吉川清一
清水建設・元代表取締役社長
社長就任までの出自
出自
1927年3月に東京大学工学部建築学科を卒業し、同年4月に清水建設へ入社した。1947年11月に取締役、1950年2月に常務取締役、1958年11月に専務取締役へ進み、1961年3月に代表取締役専務取締役、1962年11月に代表取締役副社長となった。副社長のころに示した方針は、配当2割2分の堅持と2〜3分の記念配当、そして工期が長く回転率の低い土木より建築を主体とする業者のほうが経営の継続的な安定で優れるという見方だった。1902年に長野県で生まれた。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1966年9月に代表取締役社長へ就任した。1961年版と1966年版の役員欄では社長が清水康雄氏で、副社長の筆頭に清水正雄氏が並び、頂点は清水姓が占めていた。同じ1966年9月に清水正雄氏が取締役会長へ移っており、創業家をトップから外す入れ替えと同時の登用であったとみられる。入社から39年、副社長就任からは4年での就任である。
在任中の主な施策
施策
社長在任は1966年9月から1972年5月までの5年8か月である。1971年5月に不動産取引に関する業務を事業目的へ加え、請負以外の収益源に道を開いた。単体売上高は1971年3月期の2709億円から退任年度にあたる1972年3月期の3103億円へ伸び、経常利益も164億円から175億円になった。1972年5月に取締役会長へ退き、副社長だった野地紀一氏が後を継いだ。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1902〜1972年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件
- 日本企業要覧 1971年版
- 日本企業要覧 1973年版
- 証券アナリストジャーナル 1963年1巻1号「建設業界の見通しと清水建設」