住友金属鉱山は1927年に住友別子鉱山として設立された。元禄期から236年にわたり住友本社が直営してきた別子銅山の事業を法人化したもので、住友財閥の原点事業を担った。戦後は国内鉱山の閉山を進め、1985年の菱刈金山開山と海外資源開発で成長路線に転じた。電子材料やニッケル系正極材にも展開し、資源開発から先端材料まで一貫する非鉄金属の総合メーカーとして事業を拡大している。
歴史概略
1691年〜1973年住友の原点事業と近代化
別子銅山の採掘と住友財閥の形成
1691年に住友家は愛媛県で別子銅山の採掘を開始した。別子銅山は住友家の中核事業として200年以上にわたり稼働し、鉱山機械(住友機械工業)・化学肥料(住友化学)・銅加工(住友電工)・植林(住友林業)・金融(住友銀行)など多岐にわたる事業分野に参入する資本供給源として機能した。明治時代には広瀬氏が中心となって機械化投資を推進し、西洋技術の導入で産出量を増加させた。
1927年7月に住友本社は236年の直営を改め、住友別子鉱山株式会社を設立して法人経営に移行した。住友家の事業で最も長い歴史を持つ原点事業の法人化であった。1937年に住友炭鉱と合併して住友鉱業となり、戦後の財閥解体により1950年に金属部門を分離して住友金属鉱山(別子鉱業)を発足させた。
国内鉱山の閉山と製錬事業への転換
1950年代以降、住友金属鉱山は国内事業の近代化を推進した。1956年に子会社日向製錬所を設立し、1965年に中央研究所を設置、1967年には青海工場を新設して電子金属事業に参入した。1970年に新居浜ニッケル新工場、1971年に東予製錬所を新設し、製錬技術の高度化を図った。
一方で1962年以降は国内鉱山の閉山を本格化させ、1973年3月に住友の原点である別子鉱山を閉山した。元禄期から282年にわたる別子銅山の歴史に区切りをつけた。閉山後の住友金属鉱山は、採掘から製錬・加工へと事業の重心を移し、海外からの原料調達と国内製錬所での付加価値創出を柱とする事業構造への転換を進めた。
1985年〜2016年菱刈金山の開山と海外資源開発
菱刈鉱山の発見と国内唯一の金山
1969年に住友金属鉱山は鹿児島県の菱刈鉱区をわずか1000万円で取得した。経営陣は消極的であったが、国内鉱山閉鎖で消沈気味であった技術陣が前向きな姿勢を示し取得に至った。自社での探査が進まない中、金属鉱業事業団が1980年からボーリング調査を実施し、全18本が金鉱脈に到達する結果を得た。1985年7月に出鉱を開始し、年間約6トンの金を産出する国内唯一の商業生産鉱山となった。
藤崎章社長は「九州の鉱区だけは捨てるな」と言い続けてきたと述べ、菱刈鉱山の収益は多角化部門の研究開発に投じる方針を明示した。推定埋蔵量250トンを擁する菱刈鉱山は、住友金属鉱山の安定的な収益源であると同時に、海外鉱山の開発・運営に不可欠な技術者育成の拠点としても機能し続けている。
海外資源開発の拡大とシエラゴルダの損失
1986年に米モレンシー銅山の権益を取得し、1988年にはPTインターナショナルニッケルインドネシアの株式を取得するなど、海外資源開発を加速させた。2006年には米ポコ金山の生産を開始し、2009年にフィリピンのNickel Asia Corporationにも資本参加した。
一方で2011年に住友商事と共同で取得したチリのシエラゴルダ銅鉱山は、2015年の操業開始が銅価格の急落と重なり、2016年に689億円の持分法投資損失を計上した。2017年3月期には最終赤字185億円に転落した。その後、2021年に豪South32へ権益を売却して745億円の売却益を計上し、操業期間中の損失と売却時の回収が対照的な結果となった。
資源と材料の両輪経営(2017〜現在)
大型資源プロジェクトの推進
2022年2月に住友金属鉱山は中期経営計画を公表し、電池材料(ニッケル系正極材)の増産とともに海外資源開発の大型プロジェクトを推進する方針を打ち出した。インドネシアのポマラプロジェクト、チリのケブラダブランカ銅鉱山、カナダのコテ金鉱山が注力案件として位置づけられた。2023年10月にケブラダブランカ銅鉱山が開山し、2024年8月にはコテ金鉱山で商業生産を開始した。
コテ金鉱山については2017年に権益30%弱を215億円で取得した後、金価格低迷で着工を延期していたが、2020年の金価格上昇を受けて着工を決定した。運営子会社への貸付は2024年3月末時点で1330億円に達しており、住友金属鉱山にとって大型の資金投入を伴うプロジェクトとなっている。
電池材料と直近の業績
電池材料分野では、電気自動車向けニッケル系正極材の増産投資を進めている。住友金属鉱山はニッケルの製錬技術を起点に正極材の製造に参入しており、フィリピンやインドネシアでのニッケル原料調達と国内外の製錬拠点を組み合わせたサプライチェーンを構築している。EV市場の拡大に伴い、正極材事業は中長期の成長分野として位置づけられている。
2024年3月期の連結売上高は1兆4453億円・当期純利益586億円であった。資源開発・製錬・電子材料・電池材料と多面的な事業を展開し、元禄期から続く鉱山事業の技術的蓄積を活かしつつ、先端材料分野への展開を加速している。菱刈金山に象徴される資源事業と、正極材に代表される材料事業の両輪が、住友金属鉱山の現在の事業構造を形成している。
住友家の事業は1691年の別子銅山開山を起点としており、鉱山事業は住友財閥の中で最も古い歴史を持つ。1927年の法人化は、236年にわたり住友本社が直轄で経営してきた原点事業を独立法人に移管する判断であった。別子銅山は単なる一事業ではなく、化学・電工・林業・金融など多角化の資本供給源として機能していた。原点事業の法人化は、住友家の経営を個人直営から法人を介した仕組みへと変える構造的な転換であった。