牧田茂三郎
マキタ・元取締役社長
社長就任1938年12月
生年月日—
学歴—
出自—
経歴1915〜1955年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1915年主要役職の状況(推定含む目安)1955年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | マキタ | 1915 | 牧田電機製作所を個人創業 | ||
| 1938 | 取締役社長 | ||||
| 1955 | 社長 退任(次期社長登用による) |
社長就任までの出自
出自
1915年3月21日、23歳の電気技術者として名古屋市中区横三ツ蔵町で牧田電機製作所を個人創業した。従業員15〜16人で電灯器具・モーター・変圧器の販売修理を手がけ、モーター・トランス・スイッチ類を電灯会社・電鉄会社へ納めている。会社は個人事業として出発し、1938年12月に資本金18万円・従業員94名の株式会社牧田電機製作所へ改組した。
社長に選ばれた経緯
抜擢
前任はいない。1915年の創業から23年間は個人経営が続き、1938年12月に株式会社牧田電機製作所へ改組した際、資本金18万円・従業員94名の会社の初代社長へ創業者本人が就任した。昭和初期の経済パニックを越えたうえでの改組だった。
在任中の主な施策
施策
第二次世界大戦下は工作機械や木工機械に使うモーターの生産へ絞った。1945年4月、生産するモーターの6割を納めていたワシノ機械との関係から工場を愛知県安城市へ疎開させ、ここが現在の本社所在地となる。終戦後に大企業がモーター生産を再開すると、資本金1,000万円・従業員100名足らずでは対抗できず、大手が作らない特殊モーターの受注生産で生き延びた。1953年から1955年にかけて倒産寸前まで追い込まれ、1955年4月に創業時からの社員だった後藤十次郎氏へ請うて社長を渡した。
業績貢献
牧田茂三郎氏:在任中の業績貢献
売上高
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営業利益率
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ROE
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参考文献2件
- 経済春秋社『企業の歴史 : 明治百年』「マキタ」(経済春秋社, 1968年)
- 証券アナリストジャーナル 1968年6巻2号「マキタ電機製作所の現況と見通し」(後藤十次郎)