歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ
創業1931年3月、株式会社安中電機製作所と共立電機株式会社が合併し、資本金50万円で安立電気株式会社が東京・麻布に生まれた。安中電機製作所は1900年に安中常次郎が創立した無線通信機の始祖、共立電機は1895年創業の石杉社(石黒慶三郎が興した有線通信機の先駆)を源流とし、ともに明治期からの逓信省・電電公社向け通信機器の供給を担う系列だった。社名「安立」は両母体から1字ずつを取った命名で、無線・有線の通信機器と計測機器をつくる会社として発足し、戦後は電電公社の通信網投資に連動して需要を取り込んだ。
決断戦後は電電公社の通信網拡張に連動して計測機器の比重を高め、1968年に東証1部へ指定替えとなった。1978年に製造機能を厚木へ集め、1985年10月には商号を「アンリツ」とカタカナに改め、計測機器を主力に定めた。1990年に米Wiltronを買収して北米のマイクロ波・高周波計測の拠点を得て、以後2G・3G・LTEと続く移動体通信の世代交代に計測需要を合わせ、モバイル計測のグローバルリーディング戦略をGLP各中計の中核に据えた。
決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く
- Q なぜ官需向け通信機器メーカーの統合で生まれた安立電気が、計測機器を会社の核に育てたのか
- A 計測機器の系譜は、官需に通信機器を納める供給者だった出自から育った。共立電機は逓信省・陸軍省・鉄道省の指定工場として有線通信機を、安中電機製作所は無線通信機をつくり、規格どおりに動くかを自ら測る試験技術を社内に抱えていた。1931年に両社が合併して安立電気が生まれ、戦後は電電公社の通信網投資に連動して機器を納めるうちに、つくる機器より、それを評価する計測機器のほうへ需要の重みが移った。官需向け通信機器という出自が、性能を保証する計測技術を会社の核に残した。
- Q なぜ1990年に米Wiltronを買収し、モバイル計測のグローバル展開へ進んだのか
- A 通信規格が世代交代するたび、新方式に合わせて性能を測る計測機器の需要が立ち上がる。この波を北米で先取りするため、1990年にマイクロ波計測の専業メーカーである米Wiltron社を約1億8000万ドルで買収し、高周波計測の技術とブランド、販売網を得た。同社は携帯電話の試験計測機器へ品揃えを広げ、2G・3G・LTEと続く移動体通信の立ち上がり時期にアンリツの海外展開を引っ張った。1985年に商号をアンリツへ改めて計測機器を主力に定めた会社が、世界の通信世代交代に計測需要を重ね、グローバルリーディング戦略の足場を固めた。
- Q なぜ2024年のGLP2026で、ROEと2030年売上2,000億円を掲げモバイル計測依存から脱しようとしたのか
- A 通信計測が稼ぐほど、業績は移動体通信の世代の波に揺れ、約30年にわたり連結売上は1,000億円前後で動かなかった。この単一依存から抜け出すため、2024年4月にアンリツは中期経営計画GLP2026を掲げ、ROE(自己資本利益率)を企業価値向上の中核指標に据えた。2030年度に売上2,000億円・ROE15%以上を目指し、6G・産業DX・データセンタ・EV電池など新領域をM&Aと投資で育て、モバイル計測への依存から脱する道を選んだ。計測技術と世界シェアで語ってきた会社が、資本効率と事業構成で評価される経営へ移った。
歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く
1895年〜1984年 安中電機・共立電機の流れと「安立電気」130年の前史
通信機器2社の戦時統合で生まれた安立電気
1931年3月、株式会社安中電機製作所と共立電機株式会社の合併により、資本金50万円で安立電気株式会社が設立された[1]。安中電機製作所は、1900年に安中常次郎氏が創立した無線通信機製造の始祖で、無線通信機から変圧器・蓄電器・真空管へと製造を広げ、国産メーカーとして電信電話事業の発展に寄与した系列だった[2]。一方の共立電機は、1895年に石黒慶三郎氏が興した石杉社(有線通信機製造の先駆)を源流とし、阿部電線製作所との合併を経て電話機・計器・電線など有線通信機器の製造を担うメーカーへ発展した[3]。両社はおよそ30年の歩みを経て統合され、戦間期日本における通信機器産業の集約のひとつとなった。「安立」の社名は、合併母体の「安中」と「共立」から1字ずつを取った命名である。創業時の本店は東京・麻布富士見町で、無線・有線の通信機器と計測機器の製造販売を業として営んだ[4]。
戦後の1950年10月、安立電気は企業再建整備法に基づく第二会社設立を実施した[5]。GHQ占領下の財閥解体・企業再建の過程で旧法人を清算し、新法人として再出発する手続きを取った企業のひとつで、戦時期の軍需依存からの脱却と民需転換を伴う再建だった。1953年に始動した日本電信電話公社(電電公社)の第1次5カ年計画による通信網拡張に連動し、安立電気は公衆電話機・搬送用機器・回線用測定器などを納入し、第1次計画が終了した1957年には電電公社向けが全社売上高の約40%を占めるに至った[6]。1959年には電電公社専門の市場別組織として第1営業課を設け、官需依存を組織面でも固めた[7]。1961年4月に神奈川県・厚木事業所を新設し、同年10月に東京証券取引所市場第二部に株式上場した[8]。1968年8月には東証市場第一部に指定替えとなり、戦後の通信インフラ拡張期に資本市場での評価を獲得した[9]。
「はかる」技術への転換と1985年のアンリツ改称
1970年代を通じて、安立電気は通信機器と計測機器の二本柱を生産する企業として事業を運営したが、計測機器の比重が次第に高まる構造変化が進行した。1978年5月、東京・五反田にあった無線機器製造部門等を厚木事業所に移転し、製造部門の厚木集結を完了した[10]。1979年6月には地下鉄広尾駅前の社員寮跡地に新本社ビルを竣工し、本社・営業部門を移転した[11]。生産機能を厚木、本社・営業機能を都心の広尾という分業体制が、その後30年余の同社の地理的構図となった。
1985年3月、福島県郡山市に生産子会社・東北アンリツ株式会社を設立し、[12]同年10月1日付で社名を「アンリツ株式会社」に変更した[13]。「安立」を「アンリツ」とカタカナ表記に改めた商号変更で、計測機器を主力とする企業としてのブランド再定義を伴う節目だった。第6代社長の橋本裕一氏は後年、120年以上の歴史を刻んできた背景として社会から必要とされる存在であり続けたことを挙げ、危機突破力の源泉として先進性、適応力、信頼性の3点を位置づけている[14]。1931年の安立電気設立から1985年のアンリツ改称まで、計測機器分野での要素技術蓄積が同社の中核となる過程が、この50年余の歴史だった。
1985年〜2017年 通信計測のグローバルリーディング戦略とモバイル計測への重心集中
Wiltron買収と海外計測ビジネスの足場作り
1990年2月、アンリツは米国のWiltron Company(現Anritsu Company)を買収した[15]。Wiltronはマイクロ波計測機器の専業メーカーで、米国市場での技術ブランドと販売網を持ち、買収によりアンリツは北米市場でのマイクロ波・RF(高周波)計測ビジネスの足場を確保した[16]。日本のメーカーが計測機器領域で米国の専業企業を買収する事例として、当時の海外M&Aの中でも特殊な位置にあった。買収後のAnritsu Companyは、通信計測機器のグローバル供給における重要拠点となった。1990年代を通じて、Wiltron/Anritsu Companyの取扱品は携帯電話システムの試験計測機器へと進化し、2G・3G移動体通信の世界市場立ち上がり局面でアンリツ全体のグローバル展開を牽引した。
2000年6月には執行役員制度を導入し、意思決定の迅速化を図る組織改革を実施した[17]。2002年7月には産業機械事業(現PQA事業)を会社分割し、アンリツ産機システム株式会社(現アンリツインフィビス株式会社)へ事業を承継させた[18]。2003年6月、本店を神奈川県厚木市に移転し、同年10月にデバイス事業を会社分割してアンリツデバイス株式会社を設立した[19]。事業ポートフォリオを「計測」「情報通信」「産業機械」の3本柱に整理し、各事業をカンパニーまたは子会社単位で運営する体制を整えた。2005年8月にはデンマークのNetTest A/S(現Anritsu A/S)を買収し、光通信計測領域での欧州拠点を加えた[20]。2008年のアニュアルレポートで戸田博道社長は、NetTest買収をサービスアシュアランス事業への参入と位置づけ、これを計測事業の第4の柱として、かつて「光のアンリツ」と呼ばれた技術系譜の先に据えた[21]。
LTE・5Gモバイル計測の世界市場での先行投資
2006年4月、英国に欧州・中近東及びアフリカを商圏とする販売統轄会社Anritsu EMEA Limitedを設立し、同年7月には情報通信事業を会社分割してアンリツネットワークス株式会社へ事業を承継させた[22]。1990年のWiltron買収から始まった海外計測拠点ネットワークが、欧州・中近東・アフリカ・北米・アジアを網羅する規模に拡張された段階だった。2009年4月には郡山事業所を新設し、2013年5月には郡山第二事業所も追加で稼働させた[23]。福島・郡山が東北エリアの主力生産拠点となり、計測機器の生産能力を中期的な需要拡大に合わせて増強する投資が続いた。
中期経営計画「GLP2012」(FY2010〜FY2012)と「GLP2014」(FY2012〜FY2014)では、モバイル計測のグローバルリーディングカンパニー戦略が打ち出された。GLP2017(FY2015〜FY2017)に入ると、LTE-Advancedおよび5Gに向けた研究開発投資の加速が方針として明示された。一方で実際のモバイル計測市場は、3G・LTE・5Gの世代交代に伴う需要の波があり、FY15(2016年3月期)からFY17(2017年3月期)にかけては需要調整局面に入り、コスト構造改革と並行して次世代5G投資を継続する時期となった。FY15(2016年3月期)の連結売上高955億円・純利益38億円、FY16(2017年3月期)の売上876億円・純利益27億円と、業績は前半サイクルの踊り場を経験した。
2015年厚木グローバル本社棟新設と経営構造改革
2015年3月、神奈川県・厚木本社地区内にグローバル本社棟を新設し、本社機構の厚木集中を本格化させた[24]。1979年に広尾に新本社ビルを構えてから36年、本社機能を生産拠点と同居させる形に再編する経営判断だった。橋本裕一社長のもとで進んだこの経営構造改革は、グローバル連結経営での意思決定速度を高めると同時に、本社固定費の最適化を狙う再編だった。後年に橋本裕一会長は、サステナビリティ経営の肝として社会課題から事業を発想して社会的要請に応えること、社会軸×事業軸×ブランド軸の積を最大化する経営を目指す方針を示している[25]。
2018年から始動した中期経営計画「GLP2020」(FY2018〜FY2020)では、5G計測市場のフロントランナー戦略と、PQA事業(食品・医薬品の検査機器)の強化、本社機構の厚木集中を経営構造改革の3つの柱として提示した。同年2月、アンリツは社長に濱田宏一氏(当時専務執行役員)を充てる人事を発表し、4月1日付で橋本裕一氏が代表取締役会長、濱田宏一氏が代表取締役社長グループCEOに就いた[26]。1990年のWiltron買収から28年、アンリツは計測機器のグローバル市場でモバイル計測領域に重心を集中させる経営フェーズに、新体制で入った。
2018年〜2025年 濱田宏一社長の新領域開拓と「2030年売上2,000億円」構想
5Gモバイル計測ピークと新領域4分野の設定
2018年4月就任の濱田宏一社長グループCEOのもと、アンリツは5Gモバイル計測の本格立ち上がり局面に入った。FY19(2020年3月期)の連結売上高は1,070億円・営業利益174億円、FY20(2021年3月期)は売上1,059億円・営業利益197億円と、5Gモバイル計測機器の更新需要が業績を押し上げた。通信計測セグメント単体ではFY19の売上751億円・営業利益151億円、FY20で売上748億円・営業利益177億円と、通信計測の高採算性が連結利益の主軸を担う構造が定着した。GLP2020最終年度のFY21(2022年3月期)は売上1,053億円・営業利益165億円と、計画期間を通じて売上高1,000億円台と高い営業利益率を両立する業績水準を維持した。
2021年4月にアンリツネットワークス株式会社、アンリツエンジニアリング株式会社、株式会社アンリツプロアソシエの3社を吸収合併し、グループ各社を本社統合するグローバルワンカンパニー体制を整えた[27]。2021年に新ブランドステートメント「Advancing beyond」を発表し、[28]「はかる」を超え限界を超えて持続可能な未来を共に築くという経営ビジョンを掲げた。新中期経営計画「GLP2023」(FY2023〜FY2025)では、5Gモバイル計測ピーク後の踊り場を想定し、新領域としてローカル5G・産業DX・6G・DC(データセンタ)の4分野を提示した。濱田宏一社長は2023年2月の取材で、EV・電池測定、ローカル5G、医療・医薬品、光センシングの4分野を成長分野と位置付けたと述べている[29]。
高砂製作所買収と環境計測事業の確立
2022年1月、アンリツはNEC子会社の株式会社高砂製作所を買収した[30]。高砂製作所は電源・計測機器メーカーで、電池評価試験装置の技術を保有していた。買収完了は2022年1月4日で、[31]同年4月の東京証券取引所市場区分見直しでアンリツは市場第一部からプライム市場に移行した[32]。高砂製作所の取込みにより、アンリツのセグメント区分はFY22(2023年3月期)から通信計測・PQA・環境計測の3区分に変更された。環境計測セグメントはFY22で売上64億円、FY24(2025年3月期)で売上85億円・営業利益9億円と、立ち上がり段階での収益貢献は限定的だったが、電池測定という新領域への足がかりを確保した。
濱田宏一社長は2023年2月の取材で、電池計測を廃棄削減とCO₂削減に貢献する事業と位置づけ、丹沢大山自然再生委員会への加盟と社員の植林活動を通じた水資源確保にも言及した[33]。同取材で同氏は管理職コースとライフワークバランスコースを設け、後者は部下を持たず自身のペースで働ける仕組みとして導入し、定年を60歳から65歳に引き上げた人材施策にも触れている[34]。2019年に経営企画室を社長直属で設置し、各事業部からイノベーション意欲の強い人材を任期2年で集約する仕組みも作った[35]。任期を終えた人材は全員が2年間で何らかの成果をあげて事業部へ戻っており、ローテーションが定着していると説明している。
GLP2026と「2030年売上2,000億円」目標
2024年4月25日、アンリツは新中期経営計画「GLP2026」(FY2026〜FY2028)を発表した[36]。同計画ではROEを企業価値向上指標の中核に据え、FY2030に売上高2,000億円企業へ到達するシナリオを提示した。濱田宏一社長は2030年に売上高2,000億円を目指し、会社の発想を変えることが目的だと述べている[37]。約30年にわたり1,000億円前後で推移してきた売上高を2倍に引き上げる目標は、持続的に成長できる企業への変革を狙うものと位置づけた。モバイル通信の計測事業に頼らない新しい事業の柱を構築する重要な期間であり、5G・6Gのモバイルビジネスだけに頼っていては2,000億円には到達できないという認識が背景にある[38]。
GLP2023〜GLP2026を貫く新領域4分野(ローカル5G/産業DX/6G/DC)の中で、6Gは特に重視されている。濱田宏一社長は6Gが4Gを置き換える新しいネットワークになると予想し、ビジネスチャンスの拡大を見込んでいる。6Gが事業として成立するのは2027年頃からと見ており、それまでの3年間を5Gと6Gの端境期と位置づけている[39]。FY26(2026年3月期)の通期業績は売上1,175億円・営業利益148億円で増収増益となり、[40]5Gモバイル計測の更新需要とPQA事業の拡大が寄与した。自己株式取得100億円および中間配当20円への増配方針が提示され、[41]DOE連動配当と自己株式取得を組み合わせる資本政策が継続している。
ソフトウェアエンジニアには3年間のローテーション人事制度を導入し、複数領域の技術を身に付けられるよう人材ポートフォリオの組み替えも並行する。1895年に石黒慶三郎が興した石杉社(有線通信機製造の先駆)の創業から数えて131年、1931年の安立電気設立から95年、1985年のアンリツ改称から41年を経て、[42][43]約30年にわたって連結売上1,000億円前後で推移してきた同社は、モバイル計測依存からの脱却と2030年売上2,000億円という構造変革の段階に置かれている。