1921年に大阪で生まれた光洋精工と、1941年にトヨタ自動車から分離独立した豊田工機。軸受メーカーと工作機械メーカーという異なる出自の2社が、2006年にトヨタグループ部品再編の号令のもとで合併し、ジェイテクトが生まれた。ステアリング世界シェアNo.1とベアリング国内有力メーカーという2つの看板を同時に抱える珍しい企業として出発した。
合併から約20年を経た2024年、生産技術出身のプロパー社長・近藤禎人は「会社の価値や意義を表す一言が見つからなかった」と述べた。多様な技術を抱えすぎているがゆえに、一つの顔を作れない会社。ジェイテクトの歴史は、軸受・工作機械・ステアリングの3事業をどう一つの企業にまとめ上げるかという、20年越しの問いへの答えを探す過程として読める。
歴史概略
1921年〜1979年光洋精工と豊田工機 ── 源流を異にする2社の歩み
1921年の光洋精工 ── 大阪発の軸受専業メーカー
1921年1月、大阪市生野区で光洋精工社が創設され、ベアリングの生産が始まった。日本精工・東洋ベアリング(後のNTN)に続く国内軸受メーカーの一つとして産声を上げ、1935年1月には株式会社化して光洋精工株式会社となる。戦後の復興期に入ると、1949年5月に大阪証券取引所と東京証券取引所に、同年7月には名古屋証券取引所にも上場を果たした。
光洋精工は軸受専業から出発したが、1960年4月、国分工場でステアリングの開発・試作を開始する。自動車産業の成長を背景に、軸受から派生する自動車部品領域へと足を踏み入れた決断だった。1961年8月にはミシン・工作機械部門を分離して光洋機械工業を設立し、軸受とステアリングという2つの柱に事業を集約していく。光洋精工は戦後日本の自動車部品メーカーとして、独立系の地歩を固めつつ拡大した。
1941年の豊田工機 ── トヨタから分離独立した工作機械メーカー
1941年5月、トヨタ自動車工業から金属工作機械の生産を目的として分離独立したのが豊田工機だった。豊田佐吉・喜一郎の系譜を引くグループ内企業として、自動車生産に必要な工作機械を自給する役割を担って誕生した。自動車メーカー本体から工作機械部門を切り出すという戦時下の判断は、後にトヨタ生産方式の広がりと歩調を合わせて全国の工場を支える装置メーカーの原型となった。
1968年9月、豊田工機は自動車用パワーステアリングの開発に成功し生産を開始する。工作機械メーカーだった豊田工機が自動車部品の製造に踏み出した瞬間であり、トヨタ車向けパワーステアリング供給の地位を確立する起点となった。1977年10月にはアメリカ・イリノイ州にTOYODA MACHINERY USA CORPORATIONを設立し、米国での工作機械販売網を築き始める。豊田工機は「トヨタ系の工作機械メーカー」から「トヨタ系のステアリングメーカー」へと、事業の比重を徐々に移していった。
1973年からの海外進出と両社の差異
光洋精工は1973年11月、米国サウスカロライナ州にAMERICAN KOYO CORPとの合弁でAMERICAN KOYO BEARING MANUFACTURING CORPを設立し、米国現地生産を開始した。独立系軸受メーカーとしてグローバル展開を進める動きは、日本精工・東洋ベアリングに並ぶ国内3位級の軸受メーカーとしての存在感を反映していた。
一方の豊田工機は、同時期にはトヨタ車の海外生産拡大に追随する形で米国・欧州へと拠点を展開していく。両社は軸受(光洋)とステアリング・工作機械(豊田)という得意領域を分けつつも、後輪駆動から前輪駆動への転換、電動パワーステアリングの登場など、自動車技術の変化に応じて製品群を広げていった。同じトヨタ系列の中で異なる出自を持つ2社が、1970年代から1980年代にかけて並走していた構図である。この「二頭体制」が21世紀初頭まで続くことになる。
1980年〜2012年トヨタ系列化と2006年の大合併
1980年の増資でトヨタが光洋精工の筆頭株主に
1980年8月、光洋精工は資本金の3/4を減らす減資を実施し、翌9月にはトヨタ自動車工業を割当先とする第三者割当増資を行った。7,600万株を1株600円で発行し、この結果トヨタ自動車工業が光洋精工の筆頭株主となる。独立系の軸受メーカーとして出発した光洋精工は、この1980年の資本関係の変更によってトヨタグループの系列部品メーカーへと性格を変えた。
1988年4月、光洋精工は米国TRW INCとのパートナーシップでTRW KOYO STEERING SYSTEMSを設立し、ステアリングの北米合弁を開始する。翌1989年10月には豊田工機もテネシー州にTOYODA TRW AUTOMOTIVEを設立し、トヨタグループの中で同じ北米ステアリング現地生産の領域に2社が並存する状態となった。1993年3月にはフランス・イリニイ市のSOCIETE DE MECANIQUE D'IRIGNYを光洋精工が子会社化し、2000年3月にはフランス・ディジョン市のステアリング拠点も取り込む。欧州においても光洋精工のステアリング事業が拡大していく。
2002年のファーベス設立と2005年の合併基本合意
2002年11月、豊田工機・トヨタ自動車・デンソーと光洋精工の4社合弁で、電動パワーステアリング(EPS)の開発・販売会社ファーベスが設立された。油圧式から電動式への移行期にあって、トヨタ系のステアリング技術を1カ所に集約するための組織的な布石だった。この時点で既に、トヨタグループ内のステアリング事業を光洋精工と豊田工機のどちらかに統合する議論が現実味を帯び始めていたと言える。
2005年2月、光洋精工と豊田工機は合併に基本合意する。トヨタグループの部品事業再編の中核案件であり、軸受(光洋精工)・工作機械(豊田工機)・ステアリング(両社)を一つの会社にまとめる大型統合だった。2006年1月、両社は正式に合併し、商号を株式会社ジェイテクトに変更する。ジェイテクトの誕生は、日本の軸受業界とトヨタ系部品業界の双方にとって大きな構造変化であり、国内軸受メーカーとしてはジェイテクトが日本精工・NTNと並ぶ3強の一角に再配置された瞬間でもあった。
リーマン危機とティムケン社ニードル軸受事業の取得
2008年3月期、ジェイテクトは合併後のピーク業績として連結売上1兆1,576億円、営業利益776億円を計上した。しかし翌2009年3月期にはリーマン・ショックの直撃を受けて連結売上1兆171億円、営業利益224億円へと急減し、親会社株主に帰属する当期純利益は▲120億円の最終赤字に転落する。2010年3月期は連結売上7,697億円、営業利益わずか4億円、純損失▲194億円と2期連続の大幅赤字に沈んだ。合併直後の急拡大の反動が、リーマン危機によって一気に顕在化した形である。
2009年7月、ジェイテクトはザ・ティムケン・カンパニーとの売買契約を締結し、同年12月に同社のニードル軸受事業を取得した。米国大手軸受メーカーの事業を取り込むことで、合併で得た軸受事業の層を厚くする狙いだった。リーマン後の需要回復局面では2011年3月期に売上9,554億円・営業利益399億円、2015年3月期には売上1兆3,559億円・営業利益741億円と業績を押し上げ、合併のスケールメリットを数字で示していく。ただし、3事業の一体運営というもう一つの課題は、この時期にはまだ顕在化した論点として整理されていなかった。
2013年〜2023年安形・佐藤体制下の改革と北米・欧州の重荷
安形哲夫体制下の海外M&Aと国内グループ再編
2013年6月、井川正治から安形哲夫への社長交代が行われた。安形体制下ではインド・欧州・国内でのM&Aと構造再編が続き、2017年6月にはインドのSONA KOYO STEERING SYSTEMSを子会社化してインドでのステアリング事業基盤を強化、2017年12月には富士機工(現ジェイテクトコラムシステム)を完全子会社化してステアリングコラム事業を取り込んだ。2019年1月にダイベア、2020年1月に豊精密工業も順次完全子会社化し、軸受・ギヤシステムなど周辺事業の統合を進めた。
2018年3月期には連結売上1兆4,412億円、営業利益814億円と合併後のピーク水準を更新したが、2019年3月期から雲行きが変わる。世界的な自動車生産の調整と米中摩擦の影響で、2020年3月期の連結売上は1兆4,189億円、営業利益376億円まで減少し、純損失▲38億円と合併以来2度目の最終赤字を計上した。コロナ直前の自動車需要減速がジェイテクトを襲い、2021年3月期は売上1兆2,463億円、営業利益159億円という水準にまで沈む。2020年6月、安形哲夫から佐藤和弘への社長交代が行われ、コロナ局面の経営改革を担う役が交代した。
2021年刈谷移転と2022年JTEKTブランド統一
2021年6月、ジェイテクトは本店所在地を大阪から愛知県刈谷市に移転した。創業以来大阪を本拠としてきた光洋精工の系譜を引きつつ、トヨタ系企業としての重心を名古屋圏に移すという象徴的な決断だった。翌2022年4月には事業ブランドを「JTEKT」に統一し、光洋精工(KOYO)と豊田工機(TOYODA)という2つのブランドを統合する。2006年の合併から16年を経て、ブランド面での統合がようやく完成したかたちである。
2022年3月期以降、業績は回復局面に入る。2023年3月期は連結売上1兆6,781億円、営業利益626億円、2024年3月期には売上1兆8,915億円、営業利益728億円と、合併後最高水準の売上を更新した。セグメント別では自動車事業が売上1兆3,444億円、産機・軸受が3,580億円、工作機械が1,889億円という構成で、自動車部品依存度が高い構造が維持されている。一方で北米の離職率高騰と生産性悪化は恒常化し、2024年5月の決算説明会で佐藤社長は「北米では高い離職率に起因する生産の不安定が継続しており、厳しい状況が継続する前提で人に頼らない仕組みを構築する」と述べている(決算説明会 FY23)。
近藤禎人社長への交代と新中計
2024年5月、佐藤和弘から近藤禎人への社長交代が発表された。理由は若返りで、安形から佐藤、そして近藤へと続く3代の社長交代の中で、初めて生産技術出身のプロパー経営者が選ばれる形となった。安形前社長は「近藤さんとは『利他の精神』という考え方が共通しており、生産技術出身の彼ならば現場視点でもっと緻密に改善を進めていくことができる。特に課題の多い北米・欧州の改革で力が発揮される」と引き継ぎ時に述べた(決算説明会 FY23)。
新中期経営計画の発表は社長交代に伴って2024年8月に後ろ倒しされた。近藤は就任当初、「社会におけるこの会社の価値や意義を表す一言が見つからなかった」と自身の課題認識を語り、「受動型から能動型へ」のビジネスモデル転換を2030年ビジョンに据えた(JBpress 2025/2/20)。軸受・工作機械・ステアリングという3事業を抱えながら、それらを融合させた新しい価値を生み出せないという「多事業の統合力」の問題を、経営の中心課題として据え直した。
直近の動向と展望
北米タスクフォースチームと欧州NRB事業譲渡
近藤体制下で最も大きな収益改善テーマとなっているのが、北米と欧州の構造問題の解消である。北米では生産効率悪化に伴うロスコストが2024年3月期までに約80億円規模で発生しており、FY24 3Q時点で9カ月累計約70億円、FY25計画45億円と段階的に縮小を進めている。対策として「①内製費改善・生産安定化 ②業務プロセス最適化 ③体質改善・中期戦略策定」の3チーム構成の北米タスクフォースチーム(TFT)を結成し、日本からの短期駐在員派遣を含む集中投入で改善に当たってきた(決算説明会 FY24-3Q)。
欧州では2025年8月にニードル・ローラー・ベアリング(NRB)事業の譲渡手続きが完了し、上期実績に約5億円の事業利益増効果をもたらした。FY25 2Q時点で北米TFT活動は価格適正化50億円・生産性改善15億円の効果を上げ、北米は上期黒字化を達成している(決算説明会 FY25-2Q)。近藤社長は「現地スタッフのモチベーション向上など好循環が始まりつつある」と述べており、2006年の合併以来重荷となってきた北米・欧州事業が、ようやく再建の見通しを得つつある局面に入った。
トランプ関税対応と「能動型」ビジネスへの転換
2024年秋以降の米国トランプ政権による関税政策は、ジェイテクトの事業運営に新たな変動要因を加えている。メキシコ・カナダからの輸入品には年間50〜60億円規模のコスト影響があり、北米Automation Direct社(ADC)の供給体制は中国からの仕入れから日本からの仕入れへと順次切り替えが進行している。主要顧客との関税転嫁交渉は日系・米系ともに前向きに受け入れられており、FY25下期は回収の期ズレリスク(3カ月程度)を織り込んで通期業績予想を据え置いた(決算説明会 FY25-2Q)。
近藤が掲げる「能動型」ビジネスへの転換は、ソリューション共創センターの発足、コアコンピタンスのプラットフォーム化、業務プロセスのデジタル化という3本柱で進んでいる。「デジタル化が遅れているので、まずはデジタルの底上げをしていく」(レスポンス 2024/6/27)というDX戦略は、リードタイム半減や工場での「デジタル祭り」など現場起点の改善活動につながっている。統合ECUの潮流に対してはソフトウェア製品「Pairdriver®」による統合制御の立ち位置を明確化する方針を示した(決算説明会 FY25-2Q)。ステアリング世界シェアNo.1という看板の下で、軸受・工作機械との融合によって「一つの顔を持つ会社」に再定義できるかどうかが、次期中計以降のジェイテクトの課題である。