ソニー の歴史

創業

1946年

創業者

井深大・盛田昭夫

創業地

東京都中央区日本橋

直近売上高(2026/3)

124,796億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ創業まもないソニーは、技術ではなく特許を最初の武器にしたのか
A 設備投資と全国の販売網で大手が競う総合電機で、資本金19万円の零細企業が性能だけで勝つのは難しい。そこで井深大氏は、競争を時間ごと封じる法的な壁を先に押さえた。1950年に安立電気とNECから高周波バイアス法の特許を25万円で取得し、この特許が切れる1960年まで東芝・日立・松下電器のテープレコーダー参入を実質的に阻んだ。守られた10年のあいだに量産技術と資金を蓄え、次のトランジスタラジオへの跳躍を準備した。
Q なぜ盛田昭夫氏は1960年前後にOEMを断り、1989年には映画会社の保有にまで踏み込んだのか
A 米大手流通の下請けで部品を流すだけでは、価格を握られ利益も名も他社に吸われる。そこで盛田昭夫氏は、OEM供給の申し出を断り、外国人にも覚えやすい「SONY」ブランドでの輸出に賭けた。1960年前後には売上高の約4割を米国向けが占め、日本発のグローバルブランドが定着した。ベータマックスがVHSにコンテンツ量で敗れた教訓も重なり、1989年にはコロンビア・ピクチャーズを持分取得額約34億ドルで買収して、ハードとソフトを自前で抱える垂直統合へ進んだ
Q なぜ2025年に、5年前に完全子会社化したばかりの金融事業を手放したのか
A ゲーム・音楽・映画・イメージセンサーへ経営資源を集めるうえで、収益の性格も求められる規律も異なる金融を内に抱え続ける利点は薄れていた。吉田憲一郎氏が2020年に約3,955億円で完全子会社化したソニーフィナンシャルグループを、十時裕樹CEOは2025年9月にパーシャルスピンオフで東京証券取引所へ再上場させ、ソニー本体の出資を20%弱まで下げた。2023年の税制改正で親会社の譲渡益が非課税となる新制度を日本で初めて使い、生保依存から脱してエンタテインメント企業への選択と集中を進めた

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1946年〜 特許とブランドで世界市場を切り拓いた技術ベンチャー

ソニーの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1946年 井深大氏らが疎開工場を捨て、資本金19万円で東京通信工業を設立 りんご園の疎開工場に残るか、8人で焼け跡へ出るか——軍需を失った技術者はなぜ「理想工場」を先に掲げたか
  2. 1946年 ソニー創業——井深大氏と盛田昭夫氏が資本金19万円で興した「理想工場」 焼け跡の百貨店3階に集った20人は、無名の技術ベンチャーをどう立ち上げ、大手に伍したか
  3. 1947年 本社・工場を品川区に移転
  4. 1955年 トランジスタ技術の導入と自社ブランド「SONY」による米国輸出 下請けとしての大量注文か、無名でも自社ブランドか——製造業者から日本発のグローバルブランドへ賭けた選択
  5. 1955年 東京店頭市場に株式公開
  6. 1958年 社名をソニーに変更
  7. 1968年 CBS Inc.との合弁でシービーエス・ソニーレコードを設立

二〇人の研究所と、特許という最初の参入障壁

ソニーの前身は、1945年10月に元海軍技術者の井深大氏が旧日本測定器の同志約20人[1]と、東京・日本橋の白木屋百貨店の一隅で電気通信機と測定器の研究製作を始めた東京通信研究所である。製品が運輸省や逓信省に採用されて受注が伸び、1946年5月、酒造家の息子である盛田昭夫氏も加わって資本金19万円[2]・従業員20人余りで東京通信工業株式会社を設立した。井深氏は設立趣意書の目的の第一に「自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」[3]を掲げ、戦中から「生き残って新しい仕事が始められるなら[4]、その時こそ一般の大勢の人々を相手にしたコンシューマー・プロダクトをやろう」(井深大の世界 1993)と構想していた。元文部大臣の前田多門氏を形式上の社長に、帝国銀行元頭取の万代順四郎氏を相談役[5]に迎えて信用力を借りたが、技術力だけで大手に伍するのは難しく、同社が最初に掴んだ武器は特許という参入障壁だった。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [1]1945年10月 井深大氏が東京通信研究所を開設(日本橋・白木屋百貨店)
    • [5]前田多門氏が社長・万代順四郎氏が相談役
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [2]1946年5月 資本金19万円で東京通信工業を設立
  • 井深大「私の履歴書」(日本経済新聞社編『私の履歴書 経済人6』日本経済新聞社, 1980 所収)
    • [3]設立趣意書 目的の第一「自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」
  • 井深大の世界(1993)
    • [4]井深大氏 戦中からの民生用製品構想

同社は当初、真空管電圧計などの測定器を手がけていたが、大手がやらず自社の技術を生かせる商品としてテープレコーダーの開発を選び、1949年に磁気テープと録音機の試作に成功[6]した。1950年、井深氏は安立電気と日本電気から高周波バイアス法の特許を25万円で取得[7]し、テープレコーダー市場に参入した。この特許は1960年まで有効[8]であり、東芝・日立製作所・松下電器産業が同市場へ参入するのを事実上10年にわたって封じる盾になった。1951年10月期には売上高1億200万円を計上し、資本金を2,000万円へ積み増して[9]本社工場の隣接地を取得した。1959年8月には「中小企業のチャンピオン・技術革新の波にのったソニー」[10]「同社は13年前、どこにでもある小さな町工場から、いま従業員2000人を数える会社にのしあがった」(読売新聞 1959/08/23)と報じられ、戦後ベンチャーの代表格として扱われた。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [6]1949年 磁気テープと録音機の試作に成功
    • [7]1950年 高周波バイアス法の特許を25万円で取得
    • [8]高周波バイアス法特許の有効期限 1960年まで
    • [9]1951年10月期 売上高1億200万円・資本金2,000万円へ増資
  • 読売新聞(1959年8月23日)
    • [10]1959年8月 従業員2000人規模への成長を報道
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [1]1945年10月 井深大氏が東京通信研究所を開設(日本橋・白木屋百貨店)
    • [5]前田多門氏が社長・万代順四郎氏が相談役
    • [6]1949年 磁気テープと録音機の試作に成功
    • [7]1950年 高周波バイアス法の特許を25万円で取得
    • [8]高周波バイアス法特許の有効期限 1960年まで
    • [9]1951年10月期 売上高1億200万円・資本金2,000万円へ増資
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [2]1946年5月 資本金19万円で東京通信工業を設立
  • 井深大「私の履歴書」(日本経済新聞社編『私の履歴書 経済人6』日本経済新聞社, 1980 所収)
    • [3]設立趣意書 目的の第一「自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」
  • 井深大の世界(1993)
    • [4]井深大氏 戦中からの民生用製品構想
  • 読売新聞(1959年8月23日)
    • [10]1959年8月 従業員2000人規模への成長を報道

難しいからやる技術選択と、間口をせばめた専業経営

1952年2月、井深氏は初めて渡米し[11]、ウェスタン・エレクトリック社がトランジスタの特許を900万円でライセンスすると聞いて交渉に入った。当時の東京通信工業は従業員120人ほどで、技術者が三分の一以上[12]を占めていた。井深氏はのちに「テープレコーダはそれほど奥深い技術とは思えず、大勢の技術者をその後どうしようかと困っていた。一方、トランジスタは、これは相当に難しそうだ」(技術開発の昭和史 1986)と、難度の高さこそが導入の動機だったと明かしている。ところが通商産業省は「トランジスタラジオの開発など小さな町工場にそんな大それたことができるものか[14]」と取り合わず、許可が下りたのは1954年1月末[15]だった。米国のリージェンシーが1954年末に先に市販[16]し、日本初のトランジスタラジオ「TR-55」の発売は1955年8月[17]となった。 [13]

  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「証言 トランジスタの開発と応用」
    • [11]1952年2月 井深大氏が初訪米・WE社の特許ライセンスを知る
    • [12]当時の従業員120人ほど・技術者が三分の一以上
    • [13]井深大氏 難度の高さが導入の動機
    • [14]通商産業省が技術導入に反対
    • [15]1954年1月末 技術導入の政府許可
    • [16]1954年末 リージェンシーが先行市販
    • [17]1955年8月 日本初のトランジスタラジオTR-55を発売

最初のラジオは1台18,900円[18]で、当時流行のミニチュア管ポータブルラジオと比べて小さいともいえず、国内での販売は伸び悩んだ。井深氏はポケットに入る大きさを目標に据え、ミツミ電機やフォスター電機を訪ねて小型のスピーカー・コンデンサー・トランスを新たに作らせ[19]、電池まで専用の6ボルト品を用意させて1957年に世界初のポケッタブルラジオを市販[20]した。盛田昭夫氏は家族を伴いニューヨークへ移り、米国大手流通からのOEM供給の申し出を断って自社ブランド「SONY」[21]での輸出に賭けた。当時の日本メーカーは米企業の下請けとして輸出するのが常道[22]であり、無名のまま自社の名で売る選択は異例である。1958年1月に社名をソニー株式会社へ改め、同年12月に東京証券取引所へ上場[23]した。

  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「証言 トランジスタの開発と応用」
    • [18]TR-55の価格 1台18,900円
    • [19]ミツミ電機・フォスター電機へ小型部品を発注、専用6ボルト電池
    • [20]1957年 世界初のポケッタブルラジオを市販
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [21]盛田昭夫氏が渡米しOEM供給を断り自社ブランドで輸出
    • [22]当時の日本メーカーは下請け輸出が常道
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [23]1958年 社名をソニーへ変更し東京証券取引所へ上場

同社は総合電機への拡大を採らず、常務の吉井陛氏は1966年10月の講演で「間口を広くすれば技術の集中度において欠けるところが出て来ます[24]」と述べ、専業を貫く理由を技術の集中度に置いている。カラーテレビでは1961年3月に井深氏が米国の学会で見たパラマウントのクロマトロン方式[25]を導入したが、量産の歩留まりは一割に満たず、1台あたり10万円の赤字[26]を出した。RCAのシャドウマスク方式へ乗り換えれば技術の看板[27]が傷つき、開発を率いた吉田進氏は宮岡千里氏に一本の電子銃から三つの電子ビームを水平に出す構造を求め[28]た。1966年末に電子銃の原型ができ[29]、大越明男氏がアパーチャ・グリルを1967年夏に仕上げ、着想から6年を経た1968年4月[30]にトリニトロンを発表している。

  • 証券アナリストジャーナル 1966年4巻12号「ソニーの近況と今後の見通し」(常務取締役 吉井陛氏の講演要旨)
    • [24]吉井陛氏 専業を貫く理由は技術の集中度
  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「4章 応用型新製品技術で国際水準 1トリニトロンテレビ」
    • [25]1961年3月 井深大氏がクロマトロン方式に着目し技術導入
    • [26]クロマトロンの歩留まり一割未満・1台10万円の赤字
    • [27]シャドウマスク方式への転換は技術の看板を傷つけるとの判断
    • [28]吉田進氏が宮岡千里氏へ一電子銃三ビームを指示
    • [29]1966年末 トリニトロン電子銃の原型完成
    • [30]1967年夏 アパーチャ・グリル完成、1968年4月 トリニトロン発表
  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「証言 トランジスタの開発と応用」
    • [11]1952年2月 井深大氏が初訪米・WE社の特許ライセンスを知る
    • [12]当時の従業員120人ほど・技術者が三分の一以上
    • [13]井深大氏 難度の高さが導入の動機
    • [14]通商産業省が技術導入に反対
    • [15]1954年1月末 技術導入の政府許可
    • [16]1954年末 リージェンシーが先行市販
    • [17]1955年8月 日本初のトランジスタラジオTR-55を発売
    • [18]TR-55の価格 1台18,900円
    • [19]ミツミ電機・フォスター電機へ小型部品を発注、専用6ボルト電池
    • [20]1957年 世界初のポケッタブルラジオを市販
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [21]盛田昭夫氏が渡米しOEM供給を断り自社ブランドで輸出
    • [22]当時の日本メーカーは下請け輸出が常道
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [23]1958年 社名をソニーへ変更し東京証券取引所へ上場
  • 証券アナリストジャーナル 1966年4巻12号「ソニーの近況と今後の見通し」(常務取締役 吉井陛氏の講演要旨)
    • [24]吉井陛氏 専業を貫く理由は技術の集中度
  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「4章 応用型新製品技術で国際水準 1トリニトロンテレビ」
    • [25]1961年3月 井深大氏がクロマトロン方式に着目し技術導入
    • [26]クロマトロンの歩留まり一割未満・1台10万円の赤字
    • [27]シャドウマスク方式への転換は技術の看板を傷つけるとの判断
    • [28]吉田進氏が宮岡千里氏へ一電子銃三ビームを指示
    • [29]1966年末 トリニトロン電子銃の原型完成
    • [30]1967年夏 アパーチャ・グリル完成、1968年4月 トリニトロン発表

規模の拡大と、エレクトロニクス外への最初の一歩

1970年3月、吉井氏はトリニトロンの量産に向けて200億円の設備投資を決めた[31]と明かし、これを「昭和43年まで過去23年間の投資累計額に匹敵する[32]」規模と説明した。同じ講演で輸出が総売上の60%、うち米国向けが37%[33]を占めることを示している。外国人の持株は2,450万株・32.14%[34]に達し、当時の許容枠33%にほぼ届いていた。1961年6月のADR発行以来、同社は時価発行で資金を集め、無償交付は累計で総発行株数の44.4%にあたる3,560万株[35]へ及んだ。1979年に発売した携帯型再生機ウォークマンは世界で大きく売れ[36]、盛田氏はのちに家電の条件を「商品というものは、素人の人が喜んで使えるものでなきゃ[37]、本物じゃない」(読売新聞 1983/05/10)と語っている。

  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻5号「ソニーの現状と将来」(常務取締役 吉井陛氏の講演要旨)
    • [31]1970年 トリニトロン量産へ200億円の設備投資
    • [32]過去23年間の投資累計額に匹敵する規模
    • [33]輸出比率60%・うち米国向け37%
    • [34]外国人持株 2,450万株・32.14%(許容枠33%)
    • [35]無償交付 累計3,560万株・総発行株数の44.4%
  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「5章 先端技術の開発で国際水準」
    • [36]ウォークマンの大ヒット
  • 読売新聞(1983年5月10日)
    • [37]盛田昭夫氏 商品の条件

1979年8月、米プルデンシャル生命保険との合弁でソニー・プルーデンシャル生命保険を設立[38]し、出資比率50%でエレクトロニクスとは無縁に見える金融事業へ参入した。同社は1991年4月にソニー生命保険へ商号を改め、1996年3月に完全子会社[39]となっている。機器の販売に収益が偏る構造を補うこの事業は、のちに設立されるソニー銀行やソニー損害保険とあわせてグループの一角[40]を占めた。2004年4月にはこれらを束ねる持株会社ソニーフィナンシャルホールディングスが設立され[41]、2007年10月に東京証券取引所市場第一部へ上場している。本業のエレクトロニクスが振れるなかで金融は安定した収益を供給し、2020年3月期の営業利益は1,296億円[42]に達した。

  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [38]1979年8月 ソニー・プルーデンシャル生命保険を設立(50%出資)
    • [39]1991年4月 ソニー生命保険へ商号変更、1996年3月 完全子会社化
    • [40]ソニー銀行・ソニー損害保険とあわせた金融事業の構成
    • [41]2004年4月 ソニーフィナンシャルホールディングス設立、2007年10月 東証一部上場
  • ソニー 有価証券報告書(2020年3月期・連結・IFRS)
    • [42]2020年3月期 金融事業の営業利益1,296億円
  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻5号「ソニーの現状と将来」(常務取締役 吉井陛氏の講演要旨)
    • [31]1970年 トリニトロン量産へ200億円の設備投資
    • [32]過去23年間の投資累計額に匹敵する規模
    • [33]輸出比率60%・うち米国向け37%
    • [34]外国人持株 2,450万株・32.14%(許容枠33%)
    • [35]無償交付 累計3,560万株・総発行株数の44.4%
  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「5章 先端技術の開発で国際水準」
    • [36]ウォークマンの大ヒット
  • 読売新聞(1983年5月10日)
    • [37]盛田昭夫氏 商品の条件
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [38]1979年8月 ソニー・プルーデンシャル生命保険を設立(50%出資)
    • [39]1991年4月 ソニー生命保険へ商号変更、1996年3月 完全子会社化
    • [40]ソニー銀行・ソニー損害保険とあわせた金融事業の構成
    • [41]2004年4月 ソニーフィナンシャルホールディングス設立、2007年10月 東証一部上場
  • ソニー 有価証券報告書(2020年3月期・連結・IFRS)
    • [42]2020年3月期 金融事業の営業利益1,296億円

1980年〜 ハードとソフトの融合を掲げた買収戦略とその長い代償

ソニーの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1984年 ソニーマグネスケールの株式を東京証券取引所二部に上場
  2. 1987年 ソニーケミカルの株式を東京証券取引所二部に上場
  3. 1988年 CBS Records Inc.を買収
  4. 1989年 CBSレコードとコロンビア映画の連続買収──ハードとソフトの垂直統合 機器だけでは規格に勝てないのか——ハードとソフトを一体で握るために、ソニーが2年で投じた60億ドルの賭け
  5. 1993年 PlayStation参入と家庭用ゲーム市場への進出 任天堂との決裂を、ソニーはどう自前のゲーム機事業へ転じたか
  6. 2001年 エリクソンとの携帯電話合弁「ソニー・エリクソン」の設立と、赤字下の追加出資による事業継続 「弱者連合」と評された日欧折半合弁を、撤退か追加出資かの岐路でどう立て直したか
  7. 2009年 初の営業赤字・純損失を計上

機器の限界と、ハリウッドへの二年間の投資

1980年代前半のソニーは機器主体の収益構造にあり、家庭用ビデオの規格づくりでベータマックスがVHS陣営に敗れて[43]独自技術の優位を失いつつあった。盛田昭夫氏は1987年、「ハードだけで他と競争してもたかがしれている。その意味でソニーも変わらなければ」(日経ビジネス 1987/08/03)と危機感を口にしている。ソフトを自社で持つ構想がどこから来たかを、盛田氏はのちに「テープレコーダーを作っている間にプリリコーデッド(録音済みソフト)が生まれ、我々はソフトがあると依然ハードのビジネスが増えることを知った。そこでレコード会社をやろうと思い始めたことが、ソフト進出のきっかけでした」(New wave 1990/04)と説明した。1968年3月にCBS Inc.との合弁で設立したシービーエス・ソニーレコードは、1988年1月に100%出資[46]の子会社となっている。 [44][45]

  • 日経ビジネス 1984年6月11日号「ソニー"神話"は蘇るか」(日経BP)
    • [43]1980年代前半 機器主体の構造と家庭用VTR規格での敗北
  • 日経ビジネス 1987年8月3日号「ソニー」(日経BP)
    • [44]盛田昭夫氏 機器だけの競争の限界
  • New wave 1990年4月号(盛田昭夫氏インタビュー)
    • [45]盛田昭夫氏 ソフト進出の起点
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [46]1968年3月 シービーエス・ソニーレコード設立、1988年1月 100%出資

1988年1月、ソニーは米CBS Inc.のレコード部門を約20億ドルで買収[47]した。翌1989年11月にはコロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメントを買収し、有価証券報告書は持分の取得額を約34億ドル[48]、買収を伝えた当時の日本経済新聞は総額を44億ドルと記録[49]している。2年間で数十億ドルをハリウッドへ投じる決断は、日本企業による対米投資の歴史でも突出した規模[50]である。この買収は「米国の魂まで日本企業は買ってしまうのか[51]」(日経新聞 2003/01/24)と米メディアから激しい反発を受け、日本バッシングの象徴になった。狙いはCDプレーヤーの普及を自社の音楽カタログで加速し、次世代メディアの規格争いでコンテンツ供給力を交渉材料に使うことにあり、盛田氏は「コロンビアの買収は、私たちのフィロソフィーとポリシーの上に乗った[52]ひとつの付随的な事件でした」(New wave 1990/04)と位置づけた。

  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [47]1988年1月 CBS Inc.のレコード部門を約20億ドルで買収
    • [48]1989年11月 コロンビア・ピクチャーズ買収 持分取得額 約34億ドル
  • 日本経済新聞 1989年10月16日「44億ドルで買収へ」
    • [49]コロンビア買収の総額 44億ドル
    • [50]対米投資として突出した規模
  • 日本経済新聞 2003年1月24日
    • [51]米メディアの反発「米国の魂まで買うのか」
  • New wave 1990年4月号(盛田昭夫氏インタビュー)
    • [52]盛田昭夫氏 コロンビア買収の位置づけ

コロンビア映画は買収直後から経営陣の混乱と制作費の膨張に苦しみ、1994年に映画事業ののれんを中心とする巨額の減損[53]を計上した。その結果、1995年3月期の連結決算は純損失2,933億円[54]に沈んでいる。短期的には高額の授業料だったが、映画スタジオと音楽レーベルが加わった事実は以後30年の収益構造を規定[55]した。1995年10月にはマイケル・ジャクソン氏との合弁で音楽出版のSony/ATV Music Publishingを設立[56]し、2016年9月に100%出資としている。2012年6月には出資グループを通じてEMI Music Publishingを取得し、2018年11月に完全子会社[57]とした。

  • 会社年鑑
    • [53]1994年 映画事業ののれんを中心とする減損
    • [54]1995年3月期 連結純損失2,933億円
    • [55]映画・音楽の取得が以後の収益構造を規定
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [56]1995年10月 Sony/ATV Music Publishing設立、2016年9月 100%出資
    • [57]2012年6月 EMI Music Publishing取得、2018年11月 完全子会社化
  • 日経ビジネス 1984年6月11日号「ソニー"神話"は蘇るか」(日経BP)
    • [43]1980年代前半 機器主体の構造と家庭用VTR規格での敗北
  • 日経ビジネス 1987年8月3日号「ソニー」(日経BP)
    • [44]盛田昭夫氏 機器だけの競争の限界
  • New wave 1990年4月号(盛田昭夫氏インタビュー)
    • [45]盛田昭夫氏 ソフト進出の起点
    • [52]盛田昭夫氏 コロンビア買収の位置づけ
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [46]1968年3月 シービーエス・ソニーレコード設立、1988年1月 100%出資
    • [47]1988年1月 CBS Inc.のレコード部門を約20億ドルで買収
    • [48]1989年11月 コロンビア・ピクチャーズ買収 持分取得額 約34億ドル
    • [56]1995年10月 Sony/ATV Music Publishing設立、2016年9月 100%出資
    • [57]2012年6月 EMI Music Publishing取得、2018年11月 完全子会社化
  • 日本経済新聞 1989年10月16日「44億ドルで買収へ」
    • [49]コロンビア買収の総額 44億ドル
    • [50]対米投資として突出した規模
  • 日本経済新聞 2003年1月24日
    • [51]米メディアの反発「米国の魂まで買うのか」
  • 会社年鑑
    • [53]1994年 映画事業ののれんを中心とする減損
    • [54]1995年3月期 連結純損失2,933億円
    • [55]映画・音楽の取得が以後の収益構造を規定

ゲームという第二の柱と、組織に生まれた仕切り

1993年11月にソニー・コンピュータエンタテインメントを設立[58]し、1994年12月に家庭用ゲーム機「PlayStation」を国内で発売した。CD-ROMの採用によってソフトの製造コストをカートリッジ方式より引き下げ[59]、外部の開発会社を広く取り込む設計とした。2004年5月には据置型ゲーム機として史上初の全世界生産出荷累計1億台[60]を達成し、任天堂とセガが分け合っていた市場の勢力図を塗り替えている。1999年に発表されたPlayStation 2はDVD-Video再生に対応して39,800円[61]で売り出された。大賀典雄氏は「当社の映画部門には3000本の映画と3万回以上のテレビ番組がある。テレビやVTRといったハード機器は工場を建てればいくらでも量産できる。良質なソフトはそうはいかない」(日経新聞 1994/12/06)とコンテンツ資産の希少価値を説いた。 [62]

  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [58]1993年11月 ソニー・コンピュータエンタテインメント設立
  • ソニー・コンピュータエンタテインメント(2004年5月19日)「『プレイステーション』(初代PSおよびPS one)家庭用ゲーム機で、史上初の全世界生産出荷累計1億台を達成」
    • [59]CD-ROM採用による製造コスト低減と外部開発者の取り込み
    • [60]2004年5月 据置型で史上初の全世界出荷累計1億台
  • PC Watch(1999年9月13日)「『プレイステーション2』DVD-Videoも再生できて39,800円」
    • [61]PlayStation 2 DVD-Video再生対応・39,800円
  • 日本経済新聞(1994年12月6日)
    • [62]大賀典雄氏 コンテンツ資産の希少価値

事業領域が拡大するほど組織の内部に立ちはだかる壁も厚くなり、1994年4月に事業本部制を廃して導入したカンパニー制[63]は各事業の独立採算を促した一方、機器とソフト、エレクトロニクスとゲームといった事業間の融合を阻む仕切りにもなっている[64]。1999年4月にカンパニーを統合・再編してネットワークカンパニー制へ改め、2000年1月には上場子会社3社を株式交換で完全子会社化[65]したが、デジタル時代に求められる機器・ソフト・サービスの一体提供は最後まで組み上がらなかった。2001年にAppleがiPodとiTunesの組み合わせで音楽配信市場を席巻した際、ウォークマンを生んだソニーが後手に回った[66]

  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [63]1994年4月 事業本部制を廃止しカンパニー制を導入
    • [65]1999年4月 ネットワークカンパニー制、2000年1月 上場子会社3社を株式交換で完全子会社化
  • 日経ビジネス 1984年6月11日号「ソニー"神話"は蘇るか」(日経BP)
    • [64]カンパニー制が事業間の融合を阻む仕切りになった
  • 週刊東洋経済 2003年5月10日号「3rd直撃 出井伸之CEO 業績異変!株価崩落!ソニーに何が起きたのか」
    • [66]2001年 Appleの音楽配信に対する後手
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [58]1993年11月 ソニー・コンピュータエンタテインメント設立
    • [63]1994年4月 事業本部制を廃止しカンパニー制を導入
    • [65]1999年4月 ネットワークカンパニー制、2000年1月 上場子会社3社を株式交換で完全子会社化
  • ソニー・コンピュータエンタテインメント(2004年5月19日)「『プレイステーション』(初代PSおよびPS one)家庭用ゲーム機で、史上初の全世界生産出荷累計1億台を達成」
    • [59]CD-ROM採用による製造コスト低減と外部開発者の取り込み
    • [60]2004年5月 据置型で史上初の全世界出荷累計1億台
  • PC Watch(1999年9月13日)「『プレイステーション2』DVD-Videoも再生できて39,800円」
    • [61]PlayStation 2 DVD-Video再生対応・39,800円
  • 日本経済新聞(1994年12月6日)
    • [62]大賀典雄氏 コンテンツ資産の希少価値
  • 日経ビジネス 1984年6月11日号「ソニー"神話"は蘇るか」(日経BP)
    • [64]カンパニー制が事業間の融合を阻む仕切りになった
  • 週刊東洋経済 2003年5月10日号「3rd直撃 出井伸之CEO 業績異変!株価崩落!ソニーに何が起きたのか」
    • [66]2001年 Appleの音楽配信に対する後手

携帯の合弁、ソニーショック、そして創業以来初の赤字

携帯電話では2001年4月にスウェーデンのエリクソンと事業統合の覚書を交わし[67]、同年10月に折半出資のソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズが営業を始めた。エリクソンの販売網と通信技術に自社の実装技術と商品企画力を持ち寄り[68]、開発費の負担を分け合う構図である。発足後は世界市場の低迷で赤字が続いたため、2003年1月に両親会社が各1億5,000万ユーロ、計3億ユーロの追加増資[69]を決めて事業継続を資本で裏づけた。その後はカメラ付き携帯やウォークマン携帯のヒットで立ち直り、2011年にソニーがエリクソンの保有分を取得[70]して完全子会社としている。

  • 日経クロステック(2001年4月25日)「ソニーとエリクソンが携帯電話機事業を統合へ,合弁設立で覚え書調印」
    • [67]2001年4月 事業統合の覚書、2001年10月 ソニー・エリクソン営業開始
    • [68]折半出資と開発費負担の分担
  • ケータイWatch(2003年1月29日)「ソニーとエリクソン、ソニー・エリクソンに3億ユーロの追加増資」
    • [69]2003年1月 各1億5,000万ユーロ・計3億ユーロの追加増資
  • 週刊東洋経済 2005年11月12日号「『ウォークマン携帯電話』が大ヒット ソニー・エリクソン快進撃の秘密」
    • [70]ウォークマン携帯のヒットと2011年の完全子会社化

2003年4月、2003年3月期決算の下方修正を発表すると株価は2日連続でストップ安[71]となり、日経平均全体を押し下げた。「ソニーショック」と呼ばれたこの出来事は、エレクトロニクス事業の構造的な収益悪化を市場へ突きつけている[72]出井伸之氏がCEOを務めた後半にはテレビ・PC・携帯電話の不振が慢性化し、同年6月には委員会等設置会社へ移行[73]して統治の形を改めた。2005年6月に外国人として初のCEOへ就いたハワード・ストリンガー[74]が構造改革に着手したが、テレビ事業の赤字は止まらず、2004年4月にSamsung Electronicsと折半で設立した液晶パネル会社S-LCD[75]も採算改善にはつながらなかった。

  • 週刊東洋経済 2003年5月10日号「3rd直撃 出井伸之CEO 業績異変!株価崩落!ソニーに何が起きたのか」
    • [71]2003年4月 下方修正発表で株価2日連続ストップ安
    • [72]ソニーショックが示したエレクトロニクスの構造的な収益悪化
    • [74]2005年6月 ハワード・ストリンガー氏がCEOに就任
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [73]2003年6月 委員会等設置会社へ移行
    • [75]2004年4月 SamsungとS-LCDを設立(50%マイナス1株出資)

2008年秋のリーマン・ショックが追い打ちをかけ、2009年3月期に創業以来初となる営業赤字2,278億円と純損失989億円[76]を計上した。世界的な需要減退と急激な円高が輸出比率の高いエレクトロニクス事業を直撃[77]している。翌年以降も最終赤字が続き、2012年3月期には過去最大の純損失4,567億円[78]を記録した。テレビ事業の減損、リストラ費用、のれんの償却が積み重なった結果であり、薄型テレビは8期連続の営業赤字[79]に陥っていた。連結売上高は2008年3月期の8兆8,714億円から2012年3月期の6兆4,932億円へ[80]、4年間で約2.4兆円が失われた。

  • ソニー 有価証券報告書(2009年3月期)【経理の状況】連結損益計算書
    • [76]2009年3月期 創業以来初の営業赤字2,278億円・純損失989億円
    • [77]需要減退と円高がエレクトロニクスを直撃
  • ソニー 有価証券報告書(2012年3月期)【経理の状況】連結損益計算書
    • [78]2012年3月期 過去最大の純損失4,567億円
    • [79]薄型テレビ 8期連続の営業赤字
    • [80]連結売上高 2008年3月期8兆8,714億円→2012年3月期6兆4,932億円
  • 日経クロステック(2001年4月25日)「ソニーとエリクソンが携帯電話機事業を統合へ,合弁設立で覚え書調印」
    • [67]2001年4月 事業統合の覚書、2001年10月 ソニー・エリクソン営業開始
    • [68]折半出資と開発費負担の分担
  • ケータイWatch(2003年1月29日)「ソニーとエリクソン、ソニー・エリクソンに3億ユーロの追加増資」
    • [69]2003年1月 各1億5,000万ユーロ・計3億ユーロの追加増資
  • 週刊東洋経済 2005年11月12日号「『ウォークマン携帯電話』が大ヒット ソニー・エリクソン快進撃の秘密」
    • [70]ウォークマン携帯のヒットと2011年の完全子会社化
  • 週刊東洋経済 2003年5月10日号「3rd直撃 出井伸之CEO 業績異変!株価崩落!ソニーに何が起きたのか」
    • [71]2003年4月 下方修正発表で株価2日連続ストップ安
    • [72]ソニーショックが示したエレクトロニクスの構造的な収益悪化
    • [74]2005年6月 ハワード・ストリンガー氏がCEOに就任
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [73]2003年6月 委員会等設置会社へ移行
    • [75]2004年4月 SamsungとS-LCDを設立(50%マイナス1株出資)
  • ソニー 有価証券報告書(2009年3月期)【経理の状況】連結損益計算書
    • [76]2009年3月期 創業以来初の営業赤字2,278億円・純損失989億円
    • [77]需要減退と円高がエレクトロニクスを直撃
  • ソニー 有価証券報告書(2012年3月期)【経理の状況】連結損益計算書
    • [78]2012年3月期 過去最大の純損失4,567億円
    • [79]薄型テレビ 8期連続の営業赤字
    • [80]連結売上高 2008年3月期8兆8,714億円→2012年3月期6兆4,932億円

2012年〜 不採算事業の売却、純粋持株会社体制の完成、そして金融の分離

ソニーの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2012年 過去最大の純損失を計上
  2. 2014年 平井一夫氏の選択と集中とVAIO・電池事業の譲渡 何を伸ばすかより何を捨てるか——過去最大の赤字からの再建で、ソニーはどう事業を手放したか
  3. 2019年 サードポイントの事業分離要求とソニーの統合堅持 高収益の事業を切り離すべきか——コングロマリット・ディスカウントを説く物言う株主に、ソニーはなぜ二度とも分離を退けたか
  4. 2020年 金融事業ソニーフィナンシャルの完全子会社化(約4,000億円のTOB) 物言う株主が迫る分離を退け、なぜ金融を切り離さず逆に取り込んだか——コングロマリットの資本再編
  5. 2021年 吉田憲一郎氏のパーパス経営と純粋持株会社体制への移行 創業者のカリスマに頼らず、多くの事業をどう束ねるか——ソニーを純利益1兆円企業へ導いた統治の作り替え
  6. 2022年 ホンダとのEV合弁ソニー・ホンダモビリティ設立──スマホの次の成長軸としてのモビリティー参入 完成車で自動車大手と張り合うのか、裏方の技術で稼ぐのか──「次の10年はモビリティー」をどう形にするか
  7. 2025年 金融事業の一部分離・再上場(税制適格パーシャル・スピンオフ) 46年前に始めた金融を、なぜ手放し、なぜ2割弱だけ残したか——コングロマリットの資本効率をめぐる選択

何を捨てるかを先に決めた入れ替えと、半導体という新しい柱

2012年4月、PlayStation事業出身の平井一夫氏が社長兼CEOへ就任[81]した。最初に示した方針は事業ポートフォリオの入れ替えであり、焦点は何を伸ばすかではなく何を捨てるか[82]にあった。2014年2月にVAIOブランドのPC事業を投資ファンドの日本産業パートナーズへ譲渡することで合意[83]し、同年7月に新会社へ引き継いでテレビ事業を分社化している。電池事業は2016年10月31日に村田製作所への譲渡で確定契約を結び、譲渡金額は約175億円、社員約8,500名の雇用は村田製作所グループが受け入れた[84]。工場を閉じるのではなく事業ごと引き継がせる撤退[85]であり、自社が実用化したリチウムイオン電池を手放してでも成長領域へ資源を集中させる判断だった。

  • 日本経済新聞(2025年4月22日)「私の履歴書 平井一夫(21)ソニーを変える」
    • [81]2012年4月2日 平井一夫氏が社長兼CEOに就任
    • [82]何を捨てるかを先に決める方針
  • PC Watch(2014年2月6日)「ソニー、PC事業の譲渡で合意」
    • [83]2014年2月 VAIO譲渡で合意、7月に引き継ぎとテレビ事業の分社化
  • デジカメ Watch(2016年10月31日)「ソニー、電池事業を村田製作所に譲渡」
    • [84]電池事業の譲渡金額 約175億円・社員約8,500名
  • 日本経済新聞(2025年4月25日)「私の履歴書 平井一夫(24)パソコン撤退」
    • [85]工場閉鎖ではなく事業ごと譲渡する撤退の型

平井氏がソニーに残したのはPlayStation、CMOSイメージセンサー、音楽、映画、そして金融の五つ[86]である。2016年4月にはイメージング&センシング・ソリューション事業を分社化し、ソニーセミコンダクタソリューションズ[87]として営業を始めた。スマートフォンのカメラ高画質化のなかで同事業は伸び、2019年時点でスマホ向けイメージセンサーのシェアは7割を超え、営業利益1,440億円を稼ぐ高収益事業[88]になっている。2015年2月に発表した3カ年中期経営計画ではROEを最重視[89]の経営指標に据えた。2018年3月期には連結営業利益が7,349億円と前期比2.5倍になり[90]、1998年3月期以来20年ぶりの最高益を記録している。

  • 日本経済新聞(2025年4月28日)「私の履歴書 平井一夫(27)自走するソニー」
    • [86]平井体制が残した五つの事業領域
    • [89]2015年2月 3カ年中期経営計画でROEを最重視
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [87]2016年4月 ソニーセミコンダクタソリューションズ設立
  • Forbes(2019年6月20日)「Activist Investor Nudges Sony To Spin-Off Its Semiconductor Business」
    • [88]2019年 スマホ向けイメージセンサーのシェア7割超・営業利益1,440億円
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [90]2018年3月期 連結営業利益7,349億円(前期比2.5倍・20年ぶりの最高益)
  • 日本経済新聞(2025年4月22日)「私の履歴書 平井一夫(21)ソニーを変える」
    • [81]2012年4月2日 平井一夫氏が社長兼CEOに就任
    • [82]何を捨てるかを先に決める方針
  • PC Watch(2014年2月6日)「ソニー、PC事業の譲渡で合意」
    • [83]2014年2月 VAIO譲渡で合意、7月に引き継ぎとテレビ事業の分社化
  • デジカメ Watch(2016年10月31日)「ソニー、電池事業を村田製作所に譲渡」
    • [84]電池事業の譲渡金額 約175億円・社員約8,500名
  • 日本経済新聞(2025年4月25日)「私の履歴書 平井一夫(24)パソコン撤退」
    • [85]工場閉鎖ではなく事業ごと譲渡する撤退の型
  • 日本経済新聞(2025年4月28日)「私の履歴書 平井一夫(27)自走するソニー」
    • [86]平井体制が残した五つの事業領域
    • [89]2015年2月 3カ年中期経営計画でROEを最重視
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [87]2016年4月 ソニーセミコンダクタソリューションズ設立
  • Forbes(2019年6月20日)「Activist Investor Nudges Sony To Spin-Off Its Semiconductor Business」
    • [88]2019年 スマホ向けイメージセンサーのシェア7割超・営業利益1,440億円
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [90]2018年3月期 連結営業利益7,349億円(前期比2.5倍・20年ぶりの最高益)

分離要求を退けた統合と、純粋持株会社への移行

多くの事業を抱える構造には、個別事業の価値の合計より時価総額が低いというコングロマリット・ディスカウント[91]の指摘がついて回った。2013年、米ヘッジファンドのサードポイントは約7%を持つ筆頭株主としてエンタテインメント事業の15〜20%を米国へ上場する部分分離を提案[92]したが、ソニーは同年8月6日に取締役会の全会一致で見送り、100%保有による相乗効果を理由[93]に挙げている。2019年6月13日、同社は約15億ドルのソニー株を保有したうえで102ページの提案書「A Stronger Sony」[94]を提出し、半導体事業の分離を求めた。吉田憲一郎氏は同年9月17日の株主宛て書簡でこれを退け、取締役会は全会一致で半導体を成長のけん引役[95]と位置づけた。

  • J-CASTニュース(2013年7月27日)「モノ言う株主『サード・ポイント』ってなんだ ソニーにエンタメ部門切り離し求める」
    • [91]コングロマリット・ディスカウントの指摘
    • [92]2013年 サードポイントが約7%を保有しエンタメ15〜20%の分離を提案
  • PHILE WEB(2013年8月6日)「ソニー、サードポイントによるエンタメ事業の分離上場提案を拒否」
    • [93]2013年8月6日 取締役会の全会一致で分離を見送り
  • Forbes(2019年6月20日)「Activist Investor Nudges Sony To Spin-Off Its Semiconductor Business」
    • [94]2019年6月13日 約15億ドル保有・提案書「A Stronger Sony」
  • ITmedia NEWS(2019年9月21日)「ソニーが『ものいう株主』の提案を拒否、半導体事業を分社化しない理由」
    • [95]2019年9月17日 吉田憲一郎氏が株主宛て書簡で半導体分離を拒否

2018年4月、CFO出身の吉田氏が社長兼CEOへ就任[96]した。創業者の求心力に頼る経営を存在意義(パーパス)という共通の言葉で束ねる経営へ改め、「クリエイターに愛されたい[97]」(日経ビジネス 2025/01/31)という言葉で方向性を定義している。2020年5月20日から7月13日まで1株2,600円で公開買付けを実施して上場子会社ソニーフィナンシャルホールディングスの持株比率を93.46%へ高め[98]、残りを株式交換で取得して9月2日に完全子会社化した。買収総額は約3,955億円[99]である。買付価格は直近株価に約3割のプレミアムを乗せた水準[100]で、これにより金融子会社の利益は全額が連結に入ることになった。

  • DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(2020年7月)「ソニーは、誰のために、何のために存在するのか カリスマ型からパーパス型のリーダーシップへ」
    • [96]2018年4月 吉田憲一郎氏が社長兼CEOに就任
  • 日経ビジネス(2025年1月31日)
    • [97]吉田憲一郎氏 パーパス経営の言葉
  • 週刊東洋経済 2020年6月6日号「ニュース最前線 ソニーが“大変身”を決断 金融事業を取り込む思惑」
    • [98]2020年5〜7月 1株2,600円のTOBで93.46%、9月2日に完全子会社化
    • [99]ソニーフィナンシャルホールディングス完全子会社化の総額 約3,955億円
    • [100]買付価格は直近株価に約3割のプレミアム

2021年4月、社名をソニーグループ株式会社へ変更し、エレクトロニクス事業は新設のソニー株式会社[101]として持株会社の傘下へ移った。純粋持株会社体制の完成をもって、2012年から続いた構造改革は一区切り[102]を迎えている。2021年3月期の連結純利益は1兆296億円[103]に達し、日本企業でも数少ない純利益1兆円超を記録した。ゲーム&ネットワークサービスの売上高2兆6,047億円、音楽9,273億円、映画7,576億円[104]と、エンタテインメント3事業の合計が連結売上高のほぼ半分を占める構造になっている。

  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [101]2021年4月 ソニーグループへ社名変更、ソニー株式会社が発足
    • [102]純粋持株会社体制の完成
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [103]2021年3月期 連結純利益1兆296億円
    • [104]2021年3月期 G&NS 2兆6,047億円・音楽9,273億円・映画7,576億円
  • J-CASTニュース(2013年7月27日)「モノ言う株主『サード・ポイント』ってなんだ ソニーにエンタメ部門切り離し求める」
    • [91]コングロマリット・ディスカウントの指摘
    • [92]2013年 サードポイントが約7%を保有しエンタメ15〜20%の分離を提案
  • PHILE WEB(2013年8月6日)「ソニー、サードポイントによるエンタメ事業の分離上場提案を拒否」
    • [93]2013年8月6日 取締役会の全会一致で分離を見送り
  • Forbes(2019年6月20日)「Activist Investor Nudges Sony To Spin-Off Its Semiconductor Business」
    • [94]2019年6月13日 約15億ドル保有・提案書「A Stronger Sony」
  • ITmedia NEWS(2019年9月21日)「ソニーが『ものいう株主』の提案を拒否、半導体事業を分社化しない理由」
    • [95]2019年9月17日 吉田憲一郎氏が株主宛て書簡で半導体分離を拒否
  • DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(2020年7月)「ソニーは、誰のために、何のために存在するのか カリスマ型からパーパス型のリーダーシップへ」
    • [96]2018年4月 吉田憲一郎氏が社長兼CEOに就任
  • 日経ビジネス(2025年1月31日)
    • [97]吉田憲一郎氏 パーパス経営の言葉
  • 週刊東洋経済 2020年6月6日号「ニュース最前線 ソニーが“大変身”を決断 金融事業を取り込む思惑」
    • [98]2020年5〜7月 1株2,600円のTOBで93.46%、9月2日に完全子会社化
    • [99]ソニーフィナンシャルホールディングス完全子会社化の総額 約3,955億円
    • [100]買付価格は直近株価に約3割のプレミアム
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [101]2021年4月 ソニーグループへ社名変更、ソニー株式会社が発足
    • [102]純粋持株会社体制の完成
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [103]2021年3月期 連結純利益1兆296億円
    • [104]2021年3月期 G&NS 2兆6,047億円・音楽9,273億円・映画7,576億円

ゲームへの集中投資と、四十六年目の金融分離

2022年7月、Sony Interactive Entertainmentが米国の独立系ゲーム開発会社Bungie, Inc.[105]をおよそ36億ドルで買収した。Bungieは「Halo」シリーズの開発元として知られ、買収時点では「Destiny」シリーズ[106]のライブサービスゲームを運営していた。PlayStationにおける自社コンテンツの強化と、継続課金型の収益モデル確立を狙った投資[107]であり、売り切り型のパッケージ販売に依存しない収益基盤への転換を企図している。2025年3月期にはゲーム&ネットワークサービスの売上高が4兆5,436億円、営業利益が4,148億円[108]に達し、グループ最大の収益柱となった。

  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [105]2022年7月 Sony Interactive EntertainmentがBungieを買収
    • [106]Bungieは「Halo」の開発元・「Destiny」を運営
    • [107]継続課金型の収益モデルへの転換の狙い
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【セグメント情報】
    • [108]2025年3月期 G&NS 売上高4兆5,436億円・営業利益4,148億円

同じ2022年9月、本田技研工業と折半出資でソニー・ホンダモビリティ株式会社を設立[109]した。CMOSイメージセンサーなどのセンシング技術とエンタテインメント技術に、ホンダの車両設計・製造力を組み合わせて[110]電気自動車を開発する合弁である。2023年1月のCESではEVブランド「AFEELA」を披露し、社長にはソニー出身の川西泉氏[111]が就いた。完成車で自動車大手と量を競うのではなく、技術とコンテンツを載せる基盤で稼ぐ道を探る試みだが、モビリティ事業からの収益貢献は2026年時点で見えていない[112]が、2025年3月期の連結売上高は12兆9,571億円、営業利益は1兆4,072億円[113]と過去最高水準を更新した。

  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [109]2022年9月 ソニー・ホンダモビリティ設立(50%出資)
  • 週刊東洋経済 2022年3月26日号「ソニー×ホンダが狙う「本当の果実」」
    • [110]センシング技術とホンダの車両設計・製造力の組み合わせ
  • 週刊東洋経済 2024年1月6日号「ソニー・ホンダの実験車 アフィーラは移動価値変えられるか」
    • [111]2023年のCESでEVブランド「AFEELA」を披露、社長は川西泉氏
    • [112]収益貢献は未確定
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [113]2025年3月期 連結売上高12兆9,571億円・営業利益1兆4,072億円

2024年2月13日、金融事業のパーシャル・スピンオフについて産業競争力強化法に基づく事業再編計画の認定を取得し、翌14日に準備開始を公表[114]した。2025年9月30日を基準日としてソニー株1株にソニーフィナンシャルグループ株1株を現物配当で交付し、100%保有していた株式の8割超を株主へ渡して2割弱を手元に残す設計[115]とした。新株発行も売り出しも伴わないダイレクトリスティングで、9月29日に東証プライムへ再上場し初値は205円、同日のソニーグループ株の始値は4,230円[116]である。1979年に本業の脆さを補うために始めた金融を46年後に資本市場へ返し[117]、グループはエンタテインメントと半導体へ一段と集中する形になった。

  • 日本経済新聞(2024年2月14日)「ソニーグループ、ソニーFGのパーシャル・スピンオフで産業競争力強化法に基づく事業再編計画の認定取得・準備開始を発表」
    • [114]2024年2月13日 事業再編計画の認定取得、14日に準備開始を公表
  • 日本経済新聞(2025年9月28日)「ソニーフィナンシャルグループ、9月29日に東証プライム再上場 脱・生保依存の戦略焦点」
    • [115]現物配当で8割超を株主へ交付し2割弱を残す設計
    • [117]1979年開始の金融を46年後に分離
  • 日本経済新聞(2025年9月29日)「ソニーフィナンシャルグループがスピンオフ上場、初値205円 ソニーグループは始値4230円」
    • [116]2025年9月29日 東証プライム再上場 初値205円・ソニーG始値4,230円
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
    • [105]2022年7月 Sony Interactive EntertainmentがBungieを買収
    • [106]Bungieは「Halo」の開発元・「Destiny」を運営
    • [107]継続課金型の収益モデルへの転換の狙い
    • [109]2022年9月 ソニー・ホンダモビリティ設立(50%出資)
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【セグメント情報】
    • [108]2025年3月期 G&NS 売上高4兆5,436億円・営業利益4,148億円
  • 週刊東洋経済 2022年3月26日号「ソニー×ホンダが狙う「本当の果実」」
    • [110]センシング技術とホンダの車両設計・製造力の組み合わせ
  • 週刊東洋経済 2024年1月6日号「ソニー・ホンダの実験車 アフィーラは移動価値変えられるか」
    • [111]2023年のCESでEVブランド「AFEELA」を披露、社長は川西泉氏
    • [112]収益貢献は未確定
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [113]2025年3月期 連結売上高12兆9,571億円・営業利益1兆4,072億円
  • 日本経済新聞(2024年2月14日)「ソニーグループ、ソニーFGのパーシャル・スピンオフで産業競争力強化法に基づく事業再編計画の認定取得・準備開始を発表」
    • [114]2024年2月13日 事業再編計画の認定取得、14日に準備開始を公表
  • 日本経済新聞(2025年9月28日)「ソニーフィナンシャルグループ、9月29日に東証プライム再上場 脱・生保依存の戦略焦点」
    • [115]現物配当で8割超を株主へ交付し2割弱を残す設計
    • [117]1979年開始の金融を46年後に分離
  • 日本経済新聞(2025年9月29日)「ソニーフィナンシャルグループがスピンオフ上場、初値205円 ソニーグループは始値4230円」
    • [116]2025年9月29日 東証プライム再上場 初値205円・ソニーG始値4,230円

ソニーの沿革1946〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
井深大氏らが疎開工場を捨て、資本金19万円で東京通信工業を設立りんご園の疎開工場に残るか、8人で焼け跡へ出るか——軍需を失った技術者はなぜ「理想工場」を先に掲げたか 詳細を読む★★★
ソニー創業——井深大氏と盛田昭夫氏が資本金19万円で興した「理想工場」焼け跡の百貨店3階に集った20人は、無名の技術ベンチャーをどう立ち上げ、大手に伍したか 詳細を読む
本社・工場を品川区に移転
井深大東京店頭市場に株式公開
井深大トランジスタ技術の導入と自社ブランド「SONY」による米国輸出下請けとしての大量注文か、無名でも自社ブランドか——製造業者から日本発のグローバルブランドへ賭けた選択 詳細を読む★★★
井深大社名をソニーに変更
井深大東京証券取引所に上場
井深大Sony Corporation of Americaを設立
井深大ADR(米国預託証券)を発行
井深大CBS Inc.との合弁でシービーエス・ソニーレコードを設立★★
井深大ニューヨーク証券取引所に上場
岩間和夫ソニー・プルーデンシャル生命保険を設立
大賀典雄ソニーマグネスケールの株式を東京証券取引所二部に上場
大賀典雄ソニーケミカルの株式を東京証券取引所二部に上場
大賀典雄CBS Records Inc.を買収★★
大賀典雄CBSレコードとコロンビア映画の連続買収──ハードとソフトの垂直統合機器だけでは規格に勝てないのか——ハードとソフトを一体で握るために、ソニーが2年で投じた60億ドルの賭け 詳細を読む★★★
大賀典雄PlayStation参入と家庭用ゲーム市場への進出任天堂との決裂を、ソニーはどう自前のゲーム機事業へ転じたか 詳細を読む★★★
大賀典雄カンパニー制を導入
出井伸之Sony/ATV Music Publishing LLCを設立
出井伸之執行役員制を導入
出井伸之ネットワークカンパニー制を導入
安藤国威エリクソンとの携帯電話合弁「ソニー・エリクソン」の設立と、赤字下の追加出資による事業継続「弱者連合」と評された日欧折半合弁を、撤退か追加出資かの岐路でどう立て直したか 詳細を読む★★★
安藤国威Samsung Electronicsと合弁S-LCD Corporationを設立
安藤国威Bertelsmann AGと合弁SONY BMG MUSIC ENTERTAINMENTを設立
中鉢良治ハワード・ストリンガーがCEOに就任
ハワード・ストリンガー初の営業赤字・純損失を計上★★
平井一夫過去最大の純損失を計上★★
平井一夫平井一夫氏が社長兼CEOに就任
平井一夫平井一夫氏の選択と集中とVAIO・電池事業の譲渡何を伸ばすかより何を捨てるか——過去最大の赤字からの再建で、ソニーはどう事業を手放したか 詳細を読む★★★
平井一夫電池事業を村田製作所グループへ譲渡
吉田憲一郎吉田憲一郎氏が社長兼CEOに就任
吉田憲一郎サードポイントの事業分離要求とソニーの統合堅持高収益の事業を切り離すべきか——コングロマリット・ディスカウントを説く物言う株主に、ソニーはなぜ二度とも分離を退けたか 詳細を読む★★★
吉田憲一郎金融事業ソニーフィナンシャルの完全子会社化(約4,000億円のTOB)物言う株主が迫る分離を退け、なぜ金融を切り離さず逆に取り込んだか——コングロマリットの資本再編 詳細を読む★★★
吉田憲一郎吉田憲一郎氏のパーパス経営と純粋持株会社体制への移行創業者のカリスマに頼らず、多くの事業をどう束ねるか——ソニーを純利益1兆円企業へ導いた統治の作り替え 詳細を読む★★★
吉田憲一郎Bungie, Inc.を買収
吉田憲一郎ホンダとのEV合弁ソニー・ホンダモビリティ設立──スマホの次の成長軸としてのモビリティー参入完成車で自動車大手と張り合うのか、裏方の技術で稼ぐのか──「次の10年はモビリティー」をどう形にするか 詳細を読む★★★
十時裕樹十時裕樹氏が社長に就任
十時裕樹金融事業の一部分離・再上場(税制適格パーシャル・スピンオフ)46年前に始めた金融を、なぜ手放し、なぜ2割弱だけ残したか——コングロマリットの資本効率をめぐる選択 詳細を読む★★★
出典・参考
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【沿革】
  • 井深大「私の履歴書」(日本経済新聞社編『私の履歴書 経済人6』日本経済新聞社, 1980 所収)
  • 井深大の世界(1993)
  • 読売新聞(1959年8月23日)
  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「証言 トランジスタの開発と応用」
  • 証券アナリストジャーナル 1966年4巻12号「ソニーの近況と今後の見通し」(常務取締役 吉井陛氏の講演要旨)
  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「4章 応用型新製品技術で国際水準 1トリニトロンテレビ」
  • 証券アナリストジャーナル 1970年8巻5号「ソニーの現状と将来」(常務取締役 吉井陛氏の講演要旨)
  • 技術開発の昭和史(森谷正規著, 日本経済新聞社, 1986)「5章 先端技術の開発で国際水準」
  • 読売新聞(1983年5月10日)
  • ソニー 有価証券報告書(2020年3月期・連結・IFRS)
  • 日経ビジネス 1984年6月11日号「ソニー"神話"は蘇るか」(日経BP)
  • 日経ビジネス 1987年8月3日号「ソニー」(日経BP)
  • New wave 1990年4月号(盛田昭夫氏インタビュー)
  • 日本経済新聞 1989年10月16日「44億ドルで買収へ」
  • 日本経済新聞 2003年1月24日
  • 会社年鑑
  • ソニー・コンピュータエンタテインメント(2004年5月19日)「『プレイステーション』(初代PSおよびPS one)家庭用ゲーム機で、史上初の全世界生産出荷累計1億台を達成」
  • PC Watch(1999年9月13日)「『プレイステーション2』DVD-Videoも再生できて39,800円」
  • 日本経済新聞(1994年12月6日)
  • 週刊東洋経済 2003年5月10日号「3rd直撃 出井伸之CEO 業績異変!株価崩落!ソニーに何が起きたのか」
  • 日経クロステック(2001年4月25日)「ソニーとエリクソンが携帯電話機事業を統合へ,合弁設立で覚え書調印」
  • ケータイWatch(2003年1月29日)「ソニーとエリクソン、ソニー・エリクソンに3億ユーロの追加増資」
  • 週刊東洋経済 2005年11月12日号「『ウォークマン携帯電話』が大ヒット ソニー・エリクソン快進撃の秘密」
  • ソニー 有価証券報告書(2009年3月期)【経理の状況】連結損益計算書
  • ソニー 有価証券報告書(2012年3月期)【経理の状況】連結損益計算書
  • 日本経済新聞(2025年4月22日)「私の履歴書 平井一夫(21)ソニーを変える」
  • PC Watch(2014年2月6日)「ソニー、PC事業の譲渡で合意」
  • デジカメ Watch(2016年10月31日)「ソニー、電池事業を村田製作所に譲渡」
  • 日本経済新聞(2025年4月25日)「私の履歴書 平井一夫(24)パソコン撤退」
  • 日本経済新聞(2025年4月28日)「私の履歴書 平井一夫(27)自走するソニー」
  • Forbes(2019年6月20日)「Activist Investor Nudges Sony To Spin-Off Its Semiconductor Business」
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【主要な経営指標等の推移】
  • J-CASTニュース(2013年7月27日)「モノ言う株主『サード・ポイント』ってなんだ ソニーにエンタメ部門切り離し求める」
  • PHILE WEB(2013年8月6日)「ソニー、サードポイントによるエンタメ事業の分離上場提案を拒否」
  • ITmedia NEWS(2019年9月21日)「ソニーが『ものいう株主』の提案を拒否、半導体事業を分社化しない理由」
  • DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(2020年7月)「ソニーは、誰のために、何のために存在するのか カリスマ型からパーパス型のリーダーシップへ」
  • 日経ビジネス(2025年1月31日)
  • 週刊東洋経済 2020年6月6日号「ニュース最前線 ソニーが“大変身”を決断 金融事業を取り込む思惑」
  • ソニーグループ 有価証券報告書 第108期(2025年3月期)【セグメント情報】
  • 週刊東洋経済 2022年3月26日号「ソニー×ホンダが狙う「本当の果実」」
  • 週刊東洋経済 2024年1月6日号「ソニー・ホンダの実験車 アフィーラは移動価値変えられるか」
  • 日本経済新聞(2024年2月14日)「ソニーグループ、ソニーFGのパーシャル・スピンオフで産業競争力強化法に基づく事業再編計画の認定取得・準備開始を発表」
  • 日本経済新聞(2025年9月28日)「ソニーフィナンシャルグループ、9月29日に東証プライム再上場 脱・生保依存の戦略焦点」
  • 日本経済新聞(2025年9月29日)「ソニーフィナンシャルグループがスピンオフ上場、初値205円 ソニーグループは始値4230円」

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