国生義夫
明治ホールディングス・元取締役社長
(敬称略) 生年月日 —
学歴 鹿児島高等農林学校
出自 —
- 出自
- 1937年に明治製菓へ入社し、1944年に明治乳業の取締役として移った。1916年に鹿児島高等農林学校を出た農芸化学の出身で、明治乳業には課長・部長を経ずに役員から入っている。1948年に常務取締役、1950年に専務取締役へ上がり、移籍から11年後の1955年11月に社長へ就いた。明治製糖・明治製菓を出自とする役員が明治乳業の経営を担う構図を、戦後の早い時期に体現した一人である。
- 抜擢
- 1955年11月に社長へ就き、1966年12月に会長へ退いた。ところが1972年5月、後任の浅沼隆男氏が社長を離れると、会長のまま社長へ復帰している。1892年生まれで、最初の就任から17年を経ての再登板だった。1年後の1973年5月には再び会長へ移り、専務取締役の小野正則氏へ社長を渡した。会長経験者を一時トップへ戻す、つなぎの人事だったとみられる。
- 施策
- 1959年11月、小野正則氏・藤見敬譲氏・近藤重正氏ら部長級を一斉に取締役へ引き上げた。このとき役員に入った2人が、のちに社長を継いでいる。1963年10月には営業本部と生産部を置き、東京・大阪・名古屋・福岡へ営業所長を配する体制へ改めた。1966年12月に会長へ退いたのち、1972年5月から1年だけ社長へ戻り、小野正則氏へ引き継いだ。
- 評価
- 執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1968年版 経歴・学歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1974年版 経歴・学歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1977年版 経歴