更新日2024年1228

デンソーの歴史

1949年設立。トヨタ自動車の電装部品部門を母体に独立し、自動車用電装品で国内首位を確立。エンジン制御・空調・安全システムに事業を拡大し、ADAS・電動化技術でモビリティ社会の変革を牽引するグローバルサプライヤー。
1949
決断
日本電装を設立
設立時の自己資本比率
5
%
1950
企業再建案を発表。473名の解雇
1950 企業再建案を発表。473名の解雇
1950
朝鮮特需により業績好転
1950 朝鮮特需により業績好転
1951
設備投資で新鋭機械を導入
1951 設備投資で新鋭機械を導入
1953
東証1部に株式上場
1953 東証1部に株式上場
1953
決断
ロバートボシュと業務資本提携を締結
ボシュの技術供与が品質改善と製品拡充を後押し
ボシュによるデンソーの株式取得比率
10
%
1958
電気洗濯機から撤退
1958 電気洗濯機から撤退
1961
本社工場を増設(北工場竣工)
1961 本社工場を増設(北工場竣工)
1965
池田工場を新設(刈谷市)
1965 池田工場を新設(刈谷市)
1969
安城工場を新設(安城製作所)
1969 安城工場を新設(安城製作所)
1970
西尾製作所を新設(エアコン増産)
1970 西尾製作所を新設(エアコン増産)
1974
高棚製作所を新設(安城市)
1974 高棚製作所を新設(安城市)
1980
冷暖房機器(カーエアコン)の売上が急拡大
1980 冷暖房機器(カーエアコン)の売上が急拡大
1980
エレクトロニクス本部を発足
1980 エレクトロニクス本部を発足
1982
売上高1兆円計画
1982 売上高1兆円計画
1982
大安製作所を新設(三重県いなべ市)
1982 大安製作所を新設(三重県いなべ市)
1985
ニッポンデンソー・アメリカを設立
1985 ニッポンデンソー・アメリカを設立
1987
豊橋製作所を新設(愛知県豊橋市)
1987 豊橋製作所を新設(愛知県豊橋市)
1987
阿久比製作所を新設(愛知県知多郡)
1987 阿久比製作所を新設(愛知県知多郡)
1987
幸田製作所を新設(愛知県知多郡)
1987 幸田製作所を新設(愛知県知多郡)
1992
北米向け売上高を拡大
1992 北米向け売上高を拡大
1993
北九州製作所を新設(北九州市)
1993 北九州製作所を新設(北九州市)
1993
北米メキシコの生産拠点を拡充
1993 北米メキシコの生産拠点を拡充
1993
2期連続減益
1993 2期連続減益
1996
社名をデンソーに変更
1996 社名をデンソーに変更
1998
善明製作所を新設(愛知県西尾市)
1998 善明製作所を新設(愛知県西尾市)
2003
電装(中国)投資有限公司を設立
2003 電装(中国)投資有限公司を設立
2004
デンソースピリットを制定
2004 デンソースピリットを制定
2007
デンソー・インターナショナル・アジアを設立
2007 デンソー・インターナショナル・アジアを設立
2017
長期経営ビジョン2030を策定
2017 長期経営ビジョン2030を策定
2017
富士通テンを買収
2017 富士通テンを買収
2020
トヨタ自動車から広瀬製作所を譲受
2020 トヨタ自動車から広瀬製作所を譲受
2021
燃料ポンプのリコール
2021 燃料ポンプのリコール
2023
売上対比50%をトヨタに依存
2023 売上対比50%をトヨタに依存
業績を見る
デンソー:売上高 売上
■単体 | ■連結 (単位:億円)
64,013億円
売上高:2023/3
デンソー:売上高_当期純利益率 利益
○単体 | ○連結 (単位:%)
5.4%
利益率:2023/3
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区分 売上高 利益※ 利益率
1950/12 単体 売上高 / 当期純利益 4億円 0億円 -0.3%
1951/12 単体 売上高 / 当期純利益 7億円 0億円 9.5%
1952/12 単体 売上高 / 当期純利益 11億円 0億円 8.5%
1953/12 単体 売上高 / 当期純利益 15億円 1億円 10.9%
1954/12 単体 売上高 / 当期純利益 17億円 1億円 9.8%
1955/12 単体 売上高 / 当期純利益 18億円 1億円 9.3%
1956/12 単体 売上高 / 当期純利益 33億円 2億円 8.4%
1957/12 単体 売上高 / 当期純利益 46億円 3億円 8.3%
1958/12 単体 売上高 / 当期純利益 47億円 3億円 8.3%
1959/12 単体 売上高 / 当期純利益 67億円 5億円 8.1%
1960/12 単体 売上高 / 当期純利益 110億円 9億円 8.4%
1961/12 単体 売上高 / 当期純利益 140億円 11億円 8.4%
1962/12 単体 売上高 / 当期純利益 150億円 12億円 8.4%
1963/12 単体 売上高 / 当期純利益 197億円 12億円 6.1%
1964/12 単体 売上高 / 当期純利益 253億円 11億円 4.4%
1965/12 単体 売上高 / 当期純利益 278億円 12億円 4.4%
1966/12 単体 売上高 / 当期純利益 341億円 15億円 4.5%
1967/12 単体 売上高 / 当期純利益 442億円 20億円 4.6%
1968/12 単体 売上高 / 当期純利益 601億円 26億円 4.4%
1969/12 単体 売上高 / 当期純利益 775億円 35億円 4.5%
1970/12 単体 売上高 / 当期純利益 928億円 42億円 4.5%
1971/12 単体 売上高 / 当期純利益 1,133億円 48億円 4.2%
1972/12 単体 売上高 / 当期純利益 1,262億円 53億円 4.1%
1973/12 単体 売上高 / 当期純利益 1,652億円 58億円 3.5%
1974/12 単体 売上高 / 当期純利益 2,053億円 45億円 2.1%
1975/12 単体 売上高 / 当期純利益 2,266億円 77億円 3.3%
1976/12 単体 売上高 / 当期純利益 2,774億円 132億円 4.7%
1977/12 単体 売上高 / 当期純利益 3,327億円 154億円 4.6%
1978/12 単体 売上高 / 当期純利益 3,909億円 208億円 5.3%
1979/12 単体 売上高 / 当期純利益 4,545億円 260億円 5.7%
1980/12 単体 売上高 / 当期純利益 5,173億円 245億円 4.7%
1981/12 単体 売上高 / 当期純利益 5,791億円 248億円 4.2%
1982/12 単体 売上高 / 当期純利益 6,078億円 263億円 4.3%
1983/12 単体 売上高 / 当期純利益 6,888億円 310億円 4.5%
1984/12 単体 売上高 / 当期純利益 7,892億円 359億円 4.5%
1985/12 単体 売上高 / 当期純利益 9,088億円 413億円 4.5%
1986/12 単体 売上高 / 当期純利益 9,647億円 287億円 2.9%
1987/12 単体 売上高 / 当期純利益 9,940億円 278億円 2.7%
1988/12 連結 売上高 / 当期純利益 - - -
1989/12 連結 売上高 / 当期純利益 - - -
1990/12 連結 売上高 / 当期純利益 15,116億円 630億円 4.1%
1991/12 連結 売上高 / 当期純利益 14,813億円 607億円 4.0%
1992/12 連結 売上高 / 当期純利益 15,237億円 419億円 2.7%
1993/12 連結 売上高 / 当期純利益 14,246億円 272億円 1.9%
1994/12 連結 売上高 / 当期純利益 14,122億円 372億円 2.6%
1995/3 連結 売上高 / 当期純利益 3,393億円 74億円 2.1%
1996/3 連結 売上高 / 当期純利益 14,426億円 498億円 3.4%
1997/3 連結 売上高 / 当期純利益 16,249億円 713億円 4.3%
1998/3 連結 売上高 / 当期純利益 16,673億円 711億円 4.2%
1999/3 連結 売上高 / 当期純利益 17,588億円 589億円 3.3%
2000/3 連結 売上高 / 当期純利益 18,834億円 619億円 3.2%
2001/3 連結 売上高 / 当期純利益 20,149億円 607億円 3.0%
2002/3 連結 売上高 / 当期純利益 24,010億円 723億円 3.0%
2003/3 連結 売上高 / 当期純利益 23,327億円 1,110億円 4.7%
2004/3 連結 売上高 / 当期純利益 25,624億円 1,100億円 4.2%
2005/3 連結 売上高 / 当期純利益 27,999億円 1,326億円 4.7%
2006/3 連結 売上高 / 当期純利益 31,883億円 1,696億円 5.3%
2007/3 連結 売上高 / 当期純利益 36,097億円 2,051億円 5.6%
2008/3 連結 売上高 / 当期純利益 40,250億円 2,444億円 6.0%
2009/3 連結 売上高 / 当期純利益 31,426億円 -840億円 -2.7%
2010/3 連結 売上高 / 当期純利益 29,767億円 734億円 2.4%
2011/3 連結 売上高 / 当期純利益 31,314億円 1,430億円 4.5%
2012/3 連結 売上高 / 当期純利益 31,546億円 892億円 2.8%
2013/3 連結 売上高 / 当期純利益 35,809億円 1,816億円 5.0%
2014/3 連結 売上高 / 当期純利益 40,946億円 2,950億円 7.2%
2015/3 連結 売上高 / 当期純利益 43,097億円 2,767億円 6.4%
2016/3 連結 売上高 / 当期純利益 45,245億円 2,605億円 5.7%
2017/3 連結 売上高 / 当期純利益 45,271億円 2,738億円 6.0%
2018/3 連結 売上高 / 当期純利益 51,082億円 3,434億円 6.7%
2019/3 連結 売上高 / 当期純利益 53,627億円 2,796億円 5.2%
2020/3 連結 売上高 / 当期純利益 51,534億円 846億円 1.6%
2021/3 連結 売上高 / 当期純利益 49,367億円 1,480億円 2.9%
2022/3 連結 売上高 / 当期純利益 55,155億円 2,887億円 5.2%
2023/3 連結 売上高 / 当期純利益 64,013億円 3,478億円 5.4%
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1949
12月

日本電装を設立

トヨタ自動車の経営危機

トヨタ自動車が電装品部門を分離した理由は、1949年のトヨタ自動車の経営危機にあった。

1945年の終戦によってトヨタ自動車は「軍需向けトラック製造」の需要を失い、人員削減を伴うリストラ(1600名の解雇)を決定。この過程で各部門を分離(伝送・琺瑯・紡績)する経営再建が実施され、電装部門および電装工場(刈谷工場)はデンソーとして分離することが決まった。

日本電装を設立。トヨタ自動車刈谷北工場を継承

1949年にトヨタ自動車の自動車向け電装部品(モーター)の製造部門を分離させる形で日本電装(現デンソー)を設立した。同部門の生産拠点であった「トヨタ自動車刈谷北工場」も譲渡されて、刈谷に本社を設置した。デンソーの初代社長にはトヨタ自動車の電装品部門工場長であった林虎雄氏が就任。会社発足時点の従業員数は1,445名であった。

設立直後の1951年時点におけるデンソーの生産品目は、電装品(ダイナモ・スターターなど)・冷却器(ラジエーター)・計器(メーター)などであり、電装品を中心に各種自動車部品の製造を手掛けた。特異なものとしては、1950年代には家庭向け電気洗濯機に参入していたが、販路開拓に苦戦したため撤退している。

なお、デンソーの発足時において、トヨタ自動車は日本電装の株式の大半を保有せず、関係会社・子会社といった位置づけにはされなかった。デンソーの会社発足時の実態は「不採算の電装部門の分離」であり、日本電装はトヨタ自動車から資本的にも切り捨てられた存在であった。

社名に「トヨタ」の名前が関せられずに「日本電装」となった理由も、仮にデンソーが倒産した場合に「トヨタ電装」という名前を冠していたら、トヨタ自動車にとって迷惑であるため、そのリスクヘッジとして「トヨタ」の商号を使うことが許されなかった。

トヨタから累積赤字を継承。自己資本比率5%台へ

財務面でも厳しいスタートを切った。会社設立時における資本金1500万円に対して、1.5億円の負債を抱えた状態であり、自己資本比率は5%であった。これはトヨタ自動車から設備とともに、ラジエータ部門の累積赤字1.4億円を債務(トヨタ自動車からの借入金扱い)を受け継いだことが理由であった。

林虎雄(デンソー・社長) 証言

せっかく電装に縁ができたのだから、この際、緊褌一番、電装をやってみようと決意して引受けた。さて、引き継ぎをしてみると挙母(本社)への借金が1.4億円ぐらいある。僕のハラではこの借金は無期限のあるとき払いと軽く考えていたところ、豊田社長は「この借金は電装にやったんじゃない。貸したんだから、そのことを忘れんように」と一本クギを刺され、なおその上に「社会的信用は何もないんだから、豊田の信用でやる限り豊田の信用を食い潰してもらっては困るぞ。また社名にトヨタを使うことも遠慮してもらいたい」と厳命された。

まことに厳しい言葉で花あるが、豊田社長としては当然のことであって、私たちはいま持ってその言葉が忘れることのできない励ましとなっている。そこで私は、これは容易ならぬ立場に立ったぞと思ったが、それだけにまだ決心もいよいよ強固になった。


1950
3月

企業再建案を発表。473名の解雇

1950/12期(単体) 売上高 4億円 当期純利益 0億円

会社設立直後の1950年3月にはデンソーの経営が行き詰まり、人員削減を決定。従業員約1400名のうち473名を解雇する再建案を発表。残留する社員に対しても10%の賃金カットを決めるなど、人件費が経営の重荷となった。人員削減に際しては、労働組合と経営陣の対立が発生するなど、デンソーは会社設立時から前途多難なスタートを切った。

このため、デンソーの会社設立当時の評判は悪く「一番早く潰れる」「トヨタの寄生虫」といった声もあがった。デンソーとしは「潰れる」という悪評を消すために、岩月氏(当時デンソー・取締役)が「日本電装は潰れるか」という論文を執筆するなど、火消しに注力していた。

岩月取締役『日本電装はつぶれるか』 証言

まず第一に、トヨタ自工としても、また日本電装の経営者としても、具体的にわれわれの工場を解散または閉鎖しようという考えは毛頭ないし、話題にすら出たこともない。したがって、現在このことを心配する必要は一切ない。

しからば、わが社が将来も永久につぶれないという保証があると言われるかもしれないが、このことについては軽々しくイエスともノーとも返事しかねる。強いて言えば『それは日本電装全員(重役も含めた)の心構え次第だ』ということになる。そして「最上の品質、最低の原価」の電装品を作り、業界第1位の会社となるよう、全員が協力して頑張り通す以外に道はない。こうした点に着目し、自覚して、全員総努力の実をあげることによって飲み会社も生き残れる。重役室はこの自覚のもとに最善の対策を樹立していく所存であるから、全従業員諸君もここに思いをいたして、お互いの生活拠点を守り抜く決意を持って重役室の方針に協力し、意見具申もしていってほしい。


1950
5月

朝鮮特需により業績好転

1950/12期(単体) 売上高 4億円 当期純利益 0億円

1950年に勃発した朝鮮特需により自動車の需要が増加し、電装部品を手がけるデンソーの業績が好転。主にトヨタ自動車からの発注により売上を拡大した

1951

設備投資で新鋭機械を導入

1951/12期(単体) 売上高 7億円 当期純利益 0億円

生産性改善のために1.6億円の設備機械(巻線・研削・歯切盤・自動盤・計器など)の購入を決定。新鋭工作機械を海外から輸入

1953
1月

東証1部に株式上場

1953/12期(単体) 売上高 15億円 当期純利益 1億円

1951年の上場直後の筆頭株主上位3名の構成は「互恵会」「帝国銀行」「林虎雄(デンソー当時社長)」であり、トヨタ自動車は筆頭株主ではなかった。

1953年時点の販売先の売上構成は「トヨタ自動車向け60%」「三輪車メーカー(ダイハツ・マツダなど)向け17%」「いすゞ・オオタ向け11%」「代理店12%」(出所:証券24(12))であり、トヨタ自動車を中心としつつも三輪車メーカーを中心にトヨタ以外の自動車メーカーとの取引にも注力した。

1953
5月

ロバートボシュと業務資本提携を締結

1953/12期(単体) 売上高 15億円 当期純利益 1億円
ボシュの技術供与が品質改善と製品拡充を後押し 概要

1953年のボシュとの業務資本提携は、デンソーの生産技術と製品構成に転機をもたらした。提携以前のデンソーは電装品の品質管理に課題を抱えており、日立製作所や三菱電機との競合に対応する必要があった。ボシュの技術全面公開を受けて品質管理体制を構築し、1961年に機械工業領域で初のデミング賞を受賞した。さらにカーヒーター・噴射ポンプ・スパークプラグへの参入により、電装品に集中していた製品構成が拡充された。ボシュの株式保有は2012年まで約半世紀にわたり継続した。

電装品の品質管理と海外技術の導入検討

デンソーは1949年の設立以降、自動車向け電装品の製造に従事してきたが、生産現場における品質管理には課題が残っていた。電装品の競合には日立製作所や三菱電機といった総合電機メーカーが存在しており、デンソーの経営陣は欧米の自動車メーカーや自動車部品メーカーを視察し、近代的な生産システムの導入を検討していた。

一方、ドイツのロバート・ボシュ社は戦前に日本市場へ進出した実績があり、戦後に再び日本進出を計画して経営陣が来日した。この過程でデンソーの存在を認知したボシュ社は、デンソーが新鋭工作機械を導入していた点、3割配当の業績水準、トヨタ自動車との取引実績に着目し、提携の打診を行った。

ボシュとの業務資本提携に調印。株式10%を割当

1953年5月21日、デンソーはドイツのロバート・ボシュ社との業務資本提携に調印した。提携内容は、ボシュ製品の国内販売権の獲得、ボシュが保有する特許の使用権付与、ボシュの技術の全面公開であった。対価としてデンソーはボシュに80万株を割当て(株式保有比率10%)、売上ロイヤリティーを支払うことになった。契約期間は10年で自動延長の条項を付した。

ロイヤリティーは配当に連動する方式で、1.5割配当の場合は2.5%、2割配当の場合は3%と設定された。ボシュはデンソーの第三者割当増資を引き受けて株式10%を取得し、4000万円の出資(評価額4億円)を行った。

品質管理体制の整備と新製品領域への参入

ボシュとの提携を契機に、デンソーは品質管理体制の整備を進めた。1956年に品質管理室を設置し、社内標語として「良い品、低コスト」を制定。品質改善と費用節減の取り組みを社内で徹底し、1961年には機械工業領域で初となるデミング賞を受賞するに至った。

製品面では、ボシュからの技術供与を活用して1954年にカーヒーター、1955年に噴射ポンプ、1956年にスパークプラグと新製品領域への参入を進めた。1953年の提携以降、ボシュは2012年まで約半世紀にわたりデンソー株式を保有し続け、同年に保有株式5%の全株売却により資本関係が解消された。

ロバートボシュと業務資本提携を締結に関する出来事 年表
1956
品質管理室を設置
1958
「良い品、低コスト」を標語決定
1961
デミング賞を受賞
1954
カーヒーターに新規参入
1955
噴射ポンプに新規参入
1956
スパークプラグに新規参入
1957
カーエアコンに本格参入
1957
愛知電装を共同設立(スパークプラグの量産)
1958
12月

電気洗濯機から撤退

1958/12期(単体) 売上高 47億円 当期純利益 3億円

販路構築に苦戦して撤退を決定。製造設備を愛知工場に譲渡し、設備の清算を完了

1961
8月

本社工場を増設(北工場竣工)

1961/12期(単体) 売上高 140億円 当期純利益 11億円

北工場(第5工場・第6工場)を新設して噴射ポンプおよびメーター計器の生産に従事。ただし本社工場は北工場の新設をもって拡張が難しくなり、これ以降の増産は西三河地区(安城・刈谷・西尾など)に工場を新設する形で対応した

本社工場の状況(1965年時点)
完成日時 建物 生産品目
- 第1工場 スターター
- 第2工場 プレス
- 第3工場 部品
- 第4工場 ラジエーター
1961 第5工場 点火プラグ
1961 第6工場(北工場) 噴射ポンプ、メーター計器
- ダイナモ工場 -
- 工機工場 -
- その他 ダイガスト工場、型工場、フィルター工場
完成日時
-
建物
第1工場
生産品目
スターター
1965
7月

池田工場を新設(刈谷市)

1965/12期(単体) 売上高 278億円 当期純利益 12億円

本社近くに10万㎡の土地を取得して池田工場を新設。カーヒーター、カークーラーの増産に対応した(1970年の西尾製作所の新設でカーエアコンは西尾に移設)。

完成日時 建物 生産品目
1966/07 ヒーター・クーラー工場 ヒーター・クーラー
1967/09 ラジエーター工場 ラジエーター
完成日時
1966/07
建物
ヒーター・クーラー工場
生産品目
ヒーター・クーラー
1969
7月

安城工場を新設(安城製作所)

1969/12期(単体) 売上高 775億円 当期純利益 35億円

本社以外では初となる量産工場として新設。不二越の旧安城工場の跡地を取得して活用。電装品(オルターネーター、スターター)の事業部を移設して量産を開始

完成日時 建物 生産品目
1967/09(1期工事) 第1工場 電装品(レギュレーター、オルタネータ、スターター等)
1968/11(2期工事) 第2工場 電装品
1969/02(2期工事) 第3工場 電装品
1973/12(新工場) 211工場 電装品
完成日時
1967/09(1期工事)
建物
第1工場
生産品目
電装品(レギュレーター、オルタネータ、スターター等)
1970
9月

西尾製作所を新設(エアコン増産)

1970/12期(単体) 売上高 928億円 当期純利益 42億円

カーエアコン・カーヒーター・噴射ポンプの量産拠点として新設

完成日時 建物 生産品目
1970/08(1期工事) 401工場 ヒーター
1971/05(1期工事) 402工場 クーラー
1971/05(2期工事) 405工場 ウォッシャー、ワイパー等
1971/05(2期工事) 407工場 噴射ポンプ等
1971/04(3期工事) 404工場 バスクーラー等
1972/11(3期工事) 406工場 コンプレッサー等
1973/10(3期工事) 403工場 排気関係製品
1973/08 西尾教育センター -
完成日時
1970/08(1期工事)
建物
401工場
生産品目
ヒーター
1974
6月

高棚製作所を新設(安城市)

1974/12期(単体) 売上高 2,053億円 当期純利益 45億円

メーター計器の量産拠点として新設

完成日時 建物 生産品目
1974/06 501工場 メーター計器など
1974/06 502工場 メーター計器など
完成日時
1974/06
建物
501工場
生産品目
メーター計器など
1980
12月

冷暖房機器(カーエアコン)の売上が急拡大

1980/12期(単体) 売上高 5,173億円 当期純利益 245億円

電装品の売上1532億円(対全社売上構成比29.6%)に対して、冷暖房機器の売上2024億円(同構成比39.1%)を達成。冷暖房機器(≒カーエアコン・カーヒーター)が全社製品でNo.1の売上高を確保する製品に育つ

1980
エレクトロニクス本部を発足
1982

売上高1兆円計画

1982/12期(単体) 売上高 6,078億円 当期純利益 263億円

デンソーは売上高1兆円計画を策定。「トヨタ以外の顧客開拓」「海外進出」「エレクトロニクス分野」の3つの方針を掲げた。

販売面では、トヨタ自動車に偏重していた取引体系を見直し、部品関係では日立との結びつきが強かった日産自動車など、トヨタ以外の自動車メーカーとの取引の模索を本格化した。

海外進出では、トヨタ自動車のアメリカ・ケンタッキー工場の稼働に合わせて、デンソーも北米での部品の現地生産を開始した。

エレクトロニクス分野では大規模な投資を決定するものの、トヨタ自動車は急成長するデンソーを警戒。トヨタ自動車は自社で広瀬工場(ICの製造)を1989年に新設することでデンソーを牽制した。

なお、広瀬工場に関しては、2020年にトヨタは電子部品事業の集約を目指して広瀬工場をデンソーに譲渡しており、トヨタは「自らの判断が正しくなかった」ことを認める形となった。

1982
大安製作所を新設(三重県いなべ市)
1985
12月

ニッポンデンソー・アメリカを設立

1985/12期(単体) 売上高 9,088億円 当期純利益 413億円

トヨタ自動車のケンタッキー工場の新設を受けて、デンソーも北米現地法人を設立。現地生産の拠点を整備

デンソー:北米の体制(1993年頃)
設立年 法人名 出資比率 従業員数 取扱品目
1971/03 Nippondenso Los Angeles Inc. 80% 333名 エアコン
1984/11 Nippondenso Manufacturing USA Inc. 100% 1296名 エアコン、ラジエータ
1985/12 Nippondenso America Inc. 100% 290名 電装品、エアコン
1988/07 Nippondenso Tenessee Inc. 100% 146名 電装品、メーター
1989/01 Michigan Automotive Compressor Inc. 50% 394名 コンプレッサー
1989/09 Purodenso Co. 50% 249名 フィルター
1989/11 AFPS Corp. 50% 201名 噴射ポンプ
設立年
1971/03
法人名
Nippondenso Los Angeles Inc.
出資比率
80%
従業員数
333名
取扱品目
エアコン
出所:投資月報45(7) | 1994/7
1987
豊橋製作所を新設(愛知県豊橋市)
1987
阿久比製作所を新設(愛知県知多郡)
1987
幸田製作所を新設(愛知県知多郡)
1992
北米向け売上高を拡大
1993
北九州製作所を新設(北九州市)
1993

北米メキシコの生産拠点を拡充

1993/12期(連結) 売上高 14,246億円 当期純利益 272億円

取引先である米ビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)からの要請を受けて、メキシコでの現地生産に着手

1993
12月

2期連続減益

1993/12期(連結) 売上高 14,246億円 当期純利益 272億円

円高の進行による輸出の採算悪化や、日米貿易摩擦(自動車)によってトヨタ自動車などの各社で業績低迷。部品メーカーであるデンソーの業績も悪化

1996
10月

社名をデンソーに変更

1996/3期(連結) 売上高 14,426億円 当期純利益 498億円

グローバル展開を見据えて、社名を日本電装から「デンソー」に変更した。

1998
善明製作所を新設(愛知県西尾市)
2003
2月

電装(中国)投資有限公司を設立

2003/3期(連結) 売上高 23,327億円 当期純利益 1,110億円

中国現地法人の統括会社として設立

2004

デンソースピリットを制定

2004/3期(連結) 売上高 25,624億円 当期純利益 1,100億円

海外ではグローバル化により米州・欧州・豪州・アジアにおいて拠点が増加し、売上成長の牽引役となった。国内では「ケイレツ」に対する独占禁止法の観点からの批判が強まった。そこで、デンソーは改めて企業が目指す方向を定義することを決め、全社員が拠り所とすべき精神を明文化した「デンソースピリット」を策定した。

2007
2月

デンソー・インターナショナル・アジアを設立

2007/3期(連結) 売上高 36,097億円 当期純利益 2,051億円

アジアの統括会社としてタイに設立

2017

長期経営ビジョン2030を策定

2017/3期(連結) 売上高 45,271億円 当期純利益 2,738億円

自動車のEV化という潮流に対して危機感を抱いた有馬社長は、この流れに乗り遅れないために「長期ビジョン2030」を策定した。

2019年からの投資計画では、成長が望めない内燃機関に対する投資を抑制する代わりに、成長が望める電駆動分野(インバータ・MG・電池電源など)への重点的な投資を決定するなど、事業構造の変革を進めている。

ただし、2020年の時点でデンソーの売上収益の約50%をトヨタ自動車向けに依存しており、トヨタの電動化の成否が、デンソーの業績の浮沈を左右する構造は変化していない。

2017
11月

富士通テンを買収

2017/3期(連結) 売上高 45,271億円 当期純利益 2,738億円

カーナビやカーオーディオを手がける富士通テン(1973年にトヨタ自動車が資本参加)を買収。取得対価は205億円。経営は赤字が続いていたが、カーナビなどのソフトウェア技術の習得を目論む。デンソーとしては自動運転の研究開発の強化が狙いであった

2020
4月

トヨタ自動車から広瀬製作所を譲受

2020/3期(連結) 売上高 51,534億円 当期純利益 846億円

車載向け半導体製造拠点を取得

2021
3月

燃料ポンプのリコール

2021/3期(連結) 売上高 49,367億円 当期純利益 1,480億円

2019年にデンソーの「燃料ポンプ」について、トヨタ自動車がリコールを届出。これを受けてデンソーはリコールを決定。対象は国内322万台。2021年3月末時点で製品保証引当金2148億円を計上しており、燃料ポンプの単価(完成車メーカー向け販売)は2000円/個に対して、リコール費用は6万円/個に及んだ。

2023
3月

売上対比50%をトヨタに依存

2023/3期(連結) 売上高 64,013億円 当期純利益 3,478億円

一貫してデンソーはトヨタグループ向け売上比率が50%で推移。売上拡大は主にトヨタ向けの売上拡大に起因しており、売上依存の構造は15年以上にわたり変化せず

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