ニデック の歴史

創業

1973年

創業者

永守重信

創業地

京都市

直近売上高(2025/3)

26,078億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ創業直後の永守重信氏は、国内営業を見切って渡米したのか
A 創業まもない会社には実績も信用もなく、製品の良し悪しより企業の歴史と規模で取引相手を選ぶ国内市場では受注が取れなかった。性能と価格だけで判断する米国なら、若さも資金不足も問われない。1973年に日本電産を興した永守重信氏は精密小型モータを国内大手へ売り込んだが「若すぎる、信用がない」と門前払いが続き、渡米して3Mから受注を得た。IBMにも採用が広がって輸出比率は95%に達し、その米国実績が逆輸入の信用となって、かつて断った国内メーカーからの受注を呼んだ
Q なぜ1995年の赤字を境に、自社開発からM&A主軸の多角化へ転じたのか
A 売上の約8割をHDD向けモータに頼る一本足の構造が、パソコン需要の減速で一気に崩れ、自社開発で新事業を立ち上げる速度では市場変化に間に合わなかった。1995年3月期に25億円の最終赤字へ陥った永守重信氏は「Aという競争相手が1ヶ月でやるなら、わが社は15日でやる」と時間を買う発想に立ち、買収を多角化の主軸に据えた。「工場が汚い、社員の勤務態度が悪い、仕入れコストが高い」収支トントンの企業を選び、規律改善で高収益に変える型を反復して、累計60社超で車載・家電・産業機械へ広げた
Q なぜ2024年に、拡大一辺倒の会社が後継体制とROIC経営へ転じたのか
A 半世紀にわたり経営判断が永守重信氏個人の速度に張り付き、後継者問題が市場の最大の懸念であったため、属人的な意思決定を仕組みへ移す必要があった。過去に招いた日産出身の社長らが短期間で退いた反省から、指名委員会が主導し副社長を毎年改選しながら社長を選ぶ集団指導体制を敷いた。2024年6月、ソニー出身の岸田光哉氏が社長に就き、永守氏は最長4年の代表取締役グローバルグループ代表としてM&A交渉に残った。同時に「Conversion 2027」でROIC経営を掲げ、買って広げた事業を資本効率で選別する収益性重視へ改めた

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1973年〜 精密小型モータの創業とHDD市場独占の時代

  1. 1973年日本電産株式会社を設立
  2. 1975年京都府亀岡市に亀岡工場(1993年12月に閉鎖)を開設
  3. 1975年直流ブラシレスモータの生産開始
  4. 1976年米国日本電産を設立
  5. 1979年HDD向けスピンドルモータの製造開始
  6. 1985年滋賀県に第3工場を新設
  7. 1989年信濃特機を買収(HDD向けモータ)

ニデックの業績推移:単体

売上高(億円)

出所:有価証券報告書等

創業期の米国経由による信用獲得と営業戦略

1973年7月、27歳の永守重信は京都市西京区で資本金200万円の日本電産を設立した。もともと35歳での独立を計画していたが、列島改造ブームによる経済の混乱を「チャンスの多い時期」と捉え、7年前倒しで起業した。自信作の精密小型モータを国内メーカーに片っ端から売り込んだが「若すぎる、信用がない」(国内メーカー取引担当者、日経ビジネス 1997/11/17)とほぼ全ての訪問先で門前払いとなった。永守は国内営業を見切って渡米し、電話帳で3Mを探し当てて訪ねた。同社製品のモータを半分の大きさにできる、と売り込むと、3Mはサンプル品を発注し、出来上がりを見て「ワンダフル」と繰り返したうえ5億円の注文を出した。海外実績を国内信用の梃子とする営業の型が、創業直後から固まった。 [1][2][3][4]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1973年7月 京都市西京区に日本電産㈱(現ニデック㈱)を設立
    • [2]創業者は永守重信(設立時27歳)
    • [3]本店は京都市西京区
  • 日経産業新聞(2016年4月28日)
    • [4]3Mへ売り込みサンプル発注後5億円注文(米国経由で信用獲得)

米国での採用実績が信用として働き、かつて門前払いにあった国内メーカーからも受注が次々と決まった。1974年にはオムロン創業者・立石一真が主宰するベンチャーキャピタルKEDから500万円の出資を得たが、永守にとっては金額そのものより「KEDが出資した」という事実自体が金融機関からの融資を引き出す梃子となった。1975年2月に京都府亀岡市に亀岡工場、1976年4月に米国セントポール市に米国日本電産(現ニデックアメリカ)、1984年2月に米国トリントン市にニデック・トリンコーポレーションを設立し、海外拠点網を早期に整えた。日経ビジネスが「日本の輸出の"軽薄短小"化は確実に進んでいる」(日経ビジネス 1982/8/23)と伝えた通り、モータの小型化・高精度化は日本製造業全体の追い風だった。創業から15年後の1988年11月に京都証券取引所と大阪証券取引所市場第二部へ上場し、資金調達基盤を固めた。 [5][6][7][8][9]

  • 日経ビジネス(1997年11月17日)
    • [5]1974年 オムロン創業者・立石一真が主宰するVC『KED』から500万円の出資
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [6]1975年2月 京都府亀岡市に亀岡工場を開設
    • [7]1976年4月 米国セントポール市に米国日本電産(現ニデックアメリカ)を設立
    • [8]1984年2月 米国トリントン市にニデック・トリンコーポレーションを設立
    • [9]1988年11月 京都証券取引所並びに大阪証券取引所市場第二部に上場(創業から15年後)
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1973年7月 京都市西京区に日本電産㈱(現ニデック㈱)を設立
    • [2]創業者は永守重信(設立時27歳)
    • [3]本店は京都市西京区
    • [6]1975年2月 京都府亀岡市に亀岡工場を開設
    • [7]1976年4月 米国セントポール市に米国日本電産(現ニデックアメリカ)を設立
    • [8]1984年2月 米国トリントン市にニデック・トリンコーポレーションを設立
    • [9]1988年11月 京都証券取引所並びに大阪証券取引所市場第二部に上場(創業から15年後)
  • 日経産業新聞(2016年4月28日)
    • [4]3Mへ売り込みサンプル発注後5億円注文(米国経由で信用獲得)
  • 日経ビジネス(1997年11月17日)
    • [5]1974年 オムロン創業者・立石一真が主宰するVC『KED』から500万円の出資

HDD用スピンドルモータによる世界独占体制の確立

1979年に8インチ型ハードディスクドライブ向けスピンドルモータの開発に着手し、数年の集中的な開発期間を経て小型精密モータの量産に成功した。1984年10月には滋賀県愛知郡愛知川町(現愛荘町)に滋賀工場(現滋賀技術開発センター)を開設して国内生産の中核拠点を置き、米国のHDDメーカー向け供給体制を整えた。1985年には「日本電産は危ない」という根拠のない噂が業界に流れるなか、永守は大手企業からの引き合いの強さを根拠に45億円を投じて滋賀県に第3工場を新設し、増産に踏み切った。この判断が後のシェア拡大の起点となり、周囲の懐疑的な見方を裏返す結果へつながった。関西の中小メーカーから世界最大級のモータメーカーへの転換の始まりである。 [10][11]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [10]1979年(10月)HDD向けスピンドルモータの開発に着手・製造開始
    • [11]1984年10月 滋賀県愛知郡愛知川町(現愛荘町)に滋賀工場(現滋賀技術開発センター)を開設

1989年時点でHDD向けスピンドルモータの世界シェアは72.2%に達し、2位の信濃特機の16.5%以下を引き離す態勢を築いた。同年3月、永守は経営難に陥っていた信濃特機をティアックから買収し、合併後のシェアは約88.7%へ上昇した。日経産業新聞は「日本電産の市場シェアはほぼ9割に達し、小さな市場の"巨人企業"が誕生する」(日経産業新聞 1989/5/22)と報じ、独占禁止法の審査では「従業員の雇用を維持する」(永守重信、小型ハードディスクに関する市場調査 1990)という永守の確約が認可の決め手となった。HDD向けモータの独占体制が固まり、1990年8月にタイ日本電産、1992年2月に中国大連、10月に台湾、1993年4月にドイツ、10月に香港へと生産・販売拠点の展開が続いた。出荷量はパソコン需要の膨張とともに伸び、この収益基盤が1990年代以降のM&A戦略を支える資金源となった。 [12][13]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [12]1989年3月 信濃特機を買収
    • [13]1990年8月 タイ日本電産、1992年2月 中国大連、10月 台湾、1993年4月 ドイツ、10月 香港へ拠点展開
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [10]1979年(10月)HDD向けスピンドルモータの開発に着手・製造開始
    • [11]1984年10月 滋賀県愛知郡愛知川町(現愛荘町)に滋賀工場(現滋賀技術開発センター)を開設
    • [12]1989年3月 信濃特機を買収
    • [13]1990年8月 タイ日本電産、1992年2月 中国大連、10月 台湾、1993年4月 ドイツ、10月 香港へ拠点展開

1991年〜 M&Aによる事業多角化で収益構造を変える時代

  1. 1994年買収積極化を表明。HDD依存から脱却
  2. 1995年最終赤字に転落。HDD向け需要が一時的に減少
  3. 1997年トーソク㈱(現 ニデックパワートレインシステムズ㈱)に資本参加
  4. 2003年三協精機製作所に資本参加。流体動圧軸受に対応
  5. 2003年京都市南区に本社事務所を移転し、中央開発技術研究所を開設
  6. 2006年フランス・Valeo S.A.のモータ&アクチュエータ事業を買収し、Nidec Motors & Actuatorsを設立
  7. 2009年流体動圧軸受で世界シェア70%確保

ニデックの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

HDD依存からの脱却とM&A戦略の確立

1995年3月期に、パソコン需要の一時的な減速でHDD向けモータの受注が急減し、日本電産は25億円の最終赤字に転落した。当時HDD関連は売上全体の約80%を占め、単一市場への集中リスクが顕在化した。永守は同年の新春全国経営者セミナーで「時間をうまく使う以外に勝つ方法はない」「Aという競争相手が1ヶ月でやるなら、わが社は15日でやる」(1995新春全国経営者セミナー)と語り、自社開発では時間がかかりすぎるとしてM&Aを主軸に据えた事業多角化へ方針を変えた。1997年頃にはHDD向け売上比率を全体の3分の1以下へ引き下げる方針を対外的に示した。1998年9月に東京証券取引所市場第一部へ上場し、大阪証券取引所市場第一部へも指定替え、2001年9月にはニューヨーク証券取引所へも上場し、米国での資金調達の道を開いた。買収を続けるための制度的な土台が整った。 [14][15]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [14]1998年9月 東京証券取引所市場第一部上場、大阪証券取引所市場第一部に指定
    • [15]2001年9月 ニューヨーク証券取引所へ上場

買収先の選定基準は業界の常識からはずれていた。永守は「工場が汚い、社員の勤務態度が悪い、仕入れコストが高い」(永守重信、日経ビジネス 1997/11/17)の三条件を満たし、かつ収支がトントンの企業を好んで買収対象に選んだ。是正可能な非効率が多い企業ほど、規律改善だけで高収益化が見込めるためである。買収後は従業員を解雇しない契約を労働組合と結んだうえで、工場の清掃徹底・勤務規律の再構築・仕入れ先見直しの三点セットで収益改善を行った。1995年2月に共立マシナリとシンポ工業、1997年3月にトーソク、1998年2月にコパルおよびコパル電子、同年10月に芝浦製作所と東芝との3社共同出資で芝浦電産を設立するなど、年2社超のペースで買収を重ねた。 [16][17][18][19][20]

  • 日経ビジネス(1997年11月17日)
    • [16]買収条件『工場が汚い、社員の勤務態度が悪い、仕入れコストが高い』三条件(永守発言)
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [17]1995年2月 共立マシナリ㈱・シンポ工業㈱に資本参加
    • [18]1997年3月 トーソク㈱に資本参加
    • [19]1998年2月 ㈱コパル並びにコパル電子㈱に資本参加
    • [20]1998年10月 芝浦製作所・東芝との3社共同出資で芝浦電産㈱を設立
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [14]1998年9月 東京証券取引所市場第一部上場、大阪証券取引所市場第一部に指定
    • [15]2001年9月 ニューヨーク証券取引所へ上場
    • [17]1995年2月 共立マシナリ㈱・シンポ工業㈱に資本参加
    • [18]1997年3月 トーソク㈱に資本参加
    • [19]1998年2月 ㈱コパル並びにコパル電子㈱に資本参加
    • [20]1998年10月 芝浦製作所・東芝との3社共同出資で芝浦電産㈱を設立
  • 日経ビジネス(1997年11月17日)
    • [16]買収条件『工場が汚い、社員の勤務態度が悪い、仕入れコストが高い』三条件(永守発言)

技術変化への対応と海外買収の本格加速

2000年前後、HDD軸受けは従来のボールベアリングから流体動圧軸受(FDB)への技術転換期に入った。1999年6月の日経産業新聞はFDB普及の攻防について、決着のカギを握るのはユーザーである家電・パソコンメーカーや消費者だと伝えた。永守は後年、このままでは会社が潰れるという危機感のもとで当該技術を持つ会社を探し、業績の悪い候補先を買収することで流体動圧軸受の技術革新に乗り、世界シェア首位へ駆け上がった経緯を振り返った。2003年10月に競合の三協精機製作所(現ニデックインスツルメンツ)を買収し、2009年時点でもHDD向けモータの世界シェア70%水準を保った。三協精機の小口雄三は同年7月の打診時に体力があるうちに買収してもらう判断へ転じたと明かした。 [21][22][23]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [21]2003年10月 三協精機製作所(現ニデックインスツルメンツ)を買収(資本参加)
  • 日経ビジネス(2003年8月18日)
    • [22]三協精機の小口雄三が同年7月の打診時に『体力があるうちに買収してもらう』判断へ転じた
  • 日経産業新聞(1999年6月7日)
    • [23]2000年前後にHDD軸受がボールベアリングから流体動圧軸受(FDB)へ技術転換した点は資産内で支持(1999/6/7 日経産業新聞のFDB攻防記事)

2000年代以降は海外での買収を加速した。2006年12月にフランスのヴァレオ社からモータ&アクチュエータ事業を買収してNidec Motors & Actuatorsを設立し、2007年4月に日本サーボ(現ニデックアドバンスドモータ)に資本参加した。2010年1月にイタリアの家電モータ事業を買収、同年9月に米国エマソンエレクトリックのモータ・コントロール事業を買収して日本電産モータ(現ニデックモータ)を設立した。2012年にイタリアのアンサルドシステミ・インダストリアリや米国のカイネテック・グループなど買収を連発し、2014年3月にホンダエレシスを買収して車載向けの技術基盤を広げた。累計60社を超える買収で、日本電産はHDD向け一本足の事業構造から自動車・家電・産業機器向けを含む総合モータメーカーへ転じた。 [24][25][26][27][28]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [24]2006年12月 ヴァレオ社からモータ&アクチュエータ事業を買収しNidec Motors & Actuatorsを設立
    • [25]2007年4月 日本サーボ(現ニデックアドバンスドモータ)に資本参加
    • [26]2010年1月 イタリアの家電モータ事業を買収、9月 米国エマソンエレクトリックのモータ・コントロール事業を買収し日本電産モータ(現ニデックモータ)を設立
    • [27]2012年 イタリア・アンサルドシステミ・インダストリアリ(5月)や米国・カイネテック・グループ(11月)など買収
    • [28]2014年3月 ホンダエレシスを買収
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [21]2003年10月 三協精機製作所(現ニデックインスツルメンツ)を買収(資本参加)
    • [24]2006年12月 ヴァレオ社からモータ&アクチュエータ事業を買収しNidec Motors & Actuatorsを設立
    • [25]2007年4月 日本サーボ(現ニデックアドバンスドモータ)に資本参加
    • [26]2010年1月 イタリアの家電モータ事業を買収、9月 米国エマソンエレクトリックのモータ・コントロール事業を買収し日本電産モータ(現ニデックモータ)を設立
    • [27]2012年 イタリア・アンサルドシステミ・インダストリアリ(5月)や米国・カイネテック・グループ(11月)など買収
    • [28]2014年3月 ホンダエレシスを買収
  • 日経ビジネス(2003年8月18日)
    • [22]三協精機の小口雄三が同年7月の打診時に『体力があるうちに買収してもらう』判断へ転じた
  • 日経産業新聞(1999年6月7日)
    • [23]2000年前後にHDD軸受がボールベアリングから流体動圧軸受(FDB)へ技術転換した点は資産内で支持(1999/6/7 日経産業新聞のFDB攻防記事)

世界的M&Aによる総合モータメーカーへの変貌

2015年以降は欧州・北米・アジアでの買収を積極化した。2015年2月にドイツのGeräte- und Pumpenbau、5月にイタリアのMotortecnica、7月に中国のChina TexのSRモータ・ドライブ事業、8月にスペインのアリサと米国のKBエレクトロニクスを立て続けに取得した。2016年5月にイタリアのE.C.E社やルーマニアのANA IMEP、12月に米国のCanton Elevator社を買収してエレベータ事業へも進出した。2017年1月にエマソンエレクトリックのモータ・ドライブ事業および発電機事業を追加買収し、同年3月にグループ会社のコーポレートブランドロゴをNidecへ統一するリブランディングに踏み込んだ。統一されたNidecブランドのもとに世界中の買収先を束ねる体制が整った。永守は2006年10月の日経新聞で、2010年は無理でも2014〜2015年には車載用が最大コア事業となり、HDD用モータの日本電産から車載の日本電産へ変質する見通しを明言しており、車載を次の柱に据える姿勢を早くから示していた。 [29][30][31][32]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [29]2015年2月 ドイツGeräte- und Pumpenbau、5月 イタリアMotortecnica、7月 中国China TexのSRモータ・ドライブ事業、8月 スペインArisa・米国KBエレクトロニクスを取得
    • [30]2016年5月 イタリアE.C.E社・ルーマニアANA IMEP、12月 米国Canton Elevator社を買収しエレベータ事業へ進出
    • [31]2017年1月 エマソンのモータ・ドライブ事業及び発電機事業を追加買収、3月 コーポレートブランドロゴをNidecへ統一
  • 日本経済新聞(2006年10月21日)
    • [32]永守が2006年10月の日経新聞で『2014〜2015年には車載用が最大コア事業となり、HDDの日本電産から車載の日本電産へ変わる』と明言

2013年3月期にはデジタル家電需要の一巡と2011年のタイ洪水によるHDDメーカーの供給停滞が重なり、減益を経験した。日本電産の戦略は、M&Aによる事業ポートフォリオの組み替えを絶えず繰り返すことで、特定の市場への依存度を下げる設計だった。2017年10月にサンキョー傘下で東京丸善工業の事業を承継し、日本電産リード株式会社(現ニデックアドバンステクノロジー)がシンガポールのSVプローブを買収するなど、既存の子会社を経由した追加買収も多層的に行った。車載モータ技術者を日本国内だけで集めるのは無理だ、という永守の指摘どおり、買収は技術者の囲い込みを伴うチャネル構築でもあった。永守が掲げた「10年で売上を10倍にする」目標は、こうしたM&Aの積み重ねで現実のものとなりつつあった。 [33]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [33]2017年10月 日本電産サンキョーが東京丸善工業の事業を承継、日本電産リード(現ニデックアドバンステクノロジー)がシンガポールのSVプローブを買収
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [29]2015年2月 ドイツGeräte- und Pumpenbau、5月 イタリアMotortecnica、7月 中国China TexのSRモータ・ドライブ事業、8月 スペインArisa・米国KBエレクトロニクスを取得
    • [30]2016年5月 イタリアE.C.E社・ルーマニアANA IMEP、12月 米国Canton Elevator社を買収しエレベータ事業へ進出
    • [31]2017年1月 エマソンのモータ・ドライブ事業及び発電機事業を追加買収、3月 コーポレートブランドロゴをNidecへ統一
    • [33]2017年10月 日本電産サンキョーが東京丸善工業の事業を承継、日本電産リード(現ニデックアドバンステクノロジー)がシンガポールのSVプローブを買収
  • 日本経済新聞(2006年10月21日)
    • [32]永守が2006年10月の日経新聞で『2014〜2015年には車載用が最大コア事業となり、HDDの日本電産から車載の日本電産へ変わる』と明言

2017年〜 車載・産業用への本格転換と事業承継の時代

  1. 2017年米国・Emerson Electric Co.のモータ・ドライブ事業及び発電機事業を買収
  2. 2017年グループ会社のコーポレートブランドロゴをNidecに統一
  3. 2018年フランス・グループPSA社とトラクションモータに関する合弁会社Nidec PSA emotors S.A.を設立
  4. 2019年ドイツ・DESCH Antriebstechnik GmbH & Co. KG(現 ニデックデッシュ㈲)を買収
  5. 2019年エンブラコ社を買収
  6. 2024年岸田光哉氏が社長就任
  7. 2025年牧野フライス製作所への敵対的TOB提案を撤回

ニデックの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

車載・家電向け買収とトラクションモータへの参入

2018年2月に京都府相楽郡精華町に生産技術研究所を設立して研究開発機能を強化し、同年4月に米国のジェンマークオートメーションを買収した。2018年5月にフランスのグループPSA社とトラクションモータに関する合弁会社Nidec PSA emotorsを設立し、電動車両向け駆動モータ事業へ本格参入した。2019年7月に米国のワールプール社からコンプレッサ事業のエンブラコを1224億円で買収して家電向けモータ事業を強化し、同年10月にオムロンからオートモーティブエレクトロニクス事業を譲受けて日本電産モビリティを設立し、車載向けの事業基盤を拡充した。永守は車載参入の狙いとして、ビジネスチャネル確保が最大の目的であること、自動車業界はIT業界と異なり技術や製品の品質だけでは取引が始まらず過去の取引実績を要すること、加えて人材確保もM&Aの重要な目的であることを語っていた。 [34][35][36][37]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [34]2018年2月 京都府相楽郡精華町に生産技術研究所を設立、4月 米国ジェンマークオートメーションを買収
    • [35]2018年5月 フランスのグループPSA社とトラクションモータの合弁会社Nidec PSA emotorsを設立
    • [36]2019年10月 オムロンからオートモーティブエレクトロニクス事業を譲受け日本電産モビリティを設立
  • 日本経済新聞(2006年10月21日)
    • [37]永守は車載参入の最大目的を『ビジネスチャネル確保』・取引実績要・人材確保と説明

2020年6月にオーストリアのセコップ社からデルタ型コンプレッサー事業を取得し、2021年1月にセルビアにニデックエレクトリックモータ・セルビアおよびNidec Elesys Europeを設立するなど、欧州での現地生産網を強化した。2021年8月に三菱重工工作機械を譲受けて日本電産マシンツール(現ニデックマシンツール)を設立し、同年から2022年にかけてOKK(現ニデックオーケーケー)へ資本参加し工作機械分野へ本格参入した。2022年12月にノルウェーのFREYR BATTERY社と合弁でNidec Energyを設立し、2023年6月にブラジルの航空機メーカー・エンブラエル社と合弁でNidec Aerospaceを設立するなど、エネルギー貯蔵と航空宇宙の分野にも事業領域を広げた。モータを軸に垂直・水平の両方向で事業領域を伸ばし続けた。 [38][39][40][41]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [38]2020年6月 オーストリアのセコップ社からデルタ型コンプレッサー事業を取得
    • [39]2021年1月 セルビアにNidec Electric Motor Serbia・Nidec Elesys Europeを設立
    • [40]2021年8月 三菱重工工作機械を譲受け日本電産マシンツール(現ニデックマシンツール)を設立、2022年(2月)OKK(現ニデックオーケーケー)に資本参加
    • [41]2022年12月 ノルウェーFREYR BATTERYと合弁でNidec Energyを設立、2023年6月 ブラジルのエンブラエルと合弁でNidec Aerospaceを設立
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [34]2018年2月 京都府相楽郡精華町に生産技術研究所を設立、4月 米国ジェンマークオートメーションを買収
    • [35]2018年5月 フランスのグループPSA社とトラクションモータの合弁会社Nidec PSA emotorsを設立
    • [36]2019年10月 オムロンからオートモーティブエレクトロニクス事業を譲受け日本電産モビリティを設立
    • [38]2020年6月 オーストリアのセコップ社からデルタ型コンプレッサー事業を取得
    • [39]2021年1月 セルビアにNidec Electric Motor Serbia・Nidec Elesys Europeを設立
    • [40]2021年8月 三菱重工工作機械を譲受け日本電産マシンツール(現ニデックマシンツール)を設立、2022年(2月)OKK(現ニデックオーケーケー)に資本参加
    • [41]2022年12月 ノルウェーFREYR BATTERYと合弁でNidec Energyを設立、2023年6月 ブラジルのエンブラエルと合弁でNidec Aerospaceを設立
  • 日本経済新聞(2006年10月21日)
    • [37]永守は車載参入の最大目的を『ビジネスチャネル確保』・取引実績要・人材確保と説明

後継者問題の枠組みと事業承継の進行

永守重信は創業以来50年にわたって日本電産の経営の中心に居続け、企業文化と意思決定は永守個人と不可分に結びついた。過去には複数の外部招聘社長を登用したが、いずれも永守との関係のなかで短期間で退任となり、後継者問題は市場から繰り返し指摘される経営上の最大の懸念材料であった。2023年4月、日本電産㈱からニデック㈱へ商号変更し、国内連結子会社もニデックを冠した商号へ一斉に切り替えた。同年11月にはTAKISAWAを公開買付けで買収するなど、商号変更後もM&Aの攻勢は止まなかった。2023年には副社長複数名体制を敷き、銀行出身者・技術責任者・元ソニー出身者・子会社社長など出自の異なる候補による競争を通じた後継者選定の枠組みが固まった。 [42][43][44]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [42]永守重信は創業以来50年にわたり経営の中心に居続けた(1973年創業)
    • [43]2023年4月 日本電産㈱からニデック㈱へ商号変更、国内連結子会社もニデックを冠した商号へ変更
    • [44]2023年11月 TAKISAWAを公開買付け(TOB)で買収

2024年2月に元ソニー出身の岸田光哉が代表取締役社長に就任し、永守は代表取締役グローバルグループ代表として経営に残る併存体制が発足した。創業者が代表権を維持したまま後継の社長を置く設計で、権限移譲を進めつつ企業文化の連続性も担保となった。2024年3月期の連結売上高は2兆3471億円に達し、営業利益は2400億円規模を計上した。精密小型モータの零細企業から半世紀で売上2兆円超の総合モータメーカーへ転じ、自動車・家電・産業機械・機器装置・電子光学部品の広範な事業領域を束ねる会社となった。2024年10月にはカナダのLinear Transfer Automationおよび関連会社2社を追加買収するなど、ニデックとしての成長路線は社名変更後も続いている。 [45][46]

  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【表紙】
    • [45]2024年2月(4月)元ソニー出身の岸田光哉が代表取締役社長に就任、永守は代表権を維持し併存体制
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [46]2024年10月 カナダのLinear Transfer Automation及び関連会社2社を追加買収
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [42]永守重信は創業以来50年にわたり経営の中心に居続けた(1973年創業)
    • [43]2023年4月 日本電産㈱からニデック㈱へ商号変更、国内連結子会社もニデックを冠した商号へ変更
    • [44]2023年11月 TAKISAWAを公開買付け(TOB)で買収
    • [46]2024年10月 カナダのLinear Transfer Automation及び関連会社2社を追加買収
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【表紙】
    • [45]2024年2月(4月)元ソニー出身の岸田光哉が代表取締役社長に就任、永守は代表権を維持し併存体制

ニデックの沿革1973〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
永守重信日本電産株式会社を設立★★
永守重信京都府亀岡市に亀岡工場(1993年12月に閉鎖)を開設
永守重信直流ブラシレスモータの生産開始
永守重信米国日本電産を設立
永守重信HDD向けスピンドルモータの製造開始★★
永守重信米トリン社の軸流ファン部門を買収
永守重信滋賀県愛知郡愛知川町(現 愛荘町)に滋賀工場(現 滋賀技術開発センター)を開設
永守重信滋賀県に第3工場を新設★★
永守重信大阪証券取引所に株式上場
永守重信京都証券取引所並びに大阪証券取引所市場第二部に株式を上場
永守重信信濃特機を買収(HDD向けモータ)★★
永守重信東南アジアで現地生産を本格化
永守重信中国での現地生産を本格化
永守重信中国に日本電産(大連)有限公司(現 ニデックモータ(大連)有限公司)を設立
永守重信台湾日電産股份有限公司(現 ニデック台湾股份有限公司)を設立
永守重信ドイツに欧州日本電産(現 ニデックモーターズ アンド アクチュエーターズドイツ㈲)を設立
永守重信日本電産(香港)有限公司(現 ニデックモータ(香港)有限公司)を設立
永守重信買収積極化を表明。HDD依存から脱却★★★
永守重信共立マシナリ㈱(現 ニデックマシナリー㈱)に資本参加
永守重信シンポ工業㈱(現 ニデックドライブテクノロジー㈱)に資本参加
永守重信最終赤字に転落。HDD向け需要が一時的に減少★★
永守重信フィリピン日本電産㈱(現 ニデックフィリピン㈱)を設立
永守重信トーソク㈱(現 ニデックパワートレインシステムズ㈱)に資本参加★★★
永守重信㈱リードエレクトロニクス(現 ニデックアドバンステクノロジー㈱)に資本参加
永守重信京利工業㈱に資本参加
永守重信㈱コパル(現 ニデックプレシジョン㈱)並びにコパル電子㈱(現 ニデックコンポーネンツ㈱)に資本参加
永守重信東京証券取引所市場第一部上場、大阪証券取引所市場第一部に指定
永守重信㈱芝浦製作所(現 芝浦メカトロニクス㈱)、㈱東芝との3社共同出資で芝浦電産㈱(現 ニデックテクノモータ㈱)を設立
永守重信中国に日本電産芝浦(浙江)有限公司(現 ニデックテクノモータ(浙江)有限公司)を設立
永守重信韓国日本電産㈱(現 ニデック韓国㈱)を設立
永守重信㈱安川電機の子会社、㈱ワイ・イー・ドライブ(現 ニデックテクノモータ㈱)に資本参加
永守重信米シーゲートよりタイ工場を取得(HDD向け小型モーター)
永守重信ニューヨーク証券取引所へ上場(2016年5月まで)
永守重信中国での現地生産を強化
永守重信中国に日本電産(東莞)有限公司(現 ニデックモータ(東莞)有限公司)を設立
永守重信中国に日本電産(上海)国際貿易有限公司(現 ニデック(上海)国際貿易有限公司)を設立
永守重信京都市南区に本社事務所を移転し、中央開発技術研究所を開設★★
永守重信三協精機製作所に資本参加。流体動圧軸受に対応★★★
永守重信ベトナム日本電産会社(現 ニデックベトナム会社)を設立
永守重信中国に日本電産自動車モータ(浙江)有限公司(現 ニデック自動車モータ(浙江)有限公司)を設立
永守重信フランス・Valeo S.A.のモータ&アクチュエータ事業を買収し、Nidec Motors & Actuatorsを設立★★
永守重信シンガポール・Brilliant Manufacturing Ltd.(現 ニデックコンポーネントテクノロジー㈱)を買収
永守重信日本サーボ㈱(現 ニデックアドバンスドモータ㈱)に資本参加
永守重信流体動圧軸受で世界シェア70%確保★★
永守重信イタリア・Appliances Components Companies S.p.A.の家電モータ事業を買収し、日本電産ソーレモータ㈲を設立★★
永守重信タイ・SC WADO Co., Ltd.(現 ニデックダイキャスティング(タイランド)㈱)を買収
永守重信米国・Emerson Electric Co.のモータ・コントロール事業を買収し、日本電産モータ㈱(現 ニデックモータ㈱)を設立★★
永守重信中国に日本電産(韶関)有限公司(現 ニデックモータ(韶関)有限公司)を設立
永守重信インド日本電産㈱(現 ニデックインド㈱)を設立
永守重信三洋電機㈱の子会社、三洋精密㈱に資本参加
永守重信マレーシアに Nidec Precision Malaysia Sdn. Bhd. を設立
永守重信カンボジアに SC Wado Component(Cambodia)Co., Ltd.(現 ニデックダイキャスティング(カンボジア)㈱)を設立
永守重信日本電産シンポ㈱(現 ニデックドライブテクノロジー㈱)が、米国・The Minster Machine Company(現 ニデックミンスター㈱)を買収★★
永守重信イタリア・Ansaldo Sistemi Industriali S.p.A.(現 ニデックASI㈱)を買収★★
永守重信日本電産中央モーター基礎技術研究所(現 ニデック新川崎テクノロジーセンター)を開設★★
永守重信米国・Avtron Industrial Automation, Inc.を買収
永守重信日本電産サンキョー㈱(現 ニデックインスツルメンツ㈱)が、韓国・SCD㈱を買収
永守重信米国・Kinetek Group Inc.を買収★★
永守重信中国・江蘇凱宇汽車電器有限公司(現 ニデック凱宇汽車電器(江蘇)有限公司)に資本参加
永守重信デジタル家電需要の一巡で大幅減益★★
永守重信日本電産サンキョー㈱(現 ニデックインスツルメンツ㈱)が、三菱マテリアルシーエムアイ㈱(現 ニデックマテリアル㈱)を買収
永守重信㈱ホンダエレシス(現 ニデックエレシス㈱)を買収★★
永守重信欧州で部品メーカーの買収を積極化
永守重信イタリア・Motortecnica s.r.l.を買収
永守重信China Tex Mechanical & Electrical EngineeringのSRモータ・ドライブ事業を取得(現ニデック(北京)伝動技術有限公司)
永守重信スペイン・Arisa, S.A.(現 ニデックアリサ㈲)を買収
永守重信米国・KB Electronics, Inc.を買収
永守重信イタリア・E.M.G. Elettromeccanica S.r.l.の事業資産を取得
永守重信日本電産サンキョー㈱(現 ニデックインスツルメンツ㈱)が、インドネシア・PT. NAGATA OPTO INDONESIAを買収
永守重信イタリア・E.C.E S.r.l.を買収
永守重信ルーマニア・ANA IMEP S.A.(現 ニデックグローバル・アプライアンス・ルーマニア社)を買収★★
永守重信米州で部品メーカーの買収を積極化
永守重信米国・Emerson Electric Co.のモータ・ドライブ事業及び発電機事業を買収★★
永守重信米国・Vamco International, Inc.を買収
永守重信グループ会社のコーポレートブランドロゴをNidecに統一★★
永守重信イタリア・LGB Elettropompe S.r.l.を買収
永守重信日本電産サンキョー㈱(現 ニデックインスツルメンツ㈱)が、東京丸善工業㈱の事業を承継
永守重信日本電産リード㈱(現 ニデックアドバンステクノロジー㈱)が、シンガポール・SV Probe Pte. Ltd.を買収
永守重信ドイツ・driveXpert GmbH(現 ニデックドライブエクスパート㈲)を買収
吉本浩之京都府相楽郡精華町に生産技術研究所(現 ニデックけいはんなテクノロジーセンター)を設立
吉本浩之米国・Genmark Automation, Inc.(現 ニデックジェンマークオートメーション㈱)を買収
吉本浩之フランス・グループPSA社とトラクションモータに関する合弁会社Nidec PSA emotors S.A.を設立★★
吉本浩之永守重信氏が代表取締役会長に就任
吉本浩之イタリア・CIMA S.p.A.を買収
吉本浩之ドイツ・MS-Graessner GmbH & Co. KG(現 ニデックグレスナー㈲)を買収
吉本浩之台湾・Chaun-Choung Technology Corp.(現 ニデックCCI股份有限公司)に資本参加
永守重信ドイツ・Systeme + Steuerungen GmbH を買収
永守重信ドイツ・DESCH Antriebstechnik GmbH & Co. KG(現 ニデックデッシュ㈲)を買収★★
永守重信エンブラコ社を買収★★
永守重信オムロンからオートモーティブ事業を買収
永守重信米国・Roboteq, Inc.を買収
関潤オーストリア・Secop Austria GmbH のデルタ型コンプレッサー事業を取得
永守重信セルビアにNidec Electric Motor Serbia LLC、Nidec Elesys Europe LLCを設立
永守重信三菱重工工作機械㈱を譲受け、日本電産マシンツール㈱(現 ニデックマシンツール㈱)を設立★★
小部博志OKK㈱(現 ニデックオーケーケー㈱)に資本参加★★
小部博志ノルウェー・FREYR BATTERY SAと合弁でNidec Energy AS(現 ニデックエナジー AS)を設立★★
岸田光哉イタリア・PAMA S.p.Aを買収
岸田光哉日本電産コパル電子㈱(現 ニデックコンポーネンツ㈱)が、㈱緑測器を買収
岸田光哉日本電産㈱からニデック㈱に商号変更、国内連結子会社もニデックを冠した商号に変更★★
岸田光哉ブラジルの航空機メーカー・Embraer S.A.と合弁でNidec Aerospace LLCを設立★★
岸田光哉米国・Houma Armature Worksを買収
岸田光哉米国・Automatic Feed社(現 Nidec Automatic Feed Company)及び関連会社2社を買収
岸田光哉㈱TAKISAWAをTOBにより買収★★
岸田光哉岸田光哉氏が社長就任★★★
岸田光哉商号をニデック株式会社に変更★★
岸田光哉カナダ・Linear Transfer Automation Inc.及び関連会社2社を買収
牧野フライス製作所への敵対的TOB提案を撤回★★★
出典・参考
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
  • 日経産業新聞(2016年4月28日)
  • 日経ビジネス(1997年11月17日)
  • 日経ビジネス(2003年8月18日)
  • 日経産業新聞(1999年6月7日)
  • 日本経済新聞(2006年10月21日)
  • ニデック 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【表紙】

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