1958年6月
株式会社米山製作所を設立

創業者米山稔氏について

素材革命による家業(木工製品)の衰退

バトミントンラケット製造に後発参入

取引先の倒産で連鎖倒産の危機

独自ブランドの展開

1958年
6月
株式会社米山製作所を設立
1961年
11月
東京営業所を新設
1961年
12月
第一工場を新設(新潟県越路町)
1965年
6月
ミノルスポーツ(東京工場)を設立
1963年4月
ヨネヤマスポーツを設立

貿易部門を子会社として設立。輸出を本格展開

1967年2月
商号をヨネヤマラケットに変更
1969年1月
テニスラケットの製造を開始

台湾製ラケットの普及

テニスラケットに新規参入

1969年
1月
本社第1工場を増設(テニスラケット製造)
1975年
10月
本社第2工場を新設
1984年
9月
本社第3工場を新設
1987年
7月
台湾に現地生産子会社を設立
1982年7月
商号をヨネックスに変更

海外展開に備えてブランドと社名を統一

1981年
7月
西ドイツに現地法人を設立
1983年
8月
アメリカに現地法人を設立
1987年
3月
イギリスに現地法人を設立
1991年
11月
カナダの現地代理店を買収
決算
ヨネックスの業績
1983年6月期(単体)
売上高
116
億円
当期純利益
4.8
億円
1982年7月
ゴルフクラブ製造に新規参入。多角化を志向

1982年
7月
ゴルフクラブ製造に新規参入
1994年
スノーボード用品に新規参入
決算
ヨネックスの業績
1983年6月期(単体)
売上高
116
億円
当期純利益
4.8
億円
1993年7月
寺泊カントリークラブを開業(減損あり)

創業者の地元(新潟)でゴルフ場経営に参入するも、バブル崩壊によるゴルフ需要の減少により巨額減損の計上へ

1989年
4月
ヨネックス開発株式会社を設立
1996年
7月
ヨネックス寺泊カントリークラブを開業
2006年
7月
ゴルフ場にて減損損失を計上
減損損失 59.3 億円
決算
ヨネックスの業績
1994年3月期(連結)
売上高
280
億円
当期純利益
13
億円
1994年2月
東京証券取引所第2部に株式上場

株式上場を果たすが、スキー・ゴルフといったスポーツ需要が低迷へ

決算
ヨネックスの業績
1994年3月期(連結)
売上高
280
億円
当期純利益
13
億円
2010年7月
中国を中心に販売拡大
2010年
7月
中国に販売現地法人を設立
2016年
5月
インドに販売現地法人を設立
2016年3月
広告宣伝費に積極投資

世界的プレーヤーとの契約を締結し、ブランド認知を拡大

決算
ヨネックスの業績
2016年3月期(連結)
売上高
541
億円
当期純利益
22
億円
2022年2月
ヨネヤマアリサ氏(34歳)が代表取締役社長に就任

海外経験豊富な創業家のアリサ氏(アメリカBerkeley卒)が社長就任。これまで牙城を崩せなかった北米・インドへのグローバル展開に注力。ただし数値目標には言及せず

2022年
2月
ヨネヤマアリサ氏(34歳)が代表取締役社長に就任
2023年
5月
グローバル成長戦略を公表
決算
ヨネックスの業績
2022年3月期(連結)
売上高
744
億円
当期純利益
58
億円
2023年3月
過去最高益を達成

コロナ収束による部活動の再開により国内および海外(アジア)で販売拡大。過去最高益を達成

決算
ヨネックスの業績
2023年3月期(連結)
売上高
1070
億円
当期純利益
73
億円
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