創業から67年。3回の決断

概要- Historical Summary -
1959年設立。焼結金属工業として創業し、空気圧制御機器に特化して世界トップシェアを確立した。創業初期から全国に営業所・出張所を緻密に配置して即納体制を構築し、顧客囲い込みに成功。1987年の上場後も髙田芳行社長のもとで利益率を追求する経営を貫き、中国・米国での現地生産を拡大した。調査会社による会計疑義の指摘も退け、圧倒的な営業利益率と世界シェアを維持するFA向け空圧機器のグローバルリーダーとして成長を続ける。
概要- Historical Summary -
1959年設立。焼結金属工業として創業し、空気圧制御機器に特化して世界トップシェアを確立した。創業初期から全国に営業所・出張所を緻密に配置して即納体制を構築し、顧客囲い込みに成功。1987年の上場後も髙田芳行社長のもとで利益率を追求する経営を貫き、中国・米国での現地生産を拡大した。調査会社による会計疑義の指摘も退け、圧倒的な営業利益率と世界シェアを維持するFA向け空圧機器のグローバルリーダーとして成長を続ける。
1959
決断
焼結金属工業株式会社を設立(現在のSMC)
焼結フィルターから総合メーカーへの12年間の垂直統合
1960
決断
営業所と出張所の新設・全国を緻密にカバー
代理店の在庫保有禁止という流通設計の逆説
1967
オーストラリアに現地法人を新設。輸出を本格化
1967オーストラリアに現地法人を新設。輸出を本格化
1968
決断
草加第1工場を新設・即納体制を拡充
在庫リスクを競争優位に転換した即納48時間の設計
受注から納入まで
48
時間以内
1976
売上高100億円を突破
1976売上高100億円を突破
1987
東京証券取引所第2部に株式上場
1987東京証券取引所第2部に株式上場
1989
髙田芳行氏がSMC代表取締役社長に就任
1989髙田芳行氏がSMC代表取締役社長に就任
1996
海外生産比率10%を目標設定
1996海外生産比率10%を目標設定
2000
中国での現地生産を決定
2000中国での現地生産を決定
2009
米国にノーブルスビル工場を新設
2009米国にノーブルスビル工場を新設
2010
リーマンショックで減収
2010リーマンショックで減収
2014
設備投資年間225億円
2014設備投資年間225億円
2016
調査会社がSMCの会計上の疑義を表明
2016調査会社がSMCの会計上の疑義を表明
2019
高田芳行氏が代表取締役会長を退任
2019高田芳行氏が代表取締役会長を退任
2021
高田芳樹氏が代表取締役社長就任
2021高田芳樹氏が代表取締役社長就任
業績を見る
売上SMC:売上高
単体 | 連結(単位:億円)
7,768億円
売上高:2024/3
利益SMC:売上高_当期純利益率
単体 | 連結(単位:%)
22.9%
利益率:2024/3
業績を見る
区分売上高利益利益率
1970/3単体 売上高 / 当期純利益---
1971/3単体 売上高 / 当期純利益35億円0億円2.2%
1972/3単体 売上高 / 当期純利益50億円2億円5.4%
1973/3単体 売上高 / 当期純利益82億円3億円4.1%
1974/3単体 売上高 / 当期純利益70億円1億円2.2%
1975/3単体 売上高 / 当期純利益68億円1億円1.4%
1976/3単体 売上高 / 当期純利益106億円3億円3.3%
1977/3単体 売上高 / 当期純利益126億円4億円3.8%
1978/3単体 売上高 / 当期純利益---
1979/3単体 売上高 / 当期純利益143億円6億円4.8%
1980/3単体 売上高 / 当期純利益188億円8億円4.4%
1981/3単体 売上高 / 当期純利益238億円11億円4.8%
1982/3単体 売上高 / 当期純利益280億円14億円5.3%
1983/3単体 売上高 / 当期純利益290億円16億円5.5%
1984/3単体 売上高 / 当期純利益364億円22億円6.0%
1985/3単体 売上高 / 当期純利益467億円26億円5.7%
1986/3単体 売上高 / 当期純利益516億円25億円5.0%
1987/3単体 売上高 / 当期純利益502億円30億円6.0%
1988/3単体 売上高 / 当期純利益590億円40億円6.8%
1989/3単体 売上高 / 当期純利益772億円60億円7.8%
1990/3単体 売上高 / 当期純利益866億円76億円8.8%
1991/3単体 売上高 / 当期純利益1,029億円82億円8.0%
1992/3単体 売上高 / 当期純利益1,007億円52億円5.1%
1993/3単体 売上高 / 当期純利益905億円33億円3.7%
1994/3単体 売上高 / 当期純利益906億円39億円4.4%
1995/3単体 売上高 / 当期純利益1,153億円99億円8.6%
1996/3連結 売上高 / 当期純利益1,481億円160億円10.8%
1997/3連結 売上高 / 当期純利益1,688億円169億円10.0%
1998/3連結 売上高 / 当期純利益1,973億円193億円9.7%
1999/3連結 売上高 / 当期純利益1,650億円155億円9.3%
2000/3連結 売上高 / 当期純利益1,942億円171億円8.8%
2001/3連結 売上高 / 当期純利益2,520億円238億円9.4%
2002/3連結 売上高 / 当期純利益1,844億円141億円7.6%
2003/3連結 売上高 / 当期純利益2,067億円153億円7.4%
2004/3連結 売上高 / 当期純利益2,471億円322億円13.0%
2005/3連結 売上高 / 当期純利益2,801億円492億円17.5%
2006/3連結 売上高 / 当期純利益3,078億円534億円17.3%
2007/3連結 売上高 / 当期純利益3,396億円630億円18.5%
2008/3連結 売上高 / 当期純利益3,579億円559億円15.6%
2009/3連結 売上高 / 当期純利益2,834億円259億円9.1%
2010/3連結 売上高 / 当期純利益2,209億円195億円8.8%
2011/3連結 売上高 / 当期純利益3,251億円477億円14.6%
2012/3連結 売上高 / 当期純利益3,418億円592億円17.3%
2013/3連結 売上高 / 当期純利益3,231億円642億円19.8%
2014/3連結 売上高 / 当期純利益3,953億円863億円21.8%
2015/3連結 売上高 / 当期純利益4,580億円1,095億円23.9%
2016/3連結 売上高 / 当期純利益4,756億円921億円19.3%
2017/3連結 売上高 / 当期純利益4,876億円1,130億円23.1%
2018/3連結 売上高 / 当期純利益5,910億円1,368億円23.1%
2019/3連結 売上高 / 当期純利益5,769億円1,306億円22.6%
2020/3連結 売上高 / 当期純利益5,260億円1,105億円21.0%
2021/3連結 売上高 / 当期純利益5,521億円1,217億円22.0%
2022/3連結 売上高 / 当期純利益7,273億円1,929億円26.5%
2023/3連結 売上高 / 当期純利益8,247億円2,246億円27.2%
2024/3連結 売上高 / 当期純利益7,768億円1,783億円22.9%
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1959
4月

焼結金属工業株式会社を設立(現在のSMC)

焼結フィルターから総合メーカーへの12年間の垂直統合

SMCの創業期で注目すべきは、焼結金属フィルターという狭い技術領域から出発しながら12年で空気圧制御の主要工程を内製化した速度である。空気圧機器は技術的な参入障壁が低く、個別製品での差別化は構造的に難しい。SMCが選択したのは技術優位による差別化ではなく、全工程をカバーするラインナップの広さで顧客を囲い込む戦略であった。この垂直統合の判断が、後に構築される即納体制や全国営業網と組み合わさることで持続的な競争優位の土台となった。

背景

焼結金属の技術者が空気圧機器のフィルター製造で創業

1959年4月、東京タングステン株式会社に勤務していた大村進氏が焼結金属工業株式会社(現・SMC)を東京都千代田区に設立した。大村氏は「ステンレス・ブロンズの焼結理論」を研究する技術者であり、その知見を活かして空気圧機器向けフィルター部品の製造を祖業に選んだ。フィルターの原料には焼結濾過体を用い、圧縮空気中のゴミを除去して清浄な空気を送り込む機能を果たす部品であった。焼結技術という狭い専門領域を起点とした創業であった。

当時の製造業では化学プラント・自動車・工作機械などの生産現場で工場のオートメーション化が進行していた。空気圧制御機器はその自動化手段の一つであり、生産ラインにおける部品や製品の出し入れを制御する用途で使われた。油圧制御や機械制御に比べて精密な動作制御は不要だが導入コストが低いという特性があり、幅広い業種の工場に普及する素地を持っていた。この市場環境が部品メーカーとして出発したSMCの事業方針に影響を与えた。

決断

部品供給から空気圧機器の総合メーカーへ事業領域を拡大

創業翌年の1960年、SMCは空気圧機器の完成品製造に参入し、部品供給から完成品メーカーへと事業の重心を移した。空気圧制御の工程は「圧縮空気の作成・除湿・圧力調整・方向制御」で構成されており、各工程にコンプレッサー・圧縮空気浄化機器・空気圧補助機器・シリンダーといった機器が必要であった。1960年時点でSMCが手がけていたのは空気圧補助機器のみであり、制御工程の全体を自社でカバーする体制は整っていなかった。

そこでSMCは主要部品を順次内製化する方針をとった。1971年までに圧縮空気浄化機器とシリンダーの生産を開始し、コンプレッサーを除く主要機構の一貫生産体制を確立した。特定部品に留まらず空気圧制御の工程全体をカバーする総合メーカーへと舵を切り、顧客に対してワンストップで機器を供給する体制を整えた。フィルター部品の専業メーカーから空気圧機器の総合メーカーへ、創業からわずか12年での転換であった。

結果

上場時に売上高の9割を空気圧が占める専業体制が確立

この方針の結果、1988年の東京証券取引所上場時点でSMCの売上高の90%が空気圧関連製品で占められた。化学プラントから自動車、工作機械に至るまで多様な製造業の工場に空気圧制御機器を供給する事業基盤が形成され、「顧客工場における人件費削減」を付加価値として訴求するビジネスモデルが出来上がった。自動化投資が拡大する局面で安定的に受注を獲得できる収益構造が定まった。

空気圧制御は油圧や電動制御に比べて技術的な参入障壁が低い領域であった。にもかかわらずSMCが事業を伸ばした背景には、部品から完成品、さらに主要機構の一貫生産へという垂直統合の戦略がある。個々の製品における技術優位ではなく、空気圧制御の全工程を自社製品で賄えるラインナップの広さが顧客にとっての利便性となり、結果として他社への切り替えを困難にする囲い込み効果を生んだ。

焼結フィルターから総合メーカーへの12年間の垂直統合

SMCの創業期で注目すべきは、焼結金属フィルターという狭い技術領域から出発しながら12年で空気圧制御の主要工程を内製化した速度である。空気圧機器は技術的な参入障壁が低く、個別製品での差別化は構造的に難しい。SMCが選択したのは技術優位による差別化ではなく、全工程をカバーするラインナップの広さで顧客を囲い込む戦略であった。この垂直統合の判断が、後に構築される即納体制や全国営業網と組み合わさることで持続的な競争優位の土台となった。

証言大村進(SMC創業者)

当社は昭和34年4月、焼結金属フィルターの製造・販売を目的に、東京都千代田区に設立された焼結金属工業株式会社として発足したが、この製品は空気圧機器の中のゴミを取り除く濾過体ということで、以後、空気とのつながりが強くなった。

翌35年には空気圧機器の分野に進出。当初は重化学工業用のプロセス・オートメーションが主力だったが、その頃から自動車・工作機械などの加工産業で人手不足からオートメ化が進み、これに伴って空気圧制御機器が取り入れるようになってきた時代の要請に対応し、当社は36年以降一貫して空気圧制御機器の品種拡大を図っていた。

年表焼結金属工業株式会社を設立(現在のSMC)に関する出来事
19594月焼結金属工業株式会社を設立
1959空気圧機器の部品製造を開始(フィルター)
1960空気圧機器の製造開始(空気圧補助機器)
1971空気圧機器の一貫生産(圧縮空気浄化機器・シリンダー)
1960
5月

営業所と出張所の新設・全国を緻密にカバー

代理店の在庫保有禁止という流通設計の逆説

一般的な製造業では代理店に在庫を持たせて地域密着の即納体制を構築するのが定石だが、SMCはその逆を選択した。品目数24万点という空気圧機器の特性上、流通経路に在庫を分散させれば管理コストが膨張し、かえって供給精度が低下する。メーカー本社に在庫を集約し代理店を営業機能に特化させた判断は、後のオンライン受発注による48時間即納体制の前提条件となっている。

背景

品目24万点の空気圧機器を全国の工場に届ける課題

SMCが製造する空気圧制御機器は品目数が約24万点に及び、顧客となる製造業の工場は全国に分散していた。生産ラインの稼働に直結する製品であるため即応性が重要だが、品目数の多さゆえに代理店側で在庫を適正に管理することは現実的に困難であった。メーカー自身が販売と在庫管理を一元的に担わなければ、多品種の製品を迅速に届ける体制は成立しないという構造的な課題が存在していた。

1960年代の日本では製造業の設備投資が活発化し、工場の自動化需要が各地で高まっていた。空気圧機器の顧客は自動車産業が集積する中部圏、重化学工業の近畿圏、造船・鉄鋼の中国地方と地理的に広範囲にわたった。個々の顧客が求める品目は異なり、技術的な相談や仕様確認を伴う案件も多いことから、代理店を増やすだけでは対応しきれず、メーカー自身が営業拠点を配置して直接対応する必要性が生じていた。

決断

直接販売を軸とする全国営業網を構築し代理店の在庫保有を禁止

1960年の大阪営業所を皮切りに、1963年に名古屋営業所、1977年に広島営業所を順次新設し、主要な工業地帯をカバーした。1988年時点で全国5営業所・38出張所・約97社の代理店という販売体制が築かれた。各営業所にはPLの結果責任を持たせ、出張所を管轄下に置く分権的な組織運営を採用した。代理店経由の販売も認めたが、あくまで「営業所のパートナー」という位置づけに留め、直接販売を優先する方針を一貫させた。

特徴的なのは、代理店に対して在庫保有を禁止した判断にある。品目数が約24万点に及ぶ空気圧機器を各代理店が個別に抱えれば、過剰在庫と欠品が同時に発生するリスクが高い。この問題を回避するために在庫管理をSMC本社に集約し、メーカー主導で受注から出荷までの流れを管理する形をとった。販売網の末端に在庫を分散させず中央で一元管理することで、多品種製品の供給精度と在庫効率を両立させる仕組みであった。

代理店の在庫保有禁止という流通設計の逆説

一般的な製造業では代理店に在庫を持たせて地域密着の即納体制を構築するのが定石だが、SMCはその逆を選択した。品目数24万点という空気圧機器の特性上、流通経路に在庫を分散させれば管理コストが膨張し、かえって供給精度が低下する。メーカー本社に在庫を集約し代理店を営業機能に特化させた判断は、後のオンライン受発注による48時間即納体制の前提条件となっている。

証言髙田芳行(SMC代表取締役社長)

(注:SMCのホロン経営とは)会社の組織を小さなグループに分け、それぞれが独自に、自立した仕事をしていくという仕組です。(略)例えば、伝票1つとっても、製品が30万品目に及んでいるのですから、これを組織的に処理するのは困難です。それで、ユーザーとその部署をダイレクトに結び、その部署で処理したほうがいいということもあったわけです。営業では、もう何年も前から、4営業所体制を15営業所体制にして、その下に地域の出張所をつけ、それぞれのグループで自主的にやってもらっています。

年表営業所と出張所の新設・全国を緻密にカバーに関する出来事
19605月大阪営業所を新設
19634月名古屋営業所を新設(管轄:中部・東海・北陸地区)
1977広島営業所を新設
1967
オーストラリアに現地法人を新設。輸出を本格化
1968
6月

草加第1工場を新設・即納体制を拡充

在庫リスクを競争優位に転換した即納48時間の設計

空気圧機器は技術的差別化が難しく、納期と品揃えが競争の主軸となる領域である。SMCが選択したのは5000種類の基本形を在庫保持し、受注後に加工して数十万品目に対応する半製品在庫方式であった。完成品在庫では品目数が爆発し受注生産では納期が伸びるという二律背反を、基本形という中間段階の在庫で解消した。数学専攻者による統計的需要予測が仕組みの精度を支え、単なる在庫積み増しではなく制御された在庫戦略として機能している。

背景

技術的差別化が難しい空気圧機器で即納を付加価値に据える

空気圧制御機器は顧客の生産ラインに直結する重要部品でありながら、技術的な差別化が難しい製品領域であった。各メーカーの製品性能に大きな差がつきにくい一方、工場の自動化が進むにつれて必要な品目数は数万から数十万単位に膨らみ、顧客は多品種の部品を迅速に調達する必要に迫られた。技術で差がつかないのであれば、多品種をいかに早く届けるかが競争の軸になるという構図が生まれつつあった。

しかし多品種の即納は一筋縄では実現しない。品目ごとに需要の波があり、すべてを完成品として在庫に持てば過剰在庫のリスクが膨らむ。かといって受注後に一から製造すれば納期が長期化する。この二律背反を解くには、製造と販売を一体化させ在庫のリスクを自ら引き受ける仕組みの構築が不可欠であった。SMCはこの課題に対して、BSにおける在庫リスクの負担と引き換えにPLの収益を確保するという方針を明確にした。

決断

5000種類の基本形を在庫保持し48時間以内の即納体制を構築

1968年に草加工場を新設したのを皮切りに、1980年代までに関東圏に複数の工場を増設した。SMCは最終製品に加工される5000種類の基本形を工場内で在庫として保持し、営業所からFAXで受注が届き次第、基本形を加工して数十万種類の最終製品を生産する方式を採用した。完成品ではなく基本形の段階で在庫を持つことで、在庫品目数を絞りつつ最終製品のバリエーションに対応する仕組みであった。

需要予測には数学専攻の社員を専任で配置し、統計学に基づいて5000種類の基本形の在庫水準を算定した。1983年にはオンライン受発注システムを稼働させ、生産・販売・物流をコンピュータで一元管理する体制を整えた。営業所の発注データが工場にリアルタイムで連携され、在庫状況を踏まえて生産の優先順位が決まる仕組みである。この一連の体制により、受注から顧客への納入まで平均48時間以内という即納が実現した。

結果

在庫リスクを引き受けることで即納メーカーとしての地位を確立

48時間以内の納入という実績は、SMCを「即納を保証するメーカー」として位置づけた。顧客にとって空気圧機器の調達先を選ぶ基準は、製品の性能差が小さい以上、納期と品揃えに集約される。SMCがこの両面で他社を上回ったことで、一度取引を開始した顧客が競合に乗り換える理由が乏しくなり、顧客基盤が安定的に積み上がる構造が形成された。

この即納体制はBSにおける棚卸資産の増大を伴うものであった。しかしSMCは在庫リスクを許容する代わりに高い利益率を確保するという方針を貫き、在庫保持型のビジネスモデルを構造的な競争優位に転換した。数学的手法に基づく需要予測と生産管理の精度がこの判断を支えており、単に在庫を積み増すのではなく科学的な裏付けの下に在庫水準をコントロールする運営体制が両立の鍵となった。

在庫リスクを競争優位に転換した即納48時間の設計

空気圧機器は技術的差別化が難しく、納期と品揃えが競争の主軸となる領域である。SMCが選択したのは5000種類の基本形を在庫保持し、受注後に加工して数十万品目に対応する半製品在庫方式であった。完成品在庫では品目数が爆発し受注生産では納期が伸びるという二律背反を、基本形という中間段階の在庫で解消した。数学専攻者による統計的需要予測が仕組みの精度を支え、単なる在庫積み増しではなく制御された在庫戦略として機能している。

証言髙田芳行(SMC代表取締役社長)

私は、なにか事をなす時には、前もって準備しておかなければ、それはできかねると思っているんですがね、会社の仕組みも同じで、いくら売れるだろうと予想が立てば、その製品をつくる能力を備えておくために、前もって投資をする、ということです。実際にそのようにしてきましたが、そのへんは成功してきたと思います。私どもでは競合相手に比べて設備投資が先行していた。その面では非常に有利だったですね。

その予測も、科学的に行こうという方向を取ったのが良かったんだと思います。うちには、そういうことを管理している部署がありましてね。4、5人いるんですが、みな数学専攻のもので、数理統計学などを使って、予測を確かなものにしていくわけです。非常に的確に予測しましてね。ですから、その予測をもとに確信を持つ準備ができました。

年表草加第1工場を新設・即納体制を拡充に関する出来事
19683月越谷工場を新設
19723月草加第2工場を新設
19831月筑波第1工場を新設
198811月筑波大第2工場を新設
1976
売上高100億円を突破
1987
東京証券取引所第2部に株式上場
1989
髙田芳行氏がSMC代表取締役社長に就任
1996
海外生産比率10%を目標設定
2000
中国での現地生産を決定
2009
米国にノーブルスビル工場を新設
2010
リーマンショックで減収
2014
設備投資年間225億円
2016
調査会社がSMCの会計上の疑義を表明
2019
高田芳行氏が代表取締役会長を退任
2021
高田芳樹氏が代表取締役社長就任