牧田茂三郎(当時21歳・名古屋の裕福な材木商の子供)が、父の資金援助を受けて経営不振に陥った明治電気を買収。創業当時は、牧田氏と後藤十次郎(当時17歳・のちのマキタ社長)、ベテラン職人、小学校を卒業したばかりの少年の4名で、若者中心のベンチャー企業としてスタートした。創業時の主力製品は、50馬力モーター、変圧器など。当時は電機業界は未発達(なお、パナソニックの創業は1918年)であったため、若者にも参入のチャンスが広がっていた。
1945年の終戦直後のモータ業界は、松下電器や日立などの大手企業は財閥開発によって事業遂行が困難だったため、マキタのような中小企業が生き残ることができた。だが、1950年頃までに財閥解体が中止されると大手企業がモーターの生産を再開。中小企業のマキタの製品は競争力がなくなることが明白となる。そこで、創業者の牧田氏に請われる形で、創業時からマキタの社員であった後藤十次郎がマキタの社長に就任。1957年に「商売替え」を宣言し、新事業の育成に注力する。
当時、建設現場で職人が使用する道具はアナログで、電動工具は普及していなかった。そこで、マキタは建設現場を自動化するために「電気カンナ」を開発。以後、マキタは電動工具への投資を集中し、汎用モータメーカーから電動工具メーカーへと転身する。