1935年、東京工業大学で発明されたフェライトの工業化を目的に齋藤憲三が東京電気化学工業を設立。世界初のフェライトコア製品化に成功し、磁気テープで世界シェア首位を獲得してからは、VHSビデオテープの大増産で黄金期を築いた。デジタル化の波で2002年に上場来初の営業赤字に転落したが、2005年のATL買収でリチウムイオン電池事業に参入し、記録メディアから完全撤退する一方で電池と電子部品を柱に据え、売上高2兆円超の電子部品メーカーに変貌した。
歴史概略
第1期: フェライトから磁気テープへ(1935〜1986)
フェライト工業化と戦後の急成長
1930年に東京工業大学の加藤与五郎博士と武井武博士が世界初の酸化物磁性体フェライトを発明した。「独創性のある工業こそが真の工業」という加藤博士の信念に共鳴した齋藤憲三は、1935年12月に資本金2万円で東京電気化学工業を設立する。鐘淵紡績の津田信吾社長が私財10万円を提供したことで量産への道が開け、1937年にフェライトコアの製品化に世界で初めて成功した。終戦までにフェライトコアをのべ500万個出荷している。
戦後はGHQのスーパーヘテロダイン令によりフェライトコアが中間周波トランスの中核部品として不可欠となり、TDKはラジオ部品メーカーとして急成長を遂げた。1951年にはフェライトの焼成技術を応用してセラミックコンデンサの生産を開始し、1953年には磁気テープ製品第1号を発売。フェライトという単一の素材技術から、受動部品と記録メディアという二つの事業領域を切り拓いた。1961年には東証に上場し、1967年に社是「創造によって文化、産業に貢献する」を明文化した。
VHSビデオテープの大増産と世界首位の獲得
1966年に国産第1号のカセットテープを生産し、1968年には世界初の音楽用カセットテープ「SDカセット」を発表。オーディオ用カセットテープで月産1,000万巻の世界首位に立ったTDKに、1977年4月、松下寿電子工業の稲井隆義社長からVHSビデオテープ5万巻の緊急要請が入った。月産3,000巻に満たない生産能力でありながら、大歳寛専務は「責任はオレがとる」と即受注を決断し、休日返上の昼夜兼行で夏場までに全量を納入した。
1977年末には月産10万巻に達し、翌年50万巻、翌々年100万巻と4年連続で倍増に近いペースを維持。秋田工場と三隈川工場を相次いで新設し、1982年には磁気テープの世界シェア31.5%で首位を獲得した。テープの売上構成比は1970年の19.7%から1982年には49.7%に拡大し、売上高営業利益率は1979年に20.1%と過去最高を記録。1982年にはNYSEに上場し、1985年には国内初の完全無担保普通社債を発行するなど、財務基盤の厚さも際立っていた。
テープ市場の成熟とHDD用ヘッドへの軸足移動
1980年代半ばにはCDやMDの台頭でオーディオカセットの需要が鈍化し始めた。TDKは1986年に香港のSAE Magneticsを買収してHDD用磁気ヘッド事業に参入し、テープ市場の成熟化に先手を打った。磁性材料の知見をHDD用ヘッドの薄膜形成技術に転用するという、素材レベルの技術横展開であった。
バブル崩壊後の1993年3月期には売上高が前期比10%減、経常利益は43%減と大幅な減収減益に見舞われた。第5代社長の佐藤博は「重点分野への集中」を掲げ、MRヘッド・光ディスク・高周波部品・半導体応用製品の4事業を選定。1997年には黒字子会社Silicon Systemsを632億円で売却し、その資金をMRヘッドに集中投資した。この判断は3期連続2桁成長をもたらし、記録デバイス部門は連結売上の約3割を占めるまでに成長した。
第2期: デジタル転換と電池事業の台頭(1997〜2013)
上場来初の赤字と構造改革
2000年末のITバブル崩壊は、TDKに深刻な打撃を与えた。通信市場の急縮小とHDD用ヘッドの落ち込みにより、2002年3月期に上場来初の営業赤字437億円に転落。構造改革費用360億円を計上し853名の人員削減を実施した。第6代社長の澤部肇は「経営者として恥ずかしいことだけど、赤字にしなかったよりもしてよかったと思う」と述べ、損益分岐点の引き下げとチャレンジ精神の再生という2段階の構造改革に着手した。
澤部が危機感を持っていたのは業績悪化だけではなく、社内に蔓延した安全志向であった。「昔はそこに肉を1枚置くと、皆、がばっと取りに行った。でも今は、誰かがやるかなと様子を見ている」と組織の変質を嘆き、営業利益率2桁への回復を全社目標に掲げた。2003年3月期に黒字化を果たしたが、HDD用ヘッドは技術の世代交代が速く、テープ事業は縮小の一途であり、新たな成長エンジンの確保が喫緊の課題となっていた。
ATL買収と記録メディアからの撤退
2005年5月、TDKは香港のリチウムポリマー電池メーカーATLを約87億円で買収した。電池の正極材料にはセラミック焼成技術との共通性があり、TDKの材料技術を活かせる領域と判断された。同年10月にはLambda Power Groupも買収し、電力の貯蔵と変換の両面で事業基盤を構築。2007年に発売されたiPhoneを皮切りにスマートフォン市場が爆発的に拡大し、ATLはスマホ向け電池で世界シェア5〜6割を獲得する世界最大級の小型電池メーカーに成長した。
一方、2007年8月にはTDKブランドの記録メディア販売事業を米イメーション社に約3億ドルで譲渡。2013年には磁気テープ事業そのものからの撤退を発表し、2014年3月に子会社メディアテックを清算して60年の歴史に幕を下ろした。販売事業の譲渡から生産撤退まで6年間の段階的プロセスで、BtoC消費財メーカーからBtoB電子部品メーカーへの転換を完遂させた。
第3期: 電池を柱とする2兆円企業へ(2008〜現在)
EPCOS買収と受動部品の強化
2008年10月、TDKはドイツの電子部品メーカーEPCOSを約1,700億円で買収した。TDK過去最大の買収であり、携帯電話向け高周波部品の事業基盤を獲得して受動部品事業を大幅に強化した。ATLが生み出す巨額のキャッシュフローが、この大型買収の原資となった。2017年には米国のMEMSセンサメーカーInvenSenseを約1,427億円で買収し、センサ事業にも進出。約87億円のATL買収がその後の大型M&Aを支える財務基盤を形成するという好循環が生まれた。
2023年3月期には連結売上高が初の2兆円超となる2兆1,808億円を達成。2025年3月期にはエナジー応用製品セグメントが売上高1兆1,765億円(全体の53.4%)を占め、受動部品25.4%、磁気応用製品10.1%という事業構成に変わった。フェライトで創業し、テープで世界一となり、電池で2兆円企業に成長するという事業ポートフォリオの入替を、90年間で実現した。
電池依存の構造と次の課題
エナジー応用製品が売上の過半を占める現在の事業構成は、磁気テープが売上の49.7%を占めた1982年の構造と類似している。スマートフォン市場の成熟化やEV向け電池市場での競争激化は構造的なリスクとなり得る。TDKは過去にテープからヘッドへ、ヘッドから電池へと主力事業を入れ替えてきたが、ATLに続く次の柱をどの領域に構築するかが経営課題として浮上している。
2025年3月期の連結売上高は2兆2,048億円、営業利益は2,242億円(営業利益率10.2%)となり、創業90周年を迎えた。素材・材料レベルの技術を隣接分野に応用する「技術の横展開」と、成長期のうちに次の柱を仕込み成熟期に売却・撤退するという事業入替の手法が、TDKの歴史を一貫して規定してきた。フェライトの焼成技術からセラミックコンデンサへ、磁性材料からテープへ、テープのコーティング技術からヘッドへという技術の連鎖が、事業ポートフォリオの入替を可能にした基盤であった。
齋藤憲三は「2勝98敗」を自認する連続起業家であり、加藤博士は「欧米の模倣ではない日本独自の工業」を志す研究者であった。両者の出会いは偶然だが、フェライトの工業化に踏み切れたのは、鐘淵紡績の津田信吾社長が私財10万円を提供したからである。会社の資金ではなく個人の財産を投じたという事実は、当時のフェライト事業が合理的な投資判断の範囲外にあったことを示唆する。大学の基礎研究を工業化するディープテック型の起業が、志と人脈と個人資産の組み合わせによって実現した構造は、90年後の現在から見ても示唆に富む。