イトーヨーカ堂はコンビニ事業に参入するため、米国でコンビニ「セブンイレブン」を展開していたサウスランド社と契約を締結し、日本におけるセブンイレブンの事業展開をスタートさせる。なお、契約交渉に奔走したのがイトーヨーカ堂の社員・鈴木敏文であり、日本におけるセブンイレブンの実質的な創業者である。
日本におけるセブンイレブンの1号店を東京都江東区に開業。以後、セブンイレブンはドミナント出店を最優先させ、東京都・首都圏におけるセブンイレブンの集中出店を本格化させた。なお、セブンイレブンの経営はFCを主体とし、セブンイレブンの社員は酒類免許を持つ「町の酒屋」をオーナーのターゲットに据えて、営業攻勢をかける。
1970年代を通じてセブンイレブンは東京を中心にドミナント出店によって業容を拡大。1979年2期に売上高725億円、加盟店591店舗となり、株式上場を果たす。
当時実用化されたばかりのPOSの全店導入を決断。売上情報を取得することでメーカーに対する発言力の増大に寄与した。
持ち株会社が解禁されたことを受け、セブンイレブンの親会社であるイトーヨーカ堂との持ち株会社「セブン&アイ・ホールディング」を設立し、親子上場の関係性を見直す