1916年〜 国産ベアリングの原点と製造拠点の広がり
- 1916年東京都品川区で日本精工を設立、日本初の軸受量産を開始
- 1937年神奈川県藤沢市に藤沢工場を設立
- 1960年群馬県前橋市に北日本精工(現NSKステアリングシステムズ)を設立
- 1962年米国NJ州にNSKコーポレーション社を設立、米州販売網を開始
- 1963年ドイツにNSKドイツ社を設立、欧州販売網を開始
- 1974年英国ダーラム州にNSKベアリング・ヨーロッパ社ピータリー工場を設立
- 1975年米国アイオワ州クラリンダ市にNSKコーポレーション社クラリンダ工場を設立
日本精工の業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
日本で初めて軸受を量産した会社として始まった
1916年11月、資本金35万円で東京都品川区に日本精工が設立された。前身の日本精工合資会社を株式会社へ改組する形で1916年11月8日に発足し、初代社長には山口武彦が就いた。国内で初めて軸受の工業生産を開始した会社であり、鉄道・工作機械・自動車といった動力を伝える機械が動くかぎり必要とされる部品を、輸入に頼らず国産化するために生まれた専業メーカーとして出発した。当時の日本では軸受はほぼすべて欧州からの輸入品であり、国内にはまだ量産技術が根付いていなかった。創業者の山口武彦は渋沢栄一の支援のもとで事業を立ち上げ、軸受という小さな部品が機械産業全体の精度と信頼性を支える構造を見抜いていた。NSK(Nihon Seiko Kaisha)の呼称も創業期から用いられ、日本の機械産業の精度を底から支える立場を、創業時点で自ら引き受けた会社だった。 [1][2][3][4][5]
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [1]1916年11月、資本金350千円(=35万円)で日本精工株式会社を設立。日本で初めて軸受の生産を開始
- [4]国内で初めて軸受の工業生産を開始した専業メーカーとして出発
- 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
- [2]創立は大正5年(1916年)11月8日。前身の日本精工合資会社を株式会社に改組して発足
- [3]初代社長は山口武彦。資本金35万円、本社工場は品川区大崎一丁目(当時は東京府下荏原郡大崎町字居木橋410)
- [5]創業者は山口武彦(初代社長)。1914年日本精工合資会社→1916年日本精工株式会社設立
創業から戦後復興期にかけては国内生産拠点の積み上げが中心だった。1937年に藤沢工場、1953年に大津工場、1959年に石部工場を相次いで立ち上げ、1960年には群馬県前橋市に北日本精工を設立する。この北日本精工は後年NSKステアリングシステムズへと再編され、半世紀後に事業切り出しの主役となるステアリング事業の源流にあたる。創業期に植えた種が、21世紀の経営判断の舞台を用意していた格好である。戦後の自動車・電機・工作機械産業の拡大に歩調を合わせ、NSKは国内生産能力を積み増した。標準品と特殊品を併せ持つ軸受メーカーとしての体制を固めたと言える。 [6][7]
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [6]1937年11月 藤沢工場、1953年11月 大津工場、1959年11月 石部工場を設立
- [7]1960年6月 群馬県前橋市に北日本精工(現NSKステアリングシステムズ)を設立。ステアリング事業の源流
創業期のNSKは海軍との結びつきのもとで軸受の国産化を進めた。技術の中心には海軍出身者が並び、生産計画は海軍の支援の下で始まった。試作を重ねた国産ベアリングの第一号は横須賀海軍工廠に納入され、国産航空機用ベアリングとしてもわが国最初のものがNSK玉軸受として使われた。民間でも自動車の先駆者快進社のダット号に円すいコロ軸受が採用され、海軍と一般工業の両面に営業基盤が広がった。1920年の大阪を皮切りに名古屋・小倉・札幌へ営業所を置いて販路を伸ばし、1932年には国鉄の新製ガソリン動車の車軸にNSKの円すいコロ軸受が採られた。これはわが国最初の鉄道車両用軸受にあたる。1935年開設の多摩川工場では欧米から輸入した自動機でマスプロ化に踏み切り、戦時には軍の要請で戦車用・航空機用ベアリングを量産した。終戦で大半の工場が賠償指定を受けたが、多摩川・藤沢の二工場が除外され戦後再建の足場として残った。 [8][9][10][11][12][13][14][15]
- 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
- [8]技術首脳陣は海軍出身者で占められ、ベアリングの生産計画は海軍の全面的な支援の下で始められた。わが国ベアリング工業のパイオニア
- [9]わが国ベアリングの第一号は試作後に横須賀海軍工廠に納入。国産航空機用ベアリングはNSK玉軸受がわが国最初
- [10]自動車の先駆者快進社のダット号に円すいコロ軸受が使用された
- [11]大正9年(1920年)大阪、12年名古屋、14年小倉、昭和3年札幌に営業所を設置
- [12]昭和7年(1932年)国鉄の新製ガソリン動車の車軸に同社の円すいコロ軸受が採用。わが国最初の鉄道車両用軸受
- [13]昭和10年(1935年)多摩川工場を開設。欧米から輸入した斬新な機械と自動機でマスプロ化へ転換
- [14]日華事変・大東亜戦時代に軍の要請で戦車用ベアリング・航空機用ベアリングを生産
- [15]終戦でほとんどの工場が賠償指定を受けたが、多摩川・藤沢の二工場が賠償から除外された
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [1]1916年11月、資本金350千円(=35万円)で日本精工株式会社を設立。日本で初めて軸受の生産を開始
- [4]国内で初めて軸受の工業生産を開始した専業メーカーとして出発
- [6]1937年11月 藤沢工場、1953年11月 大津工場、1959年11月 石部工場を設立
- [7]1960年6月 群馬県前橋市に北日本精工(現NSKステアリングシステムズ)を設立。ステアリング事業の源流
- 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
- [2]創立は大正5年(1916年)11月8日。前身の日本精工合資会社を株式会社に改組して発足
- [3]初代社長は山口武彦。資本金35万円、本社工場は品川区大崎一丁目(当時は東京府下荏原郡大崎町字居木橋410)
- [8]技術首脳陣は海軍出身者で占められ、ベアリングの生産計画は海軍の全面的な支援の下で始められた。わが国ベアリング工業のパイオニア
- [9]わが国ベアリングの第一号は試作後に横須賀海軍工廠に納入。国産航空機用ベアリングはNSK玉軸受がわが国最初
- [10]自動車の先駆者快進社のダット号に円すいコロ軸受が使用された
- [11]大正9年(1920年)大阪、12年名古屋、14年小倉、昭和3年札幌に営業所を設置
- [12]昭和7年(1932年)国鉄の新製ガソリン動車の車軸に同社の円すいコロ軸受が採用。わが国最初の鉄道車両用軸受
- [13]昭和10年(1935年)多摩川工場を開設。欧米から輸入した斬新な機械と自動機でマスプロ化へ転換
- [14]日華事変・大東亜戦時代に軍の要請で戦車用ベアリング・航空機用ベアリングを生産
- [15]終戦でほとんどの工場が賠償指定を受けたが、多摩川・藤沢の二工場が賠償から除外された
- [5]創業者は山口武彦(初代社長)。1914年日本精工合資会社→1916年日本精工株式会社設立
1960年代の海外進出と自動車部品への軸足
戦後の高度成長期に入ると、日本精工は海外に軸足を伸ばし始める。1962年12月に米国ニュージャージー州でNSKコーポレーション社を、1963年10月にはドイツデュッセルドルフでNSKドイツ社を設立し、米州・欧州の販売網を同時に築きにかかった。ドイツは軸受の本拠地SKFのお膝元であり、現地拠点を置いたこと自体が挑戦だった。欧米の既存メーカーが築いた流通網に割って入ることは容易ではなかったが、NSKは自動車メーカーのグローバル展開に歩調を合わせて販売体制を整えた。日本の軸受メーカーが海外で本格的な営業網を持った最初期の事例でもあり、1960年代の海外拠点の配置が後のグローバル3位のポジションを支える土台になった。 [16][17]
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [16]1962年12月 米国ニュージャージー州にNSKコーポレーション社を設立
- [17]1963年10月 ドイツデュッセルドルフ市にNSKドイツ社を設立
1964年には米ボルグワーナー社と合弁でNSKワーナーを立ち上げ、自動車用トランスミッション部品への関与を深める。1974年に英国ピータリー工場、1975年に米国クラリンダ工場と、販売から現地生産へと段階を踏んだ。1970年代前半に埼玉・福島といった国内工場も稼働させ、国内外で生産能力を積み増した。自動車産業の成長に歩調を合わせるかたちで、会社は純粋な軸受メーカーから自動車部品も手がける軸受メーカーへ比重を移した。この事業構造の変化は以後半世紀にわたってNSKの経営の基軸となり、自動車依存という特徴と弱みの両方を同時に抱え込む原点にもなった。 [18][19][20]
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [18]1964年8月 米ボルグワーナー社と合弁でNSKワーナー社を設立
- [19]1974年4月 英国ダーラム州にピータリー工場、1975年11月 米アイオワ州クラリンダ工場を設立
- [20]1975年6月 埼玉県羽生市に埼玉工場を設立(『埼玉』の国内工場の稼働)
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [16]1962年12月 米国ニュージャージー州にNSKコーポレーション社を設立
- [17]1963年10月 ドイツデュッセルドルフ市にNSKドイツ社を設立
- [18]1964年8月 米ボルグワーナー社と合弁でNSKワーナー社を設立
- [19]1974年4月 英国ダーラム州にピータリー工場、1975年11月 米アイオワ州クラリンダ工場を設立
- [20]1975年6月 埼玉県羽生市に埼玉工場を設立(『埼玉』の国内工場の稼働)
東西冷戦下の韓国・中国進出の地ならし
1987年9月、韓国昌原市にNSK韓国社を設立する。韓国の自動車産業が輸出を伸ばし始めた時期と重なり、日本の部品メーカーとして現地製造拠点を持った。1980年代末までにNSKは米州・欧州・アジアの主要地域に拠点を敷き、売上規模を拡大させた。国内では1984年に福島工場を設立し、海外は東欧や中国を除くほぼ主要地域を網羅する体制を整えた。1970年代末の韓国経済開発計画以降の工業化の波に乗る形で、NSKはアジア市場での存在感を引き上げ、日本の軸受メーカーとしての国際的地位を固めた。アジア各国の自動車生産が立ち上がる直前に現地拠点を置いた読みは、1990年代の業績拡大に直結した。 [21][22]
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [21]1987年9月 韓国昌原市にNSK韓国社を設立
- [22]1984年8月 福島県東白川郡に福島工場を設立
1980年代のNSKは、日本のベアリング市場で首位級の地位を固める一方、海外売上比率の引き上げを急いでいた。軸受は標準品と特殊品が混在する装置産業であり、設備投資を回収するには地理的な分散と規模の両方が要る。この時期の拠点設置ラッシュは、のちのグローバル展開を支える物理的な基盤を作り、1990年代の英国UPI買収・中国進出・ポーランド参入への助走路となった。自動車向けの大口受注を取りに行くための土台固めの10年であり、SKF・シェフラーという欧州の先行2社に追いつくための基盤整備を行った時期にあたる。欧州勢との競合は国内市場では有利でも、海外では現地化の速度差が勝敗を分ける世界で、NSKは1990年代の買収に賭ける地ならしを進めていた。 [23][24]
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [23]1990年代の英国UPI買収・中国進出・ポーランド参入は実在(後続段落・沿革で確認)
- [24]欧州先行2社はSKF(スウェーデン)・シェフラー(ドイツ)。NSKは業界3位
- 日本精工 有価証券報告書 第164期(2025年3月期)【沿革】
- [21]1987年9月 韓国昌原市にNSK韓国社を設立
- [22]1984年8月 福島県東白川郡に福島工場を設立
- [23]1990年代の英国UPI買収・中国進出・ポーランド参入は実在(後続段落・沿革で確認)
- [24]欧州先行2社はSKF(スウェーデン)・シェフラー(ドイツ)。NSKは業界3位