鈴木剛
住友銀行・元職名変更により頭取
(敬称略) 生年月日 —
学歴 —
出自 —
- 出自
- 1896年に広島県で生まれ、京都大学を出て1922年4月に住友銀行へ入行した。住友の採用は本社が一括して行っており、鈴木剛氏は銀行を志望しないまま住友銀行へ配属された。神戸支店に始まり、1932年まで上海支店、1940年から2年間は京都支店に勤めた。大阪の西野田支店長のときに松下幸之助氏と初めて会い、終戦の直前は軍需融資部長として住友系の会社と工場を回った。
- 抜擢
- 1947年2月に取締役(同時に常務取締役)へ選ばれ、その半年後の同年8月、51歳で住友銀行の社長に就いた。上位の役員がすべて公職追放の対象になったための昇格で、役員としての在任は半年しかなかった。同年1月には住友銀行従業員組合連合会が結成されている。財閥解体、戦時補償の打ち切り、預金封鎖と新円発行が一度に押し寄せた時期の交代だった。
- 施策
- 就任後は未経験の労使交渉が続いた。住友銀行の回答が同業者の標準とみられていたため、組合への回答がそのまま業界の水準を決めた。独占禁止の建前から住友の連係各社との一行取引が続けられなくなったなか、松下電器産業の松下幸之助氏に取引の先行きを相談されると、松下とだけは一行取引を続けると即答した。社長の職名はのちに頭取へ改まり、鈴木剛氏は頭取として在任を続けた。
- 評価
- 執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 私の履歴書 経済人21(日本経済新聞社、1986年) 生年・出身地・学歴・経歴・出自