沿革年表 1957〜2015年における重要度別の出来事(合計35件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
会社設立 | 神戸市長田区に大栄薬品工業株式会社として設立 資本金は零細。近畿地方を中心に出店を計画した薬品販売会社が母体 戦後日本を代表する総合スーパー・ダイエーの法人としての起点 | 1957 1-12月 | ||||
新規事業 | 1号店「主婦の店・ダイエー薬局」を大阪市旭区の千林商店街に開店 中内㓛が薬品・化粧品の安売り店として開業。1957年9月23日開店 「よい品をどんどん安く」の安売り小売の出発点。後の流通革命・価格破壊の原点 | |||||
本店を大阪市旭区千林町へ移転 | 1958 1-12月 | |||||
商号を株式会社主婦の店に変更 | 1959 1-12月 | |||||
商号を株式会社主婦の店ダイエーに変更 「ダイエー」の社名が確立 | 1962 1-12月 | |||||
福岡市に株式会社フクオカダイエーを設立し九州へ進出 全国チェーン化の第一歩。地方主要都市への多店舗展開が本格化 | 1963 1-12月 | |||||
企業買収 | 株式会社一徳(後の株式会社トウキョウダイエー)を買収し首都圏へ進出 大消費地・首都圏への足がかりを買収で確保 | 1964 1-12月 | ||||
松山市に四国ダイエー株式会社を設立し四国へ進出 | ||||||
組織再編 | トウキョウダイエー・フクオカダイエー・四国ダイエーを合併 地域別に設立した販売会社を本体に統合し全国チェーンの一体運営へ | 1969 1-12月 | ||||
業務提携 | 株式会社サンコー(後にマルエツと合併)と業務提携 後の中核スーパー・マルエツにつながる関東SM網の起点 | 1970 1-12月 | ||||
組織再編 | 株式の額面変更のため和角商工株式会社(株式会社ダイエー)を形式上の存続会社として合併 旧称・和角商工は昭和24年2月設立 | FY71 1971/2 | ||||
株式上場 | 大阪証券取引所市場第二部に株式を上場 急成長する総合スーパーとして資本市場から成長資金を調達する枠組みを確立 | FY72 1972/2 | ||||
株式上場 | 東京証券取引所市場第一部に株式を上場 同年1月に大阪証券取引所市場第一部に指定 上場後わずか1年で東証一部へ。流通業のトップ企業としての地位を確立 | FY73 1973/2 | ||||
新規事業 | ダイエーローソン株式会社を設立しコンビニエンスストア事業へ参入 1975年4月15日設立。米国ローソンミルクとの提携。後のコンビニ大手ローソンの源流 GMSに続く新業態への多角化。中内流の業態拡張戦略の代表例 | FY76 1976/2 | ||||
九州地区の店舗17店等の営業を株式会社九州ダイエー(同年9月にユニードと合併)へ譲渡 | FY82 1982/2 | |||||
業務提携 | 株式会社十字屋と業務提携 | FY83 1983/2 | ||||
業務提携 | 株式会社丸興(現・株式会社オーエムシーカード)と業務提携 クレジット・信販を核とする金融事業の起点 | |||||
新規事業 | 生活情報誌「オレンジページ」を創刊 1985年6月17日創刊。出版・情報事業への多角化 小売以外の分野への事業拡張。中内グループの多角化路線を象徴 | FY86 1986/2 | ||||
企業買収 | プロ野球・南海ホークスを買収し「福岡ダイエーホークス」が発足 1988年11月1日発足。球団経営を通じた企業ブランド戦略 バブル期の非小売分野への拡張の象徴。九州・福岡の地域戦略とも結びついた | FY89 1989/2 | ||||
企業買収 | リクルートの発行済株式の3分の1を取得し子会社化、役員を派遣 リクルート事件後の再建支援を兼ねた買収。情報サービス分野への多角化 本業の小売から情報・人材サービスへ広げた多角化の到達点。後に再建局面で売却 | FY93 1993/2 | ||||
企業買収組織再編 | 株式会社忠実屋・株式会社ユニードダイエー・株式会社ダイナハを合併 1994年3月1日。バブル期に買収した地域スーパー3社を本体に統合 拡大路線の集大成でSMの全国チェーンが完成する一方、過大な有利子負債の遠因ともなった | FY95 1995/2 | ||||
経営危機社長交代 | 中内㓛が経営責任を取り引責退任、高木邦夫が社長に就任し経営再建に着手 過大な有利子負債が表面化。創業者の退場でオーナー経営が終焉 バブル期拡大のツケが噴出し、以後10年以上に及ぶ再建・支配権移動の始点となった | FY02 2002/2 | 売上高 22,374億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -3,325億円 | ||
経営危機構造改革 | 産業活力再生特別措置法(産業再生法)の適用を申請しリストラを推進 2002年3月19日申請。債権放棄を受ける企業への同法初適用。有利子負債は約2兆円 銀行団による金融支援と大規模リストラの枠組みに移行。自力再建の限界が公的枠組みへ向かう転機 | FY03 2003/2 | 売上高 19,579億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,354億円 | ||
FY04 2004/2 | 売上高 17,520億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 181億円 | ||||
経営危機 | 樋口泰行 | 産業再生機構による再生支援が決定 2004年12月28日、UFJ銀行・三井住友銀行と連名で申込み同日決定。有利子負債2兆円超で自力再建は困難に 日本を代表する総合スーパーが公的支援下に。銀行主導から機構主導の抜本再建へ移行 | FY05 2005/2 | 売上高 15,927億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -5,112億円 | |
業務提携 | 西見徹 | 丸紅株式会社と資本提携 産業再生機構の下でスポンサーに総合商社・丸紅が就く 事業会社(丸紅)主導の再建体制の起点。中内色の払拭が進む | FY06 2006/2 | 売上高 14,315億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 4,132億円 | |
社長交代 | 樋口泰行が社長兼CEO、林文子が会長兼CEOに就任(外部招聘) 樋口は日本HP社長から招聘。産業再生機構管理下での外部トップ二頭体制 生え抜き・オーナー経営から外部プロ経営者による再建へ。ただし丸紅との路線対立で短期に終わる | |||||
社長交代 | 西見徹 | 丸紅出身の西見徹が社長に就任 樋口・林体制に代わり丸紅主導の再建体制が明確化 スポンサー・丸紅による経営掌握。商社主導での立て直しフェーズへ | FY07 2007/2 | 売上高 10,470億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 413億円 | |
業務提携 | 西見徹 | イオン株式会社及び丸紅株式会社と資本・業務提携 イオンが丸紅からダイエー株を譲り受け筆頭株主格に。イオンと丸紅が共同で再建に関与 業界最大手イオンが資本参加し、後のイオン傘下入りへの布石となった | FY08 2008/2 | 売上高 9,723億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 402億円 | |
事業売却 | 株式会社オーエムシーカード(現・セディナ)の株式を一部売却し連結子会社から関連会社へ変更 金融事業の切り離し。多角化資産を整理し本業のGMS・SMへ回帰する選択と集中 | |||||
| 桑原道夫 | FY09 2009/2 | 売上高 9,650億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -237億円 | |||
| 桑原道夫 | 株式会社セディナを持分比率低下のため関連会社から除外 | FY10 2010/2 | 売上高 9,055億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -119億円 | ||
組織再編 | グルメシティ北海道・グルメシティ九州との吸収分割により店舗を承継 | |||||
| 桑原道夫 | FY11 2011/2 | 売上高 8,496億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -53億円 | |||
| 村井正平 | FY12 2012/2 | 売上高 8,094億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -114億円 | |||
組織再編 | 村井正平 | 株式会社ロベルトを吸収合併 | FY13 2013/2 | 売上高 7,728億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -37億円 | |
社長交代 | イオン出身の村井正平が社長に就任 取締役の過半をイオン出身者が占める体制へ イオン主導の経営体制が確立。連結子会社化への実質的な布石 | FY14 2014/2 | 売上高 7,565億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -243億円 | ||
組織再編 | 株式公開買付け(TOB)によりイオン株式会社の連結子会社となる 2013年8月27日付でイオンが議決権の40%以上を取得し親会社に 中堅GMS業界再編の総仕上げ。ダイエーの独立経営が事実上終了 | |||||
上場廃止 | イオンによる完全子会社化に伴い株式が上場廃止 2014年12月26日上場廃止、2015年1月1日付でイオンの完全子会社化 1971年の株式上場以来の資本市場との関係が終了。ダイエー屋号もその後段階的に消滅へ | 2015 1-12月 |
- 神戸市長田区に大栄薬品工業株式会社として設立
資本金は零細。近畿地方を中心に出店を計画した薬品販売会社が母体
戦後日本を代表する総合スーパー・ダイエーの法人としての起点 - 1号店「主婦の店・ダイエー薬局」を大阪市旭区の千林商店街に開店
中内㓛が薬品・化粧品の安売り店として開業。1957年9月23日開店
「よい品をどんどん安く」の安売り小売の出発点。後の流通革命・価格破壊の原点 - 本店を大阪市旭区千林町へ移転
- 商号を株式会社主婦の店に変更
- 商号を株式会社主婦の店ダイエーに変更「ダイエー」の社名が確立
- 福岡市に株式会社フクオカダイエーを設立し九州へ進出全国チェーン化の第一歩。地方主要都市への多店舗展開が本格化
- 株式会社一徳(後の株式会社トウキョウダイエー)を買収し首都圏へ進出大消費地・首都圏への足がかりを買収で確保
- 松山市に四国ダイエー株式会社を設立し四国へ進出
- トウキョウダイエー・フクオカダイエー・四国ダイエーを合併地域別に設立した販売会社を本体に統合し全国チェーンの一体運営へ
- 株式会社サンコー(後にマルエツと合併)と業務提携後の中核スーパー・マルエツにつながる関東SM網の起点
- 株式の額面変更のため和角商工株式会社(株式会社ダイエー)を形式上の存続会社として合併
旧称・和角商工は昭和24年2月設立
- 大阪証券取引所市場第二部に株式を上場急成長する総合スーパーとして資本市場から成長資金を調達する枠組みを確立
- 東京証券取引所市場第一部に株式を上場
同年1月に大阪証券取引所市場第一部に指定
上場後わずか1年で東証一部へ。流通業のトップ企業としての地位を確立 - ダイエーローソン株式会社を設立しコンビニエンスストア事業へ参入
1975年4月15日設立。米国ローソンミルクとの提携。後のコンビニ大手ローソンの源流
GMSに続く新業態への多角化。中内流の業態拡張戦略の代表例 - 九州地区の店舗17店等の営業を株式会社九州ダイエー(同年9月にユニードと合併)へ譲渡
- 株式会社十字屋と業務提携
- 株式会社丸興(現・株式会社オーエムシーカード)と業務提携クレジット・信販を核とする金融事業の起点
- 生活情報誌「オレンジページ」を創刊
1985年6月17日創刊。出版・情報事業への多角化
小売以外の分野への事業拡張。中内グループの多角化路線を象徴 - プロ野球・南海ホークスを買収し「福岡ダイエーホークス」が発足
1988年11月1日発足。球団経営を通じた企業ブランド戦略
バブル期の非小売分野への拡張の象徴。九州・福岡の地域戦略とも結びついた - リクルートの発行済株式の3分の1を取得し子会社化、役員を派遣
リクルート事件後の再建支援を兼ねた買収。情報サービス分野への多角化
本業の小売から情報・人材サービスへ広げた多角化の到達点。後に再建局面で売却 - 株式会社忠実屋・株式会社ユニードダイエー・株式会社ダイナハを合併
1994年3月1日。バブル期に買収した地域スーパー3社を本体に統合
拡大路線の集大成でSMの全国チェーンが完成する一方、過大な有利子負債の遠因ともなった - 中内㓛が経営責任を取り引責退任、高木邦夫が社長に就任し経営再建に着手
過大な有利子負債が表面化。創業者の退場でオーナー経営が終焉
バブル期拡大のツケが噴出し、以後10年以上に及ぶ再建・支配権移動の始点となった - 産業活力再生特別措置法(産業再生法)の適用を申請しリストラを推進
2002年3月19日申請。債権放棄を受ける企業への同法初適用。有利子負債は約2兆円
銀行団による金融支援と大規模リストラの枠組みに移行。自力再建の限界が公的枠組みへ向かう転機 - 産業再生機構による再生支援が決定
2004年12月28日、UFJ銀行・三井住友銀行と連名で申込み同日決定。有利子負債2兆円超で自力再建は困難に
日本を代表する総合スーパーが公的支援下に。銀行主導から機構主導の抜本再建へ移行 - 丸紅株式会社と資本提携
産業再生機構の下でスポンサーに総合商社・丸紅が就く
事業会社(丸紅)主導の再建体制の起点。中内色の払拭が進む - 樋口泰行が社長兼CEO、林文子が会長兼CEOに就任(外部招聘)
樋口は日本HP社長から招聘。産業再生機構管理下での外部トップ二頭体制
生え抜き・オーナー経営から外部プロ経営者による再建へ。ただし丸紅との路線対立で短期に終わる - 丸紅出身の西見徹が社長に就任
樋口・林体制に代わり丸紅主導の再建体制が明確化
スポンサー・丸紅による経営掌握。商社主導での立て直しフェーズへ - イオン株式会社及び丸紅株式会社と資本・業務提携
イオンが丸紅からダイエー株を譲り受け筆頭株主格に。イオンと丸紅が共同で再建に関与
業界最大手イオンが資本参加し、後のイオン傘下入りへの布石となった - 株式会社オーエムシーカード(現・セディナ)の株式を一部売却し連結子会社から関連会社へ変更金融事業の切り離し。多角化資産を整理し本業のGMS・SMへ回帰する選択と集中
- 株式会社セディナを持分比率低下のため関連会社から除外
- グルメシティ北海道・グルメシティ九州との吸収分割により店舗を承継
- 株式会社ロベルトを吸収合併
- イオン出身の村井正平が社長に就任
取締役の過半をイオン出身者が占める体制へ
イオン主導の経営体制が確立。連結子会社化への実質的な布石 - 株式公開買付け(TOB)によりイオン株式会社の連結子会社となる
2013年8月27日付でイオンが議決権の40%以上を取得し親会社に
中堅GMS業界再編の総仕上げ。ダイエーの独立経営が事実上終了 - イオンによる完全子会社化に伴い株式が上場廃止
2014年12月26日上場廃止、2015年1月1日付でイオンの完全子会社化
1971年の株式上場以来の資本市場との関係が終了。ダイエー屋号もその後段階的に消滅へ