松方正信

日野自動車・元取締役社長

Matsukata Masanobu(敬称略)

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社長就任 1961年5月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1907年に東京で生まれ、1932年3月に慶應義塾大学経済学部を卒業し、同年4月に前身の東京瓦斯電気工業へ入社した。1945年11月に取締役支配人となり、1946年12月に常務取締役、1950年12月に専務取締役、1954年11月に取締役副社長へ進んでいる。終戦の年に取締役へ入った世代で、1953年12月には沢藤電機の取締役も兼ねた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1961年5月、大久保正二氏の後任として取締役社長に就任した。大久保正二氏は1946年10月から社長を務め、同じ1961年5月に取締役会長へ就任している。当時の常務陣は家本潔氏・武藤恭二氏・高田亮一氏・荒川政司氏で、取締役就任はいずれも1946年12月以降であり、1945年11月に取締役支配人となった松方正信氏が最も早い。副社長を6年半置いたうえでの昇格だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

1966年10月にトヨタ自動車工業・トヨタ自動車販売と業務提携を締結し、翌1967年12月にコンテッサ後継の開発を中止して乗用車から退いた。全国の販売網が商用車の使い手に向けて組まれており、乗用車の拡販は成立しなかった。1972年には普通トラック占有率35%を掲げる「D号作戦」を始め、1973年5月に33.1%で業界首位に立っている。単体売上高は1967年3月期の536億円から退任年度の1974年3月期に1949億円へ伸びた。

在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1932〜1974年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件

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