2018年6月にソフトバンクおよびヤフージャパンは、創業者の孫正義氏が陣頭指揮を取る形で、QRコード決済事業に本格参入するために、PayPay株式会社を設立した。同年7月27日に、ソフトバンクが公式にPayPay株式会社を通じて、同年秋までにQRコード決済事業に参入することを公表した。
PayPayの社長には中山一郎氏(ヤフージャパン執行役員)が就任して執行を担当。PayPayの開発・販売促進のための資金は、親会社のソフトバンクとヤフージャパンが供給する形をとった。
このため、QRコード決済の参入という戦略は孫正義氏が描きつつ、その執行を中山一郎氏が行う体制だったと推察される。
構想は2018年2月にスタートし、会社設立を6月に完了。サービスリリースの目標を10月に定めた。システム開発はヤフージャパン、営業はヤフーソフトバンクが共同で行う方針であった。
すでにソフトバンクはOrigamiに出資しており、ヤフージャパンもTポイントと提携することで決済領域に足を踏み入れていたが、PayPayの設立によって決済の内製化に舵を切った。内製化の決断によって、ヤフーはTポイントとの提携関係を解消を目指すなど、大幅に戦略を変更した。
PayPayは会社発足から3ヶ月後にQRコードの決済サービスをリリースする目標を掲げた。2018年の時点において、日本国内ではスマホが普及しており、QRコード決済では先発のOrigamiなどのベンチャー企業が台頭していたことから、PyaPayはリリースを急ぐ必要があった。
そこで、PayPayはインドで決済サービスを提供していた「Paytm」(ソフトバンク・ビジョンファンドの投資先)との提携を決めた。PayPayは開発体制をグローバル(インド)にすることによって、不足するエンジニアの問題を解決しようと試みた。
ヤフージャパンからもエンジニアがPayPayに参画し、2018年6月の時点において50名体制を確立した。このため、3ヶ月という短い期間において、決済システムの設計(Paytmが主導と推察)と、実際のシステム構築やコーディング(PaytmとYahooが主導と推察)を遂行したと思われる。
また、システムのインフラにはAWSを採用し、スピーディーなサーバー構築を目指した。当時、ヤフージャパン陣営ではAWSの経験が少ないエンジニアも多かったが、クラウドの普及を見据えてAWSの導入を決めている。
ビジョンをお話します。私たちは単に便利な決済の機能を提供するというところにとどまるつもりはございません。PayPayを使っていただければ、ユーザーへの還元、さまざまな使うシーンの提供、こういったものを通して、華やかな・豊かな生活をご提供したいと思っています(写真19)。一同、そういったことを考えながら日々、サービスの開発に勤しんでおります。いつでもどこでもPayPay、皆さまがPayPayを使うことを楽しんでいただける、「PayPayいいよね!」と言われるようなサービスを展開して参りたいと思います。どうぞご期待ください。
2018年10月5日にPayPayは、QRコード決済アプリ「PayPay」をリリースした。
ユーザーは事前にPayPayのアプリをインストールし、クレジットカードまたは銀行口座と連携させることによって、スマホ決済が可能になるサービスであった。支払い時は店舗に設置されたQRコードを読み取り、決済金額を入力することで取引が完了するサービスであり、QRコード決済アプリの1つとなった。
リリース直後は大規模な販売促進は実施せずに、銀行口座の連携じに500円分をポイント付与するなど、小規模な販売促進にとどまっていた。このため、PayPayは注目されるアプリではなかった。<
2018年10月以降、PayPayは加盟店網を拡大する。居酒屋チェーン店「白木屋、魚民、笑笑」に加えて、ファミリーマートが全店舗でPayPayの導入を決めるなど、リリースと同時に加盟店確保を進めた
2018年11月22日にPayPayは「100億円あげちゃうキャンペーン」を行う発表をした。同時に家電量販店(ビックカメラ・エディオン・ヤマダ電機・Joshin)でもPayPayが利用できることをアピールし、高額決済が可能なアプリであることを訴求した。
PayPayは国内で大々的にキャンペーンを展開するために「100億円あげちゃうキャンペーン」を周知するテレビCMの出稿を実施した。お笑い芸人の宮川氏を起用したCMの放映によって、キャンペーンを周知した。
これらの準備を経て、12月4日にPayPayは「100億円あげちゃうキャンペーン」を開始した。このキャンペーンは、PayPayの利用者に対して還元するキャンペーンであり、決済金額の20%を一律還元(一人あたり上限5万円/月)、1/40の確率で決済金額の全額(最大10万円)の還元を実施するものであった。
キャンペーンと同時に大々的なテレビCMを実施することによって、キャンペーンの実施が国内で周知された。特に、家電量販店などの高額決済でPayPayを利用することによって、大幅な還元が期待できることから、瞬く間にPayPayの利用者が急増した。
大規模なキャンペーンによって、決済金額の大きい家電量販店などでPayPayを使うユーザーが急増し、100億円の還元は12月13日に終了した。これらのキャンペーンは、日本国内で大きな話題となり、同時にPayPayのユーザー増加、PayPay導入加盟店の確保という面で大きなアドバンテージとなった。
ただしPayPayは「100億円あげちゃうキャンペーン」の終了発表について、12月14日に「12月13日に終了しました」と案内するなど、ユーザーの不信を買っている。
100億円あげちゃうキャンペーンによって、PayPayに対するアクセス数が急増し、サービスにアクセスしづらい状況に陥った。キャンペーン発表直後の12月3日〜4日、キャンペーン終了直前の12月8日に負荷増加の問題に直面した。
PayPayは12月8日に夜間の緊急メンテナンスを決定し、アクセス増加に伴う復旧作業を実施している。
PayPayは加盟店の開拓にあたって、加盟店審査を必須としつつ、審査を通過した加盟店の導入負担を最小化する道を選択した。
決済方法は、印刷されたQRコードをユーザーがアプリで読み取る形を採用した。加盟店としては、iPadなどの端末で入金を確認することができ、POSなどに投資する必要がないというメリットがあった。QRコードは「ツールキット」という形でPayPayから加盟店に送付する形を取り、加盟店の導入負担を最小化している。
また、PayPayは加盟店への入金を「決済の2日後」、決済手数料は「3年間無料」という方針を打ち出し、加盟店のコストを最小化することによって、加盟店を確保する狙いがあった。
極め付けが、先行加入キャンペーンの展開であった。サービス開始前の段階で加盟店を確保するために、8月の時点で契約すると「決済額の1%を加盟店に還元する」という方針を打ち出した。加盟店からすれば、手数料が3年間無料なうえに、PayPayで決済するほど1%儲かる構図であり、PayPay加盟店に加入するメリットが大きかった。
これらの方針をもとに、PayPayでは営業チームを結成し、日本全国に営業所を設置することによって、国内のリアル店舗を加盟店として確保するための営業体制を整えた。8月までに、東京・大阪・名古屋・福岡の4拠点で先行的に営業を開始し、8月以降に新規で国内16拠点の営業拠点を新設して地方都市にも対応した。営業拠点の立ち上げは、ソフトバンクが主導する形をとった。
n2018年8月の時点でPayPayは加盟店に対してツールキットを配布しており、2018年10月のサービス開始という目標が後ろ倒しにできないことが確定したと推察される。
ループ戦略はソフトバンク、ヤフー、およびペイティーエムの協力なタッグを組んで展開していきます。サービス紹介では、ヤフーのアプリでも使えます。圧倒的おトク、これは後のサービス説明会でお話し申し上げます。加盟店コストは無料ですし、先行加入ではさらに1%還元します。
2019年にPayPayはYahoo社内における公開勉強会「Bonfire Backend #3」において、メッセージキューを軸としたマイクロサービスアーキテクチャを導入していたことを公表した。
マイクロサービスアーキテクチャを採用したことによって、正常系のテスト(E2E)は問題なく実施できるものの、異常系に関してはテストが難しい問題に直面したという。
筆者の外部からの推察だが、マイクロサービスの各コンポーネントにおいて、それぞれにエラーが投げられるものの、それをマイクロサービスを跨いで受け取る場合、catchする側の実装が投げた先のエラー実装に依存することが前提になってしまうという問題があると推察される。
すなわち、マイクロサービスによって疎結合にしたものの、エラーの投げ私によって「密結合」になってしまうという問題である。この問題は、解消されずに、監視運用でカバーしていると推察される。
PayPayでは、GMO-PGなどの外部サービスと連携していることや、マイクロサービス内における不測時のタイムアウトの発生により、トランザクションの整合性が崩れる課題に直面している。そこで、決済のトランザクションにおいて、結果と実績の整合性を保つために、1日1回〜2回ほどバッチ処理を実行し、異常検知した場合は補償トランザクションを発動するシェルを組み込んだという。
突合で異常検知した場合に、補償トランザクションまで自動で実行する点は、注目に値する。すなわち、突合における手作業を自動化できる点で、決済の確実性と人件費の抑制を達成している。
基本的な負荷分散(ロードバランサーELBの導入、DBのリード/レプリカ採用・DBへのAWS Auroraの採用)を行うと同時に、異常時に特定のマイクロサービスへのアクセスを遮断するサーキットブレーカーを実装している。これは、サーバーが不調な場合に、マイクロサービスへのアクセスを遮断することで、当該マイクロサービスでのインシデント対応を迅速に行う狙いがあった。
また、マイクロサービスにおいて、即日レスポンスが必要な決済処理を「同期処理」とし、即時対応が不要な処理についてはメッセージキュー(AWS SQS / Messaging Kafka)などを活用した非同期処理を行うアーキテクチャを採用している。これによって、マイクロサービスが遮断された場合も、キューに入れておくことによって、システム復旧後に正常処理が可能になるメリットがあると推察される。
PayPayの100億円キャペーンの開催によって、国内のキャッシュレス決済においてPayPayの利用者数が急激に増加。この結果、QRコード決済の業界趨勢が変化した。
先発のベンチャー企業であったOrigamiは、PayPayの100億円の販促投資の前になすすべなく2020年に実質的に経営破綻した。
メルカリは決済事業でPayPayに対抗するために、シェアサイクルの事業から撤退。メルペイに集中投資を決定して再建を図った。
LINEはLINE Payでの単独対抗を試みるが、販促費によって巨額赤字を計上し続けた。そこで、2020年にヤフージャパン(Zホールディングス)との経営統合を決め、PayPay陣営の軍門に下ることで生き残りを画策した。
このように、PayPayの投資攻勢によって、2019年〜2020年にかけてスマホ決済業界の勢力図が大きく変わるとともに、豊富な資金を投下したPayPayの優勢が確定した。
自分たちしかできないことをやったときは効果が高かったですね。具体的には3つあります。
1つ目は、マーケティング。100億円キャンペーンのような打ち出し方は、誰にでもできる話じゃない。私たちならではの施策で、認知度向上という意味でも、利用促進という意味でも効果が高かった。
2つ目は、プロダクト。つまりアプリの充実ぶりです。やりたいことをスピーディーに実現しつつあります。サービス開始以降、7カ月で37回もアップデートしました。今では40回を超えていると思います。単純計算すると、1週間に1回以上アップデートしていることになる。このスピード感は競合他社にはおそらくまねできないでしょう。ユーザーの満足度を向上させ、利用を促進できていると思っています。
3つ目は、営業。小売店に対する営業は18年7月から始めましたが、それから1年に満たない期間で、60万を超える多くの小売店に加盟いただき、PayPayの利便性は向上しました。業界最速の驚異的な数字ではないかと思います。これも私たちしかできなかったんじゃないでしょうか。
なので、これからも私たちしかできないことをやり続けることが、結果的にユーザーや小売店に利益をもたらすことにつながると思っています。