日本製鋼所 の歴史

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創業 1907年
創業地 北海道室蘭
創業・決断・現況・競合について
創業
1907年11月、北海道炭礦汽船と英アームストロング・ホイットワース、英ビッカースの3社共同出資により、北海道室蘭に日本製鋼所が設立された。日英同盟のもとで大砲と砲弾の国産化を急ぐ政府の要請に応じた合弁で、室蘭で鋳鍛鋼と砲身を、1920年11月に買収した広島製作所で砲弾を作った。買い手は帝国海軍ただ一者である。1919年12月には北海道製鉄を合併し、製鉄・採鉱も兼営した。1945年12月から民需へ転換し、1950年12月には法定整備計画により旧日本製鋼所を解散して現在の日本製鋼所を新設したが、兵器に代わる収益源は戦後十数年定まらなかった。
決断
鍛える工程だけを残し、その前後を入れ替えてきた。1931年12月に製鉄と採鉱を輪西製鉄へ分離し、原料の鉄は外部調達へ移り、高炉を持たない事業の形が決まった。1961年3月期でも鋳鍛鋼品と鋼板が製品構成の7割を占めるなか、1960年に独アンケル・ベルク社の技術で射出成形機に参入し、買い手を海軍から石油化学と自動車の設備投資へ載せ替えた。東日本大震災後に各国が原子力の建設計画を止めると、風力発電機器の不具合と室蘭製作所の減損で3期続けて赤字を計上し、2020年4月に素形材事業を日鋼MECへ吸収分割した。素材と機械を初めて組織として分け、単体で黒字化させたうえで2026年4月に本体へ戻した。
現況
現在の収益源は、鍛えた鋼ではなく樹脂を成形する機械である。2026年3月期の売上高2,748億円のうち産業機械が2,262億円で82%を占め、営業利益254億円のうち200億円も同事業が生んだ。1950年に自社開発した押出成形機と、1960年に導入した射出成形機がその源流にある。一方、2007年6月に製鋼・鍛錬設備を増強した室蘭の素形材・エンジニアリングは、売上458億円に対し営業利益89億円と19%の利益率を確保した。地域別では中国向けが732億円で売上の27%にあたり、樹脂機械の需要が中国の設備投資に連動している。
競合
受注を分けるのは、一つの塊で鍛えられる鋼の大きさである。室蘭は世界最大670トンの鋼塊を製造し、14,000トンプレスで溶接によらず一体成形する。2010年の時点で同社が扱えたのは最大600トン、他社は200〜250トンで、発電規模の大きな原子炉に対応する部材は世界でここにしか作れなかった。1980年代後半のチェルノブイリ事故で世界の原発建設が止まると同業の多くが撤退し、残った同社が既設炉の部材交換需要を各国で拾って、2005年には一次系部材の世界シェアが80%に達した。部材を納める先は三菱重工業などの原子炉メーカーで、同業が消えたことが参入障壁になった一方、2011年以降は各国の政策が需要ごと縮めた。
長期業績の推移 1951〜2026年
日本製鋼所:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

第1章 1907-1945 日英合弁で始まった国産兵器メーカーの拡張と戦時統制下の拡張期

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第2章 1946-1983 新日本製鋼所としての再出発と射出成形機・油圧ショベルへの参入

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第3章 1984-2006 連続赤字と油圧ショベルの撤退、室蘭の人員削減と押出成形機事業の譲受

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第4章 2007-2026 室蘭製作所の大規模増強と名機製作所の子会社化、素形材事業の分社と再統合

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歴史年表 1907〜2026年

日本製鋼所の沿革1907〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1907〜1945年日英合弁で始まった国産兵器メーカーの拡張と戦時統制下の拡張期北海道炭礦汽船・アームストロング・英ビッカースの3社共同出資で日本製鋼所を設立★★
本店を移転
北海道製鉄を合併し製鉄・採鉱事業を兼営
広島製作所を買収
製鉄・採鉱事業の切り離しと、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中

1931年12月、日本製鋼所は製鉄および採鉱事業を本体から分離し、輪西製鉄株式会社を設立した。1919年に北海道製鉄を合併して取り込んだ川上工程を12年で手放し、室蘭・広島の各工場は鋳鍛鋼品、兵器、産業機械の三分野に事業を絞った。

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★★★
横浜工場を起工
陸軍・海軍の管理工場に指定
武蔵製作所(東京・府中)を新設
終戦により兵器生産を中止
敗戦を受け民需品生産への転換を開始★★
1946〜1983年新日本製鋼所としての再出発と射出成形機・油圧ショベルへの参入過度経済力集中排除法に基づく再編で新日本製鋼所を設立★★
新谷哲次東京・大阪証券取引所に株式上場
柳武技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大

1960年、日本製鋼所は西ドイツのアンケル・ベルク社と小型射出成形機の技術援助契約を締結し、射出成形機事業を立ち上げた。1963年にはクラウス・マッファイ社と大型射出成形機の技術提携を締結し、小型から大型までの品揃えを整えている。

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★★★
柳武油圧ショベル事業に新規参入★★
小野達郎広島製作所内に機械研究所を新設
小野達郎Japan Steel Works America, Inc.を設立
舘野万吉横浜製作所の新工場が横浜市金沢地先工業団地で操業開始
舘野万吉デミング賞実施賞を受賞
1984〜2006年連続赤字と油圧ショベルの撤退、室蘭の人員削減と押出成形機事業の譲受舘野万吉3期連続の最終赤字に転落★★
八木直彦油圧ショベルの自社生産から撤退★★
八木直彦室蘭製作所で600名規模の人員削減を開始★★
八木直彦東京・府中の東京製作所跡地を売却
八木直彦JSW Plastics Machinery (S)を設立
八木直彦3期連続の最終赤字に転落
大西敬三経営改善計画を発表し420名の人員削減を実施★★
永田昌久三菱重工業から押出成形機事業を譲り受け
2007〜2026年室蘭製作所の大規模増強と名機製作所の子会社化、素形材事業の分社と再統合永田昌久製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜

2007年6月から9月にかけて、日本製鋼所は室蘭製作所の製鋼関連設備・鍛錬熱処理設備・機械加工設備の増強に着手した。当初は2007年度と2008年度の二年間で総額約550億円としていた計画は、翌年には鉄鋼製品関連事業を中心に総額800億円超へ引き上げられた。

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★★★
永田昌久本社を移転
佐藤育男名機製作所・そのグループ会社を子会社化
佐藤育男YPK・そのグループ会社を子会社化
佐藤育男当期純損失を計上
佐藤育男連結純損失▲50億円を計上し3期連続赤字
宮内直孝宮内直孝が代表取締役社長に就任
宮内直孝素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併

2020年1月28日の取締役会決議を経て、同年4月1日、日本製鋼所は素形材・エネルギー事業と風力発電機器保守サービスの技術部門を簡易吸収分割により100%子会社の日鋼MECへ承継させた。日鋼MECは同日に日鋼機械センター・日鋼検査サービス・J-Winの3社を吸収合併し、日本製鋼所M&Eへ商号を変更している。承継先が全額出資の子会社であるため、会計処理は共通支配下の取引によった。

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★★★
宮内直孝圧縮機事業をブルックハルトジャパンに譲渡
松尾敏夫松尾敏夫が代表取締役社長に就任
松尾敏夫日本製鋼所M&Eを吸収合併し室蘭製作所を設置
出典・参考

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