平田源一
ブラザー工業・元取締役社長
(敬称略) 生年月日 —
学歴 山口高等商業学校
出自 —
- 出自
- 1913年に広島県で生まれ、1934年に山口高等商業学校を卒業して1943年1月に日本ミシン製造(現・ブラザー工業)へ入社した。1946年5月に勤労部長、翌6月には取締役へ就いており、入社から3年5か月で役員に上がっている。1962年7月に常務取締役、1975年1月に取締役副社長と、労務畑から経営の中枢へ進んだ。
- 抜擢
- 1979年2月、安井実一氏が取締役会長へ退いた後を受けて取締役社長に就いた。1934年の設立から45年で、創業家以外から初めて社長が出ている。同時に安井信之氏が専務取締役、安井義博氏が常務取締役へ上がっており、創業家の次の世代が育つまでの間を、副社長だった生え抜きが預かる形だったとみられる。
- 施策
- 在任は2年にとどまる。1979年4月に家庭用コンピューターミシンの生産を始め、1932年に国産化した家庭用ミシンへ電子制御を持ち込んだ。1981年2月に社長を河嶋勝二氏へ渡し、自身は監査役へ移っている。会長を置かずに監査役へ回った点で、会長として残った前任2代とは扱いが異なる。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY77)1,040億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1968年版 経歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1979年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自
- 日本企業要覧 1981年版 経歴・学歴
- 人事興信録 第33版 下(人事興信所、1985年)ひ 読み