化と光ファイバー時代の到来
1982年、日本通信建設は光ファイバーケーブル工事を初めて受注した[13]。従来のメタルケーブルから光ファイバーへの技術転換は、既存の施工会社にとってノウハウが通用しない新領域で、早期に実績を積んだことが以後の受注獲得に直結した。1985年に電電公社が民営化されてNTTが発足すると、それまでの「特命受注」に加えて競争入札が広がり、通信工事会社間の淘汰と再編が業界全体で本格化した。指定工事会社の序列と業界慣行が崩れるなかで、日本通信建設は光ファイバー工事や基幹伝送路構築における施工管理の実績を武器とし、競争入札下でも受注量を維持した。
1990年には社名を「日本コムシス」に変更し、通信建設以外への事業拡大を志向する姿勢を対外的に表明した[14]。1991年にはNTTの新認定制度「通信設備総合工事」の認定を取得し、1992年には湾岸戦争後のクウェート緊急復興プロジェクトを受注して海外実績を広げた[15][16]。1990年代後半はNTTの光ファイバー網整備と携帯電話基地局の増設が受注を押し上げ、1997年には受注高・完成高が2000億円を超える水準に到達した[17]。しかし売上高の過半をNTTグループが占める構造は変わらず、NTTの設備投資が減速すれば業績が直撃される体質は1951年の創業時から50年間変わらないままで、工事量が増えるほど発注者への依存度も深まる関係が続いた。
1990年代後半の日本コムシスは新しい通信技術への対応と並行して、工事施工の生産性向上と全国規模の工事における品質保証体制にも経営資源を投入した。光ファイバー網の整備は工事量が多く、都道府県ごとに異なる地形条件や既設設備との接続を踏まえた施工計画の精度が求められた。ブロードバンド化の進展と携帯電話の普及で、NTTの設備投資は一時的に拡大し、同社の業績も好調に推移した。だが好調の裏で発注者依存の構造的脆弱性はかえって経営課題として浮かんだ。その結果、NTT1社に依存する収益構造をどう分散させるかという問題意識が、のちの持株会社化と同業3社統合につながる経営課題として経営陣に共有された。
3社統合 ── 持株会社という解法
2003年9月、日本コムシス・三和エレック・東日本システム建設の3社が株式移転によってコムシスホールディングスを設立し、東証一部・大証一部に同時上場した[18][19]。三和エレックは1947年に三和電氣興業として設立された同じくNTT系の工事会社で、東日本システム建設も同様の出自を持つ通信工事会社である[20]。3社はいずれもNTTグループ向け工事を主力としており、重複する管理機能の統合とグループ経営による発注者交渉力・施工効率の向上が統合の目的だった。持株会社体制は当時の日本企業にとって比較的新しい経営手法で、同業者の経営統合を円滑に進める枠組みとして採用した。20年のM&A連鎖は、この持株会社体制の上で実行された。
持株会社はグループ戦略と資本配分に特化し、工事施工は各子会社が担う分業体制を当初から徹底した。2005年には三和エレックのNTT向け事業を日本コムシスに集約し、三和エレックはサンワコムシスエンジニアリングに改称してキャリア系ビジネスに特化する形で再編した[21][22]。2009年には日本コムシスのソフトウェア開発事業をコムシス情報システムとして分社化し、ITソリューション事業の拡張基盤を整えた[23]。FY11の連結売上高は2959億円、有利子負債は15億円にとどまり、実質無借金の財務体質が以降のM&A戦略を支える原資となった[24]。つまり2000年代後半の組織再編と財務の軽量化が、2010年以降の連続M&Aを実行可能にした。
持株会社化により、グループ各社の経営資源を横断的に活用する体制が整い、発注者であるNTTグループへの窓口の一本化と交渉力の増強も進んだ。子会社間での要員融通や技術標準の共通化は、工事コストの低減と品質の平準化に寄与し、非通信領域への多角化を支える土台となった。しかしNTT設備投資の変動がグループ全体の業績に直結する構造は残り、東日本・西日本・地方別の通信工事会社を取り込む全国統合の必要性が経営陣の内部で共有された。その結果、2010年代のM&A連鎖が始動し、持株会社体制が統合の受け皿の役を果たした。収益の安定化に向けた次の一手は、地域系通信工事会社の連続子会社化として具体化した。
2004年〜2018年 M&Aによる全国統合と非通信事業への多角化
つうけんから始まったエリア拡大のM&A
2010年10月、コムシスホールディングスは株式交換により北海道地盤の通信工事会社つうけんを完全子会社化した[25]。関東以南に偏っていたグループの施工エリアを北海道へ拡張するもので、持株会社設立以来初のM&A案件だった[26]。つうけんはNTT北海道エリアの通信工事を主力とする地域有力企業で、2013年までに北東電設と道内5子会社を順次吸収合併して北海道全域の受注体制を1社に集約した[27]。FY13の連結売上高は3313億円、営業利益率は8.3%に達し、北海道エリアの統合効果が早期に表れた[28]。つまり北海道進出はエリア拡張の第一歩であると同時に、株式交換を用いたM&Aの実務経験を蓄積する場でもあった。
2010年代前半の財務は実質無借金の状態を保ち、FY15の有利子負債は1億1400万円まで下がった[29]。手元資金と株式交換を組み合わせてM&Aの財務負担を抑える体制が整い、これが連続M&Aの原資となった。つうけんの統合で得たのは北海道のエリアカバレッジだけでなく、株式交換による上場子会社の取り込みという手法の実績そのものだった。2013年2月にはつうけんが北東電設を吸収合併し、同年10月にはさらに道内5子会社を合併して北海道全域の施工機能を一法人に集約した[30][31]。FY12の連結売上高は3161億円、営業利益225億円へ拡大し、営業利益率は7.1%を維持した[32]。つまり地域統合直後から営業利益率を落とさずに規模を伸ばすという統合効果が早期に確認され、以降のM&A継続に踏み切る根拠となった。
つうけん買収を通じて、持株会社はグループ全体の経営資源を活かす地域統合の実務手順を身につけた。技術者の相互派遣、機材の共通調達、管理業務の共通化といった統合効果は、数値として現れにくい部分もあるが、長期的にはコスト構造と受注競争力の両面に効く性格のものだった。株式交換による子会社化は売り手企業の株主にとっても受け入れやすい形態で、上場子会社の株主対応や少数株主との関係整理の実務経験も北海道案件で蓄積された。加えてグループ持株会社と買収対象会社の取締役間で技術標準や施工指針の調整会議を毎月重ねる仕組みも、2010年代前半に定着した。その結果、のちの社会システム関連事業のM&Aや2018年の3社一括統合が円滑に進んだ。
通信以外で稼ぐ ── 社会システム関連事業の立ち上げ
NTTグループの設備投資は通信技術の世代交替に連動して変動するため、工事会社の受注量も技術サイクルに応じて振れ幅が出る構造を抱えた。3Gから4Gへの移行期には基地局投資が増加したが、サイクルが一巡すれば工事量は縮小に転じた。この変動への耐性を高めるため、コムシスグループは2014年以降、通信以外の領域に進出する方針に転換した。2014年に再生可能エネルギーの日本エコシステム、2016年に道路舗装の東京鋪装工業、2017年にはガス設備工事のカンドーと鉄工の藤木鉄工をグループ化し、非通信領域の有力企業を連続して取り込んだ[33][34][35]。各社はいずれも地域密着型で安定的な顧客基盤を持ち、通信工事の波を受けにくい請負構造が魅力だった。
これらの非通信M&Aは社会システム関連事業として束ねられ、太陽光発電所の建設、道路維持管理、ガスインフラ工事など、通信投資サイクルとは独立した需要を取り込む仕組みが整えられた。各M&Aは手元資金か株式交換で機動的に実行し、有利子負債はFY16時点で1億1300万円と実質無借金の状態を維持した。FY17にはカンドー・藤木鉄工の連結効果も加わり、売上高は3800億円と前期比14%増を記録した[36]。社会システム関連事業はFY17でグループ全体の売上高の約4分の1を占めるまでに伸び、通信キャリア事業に依存した収益構造の分散が数字に表れた[37]。FIT制度で太陽光工事が急増し、老朽化したガス管・道路の更新需要も同時に立ち上がった2010年代半ばは、買収先の受注拡大時期とも重なった。
一連のM&Aによってコムシスグループは、発注者が異なる複数の事業領域を抱えるマルチセグメント企業に再編された。通信工事会社として培った施工管理能力や電気設備工事の技術は、太陽光発電や道路舗装、ガスインフラの工事にも転用でき、既存の経営資産を新領域で活かす戦略が成立した。発注者と事業領域の分散は収益の安定化に直接寄与し、通信設備投資サイクルの谷を非通信事業の受注で埋める構造が整った。よって2019年以降の5G特需とその反動、続くデータセンター需要の立ち上がりでも、グループ全体の業績が一方向に振れる事態を避けられた。
2018年の上場3社一括統合と全国施工体制完成
2018年10月、コムシスホールディングスはNDS(名古屋)・SYSKEN(熊本)・北陸電話工事(金沢)の上場通信工事3社を株式交換で同時に完全子会社化した[38][39]。通信工事分野では前例のない3社同時統合である。NDSはNTT東海エリア、SYSKENは九州圏、北陸電話工事は北陸圏をそれぞれ地盤とする有力な通信工事会社で、いずれも既存グループが手薄だった地域を補完的にカバーする位置にあった。よってエリア補完の観点から合理的な組み合わせだった。3社同時の一括統合によって、連結売上高はFY17の3800億円からFY18には4818億円へ1000億円超拡大し、通信工事分野の全国施工体制がほぼ完成した[40]。同時実行の難易度は高かったが、つうけん案件以降の統合経験がそのまま活きた。
統合に伴って有利子負債は117億円へ一時的に増加したが、2年後のFY19末には81億円まで圧縮された[41]。FY18の営業利益は353億円と前期比16%増となり、規模拡大の収益効果が早期に数字に表れた[42]。関東・東北・北海道をカバーしていた既存グループに中部・九州・北陸が加わり、NTT関連通信工事の全国施工体制が完成した。NDSはNTT西日本の東海エリアで高い受注シェアを持ち、SYSKENは九州全域の通信建設で長年の実績を持つ会社で、各社が地場の発注者と築いた信頼関係をグループの全国ネットワークに接続し、統合効果を引き出した。3社統合で即座に表面化した有利子負債の増加も、2年で既往の水準近くまで下がった点は投資家の評価を支える材料となった。
2003年の持株会社設立から15年をかけて積み重ねたM&A連鎖は、2018年の3社一括統合をもって当初の設計思想だった全国統合を一つの到達点として達成した[43]。発注者であるNTTグループから見れば、東西NTT両方の工事発注窓口がコムシスグループに集約されたことで調整コストの低下が見込め、工事会社側から見れば地域間での人員融通や資材調達の共通化で生産性向上が見込める。両者にメリットがある統合構造は、続く5G基地局特需でグループの対応能力を高め、発注者1社依存からの脱却という長年の目標に向けた体制整備を一段落させた。同年10月の統合発表で株式市場は買収プレミアムを織り込んだ3社の株価上昇と、統合後のコムシスHDの安定成長への評価を同時に反映した。
2019年〜2024年 5G特需と「脱・通信工事」への構造転換
5G基地局工事が押し上げた過去最高益とその反動
2019年5月に中期経営計画「NEXT STAGE 2023」を策定し、売上高6000億円以上・営業利益500億円以上を5年間の中期目標として掲げた[44][45]。5G基地局の整備が本格化した2020〜2021年には、NTT向け高度無線工事に加えて楽天モバイルの全国4G展開がNCC事業の受注を押し上げ、同社の工事量は拡大した。GIGAスクール構想の整備需要がITソリューション事業を押し上げ、太陽光発電工事が社会システム事業を拡大させ、全国施工体制を総動員して工事量を消化した。FY21には売上高5890億円・営業利益429億円で過去最高を更新し、3社一括統合の成果が数字に表れた[46]。コロナ禍の移動制限下でも基地局工事の現場稼働は止まらず、通信インフラ需要の底堅さも業績を支えた。
しかし5Gの設備投資サイクルが峰を越えると、業績は一転した。FY22にはモバイル設備投資の急抑制と資材価格の高騰が重なり、売上高5632億円・営業利益321億円へと前期比それぞれ258億円・108億円の落ち込みを記録した[47][48]。計画最終年度で目標未達となったため、経営陣はNEXT STAGE 2023+1として計画期間を1年延長する決断を下し、新たな目標期間のなかで早期の収益回復を目指した。翌FY23にはデータセンター電気設備工事や公共系IT案件の拡大で営業利益は392億円まで回復した[49]。続くFY24には売上高6146億円・営業利益460億円と過去最高水準に再び到達し、5G反動からの回復力が数字に表れた[50]。単年度の急反落と翌々年の最高益更新が同じ会社で起きた事実は、多角化が短期的な需要変動の緩衝材になったことを示す。
5G特需のさなかに経営陣が重視したのは、単に工事量を消化することではなく、技術者の確保と育成、そして将来の需要減退に備えた事業構造の分散だった。全国規模の工事量の増減は大量の技術者と協力会社の稼働率に直結するため、地域間の柔軟な人員配置と工程管理の精度がグループ経営を左右した。通信キャリア向け工事のピーク時にも、次の需要の柱となる非通信領域への投資と受注開拓を継続した。その結果、5G反動期の利益の急落は社会システムとITソリューションの受注でかなりの部分が相殺された。短期の需要変動を吸収しながら、長期の構造転換を同時に進める経営姿勢が2020年前後の同社を特徴づけた。
NTT比率の構造的低下 ── 4事業の均衡化
FY23の事業別売上高は、NTT事業2241億円・NCC事業527億円・ITソリューション事業1140億円・社会システム事業1802億円の内訳だった[51]。NTT関連(NTTとNCCの合計)の比率は全体の48%にとどまり、続くFY24計画ではNTT+NCC比率が44%、IT+社会システム比率が56%となった[52][53]。つまり創業以来初めて非通信事業が売上の過半を占めた。NCC事業の売上高はFY21の530億円からFY24計画の410億円へ23%縮小した一方、ITソリューションと社会システム関連事業の合計はFY21の2860億円からFY24計画の3330億円へ16%拡大し、事業構造の重心が非通信領域へ移ったことを数字が裏づけた[54][55]。よって発注者1社依存という創業以来の構造は70年の時を経て量的にも崩れ、4事業のどれか1つが落ち込んでも他がカバーする体制がほぼ整った。
この構造転換を支えたのは、通信工事で培った電気設備・ケーブル敷設の技術をデータセンターや半導体工場の外構工事に転用できた点にある。データセンター関連の売上高はFY23の55億円からFY24計画の290億円へ5倍超の伸びが見込まれ、ハイパースケーラー向け電気設備工事がグループの成長領域に浮上した[56]。通信キャリア事業で太陽光発電所のエンジニアを活用し、グループ会社間で要員を融通することでデータセンター工事の施工体制を整えた。すなわち電電公社1社への100%依存から始まった一企業が、70年を超える時間をかけて事業構造の分散に到達した。人材・技術・発注者の3方向で依存度を下げた帰結が、FY24計画の数字として現れている。
技術の他分野への転用と並行して、グループ内の重複機能の整理や管理業務の共通化も進んだ。NTT関連事業の工事量の減少分をデータセンターや半導体工場、再生可能エネルギー関連工事が吸収する構図がはっきりし、通信キャリア1社への依存から社会インフラ全般の施工者へと同社の位置づけは変わった。FY24計画段階での売上高6146億円・営業利益460億円は、通信工事会社としての出発点から多角化を実施した長年の取り組みが数字に現れた成果である。よって経営陣が掲げた「脱・通信工事」の目標は一つの到達点に達し、次の10年の成長戦略を組み立てる前提条件が揃った。通信キャリア向け施工の実績と非通信領域での施工能力を合わせ持つ会社は国内に少なく、施工パートナーを探す発注者の選好も同社に向きやすい。