アパレル企業であった鈴屋(1997年に経営破綻)に勤務していた増田宗昭氏は、脱サラを決意して起業家に転身した。鈴屋では商業施設「ベルコモンズ(東京青山)」の企画に携わるなど、経営企画のキャリアを歩んでいたが、増田氏は自らが提案した企画案が却下されたため、独立を決意したという。
増田氏が記した「創業の意図」では、複数ある事業アイデアのうちの1つにビデオレンタルを挙げた。ただし、最初からレンタルに絞っていたわけではなく、将来の事業展開でインテリアの改装の請負を想定するなど、この時点ではビデオレンタルを軸にする計画はなかったと推定される。
また「インテリア」「LOFT」「ビデオ」「住宅情報」「コンビニエンス」「西海岸」など、1980年代にブームとして人口に膾炙したトレンドに注目しており、どこにでもいる起業家の一人に過ぎなかった。
変革の80年代に、関西最大のヘッドタウン枚方市において「カルチュアコンビニエンスストア」の発想で、文化を手軽に楽しめる店として、レコード(レンタル)、生活情報としての書籍、ビデオ(レンタルも含む)等を駅前の便利な立地で、しかも夜11時までの営業体制、コストをかけないロフトスタイルのインテリア環境で、枚方市の若者に80年代の新しい生活スタイルの情報を提供する拠点として、LIFE INFPRMATION CENTER 'LOFT'を提供したい。
開店後もプレイガイドや、住宅情報(賃貸住宅の仲介)、インテリアの改装の受請等へもチャレンジしてみたい。
そして、若者文化の拠点として、枚方駅からイズミヤの通りがアメリカ西海岸のようなコミュニケーションの場として発展する起爆剤になりたく思う。
蔦屋書店は「ビデオレンタル」という成長市場に参入することで、繁盛店になったものの、全国展開にあたっては課題があった。
第一に、参入障壁の低さに問題があった。ビデオレンタル業は、メーカーや問屋からビデオを仕入れて、会員顧客に対して販売することによって実現できることから、誰でも参入できる業態であった。このため、ビデオの普及とともに、レンタル店における競争の激化が予想された。
第二に、発注の精度向上に問題があった。全国展開を進めるためには、各店舗を運営する店長が必要であり、ビデオの発注業務を担う必要があった。しかし、ビデオソフトは年間数百タイトル発売されており、何が売れるかを事前に予測することは個人の経験では限界があり、店舗展開のボトルネックになることが想定された。
このため、増田宗昭氏は「レンタルの直営店」ではなく「FC加盟店に対して発注代行サービスを提供する」という企画に特化した会社として運営する構想を描いた。
1983年2月に増田氏の故郷である大阪府枚方市にて、枚方駅前のビルの5階に「蔦屋書店」を開業し、ビデオレンタル事業に参入した。開業資金は1700万円であった。
1983年当時、ビデオは1本あたり10,000円以上する高額商品であり、レンタルというニーズが膨大に存在していた。この結果、蔦屋書店は開業直後から行列ができる人気店となり、ビジネスの出だしは順調にスタートした。
まず1番目は、レンタルに注目したということです。レンタル業とは、なんぞやというと、これは金融業です、見切りとして。800円で仕入れたCDがレンタル料金150円生むということですが、レンタル料金の実態は金利です。お支払いになる150円は金利で、利率になおすと20%弱です。しかも1日です。銀行ならだいたい年間4%です。コストと収入の関係は、1日で2割で5倍ですから、年間で1800倍くらいです。1800倍の効率で資本を運用していることになるわけです。ですから、表向きは生活提案業、裏へ回ったら金貸屋と(笑)
1985年に増田宗昭氏は、ビデオレンタルのフランチャイズビジネス(FC)を展開するために、「カルチュア・コンビニエンス・クラブ」を株式会社として設立した。以下、CCCと表記する。
CCCのビジネスは手数料を主体としたFCであった。ビデオレンタルの店舗運営を行う加盟店に対して、「TSUTAYA」という店舗ブランドと、発注代行サービスを提供。その対価として手数料(加盟店売上高の5%)を徴収するビジネスであった。
なお、CCCは迅速な店舗展開を図るために、FCの加盟店審査において、信用力に乏しい脱サラ系の個人に任せるのではなく、地方に点在する地主や流通企業と手を組むことを優先した。流通企業における土地取得のスピードが早いことを期待し、TSUTAYAの急速出店を促した。
私どもが出店戦略で考えたのは、地方の大手流通業の人と組もうと。これはサービスがわかっていらっしゃるし、地元の不動産屋に顔がきくから。こういう物件を探してくれと言われたら、誰のいうことを一番先に聞いて不動産屋が動くかというと、たぶん地元の1番の流通業の方ですね。
例えば、高知ではサニーマート。このサニーマートさんには、いま30店舗以上をやってもらっています(注:1994年時点)。それから九州に行くと壽屋。中部ですとユニーというように、皆さんに一度TSUTAYAをやってもらって成功していただいて、どんどん多店舗化してもらうということで出店を進めております。
1985年にCCCは1億円を投じて大型コンピュータを導入し、POSと連携することで発注システムを作り上げた。ベンチャーであったCCCにとっては巨額投資のため、1億円は増田宗昭氏が自宅を担保に入れて資金を借入調達した。
コンピュータへの思い切った投資を行なった理由は「発注代行システム」こそがCCCのビジネスの勘所だったためである。
ビデオレンタルは「発注リスクが高い」という市場の特性があり、「在庫回転率を高める」ことが利益率の鍵を握った。人気の新作であれば18回転/月も期待できるが、3ヶ月が経過した旧作になると0.5回転/月へと低下するため、回転率の低下はレンタルショップにとって死活問題になった。このため、CCCの掲げる「発注代行システム」は、加盟店における在庫回転率の向上という観点で、導入するメリットがあった。
当時、ビデオソフトはVHS(カセットテープ)によって提供されたが、毎月600種類の新商品が発売され、1つのビデオにつき1万円という高額商品であり、仕入れの失敗はレンタル業にとって致命的であった。ビデオ市場の拡大に対して、バイヤーが熟練するスピード(数年は必要)が追いつかないことも予想され、ビデオレンタル店舗を経営する企業は「精度の高い発注データ」を誰よりも欲しがった。
そこで、CCCは発注システムを、POSと大型コンピューターを軸にしたシステム構築を目指した。CCCは加盟店からのPOSデータを集約し、大型コンピュータを使用して本部で売れ筋を分析。そして、CCCの本部がFC加盟店が仕入れるためのビデオを発注した。
加盟店からすれば「発注」という難易度とリスクの高い業務をCCCに委託できるメリットがあり、売上高の5%という高額な加盟店手数料を払う価値があった。つまり、手数料を払ってでもFCに加盟する理由が、CCCの提供する発注代行システムにあったため、CCCは1億円という巨額投資を決断した。
引っかかる問題があるわけです。それは、在庫コントロールです。通常お店の商品はメーカーに問屋を介して発注しているのですが、この商品の在庫コントロールってすごく難しいんです。なぜ難しいかと言いますと、いま(注:1994年時点)コンピュータで管理しているアイテム数というのは15万アイテムくらいあります。それからビデオで毎月新しく600種類出ます。CD、CDシングルでは、月に2000種類出ます。こんなにたくさんTSUTAYAには入っていない、と言われますけど、当たり前で、大体1割しか入れません。9割はカットします。
レンタル業というのは回転ビジネスなので、あらかた回転するものしか入れないということで9割はカットします。銘柄がものすごく多くて、しかも1割くらいしかヒットするものがないという現実が、逆に言えばあるわけで、この9割カットというのはものすごく難しい。
そこで考えたのは、仮に3000店やるとしたら、各店舗でのバイヤー育成なんて間に合わない。この発注という作業を専門特化、代わりにやる会社が必要だということで作ったのが実はCCCなんです。ふつうはお店が問屋を介してメーカーに発注するものを、発注代行システムという仕組みを作って発注を全部CCCに任せてもらったのです。
ビデオソフトの物流を効率化するために、1986年にCCCは大手取次である日販と業務提携を締結した。
仕組みは次の通りである。日販の物流拠点において、レンタル用のビデオソフトに「作品名・品番・棚番」を記録したバーコードを事前に貼り付る。次に、CCCの加盟店は日販からビデオを仕入れ、レンタルの会計時のPOSでバーコードを読み取り、売上データを商品データとともにフロッピーにて保存する。最後に、CCCの加盟店は営業時間終了時にフロッピーディスクに蓄積された売上データをCCCの本部に送信する。
この方式によって、CCCは売れ筋商品のデータを蓄積でき、加盟店に対して発注アドバイザリーの業務を行うことが可能となった。日販としてもビデオという新しい商材を加えることで、取扱高の拡大を期待できた。
日販との提携によって、CCCはビデオレンタルのビジネスにおける座組みを確立し、ビジネスが安定したことで加盟店獲得の原動力となった。なお、日販の競合である東販は、レンタルビジネスではゲオと提携しており、レンタル業界は日販系のCCC、東販系のゲオの2社に分断された。
流通体制の確立により、CCCの加盟店からの信頼を獲得。FC加盟店舗は、1986年の51店舗から、翌1987年には前年比4倍となる207店舗へと急増した。
1990年にCCCはPPT(Pay Per Transaction)という取引システムを導入し、ビデオの仕入れ値の負担を流通各社で負担する方針を打ち出した。店舗はビデオを従来の1/10の価格(1500円)で仕入れることが可能となり、その代わりにレンタルの収益を「店舗40%、メーカー50%、流通10%」で分担することで、店舗の投下資本利益率の改善が可能になった。
PPTはCCCの単独発案ではなく、レントラックジャパンと提携することによって実現した。(2005年にCCCはれントラックジャパンを買収)
PPTの導入によって、不利になったのはビデオメーカーと推察される。1990年を境にビデオの商品数が激増したため、メーカー間での競争が激化した結果、メーカーは「高額で売り切る」のではなく「レンタル実績に応じた収益」に移行せざるを得なくなったと思われる。
このため、CCCとしては、レンタルの元締めとしてPPTを導入することによって、ビデオ業界の利益配分を「メーカー」から「店舗・流通」に遷移させたとも言える。
この結果、CCCはレンタル事業で順調に業容を拡大した。特に、ビデオレンタル業界では仕入れ力の弱い零細店舗が淘汰され、経営効率の良いCCCの加盟店が生き残る構造が定着し、レンタル業界ではCCC(TSUATAY)と、競合のゲオの2社による寡占化が進んだ。
CCCはビデオレンタルを通じて培った情報をもとに、番組制作を通じた衛星放送に参入する方向を模索した。
CCCとしてはトレンドなどの情報をPOSを通じて蓄積しており、これらを生かすことによって、強力なコンテンツ制作の体制を構築する狙いがあった。そこで、1995年にディレクTVにCCCが出資を行い、増田宗昭氏がディレクTVの社長を兼務した。
ところが、増田社長はCCCと同じトップダウンの経営スタイルでディレクTVを運営。事業が軌道に乗っていないのにも関わらず、本社を恵比寿の一等地(ガーデンプレイス)に移転し、半年で100億円という潤沢なマーケティング投資を計画したことから、ディレクTVに出資する他の企業(三菱商事など)から反感を買った。
このため、1998年に増田宗昭氏は取締役会でディレクTVの社長を解任され、CCCによる衛星放送への参入計画は頓挫した。
デジタル衛星放送については、今いろんなところで組んで準備を進めています。私どもには、既存事業で900万人のお客さんがいらっしゃいますし、商品のデータベースは15万アイテム全部についてどれがトレンドで、どれが人気があるのか全てわかりますから、番組編成の企画までできるんですね。さらに、グループ会社(ギャガ)で映画の版権の買い付けをやっておりまして、今年も何本か日本に持ってまいりました。そういうことを基盤にデジタル衛星放送にも出ていきたいと思っております。
インターネットの急速な普及を受けて、1999年ごろに日本国内ではeコマースへの新規参入ブームが起こった。そこで、CCCもビデオレンタルの分野でeコマースに参入するために、1997年にTSUATAYA Online(TOL)のサービス提供を開始した。
TSUTAYA Onlineの狙いは、ネットで完結するサービスではなく、ネットとリアルの相乗効果にあった。ただし、具体的な相乗効果はメールマガジンを活用したリアル店舗への集客などに限られており、1999年の時点におけるCCCはネット事業の方向性は漠然としたものであった。
また、TSUTAYAの会員数1300万と、商品数200万のデータを強みとして捉えていたが、どのように活用するかについては触れられておらず、模索していた状況だったと推察される。
TSUTAYA Onlineの展開にあたって、CCCはシステム開発を内製ではなく、ベンチャー企業であったIMJに外注する道を選択した。IMJはホームページの制作が主力の会社であったが、TSUTAYA Onlineの開発を通じてモバイル向け(iモードなど)のサイト構築も行う受託企業となった。
CCCとしては、オンライン事業に注力する方向を決めたものの、具体的な方向性は模索途上にあり、とりあえずソフトウェア開発を外部企業に委託することで、最低限のコンテンツを準備する目論見があったのだろう。しかし、方向性なき受託依存という座組みでは、ネット事業の構想を描くことが難しかったと思われ、のちのTSUTAYA Onlineの苦戦の原因になった。
こうしたインターネットの普及という実態をどう捉えるのか、昨年7月に立ち上げたサイト、TSUTAYA Online(TOL)では、単独のeコマースをやろうということではなく、あくまでTSUTAYAという店舗との相乗作用を狙いたいと考えた。ネットと店舗の融合である。
例えばTOKの会員に新作ビデオの紹介メールを配信する。すると明らかにその作品のレンタル率が高まるというデータが得られた。そしてはじめはこういうシンプルな情報発信だったが、次第にレベルアップを図りワン・トゥー・ワンのレベルに高めていく計画だ。TSUTAYAの強みは1300万人の会員データベースと220万アイテムの商品データベースを併せ持っていること。この組み合わせでエージェント機能を発揮するのが、エンターテイメントのコンテンツの流通市場の中でのTSUTAYAの役割だ。それを可能にするのがインターネットというわけである。
2000年にCCCは東証マザーズに株式を上場し、調達した資金をレンタルビジネスと、TSUTAYA Onlineに重点投資する方針を打ち出した。
ただし、ネット事業に関しては詳細な投資計画があったわけではなかった。
当社では1999年12月に当社のグループ事業戦略について見直しを行い、主な事業領域は、加盟店舗網とTSUTAYA Onlineを核とするエンターテイメントコンテンツの流通業であるとの方針を固め、経営資源を当該分野に重点配分し、組織再編を含めて今後の事業方針を変更する方向で検討を始めました。
(略)
今後、インターネット(ウェブサイト)を含め、本格的に電子商取引に進出することを検討中でありますが、その場合の必要投資額、収益性、店舗事業に与える影響ともに現時点では明確な見通しを持つに至っておりません。
2003年にCCCはTSUTAYAで利用できる会員カードのサービス内容を拡張し、他の小売店舗で共通でポイントを利用できる「Tポイント」のサービス提供を開始した。当時はスマートフォンが普及しておらず、ポイントカードは「物理カードの発行」が前提となったことから、すでにビデオレンタル事業で顧客を抱えているTポイントは、新規会員の獲得競争で有利な立場にあった。
小売店としてもTポイントを導入することによって、CCCからの送客が期待できることから、Tポイントの付与および消費に積極的に関与するメリットがあった。加えて、Tポイントを導入すれば、ポイントに必要なシステム開発への投資、ポイントの利用を踏まえたポイント引当金の計上を回避することができ、アセットが軽くなるメリットがあった。
加盟店からのニーズの増大を受けて、2005年にCCCはポイント事業を本格展開するために、子会社として「Tカード&マーケティング」を設立した。
加盟店獲得では、2007年のファミリーマートの加盟が転機となった。ファミリーマートとしては、コンビニで会員カードを作成させるハードルが高く、すでに会員基盤を擁していたTポイントを利用可能とすることで、コンビニ各社におけるポイント付与競争に対処する狙いがあった。
この時期には、小売りグループごとにポイントの経済圏が成立しつつあり、Tポイント(ファミマ系列)、ポンタ(ローソン系列)、nanaco(セブンイレブン系列)、楽天、WAON(イオン系列)の各社が出揃った。
Tポイントは、2007年に会員数が2000万人を突破するなど、日本国内で利用される代表的な共通ポイントカードの地位を獲得した。2011年3月期にCCCはTポイント(アライアンス・コンサルティング事業)にて売上高109億円・営業利益36億円を確保するなど、ビデオレンタル事業に次ぐ主力収益源に育て上げた。
ただし、共通ポイントシステムの構築に当たっては相応の投資が必要であり、2010年3月期にCCCは年間13億円をソフトウェア開発に投資していた。よって、ポイント事業におけるROICの水準は低かったと推察される。これは、共通ポイントのビジネスの本質が、ソフトウェアの開発(外注の場合に資産計上)と引当金の計上という、BSでリスクを取ることに起因する。
なお、CCCのポイントシステムの投資は、ソフトウェアを資産計上していることから、外注企業に委託していたものと推察される。
2005年にCCCはインターネット領域に本格参入するために、株式会社IMJ(ホームページ制作会社・大証ヘラクレス上場・時価総額293億円)、株式会社デジタルスケープ(人材派遣会社・大証ヘラクレス上場・時価総額81億円)、株式会社デジタルハリウッド(専門学校を運営)の3社を約160億円で子会社化(株式50%超を取得)した。
いずれもインターネットの関連企業であり、webの事業展開にあたって必要な人員を確保する狙いがあり、インターネットプラットフォームの構築を最終目標とした。IMJは1999年からTSUTAYA Onlineの開発を受託しており、長らくCCCと取引関係にあった。
CCCは買収を通じてTSUTAYAのオンラインサイトを充実させつつ、最終的にはリアル店舗への集客のために、インターネットを活用する「クリック&モルタル戦略」を引き続き継続した。
ところが、CCCはオンラインにおける「動画配信」や「レンタル商品の顧客へのレコメンド」といった、テクノロジーが主軸となる方向性を見切れず、一般的な「通販サイト」の構築に投資を優先してしまった。高度な技術が必要なオンラインによる動画配信に注力することは、従来とは別次元の技術(高トラフィックの負荷分散や機械学習)が必要であった。このためCCCは、インターネットで動画を視聴する時代の流れに対して、テクノロジーの面で乗ることができなかった。
加えて、TSUTAYA Onlineはi-modeなどのガラパゴスケータイで利用できるサービスとして展開しており、2005年時点のTSUTAYA Online会員のうち64%がガラケーに依存していた。このため、2010年以降はスマホシフトに対応できず、インターネット事業は伸び悩みに転じた。
その後、CCCはインターネット事業について「セグメント業績」から消して業績開示を取りやめるなど、微妙な雲行きとなった。2012年にはCCCのグループ会社であったIMJは4期連続の赤字に転落したため、IMJはMBOによる上場廃止を選択し、CCCのグループから離脱。IMJは経営再建を経て2016年にアクセンチュアに買収された。
この結果、CCCは巨額資金を投じた企業買収にもかかわらず、投資すべきテクノロジーの方向性を見誤ったと言える。技術力に乏しいCCCは、Netflixなどの動画配信サービスの台頭に対して、対処不能となってしまう。
2005年にCCCはレントラックジャパンの株式取得を決定した。レントラックはTSUTAYA向けに、ビデオレンタルのPPT事業を運営しており、2005年3月期時点の売上高は422億円、純利益14億円を計上していた。
CCCとしては、DVDなどのレンタルソフトの仕入れにおける買取比率を低下させ、PPT方式の比重を高めることで加盟店の収益を確保する狙いがあったと推察される。
すなわち、動画配信といったオンラインに集中投資するのではなく、DVDのレンタルビジネスに引き続き投資を行う方針を明確にした。結果として、2000年代を通じてCCCは「レンタル」と「ネット」で投資を分散させたため、競合の台頭を許す結果となった。
2005年にCCCは、インターネット関連会社3社およびレントラックの株式取得によって生じた315億円について、連結調整勘定の一括償却を実施した。この償却により、CCCは315億円の特別損失を計上して最終赤字に転落した。
通常の買収であれば無形資産を一括償却するのではなく、一定期間にわたる償却を行う(当時はIFRSはなく減損テストという概念はない)が、CCCは損失として計上した。この会計処理を行なった理由は不明で謎が多いが、おそらく赤字による税効果や、特別損失に計上することによる営業利益の目減り低減を狙ったものと思われる。
当時の業界内では、楽天は一括償却のテクニックを利用しており、会計業界では大問題となっていた。そして、CCC(増田氏)と楽天(三木谷氏)は創業者が旧知の間柄であることから、CCCは知恵入れをされた可能性も考えられる。
さすがにグレーな手法であるため、2006年に企業会計基準委員会(ASBJ)は、無形固定資産の一括償却に対して、否定的な見解を打ち出し、新会計基準「企業結合会計基準」では「のれんの一括償却」は禁止された。
2010年にCCCはTポイントにおいて、Yahooジャパンおよびソフトバンクを加盟店として獲得した。2015年までにTポイントを運営する子会社「Tポイントジャパン」の出資比率を、CCC(約50%)、ヤフージャパンおよびソフトバンク(約35%)、ファミリーマート(約15%)とすることで、Tポイントの利用促進を図った。
ヤフーショッピングでもTポイントを利用できるようになり、インターネット通販でもTポイントが大量に発行される契機となった。
ただし、システムの統合では利害対立が生じている。2012年にYahooでのポイントと、CCCのポイントを統合する方向で動いていたものの、システムの要件をめぐって両者の対立が発生。増田宗昭氏(CCC・創業者)と孫正義氏(ヤフージャパン・会長)のトップ会談によって事態を収束させるなど、微妙な提携関係でもあった。
また、2012年の時点で増田宗昭氏は、Tポイントの強みについて「1枚のカードで利用できる点」にあると判断し、スマホアプリの台頭を見切れていなかった。
企業は投資負担を減らし、相互送客できる。お客さんは1枚のカードで済むようになる。ポイントの還元率が低くても、1枚のカードを多くの店で使えれば、自然にポイントは貯まっていく。Tポイントの価値はそこにある
2000年代を通じて、CCCは本業のビデオレンタル事業は頭打ちとなり、新事業ではTポイントは収益を生む形となったものの、インターネット事業の立ち上げに失敗した。この結果、CCCの業績は悪化するとともに、株価は低迷した。
経営改革のために、2011年に増田宗昭氏は、MBOによって非上場化することでCCCの経営再建を行うことを決定した。バリュエーションに関しては、増田氏が保有する株式41%を除く、残りの59%の株式を約696億円を買い付ける方針とした。すなわち、MBO実行時における時価総額は1179億円となった。
なお、MBOに必要な資金については、金融機関からの借入によって実施したため、MBO後のCCCには無形資産が計上される形になった。
2010年代を通じて、Amazon(Prime)、Youtube、Netflix、AbemaTVなどの動画配信サービスが急成長を遂げて、動画を視聴する際に「DVDをレンタルする」ことは消費者のニーズにそぐわなくなった。特に、動画配信におけるNetflixの台頭は著しく、2015年に日本市場に参入すると、DVDのレンタルという市場を消滅させるほどのインパクトを伴った。
この趨勢に対して、CCCはインターネットを活用した事業展開を諦めた。2012年にはグループ会社だったIMJをMBOの実施に伴い売却している。その代わりに、2011年に「蔦屋書店」を東京代官山に開業し、書店として事業を再生することを目論んだ。
増田氏はネットにおいて代替されないサービスを開発すれば生き残れると考えた。また、CCCは地方のFC加盟店に対しても、CDやDVDではなく書籍の取り扱いを増大させることを推奨し、レンタルビジネスから書籍の売り切りビジネスの転換を試みた。
なお、代官山への出店においては、増田宗昭氏が個人で土地を取得したらしい(2015/10/31週刊東洋経済)。取得額は不明だが、広大な一等地ということもあり、相当額であったと推察される。
直感としてあったのは、アマゾンみたいなインターネットサービスはこれからもっと普及する。コンテンツのデジタル化も爆速で広がるということ。だからひとつ、決めたんだよ。CCCはネットサービスに置き換わるようなことは基本的にやらない。企画会社としてリアルでしかできないことを掘り起こそう。加盟企業さんのためにね。
蔦屋書店についてはよく、「こんなに喫茶店でタダ読みできたら、本が売れないでしょう」と言われる。けれど、それが売れているのよ。代官山の本は坪月商30万円だよ?こんな本屋、なかなかない。
2010年代を通じてTSUTAYAのレンタルビジネスが低迷したため、Tポイントを使用するためのTカードの発行枚数が頭打ちとなった。これは、CCCがポイントカードにおける「発行」で強みを見出せなくなったことを意味する。
また、2010年代以降にスマホが普及したことによって、そもそも「ポイントカードをリアル店舗で作成しなくて良い」時代となり、スマホアプリでポイント管理や付与が可能となった。この趨勢に対して、2018年からヤフーはPayPayを通じて決済アプリに莫大な投資を実施し、Tポイントと決別する方針を鮮明にした。2022年にはヤフージャパンとソフトバンクは、Tポイントジャパンの株式をCCCに売却しており、Tポイントと縁を切った。
この結果、Tポイントからはファミリーマートやヤフーといった大型加盟店が離脱し、ポイントの利用者の視点からしてもメリットの少ないサービスへと退化した。
CCCはポイント事業の収益を開示していないが、厳しい状況にあると推察される。
2010年代を通じてCCCは、蔦屋書店の開業による売上増加の一方で、収益性が低迷する問題に直面した。書籍は返品率が高いために粗利が低く、この課題を克服できていない。
また、BSの観点では、蔦屋書店の展開にあたっては、投資効率が問題になっていると推察される。リアル店舗への集客のためには、都心の一等地(銀座・代官山・六本木など)を賃借によって確保する必要があるため、気軽に店舗数を拡大できる業態ではない。
加えて、CCCは、2010年代を通じて出版社の買収を積極化しており、MBOによって生じたのれんを加えると、巨額な無形資産を計上しており資産効率が悪い。2020年時点で400億円を超えるの無形固定資産を計上しており、減損リスクと隣り合わせにある。
よって、2011年の上場廃止以降から2022年の現在に至るまで、依然としてCCCの経営は厳しい状態には変わりない。PLとBSの両方に問題を抱えており、特に自己資本比率が20.1%と低い水準である点に課題がある。
したがって、2010年代を通じたMBOによる経営再建は、多難な状況を招く結果に終わった。