2024/3 売上高67,565億円
2024/3 営業利益▲2,276億円
2024/3 従業員65,352人
創業1981年
創業地福岡県福岡市
創業者孫正義

1981年に孫正義が24歳で日本ソフトバンクを設立し、パソコンソフトウェアの卸売流通から事業を開始した。1994年の株式公開を転機に企業買収とベンチャー投資へ軸足を移し、1996年にヤフー日本法人を設立してインターネット事業に参入した。2001年にADSLサービスYahoo!BBで通信事業に進出し、2006年には1.7兆円のLBOでボーダフォンを買収して携帯キャリアに参入した。2014年のアリババ上場で巨額の含み益を獲得し、2016年に英ARMを約3.3兆円で買収、2017年にサウジアラビアなどの出資を得てソフトバンク・ビジョン・ファンドを組成し、投資持株会社への転換を鮮明にした。

歴史概略

第1期: ソフトウェア流通からインターネット投資へ(1981〜2000)

日本ソフトバンクの創業とソフトウェア流通の構築

1981年9月、孫正義は24歳で日本ソフトバンクを設立した。パソコンの普及に伴いソフトウェアが急増していたが、メーカーから小売店への流通基盤が未整備であった。孫は創業期にシャープやNECなどの電機メーカーと独占的な販売契約を締結し、ソフトウェアの卸売流通網を一気に構築した。並行して専門雑誌の発行や展示会の運営で業界内の情報集積を進め、設立2年目で月商4億円に到達した。

1990年にソフトバンクへ商号変更し、1994年7月に日本証券業協会にて店頭登録(公開)を果たした。株式公開で得た資金調達力を梃子に、同年12月には米国の展示場事業コムデックスとIT出版社Ziff-Davisの買収に着手した。買収の目的は出版・展示会事業の収益よりも、シリコンバレーのベンチャー企業への情報アクセスの獲得であった。Ziff-Davisの取材網を通じて有望なベンチャーを発掘する仕組みは、のちのYahooへの出資やインターネット投資の起点となった。

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ヤフー設立とインターネットバブルの頂点

1996年1月、孫正義はZiff-Davisの情報網を通じて発掘した米Yahoo!と合弁でヤフー株式会社を設立し、日本の検索エンジン市場で最先発のポジションを確保した。同年にはテレビ朝日の株式取得による衛星放送参入やトレンドマイクロの株式35%取得など、インターネットとIT分野への矢継ぎ早の投資を展開した。衛星放送はテレビ局側の拒絶で撤退を余儀なくされたが、Yahoo!への2億円の初期出資はグループ資産価値の中核に化けた。

1995年から社債発行を本格化させ、売上高を超える規模の社債調達で買収資金を自力で確保する財務手法を確立した。インターネットバブル期には米Yahoo!の株価高騰を背景にソフトバンクの時価総額は20兆円に到達したが、2000年のバブル崩壊で株価は急落した。投資先株式の売却で2078億円の売却益を確保し、負債圧縮と事業の選別を進めた。バブルのピークから崩壊を経験した過程は、のちの投資戦略の原体験となった。

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第2期: ADSLと携帯キャリアへの参入(2001〜2016)

Yahoo!BBの先行投資モデル

2001年6月、ソフトバンクはADSLサービス「Yahoo!BB」でブロードバンド事業に参入した。当時の日本はISDNが主流であったが、ADSLはNTTの既存電話回線を活用して高速接続を実現できる技術であった。孫正義は街頭でのモデム無料配布など大規模なプロモーションを展開し、先行投資で顧客基盤を獲得する手法を採った。参入初年度は売上の2倍に相当する赤字を計上したが、5年目で黒字転換を達成した。

この先行投資モデルは、大量の顧客獲得を先に行い、固定費の稀釈とARPU(顧客あたり収益)の蓄積で後から回収する構造であった。2004年7月には固定通信の日本テレコムを買収して光ファイバー事業にも参入し、ADSLから固定通信全般への事業基盤を拡大した。Yahoo!BBで確立された先行投資モデルは、ボーダフォン買収後の携帯電話事業でも踏襲されることになる。

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ボーダフォン買収と携帯キャリアへの参入

2006年4月、ソフトバンクは英Vodafoneの日本事業を買収して携帯電話事業に新規参入した。買収総額は約1.75兆円に上り、その資金はLBO(レバレッジド・バイアウト)スキームで調達された。買収対象企業であるボーダフォン日本法人の資産を担保としたノンリコースローンを組成し、ソフトバンク本体のバランスシートへの影響を限定しつつ巨額投資を実行する手法であった。

買収後は孫正義自ら陣頭指揮でPMI(経営統合)を推進し、ブランドをソフトバンクに統一した。2011年末からは2500億円を投じて携帯基地局を増強し、通信品質の改善を図った。2013年7月には米スプリントを1.8兆円で買収して米国市場にも進出したが、スプリントは赤字が続き2020年にTモバイルとの合併でソフトバンクの手を離れた。ARMの約3.3兆円での買収(2016年)と合わせ、通信キャリアから投資持株会社への転換を加速させた。

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第3期: ビジョン・ファンドと投資持株会社への転換(2017〜現在)

ソフトバンク・ビジョン・ファンドの組成

2017年5月、ソフトバンクはサウジアラビアの政府系ファンドなどの出資を得て、運用額986億ドル(約10兆円)のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF1)を組成した。Uber、WeWork、DiDiなど世界のテクノロジー企業に巨額出資を実行し、1社あたり数千億円規模の投資を行う運用スタイルを採った。外部資金比率はソフトバンクが自己資金中心で投資していた時代の33%から96%に上昇し、ファンド運営者としての性格が鮮明になった。

SVF1の組成により、ソフトバンクグループの業績は投資先企業の株価変動に直接連動する構造に変わった。投資先の上場や株価上昇で巨額の評価益が計上される一方、市場環境の悪化局面では大幅な評価損が発生し、純利益が期ごとに大きく振れる財務体質となった。WeWorkの経営危機による損失はファンドモデルのリスクを象徴する出来事であった。

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資産売却とファンド業の模索

2020年3月、ソフトバンクは4.5兆円の資産売却と最大2.5兆円の自社株買いを公表した。アリババ株式の一部売却やARM株式の活用など、保有資産の流動化によってグループの財務安定性を確保する方針を示した。2022年にはARMのNvidiaへの売却が規制当局の承認を得られず破談となったが、ARM自体が2023年にNASDAQに上場して新たな含み益の源泉となった。

孫正義の40年にわたる経営の一貫した特徴は、自己資金だけでなく外部の資金を梃子にして投資規模を拡大し続けた点にある。創業期の財界人脈による信用供与、社債の大量発行、LBOスキーム、そしてサウジアラビアを中心とするオイルマネーの動員と、調達手法は変化しても構造は変わっていない。ソフトウェア卸売から始まった企業が投資持株会社へと変貌した軌跡は、孫正義個人の投資観とグループの資本構成が不可分に結びついた結果である。

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重要な意思決定

19819
日本ソフトバンクを設立

ソフトウェア流通の空白を突いた創業構想自体は合理的だが、注目すべきは23歳の孫正義氏がシャープ副社長や野村証券社長といった財界重鎮の人脈を動員して信用力を調達した点にある。卸売業は取引先の信頼が事業基盤となるため、大森氏の招聘と1000名規模の歓迎パーティーは、事業そのものの設計と同等に重要な信用構築の装置であったと考えられる。

19957
社債調達を本格化

売上高1711億円の企業が2200億円の社債を発行した事実は、通常の信用分析では説明しにくい。北尾吉孝氏の招聘に象徴されるように、ソフトバンクは証券市場の論理を社内に持ち込むことで銀行依存から脱却し、FA債という新方式で調達コストまで圧縮した。買収戦略と財務戦略を一体で設計した点に、この時期のソフトバンクの特徴がある。

199412
米で展示場事業を買収・ベンチャー企業の情報収集へ

Ziff-Davisの買収は表面的にはメディア企業の取得だが、実態はシリコンバレーのベンチャー情報を収集するための情報基盤への投資であった。買収リターンをZiff-Davisの営業利益ではなくベンチャー投資の成果に依存させた構造は、のちのSVFにおける投資モデルの原型といえる。個人会社MACとの共同買収スキームも含め、従来の企業買収の枠組みに収まらない孫正義氏独自の投資設計が表れた案件であった。

19961
米国Yahooと合弁でヤフー株式会社を設立

注目すべきは投資規模の非対称性である。米Yahoo株式5%を2億円で取得し、追加出資を含めても約102億円の投下資本が、ネットバブル期には3兆円超の含み益を生んだ。Ziff-Davis買収による情報ネットワークがYahoo発掘の起点となっており、約21億ドルの買収費用を回収する論理が、買収先企業の収益ではなく派生的なベンチャー投資のリターンにあった点が鮮明に表れた。

19962
テレビ朝日の株式を一部取得・衛星放送に投資

テレビ朝日株式21.4%を間接取得するスキームは財務的には合理的だったが、テレビ局側が経営の独立性を優先してIT企業の介入を排除した点が本件の核心である。1990年代の日本のメディア業界では、新聞社とテレビ局の資本関係が強固であり、外部資本による経営参画を受け入れる土壌がなかった。ソフトバンクのメディア構想は市場環境ではなく業界構造によって頓挫した。

199612
トレンドマイクロ社の株式35%を取得

トレンドマイクロへの出資は、利益率29%の高収益企業を売上高の約5倍で評価した投資である。1996年のソフトバンクはZiff-Davis、Yahoo、テレビ朝日、キングストンと年間で数千億円規模の投資を連発しており、トレンドマイクロの35億円は相対的に小粒であった。しかし、パソコン普及に伴うセキュリティ需要の構造的拡大を見込んだ投資判断として、IT産業のインフラ層に広く投資する1996年のソフトバンクの方針が表れた案件であった。

20001
ネットバブル崩壊・投資先の株式売却

ネットバブル期のソフトバンクの時価総額はYahooの含み益に依存しており、株価下落が即座に企業価値の毀損に直結する構造であった。バブル崩壊後の対応として、2年間で合計4000億円超の売却益を確保しつつ、Ziff-Davisや日本債券信用銀行など1990年代の投資資産を段階的に処分した点は、攻めの投資期から守りの資産整理期への切り替え速度を示している。

20016
ADSLに新規参入(ブロードバンド)

ADSL事業の本質は技術選択ではなく、先行投資で市場シェアを確保し数年後の黒字転換を狙う事業展開モデルの確立にある。売上高399億円に対して営業赤字962億円という数字は、通常の事業判断では許容されない水準であり、孫正義氏の「百数十万ユーザーで損益分岐」という計算に基づくリスクテイクであった。この手法は携帯電話事業やPayPayに継承され、ソフトバンクグループの消費者事業における一貫した行動様式となった。

20064
ボーダフォンを買収・携帯キャリアに新規参入

ボーダフォン買収で注目すべきは買収金額の大きさよりも、ノンリコースローンによるLBOスキームの設計にある。ボーダフォンの資産を担保に1.2兆円を調達し、買収が不調でもソフトバンク本体への影響を限定する構造は、1990年代のZiff-Davis買収時にMAC(個人会社)を噛ませたスキームと通底する。リスクを限定しつつ巨額の資産を取得する財務設計がソフトバンクの買収における一貫した特徴である。

20175
ソフトバンク・ビジョン・ファンドを組成

SVF1では外部投資家が運用額の3分の2を占め、ソフトバンクのリスクは限定的であった。しかしSVF2では資金調達の不調により自己資金比率が96%に達し、投資先の評価変動がほぼ直接的にソフトバンクの損益に反映される構造となった。WeWorkの損失に象徴されるように、ファンドの成績が企業価値を規定する体制への移行は、ソフトバンクの財務構造を根本的に変容させた局面であった。

出所