日本住建は業績不振により数千万円の損失を抱えており、その最中に創業者が逝去。後任として創業者の息子である佐々田正徳氏が社長に就任した。佐々田氏は三井物産系列のサラリーマンを辞め、借金まみれになった家業を再生するべく、継ぐ形となった。
佐々田正徳氏が三井物産系列の会社(三井物産機械販売)に勤務していた縁から、三井物産の幹部の自宅に日参。この結果、三井物産との取引を開始。同社の社宅および社員寮について、営繕の業者(管理業務などを請負)として指定を受けた
日本リロケーションセンターの前身は大手商社の社宅や寮の営繕を行っていた日本住建。1978年6月に現社長の父である川内社長が数千万円の負債を残して逝去。三井物産に勤務していた元社長が跡を引き継ぐが、社員13人をすベて退社させ、夫婦2人だけのスタートだった。そこで儲からない仕事とは思いつつ、生き残りのために1979年4月、商社が困っていたリロケーション業務をやり始めた。
海外転勤になって家を長期間にわたって空けたサラリーマンに対して、賃貸ないし維持管理を代行するサービス業「リロケーション」に新規参入した。佐々田正徳氏が日経ビジネスの雑誌で海外のリロケーション事業が掲載されているのを読み、日本での事業化を決意したことが発端であった。
1980年代を通じて日本の大企業は「国際化」を志向し、さらに円高ドル安の進行によって海外生活の物価安となったため、海外転勤が盛んとなった。この結果、1980年代を通じてリロケーションサービスの需要が高まった。
大企業向けのリロケーション事業に専念するために、商号を「日本住設」から「日本リロケーションセンター」に変更
「当社には大企業のような大型開発はできないものの、やはり物件を丸抱えする方式を取り入れて、安定供給源を確保する必要がある」「当社には企業がどこに何人分の社宅を欲しがっているかという情報がある。一方で、100坪、200坪を持った小規模地主から、相続対策や土地の有効活用のため、法人向けアパートを作って法人に貸した糸井相談も増えている。この2つのニーズをうまく結びつけて建物を作ってもらい、賃貸あっせんから管理までを引き受けていきたい」
リロケーションビジネスを全国展開するために、テレビCMの放映を決定。空き家を持つ地主に対して、大企業向けの社宅として貸し出すオーナーへの認知を高めるために広告宣伝投資を決定した。
1988年3月期に年間売上高6.9億円に対して広告宣伝費2.9億円(売上高_広告宣伝費率36.2%)を投下。この結果、翌年度の売上高は22億円を達成し、大幅な増収に至った。
バブル崩壊により日本の大企業において海外事業からの撤退が相次ぎ、転勤需要が減少。留守宅管理サービスの需要が縮小し、リログループは業績低迷に陥った。
9年間、高度成長の波に乗って、経営規模を拡大。売り上げも一挙に100億円ぐらいに拡大した。そのまま株式公開までいけると思っていたが、バブル穂が崩壊。同時に景気が長期低迷期に入り、企業の海外撤退や縮小があって、ブレーキがかかってしまった。それでも公開の夢は捨てなかったが、1本の柱では弱い。
大企業による転勤需要の縮小を受けて、新規事業の展開を決定。中小企業向けの福利代行サービスに新規参入した。
顧客を獲得するために、中小企業に対する営業活動を展開。当初はなかなか会員が増えず赤字の状態が続いたため、銀行や株主から批判が相次いだが、地道な営業活動により1999年3月期において約15万名の会員を獲得した。会費は従業員100名以下の企業は毎月1000円/人、従業員100名以上の場合は同800円/月に設定された。
会員に対するサービス内容は、当初はホテル9箇所・スポーツ施設1箇所と小規模であったが、会員の拡大に合わせてサービス提供社の取引先を徐々に拡大。2003年までに全国のリゾート施設7000箇所以上に、割引で宿泊できる特典等を完備するに至った。
中小企業の会員基盤は緻密な営業組織なしでは確立できないため、1990年代を通じて乱立した「福利代行サービス会社」における競争でリログループが優位に立つ源泉となった。
もう1本、リロケーションに勝るとも劣らない柱を見つけようと模索した結果、生まれたのが福利代行サービス事業である。当社はリロケーションビジネスで約4000社の企業とパイプを持っている。いずれも大手優良企業である。しかし、日本では中小企業が圧倒的に多い。勤労者で見ると80数%は中小企業に属している。そして福利厚生のない世界で生活している。大企業並みの福利厚生をこれらの勤労者、家族に与える組織ができないものだろうか。これが一つの大きなテーマであった。そして、中小企業へのお百度参りを重ねて5年間、1999年3月期末には約15万人弱の会員規模を持つまでに成長した。
バブル崩壊により金融機関による資産売却が活発化。これにより、全国の保養施設が売却されたものの、大企業は福利厚生を持続させるために代行サービスへの需要が高まった。
1993年の事業開始以来、毎年50%以上の割合で会員数が伸びており、今年に入って様相が急激に変わってきた。それは、今期に入って大企業の加入があり、さらに10数社から20社近い企業が加入を検討しているためである。このため、(略)今季の目標24.6万人の突破は確実と見ている。
リログループでは経営方針(中期経営計画)について「オリンピック作戦」と命名。1999年4月より「第1次作戦」を5ヵ年計画として遂行し、東証一部上場を目標に据えた。
九州地区での事業展開をはかるため「株式会社福利厚生倶楽部九州」を設立
29.3億円を有償一般募集(増資)にて調達した。上場後の筆頭株主は佐々田正徳氏であり、上場後(2004年3月)の時点で51.49%を保有しており、過半数を保持する資本政策をとった。
西日本地区での事業展開をはかるため「株式会社福利厚生倶楽部中国」を設立
東海地区での事業展開をはかるため「株式会社福利厚生倶楽部中部」を設立
持ち株会社に移行。リロケーション事業と、福利厚生代行サービスについて、それぞれHD傘下の子会社として運営
バブル崩壊により大企業は「自社保有の社宅」を売却し、代わりに「借上社宅」の制度を導入。一方で、借上社宅における手続きの煩雑さが問題となった。リログループは大企業の人事部の悩みからニーズを発掘し、借上社宅の転貸による社宅管理サービスに新規参入した。バブル崩壊とともにニーズは急増し、サービス開始から1年で3000戸を管理するに至った。
日本GEプラスチックの元社長であった斉藤氏がリログループの社長に就任。実質創業者の佐々田正徳氏は代表権を持つ会長に就任し、社長と会長による2頭体制へ。
佐々田会長としては、GEの経営手法をリログループに導入することにより、経営管理を洗練させることを目論んだ。
金銭消費貸借場の債務への担保として、保有株式に対する担保が設定された。相手方は「あおぞら銀行」であった。詳細な経緯および借金の理由は不明だが、以後、佐々田氏は保有株式の売却を開始した。
1989年にリログループに入社した生え抜きの中村氏が社長に就任。会長の佐々田正徳氏は「取締役会長」続投し、会長と社長のツートップ体制へ
2011年にリログループは「第二の創業」を宣言。2035年までの24か年に及ぶ経営計画を公表した。
前半12年を「第二の創業ステージ」と定義し、日本企業のグローバル展開を支援。後半12年を「グローバル創業ステージ」と定義し、海外における移動ニーズを掌握する計画を作成した。
グローバル展開の方法は、企業買収が中心であり、2010年代を通じて「転勤関連サービス」を展開する企業を国内外で買収。この結果、2020年度にかけて、無形固定資産が増大した。最大規模の買収は、2019年のBGRS社の買収(225億円で取得)であった。
パナソニックの子会社「パナソニック・エクセルインターナショナル」を買収。同社はパナソニックの社員向けに、国内における借上社宅の管理や、海外転勤やビザ取得を支援するための海外赴任サービスを提供していた。
パナソニックは経営の合理化を進める中で同社の売却を決定し、リログループが同社の株式66.6%を23.3億円で取得した。
海外転勤のデータを保持するAIRINC社(1954年設立)を21.3億円で買収。同社は米国大企業を中心に顧客を抱え、海外赴任に関するデータ販売に従事していたが、2015年度時点で債務超過に転落していた。買収前年度の業績は売上高2.25億ドル・営業利益0.12億ドル。
グローバル展開を加速するために、海外でリロケーションサービスを展開するBGRS社(カナダ本社)の買収を決定。買収時点の同社の売上高は487億円・経常利益3.2億円であった。
買収スキームは、株式100%の取得による完全子会社化。取得原価は225億円であり「のれん」として127億円、「顧客関連資産」として112億円をそれぞれ計上した。このため、買収にあたってのPERベースでの評価は、70倍以上と推定される。
BGRSは買収1年目にしてPMIへの苦戦や、BGRSはキャッシュフローの見込み額の減少を理由に減損を決定。FY2019に減損損失95億円を計上した。
IFRSに移行。のれん償却コストを抑制へ
BGRSの経営に苦戦したことを受けて、2022年5月に現地の同業会社SIRVAグループとの経営統合を決定した。統合後は、リログループから統合会社への議決権の保持比率は0%だが、2025年4月までに株式100%を取得できるコールオプションを付与しており、業績好転時に子会社化できる選択肢を残した。
しかし業績は好転せず、2024年時点では買収判断が難しい状況に陥っている。2024年時点の同社関連の資産は434億円(優先株式246億円・未収債権92億円・貸付金96億円)に及び、損失リスクを抱えている。
まず、同社の業況でございますが、米国の金利高止まりによる中古不動産市況の低迷、また金利負担の増加によりまして、厳しい状況が続いております。こうした環境が落ち着いてまいりますと将来的な回復が期待できるものの、現況のまま同社を買収することは非常に難しいと考えております。