← 経営統合の歴史的な記録

SBIホールディングスによる新生銀行への敵対的TOB

2021年成立

なぜ国内初の本格的な銀行敵対的買収で、新生銀行は買収防衛策を直前に撤回したのか?

買収 TOB
公表日時 2021年9月
交渉期間 約3ヶ月
帰結 買収成立(防衛失敗)
概要
2021年9月、SBIホールディングスが新生銀行に事前通知なしのTOBを仕掛けた、国内銀行業界で初の本格的な敵対的買収。新生銀行は買収防衛策で対抗したが、12月にSBIが議決権の47.77%を取得し連結子会社化した。
背景
SBIは地銀を束ねる「第4のメガバンク構想」の中核に新生銀行を据える狙いがあった。2019年の友好的な資本提携の打診が、新生銀行のマネックス証券との提携で決裂し、敵対的TOBへ転じたとされる。
内容
1株2,000円・議決権の上限48%の部分買付。新生銀行はSBI以外への新株予約権無償割当で対抗を図ったが、議決権の約2割を握る国(預金保険機構・整理回収機構)が中立を保ち、防衛策を撤回した。
含意
約3,500億円の公的資金が未返済で国が大株主という特殊事情が、防衛策の可決を阻んだ。買収防衛策は株主構成しだいで機能せず、資本政策の積み残しが買収を招いた事例といえる。
筆者の見解

防衛策の限界と、議決権を握る国

新生銀行の事例は、買収防衛策が万能ではないことを示している。SBI以外の株主に新株予約権を割り当てる希薄化型の防衛策は、その発動に株主の賛同を要する。だが議決権の約2割を握る国が中立を保ったことで、防衛策は支持を得る前提を失った。買収される側の経営陣が反対しても、株主構成しだいでは防衛策が機能しないことを、この攻防は明らかにした。とりわけ公的資金という特殊な事情が、国の判断を経営陣の側に引き寄せなかった点は重い。誰が議決権を握り、どう行使するかが、敵対的買収の成否を分けるという教訓である。

同時にこの案件は、公的資金の返済を長く先送りしてきたことの帰結という側面も持つ。返済に必要な株価と現実の株価の隔たりが埋まらないまま二十年余りが過ぎ、国が大株主であり続ける状況が、結果として外部からの買収を呼び込む素地になったとも読める。買収する側にとっては、低迷する企業価値と動かない大株主が、攻めの好機に映ったのかもしれない。敵対的買収を一方的な脅威とだけ捉えるのではなく、経営の停滞や資本政策の積み残しが買収を招くという視点も要るのだろう。新生銀行の物語は、防げたか否かという結末以上に、なぜ買収の標的になったのかを問いかけている。

Yutaka Sugiura

統合の背景

マクロ環境——公的資金という重し

新生銀行は、1998年に経営破綻して一時国有化された旧日本長期信用銀行を前身とする銀行である。1998年と2000年に総額で約3,700億円の公的資金が注入され、優先株式の取得という形で国が資本を支えた。優先株はその後に普通株へ転換されたが、TOBが仕掛けられた2021年の時点でも約3,500億円の公的資金が未返済のまま残っていた[1]。完済には株価を注入時の水準まで大きく引き上げる必要があり、低迷する株価との隔たりは大きかった。預金保険機構と整理回収機構を通じて国が株式の約2割を保有しており[2]、この公的資金問題が新生銀行の経営に長く影を落としていたとされる。

上場企業の経営陣の同意を得ずに行う敵対的TOBは、日本では成立した例が乏しい。とりわけ銀行に対する本格的な敵対的買収は前例がなく、SBIによる新生銀行へのTOBは銀行業界で初の敵対的買収として注目を集めた[3]。預金や決済を担う銀行は免許業種であり、買収には銀行法に基づく当局の認可も絡む。買収する側にとっては規制対応の負担が大きく、買収される側にとっては防衛策の設計が公的資金や当局との関係に縛られる。こうした業態の特殊性が、本件を国内のM&A史でも異例の攻防にしたといえる。

SBIホールディングス

SBIの第4のメガバンク構想

買収を仕掛けたSBIホールディングスは、ネット証券を核に銀行・保険・資産運用へと事業を広げてきた金融グループである。北尾吉孝会長兼社長は地方銀行を束ねる「第4のメガバンク構想」を掲げ、その中核にSBI新生銀行を据えることを視野に入れてきた[4]。地方の人口減少と産業縮小で疲弊する地域金融機関を支え、地方創生につなげるという狙いである。新生銀行は全国規模の銀行免許と一定の事業基盤を持ち、SBIにとっては構想を実現する器としての価値があった。資本関係の有無を問わず地銀と連携してきたSBIにとって、自前のメガバンク級の中核行を持つことは構想の前進を意味した。

統合の発端

友好的打診から敵対へ——マネックス提携が招いた決裂

対立の芽は数年前にあった。SBIは2019年9月、新生銀行に資本提携を打診し[5]、経営資源を有機的に結合して総合金融グループを目指すとして、48%を上限に株式を買い付けることを提案していた。当初は友好的な関係の構築が模索されていたが、新生銀行はこれに距離を置く。2021年1月、新生銀行はSBIと競合するマネックス証券と金融商品仲介業務で包括提携すると発表し[6]、これがSBIの北尾社長の強い反発を招いたとされる。友好的な資本提携の道が閉ざされたことで、SBIは敵対的なTOBへと舵を切っていったとみられる。

TOBの公表——事前通知なき仕掛け

SBIは2021年9月9日、新生銀行への事前の通知をしないままTOBの実施を公表し[7]、翌10日から買付けを開始した。買付価格は1株2,000円で[9]、公表前の株価に約4割のプレミアムを乗せた水準である。SBIはすでに保有する約2割と合わせ、議決権ベースで最大48%を取得することを目指す部分買付の形をとった[8]。過半数に届かない上限としたのは、銀行を完全に支配する際に求められる当局認可や規制対応の負担を避けつつ、実質的な支配権を握る狙いがあったとみられる。事前通知のない仕掛けは、本件が敵対的買収であることを強く印象づけた。

統合の経過

新生銀行

新生銀行の抵抗——買収防衛策の発動準備

新生銀行の経営陣はTOBに反対した。2021年10月21日、同行はSBIのTOBに反対する意見を表明し[10]、対抗策として買収防衛策の発動準備に入る。防衛策は、SBI以外の株主に新株予約権を無償で割り当ててSBIの持ち株比率を希薄化させる仕組みで、11月25日に予定した臨時株主総会で株主の意思を問う設計であった[11]。新生銀行は、TOB価格は企業価値を十分に反映しておらず、SBIの経営体制やガバナンスにも懸念があるとして、買付けに応じないよう株主に呼びかけた。攻防の帰趨は、臨時株主総会での防衛策の賛否に委ねられることになった。

国の判断——議決権を握る預金保険機構

攻防の鍵を握ったのは、株式の約2割を保有する国であった。預金保険機構と整理回収機構を合わせると新生銀行の有力株主であり、その投票行動が防衛策の可否を左右する位置にあった。2021年11月、国はSBIのTOBに対して新生銀行が目指す買収防衛策に賛成しない方向で調整を始めたと報じられる[12]。預金保険機構は金融庁との協議を経て最終的に決めるとし、反対か棄権する方向で検討していたとされる[13]。公的資金を抱える銀行の経営に国が肩入れすることへの慎重論や、特定の株主を狙い撃ちする防衛策の妥当性をめぐる判断があったとみられる。国が中立の立場を崩さないことで、防衛策の可決は見通せなくなった。

統合の帰結

防衛策の撤回とTOBの成立

新生銀行は折れた。2021年11月24日、同行は臨時株主総会で諮る予定だった買収防衛策を撤回すると発表し[14]、25日に予定していた総会を中止した。あわせてTOBへの意見を反対から中立に変更し、SBIから経営陣を受け入れる方針を示す。会長には五味広文・元金融庁長官、社長にはSBI副社長の川島克哉が就く人事が固まり[15]、敵対的な攻防は事実上、買収側の勝利で決着へ向かった。国が議決権で味方につかない以上、防衛策の可決は望めず、対抗の手段が尽きたかたちである。

TOBはそのまま成立した。SBIは買付期間を延長したうえで、2021年12月11日にTOBの成立を発表する。応募株数は約5,692万株、取得額は約1,138億円で[17]、SBIの議決権保有比率は既保有分と合わせて47.77%に達した[16]。過半数には届かないものの、新生銀行はSBIの連結子会社となり、12月17日付で子会社化された[18]。国内で前例の乏しい銀行への敵対的TOBが、買収側の狙いどおりに成立した瞬間であった。新生銀行の側から見れば、防衛策を発動できないまま支配権を明け渡す結果となった。

残された公的資金という宿題

勝者となったSBIには、重い宿題が引き継がれた。新生銀行に残る約3,500億円の公的資金の返済である[19]。完済には株価を注入時の水準まで引き上げる必要があり、TOB価格の2,000円とは大きな隔たりがあった。SBIは新生銀行を傘下に収めたうえで収益力を高め、公的資金の返済原資を作ることを迫られた。買収はゴールではなく、長く先送りされてきた公的資金問題を引き受ける出発点でもあった。実際、商号をSBI新生銀行へ改めたのちも返済の道のりは続き、公的資金が完済されるのは2025年のことであった[20]

出典・参考