1975 年8月

軟膏メンソレータムの商標使用権を取得

歴史的意義
倒産企業の負債20億円を回避し商標だけを取得した参入スキーム

近江兄弟社の倒産に際してロート製薬は会社の救済ではなく、米メンソレータム社から商標使用権のみを取得する形を選んだ。これにより負債20億円と従業員約260名を引き受けることなく、ロイヤリティ7.5%(近江が実質負担していた20%の半分以下)でブランドを獲得した。山田副社長が「30人の人手でやってみせます」と語った通り、自動化によるコスト構造の優位を前提とした参入設計であり、倒産局面でブランド資産だけを切り出すスキームの事例である。

背景

軟膏市場の拡大と競争条件の変化

1970年代前半の日本では、生活水準の向上とともに家庭常備薬の需要が拡大し、軟膏薬市場も成長局面にあった。この分野では、大塚製薬のオロナインが広告投下と流通網の拡張によって高い認知度を確立し、市場を事実上リードしていた。 一方、長年にわたりメンソレータムを製造・販売してきた近江兄弟社は、経営悪化によって倒産に至り、国内市場から姿を消した。これにより、長い歴史を持つメンソレータムブランドは宙に浮いた状態となり、その帰属と将来展開を巡って不確実性が生じていた。

決断

既存ブランド活用による市場参入

ロート製薬は、胃腸薬と目薬に依存した事業構造からの脱却を課題として認識しており、第三の収益源となる事業の育成を模索していた。1975年8月、同社は米メンソレータム社から国内における商標使用権を取得し、軟膏市場への本格参入を決断した。 契約期間は10年、ロイヤリティは売上高の7.5%とされ、自社開発による新規参入ではなく、既に認知されたブランドを活用することで、時間と投資リスクを抑える設計が取られた。これは、確立済み市場への現実的な参入手段として選択された判断であった。

結果

事業ポートフォリオ拡張の足場形成

メンソレータムは発売後、ロート製薬の主要ブランドとして定着し、1980年代にかけて外皮用薬および医薬部外品分野の売上拡大に貢献した。これにより、同社の事業構造は内服薬と点眼薬への依存度を相対的に低下させ、収益源の分散が進んだ。 一方で、近江兄弟社が「メンターム」ブランドで市場に復帰したことにより競争は激化し、オロナインを含む三社競合の構図が定着した。独占的地位の確立には至らなかったものの、メンソレータム事業はロート製薬にとって安定的な収益基盤の一角を占め、以後の多角化戦略を進めるための現実的な足場となった。

財界
1975年ごろの当事者の証言
メンソレータム軟膏、ホワイト、ラブ、シェービングクリームの4品目の製造販売と、くちびるの荒止め、リップスティックの輸入販売権。期間は10年だ。 そしてロイヤリティーは近江が実質的に米国メ社に払っていた5%よりやや高い7.5%前後となったが、広告などは一切ロート側に任せられた。逆に言えば近江が売上の20%を持っていかれていた費用が、中間を省いたため、ロートは半分以下で済み、米メ社もやや収入がアップしたのだ。 「本社工場に自動化機械を入れれば、近江(注:倒産時の従業員数約260名)さんが売っていた分は30人の人手でやってみせます」とロート製薬の山田副社長(注:山田安邦氏)は強気。そして「米国メ社の事前OKを取れば、色や感じの違うメンソレータムだって発売できます。」とハイド社長の意を呈してか、早くもオロナインを向こうに回した感じの発言も続々と飛び出した。 ロートでは数年のうちに目薬、胃腸薬に次ぐ3本柱に育てる構えだが、もし、近江再建に乗り出していたら、負債20億円と従業員が全員付いて回っていただけに、結局、安い買い物をしたわけだ。
日経ビジネス 近江兄弟社とロート製薬の競争について
1987年ごろの当事者の証言
(注:近江兄弟社は)いかに「メンターム」を売るのか。ここで考えついたのが、従業員全員で小売店を回ることである。(略) 直接訪問することによって小売店の心証を良くすれば、多少、メンソレ(注:ロート製薬のメンソレータム)に食い込めるかもしれない、と考えた苦肉の策だったのだ。「ロートさんに対する競争心があってこそ、それが可能になった」と岩原社長は言う。もちろん、この競争に負ければ職を失うわけだから必死だった。(略) こうした作戦が功奏し、今では「ロート製薬のメンソレータムの3分の1程度の売り上げまで追いつけた」と言う。さらに、倒産後、新製品として出したリップスティック型に関しては「五分五分に張り合っている」ほどだ。もっとも、売れるのは感動的な理由ばかりではない。メンソレに比べ、小売店のマージンを2割ほど高くしてあると言う現実的な要因もあるのだ。
経営統合に関連する時系列
  1. 近江兄弟社が創業(米メンソレータムと契約)
  2. 近江兄弟社が倒産。会社更生法による再建に着手
  3. 米メンソレータム社が近江兄弟社とのライセンス契約を破棄
  4. 近江兄弟社が「メンターム」を発売(独自ブランド)
  5. 米国メンソレータム社から国内の商標使用権を取得