ディスコの歴史

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沿革

1937年に関家三男氏が広島県呉市で興した工業用砥石の第一製砥所が起源。

1975年に半導体用ダイシングソーを自社開発し、砥石・装置・使い方を一社で抱える体制を構築した。ダイシングソーとグラインダで世界の7割を占める半導体製造装置メーカーで、売上高営業利益率は42%に達する。

1937年1977年1989年1999年2026年第一製砥所1937年呉で個人創業ディスコ1977年商号変更ディスコ1989年店頭市場で株式公開ディスコ1999年東証一部に上場
ディスコ
歴代社長と長期業績(敬称略)
2026年3月期
連結
売上高
4,369億円
売上高純利益率
31%
出所:有価証券報告書
関家三男溝呂木関家一馬
売上高2億円売上高316億円売上高688億円売上高1,278億円売上高4,369億円純利益率3%純利益率7.2%純利益率11.9%純利益率18%純利益率31%1966/31971/31976/31981/31986/31991/31996/32001/32006/32011/32016/32021/32026/3
  1. 関家三男氏が広島県呉で第一製砥所を個人創業[3]
  2. 第一製砥所に組織変更[4]
  3. 東京・五反田の稲根本製砥所を買収して本社も移転[5]
  4. 阿賀工場でレジノイド切断砥石の製造開始[5]
  5. 本社と東京工場が戦災で被災[5]
  6. 終戦で工場を一旦閉鎖[5]
  7. 阿賀工場のみで生産を再開[5]
  8. 本社を東京都港区芝田町に移転[5]
  9. 本社を東京都港区芝5丁目に移転[5]
  10. 積算電力計磁石向け切断砥石を開発
  11. 万年筆ペン先向け0.14mmレジノイド砥石を独自開発[1]
  12. 呉市広町に呉工場を新設[5]
  13. 有限会社第一製砥所を株式会社に改組[4]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
ディスコ1967年1月期売上高3億円売上高当期純利益率8.3%
歴史詳細を読む関家三男氏の第一製砥所創業と薄物レジノイド砥石の独自開発

筆者所見

第一製砥所の切断技術は、自社の構想よりも、顧客が持ち込む難題によって薄さの限界を押し下げてきた。1956年に万年筆メーカーの依頼で厚さ0.14ミリの砥石を開発した際、共同開発と開発費援助の申し出を退け、単独で完成させた[1][2]。需要の起点は顧客に置き、技術の権利は自社に残すという線引きである。この方針が精密切断で他社の追随を許さない蓄積を生んだ。一方で、砥石の単品販売にとどまる限り、使い手の工程には踏み込めなかった。

  1. [1]商工ジャーナル 1995年6月号(関家憲一)
  2. [2]Decide 3(10) 1986年1月号「ディスコ――国内95%世界80%のシェアを持つまで」(秋場良宣)
成長期

1968年〜ダイシングソーの開発とディスコへの商号変更

  1. 厚さ40ミクロンの切断砥石「ミクロンカット」の開発に成功[5]
  2. 極薄砥石ミクロンカットの開発
  3. 半導体製造向け切断砥石の開発を開始[6]
  4. DISCO ABRASIVE SYSTEMSを設立[4]
  5. 精密切断装置を開発・販売開始[4]
  6. ダイシングソーを自社開発[4]
  7. 「NBC-Z」ブレードを開発[5]
  8. 商号をディスコに変更[4]
  9. 世界初の全自動ダイシングソー「DFD-2H/S」を開発[5]
  10. 中小企業研究センター賞を受賞[5]
  11. シンガポール駐在員事務所を開設[4]
  12. スイスにDISCO SEIER AGを共同出資で設立[4]
売上高
  • 売上高
ディスコ1979年1月期売上高38億円

筆者所見

ディスコが装置メーカーへ転じた動機は、機械で稼ぐことより、自社の砥石を使える環境を顧客の手元に用意することにあった。1968年に極薄の切断砥石「ミクロンカット」を開発し、1975年には半導体用ダイシングソーの販売を始めた[5][4]。ダイシングソーの自社開発は、米国で砥石だけを売ろうとして、使いこなす装置が現地に無かった経験に端を発する。消耗品と装置と加工方法を一社で抱える体制は、この二つの決断で原型ができた。

  1. [5]ディスコ 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  2. [4]有価証券報告書(2025年6月24日)
成熟期

1980年〜ダイシングソー世界シェア60%と欧州拠点の整備

  1. ダイシングソー世界シェア約60%を確立
  2. 精密平面研削装置を開発・販売開始[4]
  3. ハブブレード「NBC-ZH」を開発[5]
  4. 独にDISCO DEUTSCHLAND GmbHを設立[4]
  5. 乾式ダイヤモンドカットオフホイール「ターボカット」を販売開始[5]
  6. ディスコ技研を設立[4]
  7. 東京都大田区に本社移転、隣接地に本社工場を新設[4]
  8. 道路切断用大径ダイヤモンドカットオフホイールを発売[5]
  9. 関家憲一氏が第2代社長に就任
  10. 産業用ダイヤモンド工具事業に参入[4]
  11. ディスコエンジニアリングサービスに保守・サービス業務を移管[4]
  12. デュアルダイシングソー「DFD-3D/8」を開発[5]
  13. 全自動サーフェースグラインダ「DFG-82IF/8」を開発[5]
  14. 英文商号をDISCO CORPORATIONに変更[5]
  15. 桑畑工場用地約31,000坪を取得[5]
  16. 日本証券業協会の店頭売買銘柄として株式公開[4]
  17. DISCO HI-TEC EUROPE GmbHを100%子会社化、欧州本社をスイスから独に移転[4]
売上高
  • 売上高
ディスコ1991年3月期売上高120億円

筆者所見

1980年代のディスコは、「切る」技術を「削る」工程へ広げ、半導体の製造工程で担う範囲を増やした。1980年に精密平面研削装置を発売し、1987年には全自動サーフェースグラインダを製品化した[4][5]。同じ顧客の別工程から受注を得られる点で、研削は切断と隣接する事業だった。1984年の産業用ダイヤモンド工具事業への参入は、道路切断のように半導体から離れた用途を含んでいた[4][5]。拡張の線をどこで止めるかは、続く拡散炉の失敗で厳しく問われる。

  1. [4]有価証券報告書(2025年6月24日)
  2. [5]ディスコ 公式サイト「沿革」(2026年10月)
低迷期

1992年〜半導体拡散炉事業からの撤退と賃金カットによる立て直し

  1. オートマチックダイシングソー「DAD320」「DAD500シリーズ」を開発[5]
  2. フルオートマチックダイシングソー「DFD640」「DFD620」を開発[5]
  3. 拡散炉事業の打ち切り[3]
  4. デュアルダイシングソー「DFD650」を開発[5]
  5. 賃金カット・残業規制・早期退職制度を導入
  6. 欧州向け出荷機にCEマークの表示を開始[5]
  7. ISO9002を精密ダイヤ製造部門で取得[4]
  8. ISO9001をPS事業部で取得[4]
  9. 中国サービス拠点として上海駐在員事務所を開設[4]
  10. 「Disco Values」を制定
  11. 溝呂木斉氏が代表取締役副社長に就任[5]
  12. 300mmウェーハ対応のダイシングソーとグラインダを開発[5]
  13. ISO14001を広島事業所で取得[4]
  14. 東京証券取引所市場第一部に上場[4]
  15. 呉市に長谷工場を開設[5]
  16. 関家臣二氏が代表取締役副会長を退任[5]
  17. フルオートマチックダイシングソー「DFD6350」「DFD6360」を開発[5]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
ディスコ1999年3月期売上高335億円売上高当期純利益率6.2%

筆者所見

拡散炉事業の打ち切りは、ディスコに事業の範囲を自ら狭める規律を与えた。基軸の「切る」から外れた半導体前工程の新規事業は量産化に届かず、十年分の開発費を損失として処理した。撤退後は切断と研削に開発を集中し、1998年に300mmウェーハ対応のダイシングソーとグラインダを送り出した[5]。ウェーハ大口径化の節目に主力装置を間に合わせたのは、資源を分散させなかった結果と言える。

  1. [5]ディスコ 公式サイト「沿革」(2026年10月)
安定成長期

2001年〜非同族の溝呂木斉社長とレーザソー・グラインダの製品拡充

  1. 関家憲一氏がSEMI会長に就任[5]
  2. 乾式研磨方式のドライポリッシング工法を開発[5]
  3. 非同族の溝呂木斉氏が社長に就任
  4. 精密切断装置としてレーザソーを開発・販売[4]
  5. 全自動グラインダ/ポリッシャ装置を開発・販売[4]
  6. 新ロゴマークを導入[5]
  7. 東京都大田区大森北に本社・R&Dセンターを新設して移転[4]
  8. バックグラインディング加工「TAIKOプロセス」を開発[5]
  9. ディスコエンジニアリングサービスを吸収合併[4]
  10. 関家憲一氏が代表取締役会長を退任して名誉会長に就任[5]
  11. ダイイチコンポーネンツを設立[4]
  12. ISO14001を国内全拠点で取得[4]
  13. 浜松ホトニクスと業務提携したレーザソー「DFL7340/7360」を開発[5]
  14. 経費管理レベルと4年累計20%目標
  15. 販売拠点としてDISCO HI-TEC TAIWANを設立[4]
  16. 事業継続マネジメントシステム規格BS25999-2の認証を取得[5]
  17. 本社・R&DセンターB棟を建設[4]
  18. 関家一馬氏(同族としては第3代)が社長に就任[6]
  19. ベトナムにサービスオフィスを新設[5]
  20. ダイシングソー世界シェア約70%まで拡大
  21. 広島事業所の桑畑工場でA棟を建設[4]
  22. 茅野工場でA棟を建設[4]
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • 営業利益
  • 経常利益率
ディスコ2010年3月期売上高617億円売上高経常利益率7.5%

筆者所見

2000年代のディスコが改めたのは、製品の幅以上に、収益を測る時間の単位である。2007年に設けた累計利益率の中期目標は、4年累計の売上高経常利益率で収益力を測り、配当性向の引き上げ条件と連動させた。シリコンサイクルの谷を前提に、好況期の利益で不況期を均す発想に立つ。製品では2002年にレーザソー、2003年に全自動グラインダ/ポリッシャを投入した[4]。利益の物差しを景気循環の長さに合わせた点が、市況に左右される装置業での強みになった。

  1. [4]有価証券報告書(2025年6月24日)
安定成長期

2011年〜個人Will会計の導入と羽田・広島への研究開発・生産投資

  1. 個人Will会計への移行
  2. 社内の仕事をオークション形式で落札する制度を開始
  3. フィリピンにサービスオフィスを新設[5]
  4. 広島事業所の呉工場でC棟を建設[4]
  5. ISO22301:2012を本社と広島事業所で取得[4]
  6. DISCO HI-TEC Singapore One-Stop Solution Centerを建設[4]
  7. テクニスコの全所有株式を譲渡[5]
  8. 勤務地の自由選択制を導入[5]
  9. 垂直構造型LED向けのレーザリフトオフを開発[5]
  10. 桑畑工場でA棟Bゾーンを建設[4]
  11. レーザスライス技術「KABRAプロセス」を開発[5]
  12. 長野事業所を開設[4]
  13. 桑畑工場でA棟Cゾーンを建設[4]
  14. 茅野工場でB棟を建設[4]
  15. 桑畑工場でA棟Dゾーンを建設[4]
  16. 羽田R&Dセンターを開設[4]
  17. 東京証券取引所プライム市場に移行[4]
  18. インドにサービスオフィスを新設[5]
  19. 羽田R&Dセンター新棟の建替を決定[8]
  20. 研究開発用不動産を約500億円で取得[7]
  21. 広島事業所に新工場の建築を決定[7]
売上高営業利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • 営業利益
  • 営業利益率
ディスコ2026年3月期売上高4,369億円売上高営業利益率42.3%

筆者所見

個人Will会計によって、ディスコは市場の価格機構を社内の仕事の配分にまで持ち込んだ。社内通貨Willを個々の構成員まで分解し、値の付いた案件を各自が選んで担う方式へ改めた。上司の指示ではなく採算で人が動く組織へ作り替えた点に本質がある。同じ期間には2022年に羽田R&Dセンターを開設し、2025年に研究開発用不動産を約500億円で取得した[4][7]。個人の裁量を広げる制度と大型の拠点投資の並行を、利益の帰属を細部まで示す会計が支えている。

  1. [4]有価証券報告書(2025年6月24日)
  2. [7]決算説明会資料(FY24 4Q)
出典・参考8件
出典・参考
  • [1]商工ジャーナル 1995年6月号(関家憲一)
  • [2]Decide 3(10) 1986年1月号「ディスコ――国内95%世界80%のシェアを持つまで」(秋場良宣)
  • [3]決断(サバイバル出版)(1986年1月)
  • [4]有価証券報告書(2025年6月24日)
  • [5]ディスコ 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  • [6]有価証券報告書
  • [7]決算説明会資料(FY24 4Q)
  • [8]決算説明会資料(FY23 4Q)

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