メイテックグループHD の歴史

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創業 1974年
創業者 関口房朗
創業地 愛知県名古屋市
創業 1974年7月、関口房朗氏が資本金100万円で名古屋市に株式会社名古屋技術センタ
1974年7月、関口房朗氏が資本金100万円で名古屋市に株式会社名古屋技術センターを設立した。前に経営した配電盤メーカーを技術開発の失敗で倒産させており、再起の場に選んだのは技術者派遣ではなく一般産業機械の設計受託だった。転機は1977年で、機密性の高い三菱重工業の航空機開発では図面を外注へ出せないため、関口氏は図面ではなく人を社外秘の枠内へ送る常駐派遣を提案し、取引を成立させた。1979年に難度の低い設計を担う日本機械設計を分け、1982年11月に社員1,000名を超え、1984年12月に商号をメイテックへ改めて、1987年3月に名古屋証券取引所市場第二部へ上場した。
決断 技術者を正社員として抱えたまま、稼働しない期間の人件費を自ら負担してきた。199
技術者を正社員として抱えたまま、稼働しない期間の人件費を自ら負担してきた。1993年、顧客の製造業が研究開発費を減らすと契約が切れ、正社員の約半数にあたる約3,000名を削減して赤字に転落する。1997年には取締役会が緊急動議で創業者・関口房朗氏を解任し、新体制は同じ削減を繰り返さない方針を掲げた。不況期に稼ぐ事業を足すため2004年に日本ドレーク・ビーム・モリンを買収したが、好況で再就職支援の需要が縮み、2007年3月期に42億円ののれん減損を計上して2009年に譲渡した。2003年に始めた上海を拠点とする中国事業も2019年に清算した。2010年3月期は非稼働社員が2,300名に達し9億円の最終赤字を計上したが、人員は減らさなかった。景気耐性を別の事業で作る道を二度とも断念したことが、技術者派遣1本へ資源を戻した。
現況 稼いだ利益を成長へ充当せず、そのまま株主へ返す会社になった。2023年10月に持
稼いだ利益を成長へ充当せず、そのまま株主へ返す会社になった。2023年10月に持株会社体制へ移行し、総還元性向100%以内・配当性向50%以上を原則として、下限を連結株主資本配当率5%、PBRが3倍を下回るときに自己株式の取得を検討すると定めている。還元の手段まで外形の条件に紐づけた形である。2026年3月期の売上高1,376億円、営業利益199億円、純利益150億円はいずれも過去最高で、エンジニアリングソリューション事業が売上の99%を占めた。社員13,190名のほぼ全員が客先常駐の技術者で、実質無借金を保つ。人を減らさないために厚く積んだ自己資本が充実に達したことが、以後の利益を全額返す規則を可能にした。
競合 同業が資本の主を替えて規模を作った間、株式を分散させたまま単価を上げた。技術者派
同業が資本の主を替えて規模を作った間、株式を分散させたまま単価を上げた。技術者派遣で規模を競ったテクノプロ・ホールディングスは、2025年にブラックストーンの傘下で上場を廃止した。総合人材のパーソルホールディングスは2013年にインテリジェンスの全株式を取得し、登録者ごと取り込んでいる。メイテックは買収も非公開化も選ばず、2025年3月期末の上位株主は日本マスタートラスト信託銀行17.08%、日本カストディ銀行7.62%と、信託を通じた機関投資家が3割を超える。技術者の調達は理工系の新卒採用と社内研修に限られ、2022年3月期は計画874名に対し実績804名と未達だった。規模で並ばれても単価と稼働率で採算を保ってきたことが、非公開化にも同業買収にも進まずに済む収益性を残した。
長期業績の推移 1974〜2026年
メイテックグループホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2000年3月期2026年3月期

第1章 1974-1986 (気が向いたら執筆します!) 名古屋技術センターと日本機械設計の設立、メイテックへの改称

第2章 1987-2002 (気が向いたら執筆します!) 名証・東証上場とメイスタッフ、ジャパンアウトソーシングへの再編

第3章 2003-2022 (気が向いたら執筆します!) 上海法人の設立と日本ドレーク・ビーム・モリンの買収・売却、アポロ技研

第4章 2023-2026 (気が向いたら執筆します!) 持株会社体制への移行とメイテックグループHDへの改称

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歴史年表 1974〜2023年

メイテックグループホールディングスの沿革1974〜2023年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1974〜1986年名古屋技術センターと日本機械設計の設立、メイテックへの改称名古屋技術センターを設立
日本機械設計(ジエクス)設立★★
社名をメイテックに変更
1987〜2002年名証・東証上場とメイスタッフ、ジャパンアウトソーシングへの再編名古屋証券取引所市場第二部に上場
メイスタッフ設立
名古屋テクノセンター開設
東京本社設置
東京証券取引所市場第二部に上場
ジエクスとメイスタッフが合併★★
ジャパンアウトソーシングに商号変更
本社を港区に移転
東京証券取引所市場第一部・名古屋証券取引所市場第一部に指定
2003〜2022年上海法人の設立と日本ドレーク・ビーム・モリンの買収・売却、アポロ技研西本甲介中国エンジニア育成・供給事業への進出

2003年、メイテックが上海に明達科(上海)諮詢有限公司を設立し、中国での技術者育成・人材紹介事業へ進出した経営判断。国内の客先常駐型派遣で築いた研修の型を、日系製造業の中国拠点向けに移そうとする試みであった。

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西本甲介不況期の新たな収益源を求めた企業買収による事業の上積み

2004年、メイテックが再就職支援を主力とする日本ドレーク・ビーム・モリンを取得し、翌年に株式交換で完全子会社とした経営判断。技術者派遣が縮む不況期にこそ伸びる事業を抱え込み、1993年の大量人員削減を再演しない事業構成をつくる狙いがあった。

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西本甲介株式交換により日本ドレーク・ビーム・モリンを完全子会社化★★
西本甲介第三者割当増資の引受によりアポロ技研を子会社化
西本甲介日本ドレーク・ビーム・モリンの全株式をテンプスタッフへ譲渡★★
西本甲介メイテックグローバルソリューションズを吸収合併
2023〜2026年持株会社体制への移行とメイテックグループHDへの改称國分秀世エンジニアリングソリューション事業の子会社への承継と、監査等委員会設置会社への移行

2023年10月1日、メイテックが吸収分割によって持株会社体制へ移った経営判断。完全子会社として新たに設立した株式会社メイテック分割準備会社へエンジニアリングソリューション事業を承継させ、分割会社は株式会社メイテックグループホールディングスへ、承継会社は株式会社メイテックへそれぞれ商号を変更した。 同じ日に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へも移り、取締役7名のうち5名が社外取締役という構成になっている。

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出典・参考

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