日本ガイシ の歴史

更新:

創業

1904年

創業者

※日本陶器

創業地

愛知県名古屋市

直近売上高(2026/3)

6,701億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1964年に碍子で世界一の会社が「6:4構想」で多角化を掲げたのか
A 電力会社1社だけが顧客では、売上が送電インフラ投資の増減に縛られる。この依存から抜けるため、日本碍子は1964年発足の第1次長期経営計画で売上構成を碍子6・非碍子4とする6:4構想を掲げた。熱田・小牧両工場の完成で碍子生産が世界的水準に達したとの認識に立ち、碍子で磨いたセラミック技術を上下水処理や化学工業機器など別の用途へ移す方針を組織に根づかせた。創業から45年で、一製品一顧客の会社が多角化企業へ進む方向を明示した。
Q なぜ1976年にフォード向けハニカム担体で自動車セラミックスを事業化したのか
A 排ガス規制が強まる米国市場で、碍子で培ったセラミック成形技術を新しい需要に当てるためである。1970年に米国で大気浄化法(マスキー法)が成立すると、日本ガイシはセラミックス製ハニカム担体の開発に着手し、1976年にフォード社への納入を成功させ、同年から自動車用セラミックス製品を事業化した。碍子は電力投資に連動するのに対し、自動車セラミックスは世界の自動車生産台数に連動するため、海外の需要成長を直接取り込めた。これが6:4構想の最大の成功例となった。
Q なぜ2025年に素材専業の同社が独BORSIGの買収に踏み切ったのか
A セラミック素材を売る会社から、分離システムを仕立てて売る会社へ移るためである。サブナノセラミック膜を産業に組み込む技術と顧客網を外から得る狙いで、日本ガイシは2025年2月、独BORSIGを傘下に持つDeutsche KNMを約270百万ユーロで買収する契約を結んだ小林茂社長が2021年に掲げたカーボンニュートラル事業を内製でなく買収で固める一手だった。ただし売り手の親会社の上場廃止で前提条件が満たされず、2026年1月にこの買収は中止された

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1919年〜 碍子専業から多角化宣言まで

  1. 1919年 日本碍子を設立
  2. 1922年 化学工業用機器類の製造販売開始
  3. 1936年 点火プラグ部門を分離、日本特殊陶業を設立
  4. 1942年 知多工場を新設
  5. 1949年 東京・名古屋・大阪の各証券取引所に株式上場
  6. 1958年 金属製品(ベリリウム銅)の製造販売開始
  7. 1964年 第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化 碍子で世界一になった会社が、なぜ売上の4割を碍子以外に置くと定めたか

森村組から分離した特別高圧碍子工場

日本の電気事業は1886年に東京電灯が営業を始めたのを皮切りに各地で興り、電力を長距離送電する送電線が年々増えた。送電線の伸びに比例して碍子の需要も急増したが、当時はアメリカ・イギリスなど先進国からその全量を輸入していた。1905年春、芝浦製作所の岸敬二郎は、アメリカのトーマス社から持ち帰った碍子の一片を日本陶器社長の大倉和親に示し、国産化を勧めた。これがわが国における特別高圧碍子製造の発端である。大倉社長は「営利ではなく、国家への奉仕としてやるのだ」との決意で技術陣の研究を始めさせた。輸入に頼っていた送電用碍子を国産で置き換えるというこの動機が、後に碍子部門を日本陶器から独立させる選択へつながった。 [1][2][3][4]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]1886年(明治19年)東京電灯が営業を始め、以後各地で電気事業が興り送電線が増加
    • [2]当時のガイシはアメリカ・イギリスなど先進国から全量を輸入していた
    • [3]1905年春、芝浦製作所の岸敬二郎が米トーマス社から持ち帰った碍子の一片を日本陶器社長の大倉和親に示し国産化を勧めた(特別高圧碍子製造の発端)
    • [4]大倉和親社長が「営利ではなく、国家への奉仕としてやるのだ」との決意で技術研究を始めさせた

1904年、森村組は対米輸出用の陶磁器生産のため愛知県鷹羽村に日本陶器合名会社(現ノリタケ)を設立した。翌1905年、アメリカ視察から戻った芝浦製作所(現東芝)電気部主任の岸敬二郎が、特別高圧碍子の製造研究を勧めた。日本陶器はこの助言に従って研究に着手し、1907年には芝浦製作所に15kV用碍子を初納入する。以後、日本の電気事業の興隆とともに碍子需要が急増し、1919年5月、大倉和親・森村開作ら8名が発起人となって碍子部門を独立させる形で、資本金200万円の日本碍子株式会社が名古屋に設立された。 [5][6][7][8][9]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [5]1904年 森村組が愛知県鷹羽村に日本陶器合名会社(現ノリタケ)を設立
    • [6]1905年 芝浦製作所(現東芝)電気部主任の岸敬二郎が特別高圧碍子の製造研究を勧めた
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [7]1907年 芝浦製作所に15kV用碍子を初納入
    • [8]1919年5月 日本陶器の碍子部門を独立させ資本金200万円の日本碍子株式会社を名古屋に設立
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [9]1919年5月の設立は大倉和親・森村開作ら8名(大倉和親・森村開作他六名)が発起人

創業時の主力商品は特別高圧碍子と碍管類で、顧客は電力会社だった。1920年代にはアメリカ製のハロップ式トンネル窯と1000kV級高圧試験装置を導入、東京・大阪・福岡・仙台・札幌に出張所を開設し、アメリカ・カナダ・インドへも社員を派遣して販路を開拓した。1922年には磁器製耐酸機器の製造も開始し、化学工業の勃興に合わせて事業を広げた。同じ森村組系の日本陶器が食器、日本ガイシが産業セラミックスという役割分担が、固まった。 [10][11][12]

  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [10]創業時の主力商品は特別高圧碍子と碍管類で顧客は電力会社
    • [12]1922年 磁器製耐酸機器(化学工業用機器類)の製造を開始
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [11]1920年代にアメリカ製ハロップ式トンネル窯と1000kV級高圧試験装置を導入、東京・大阪・福岡・仙台・札幌に出張所を開設し米加印へ社員派遣
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]1886年(明治19年)東京電灯が営業を始め、以後各地で電気事業が興り送電線が増加
    • [2]当時のガイシはアメリカ・イギリスなど先進国から全量を輸入していた
    • [3]1905年春、芝浦製作所の岸敬二郎が米トーマス社から持ち帰った碍子の一片を日本陶器社長の大倉和親に示し国産化を勧めた(特別高圧碍子製造の発端)
    • [4]大倉和親社長が「営利ではなく、国家への奉仕としてやるのだ」との決意で技術研究を始めさせた
    • [9]1919年5月の設立は大倉和親・森村開作ら8名(大倉和親・森村開作他六名)が発起人
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [5]1904年 森村組が愛知県鷹羽村に日本陶器合名会社(現ノリタケ)を設立
    • [6]1905年 芝浦製作所(現東芝)電気部主任の岸敬二郎が特別高圧碍子の製造研究を勧めた
    • [11]1920年代にアメリカ製ハロップ式トンネル窯と1000kV級高圧試験装置を導入、東京・大阪・福岡・仙台・札幌に出張所を開設し米加印へ社員派遣
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [7]1907年 芝浦製作所に15kV用碍子を初納入
    • [8]1919年5月 日本陶器の碍子部門を独立させ資本金200万円の日本碍子株式会社を名古屋に設立
    • [10]創業時の主力商品は特別高圧碍子と碍管類で顧客は電力会社
    • [12]1922年 磁器製耐酸機器(化学工業用機器類)の製造を開始

点火プラグの分離と戦時動員

1936年10月、同社は点火プラグ部門を資本金100万円の日本特殊陶業株式会社として分離独立させた。自動車・航空機用プラグの軍需増に応えるための切り出しで、森村グループの産業セラミックス系統がさらに分岐した形である。1942年には愛知県半田市に知多工場を建設、主に耐酸機器の研磨・組立工場とした。太平洋戦争下では資材不足で電力会社の送電線建設が停滞し、同社は軍需用通信碍子・耐酸機器メーカーとして1944年に軍需会社の指定を受けたが、生産継続には多大な困難を伴った。 [13][14][15]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [13]1936年10月 点火プラグ部門を資本金100万円の日本特殊陶業株式会社として分離独立
    • [15]1944年 軍需会社の指定を受けた(軍需用通信碍子・耐酸機器メーカーとして)
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [14]1942年 愛知県半田市に知多工場を建設(耐酸機器の研磨・組立工場)

戦後、同社は1948年以降インド・アメリカ・オーストラリア・スウェーデンなどから碍子を受注して輸出を再開した。1949年5月には東京・名古屋・大阪の各証券取引所に株式を上場、戦後復興期の資金基盤を整えた。1950年の朝鮮戦争勃発以降、電源開発への大量の財政資金投入で国内外の碍子需要が急増し、1957年に熱田工場、1962年に小牧工場を新設して一連の増産・試験設備の拡充を図った。当期の成長原動力は、戦後日本の電力インフラ投資そのものだった。 [16][17][18]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [16]1948年以降 インド・アメリカ・オーストラリア・スウェーデンなどから碍子を受注し輸出を再開
    • [18]1957年 熱田工場を新設、1962年 小牧工場を新設
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [17]1949年5月 東京・名古屋・大阪の各証券取引所に株式上場
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [13]1936年10月 点火プラグ部門を資本金100万円の日本特殊陶業株式会社として分離独立
    • [15]1944年 軍需会社の指定を受けた(軍需用通信碍子・耐酸機器メーカーとして)
    • [16]1948年以降 インド・アメリカ・オーストラリア・スウェーデンなどから碍子を受注し輸出を再開
    • [18]1957年 熱田工場を新設、1962年 小牧工場を新設
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [14]1942年 愛知県半田市に知多工場を建設(耐酸機器の研磨・組立工場)
    • [17]1949年5月 東京・名古屋・大阪の各証券取引所に株式上場

1964年の「6:4構想」

1964年から発足した第1次長期経営計画で、同社は売上構成を碍子6・非碍子製品4まで高めるという6:4構想を発表した。熱田・小牧両工場の完成で碍子生産は世界的規模の第一人者の基盤が確立できたとの認識に立ち、本業の碍子に依拠しつつ周辺分野の多角化に成長の方向を求める宣言だった。具体的な候補は、磁器製散気板から始まった上下水処理装置、耐酸機器から広がる化学工業機器、1958年に工業生産に成功していたベリリウム銅などの金属部門だった。 [19][20]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [19]1964年から発足の第1次長期経営計画で売上構成を碍子6・非碍子製品4とする6:4構想を発表
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [20]1958年 ベリリウム銅の工業生産に成功(金属製品の製造販売開始)

1962年には米レオポルド社から急速濾過用集水装置の技術導入を受け、上下水処理・汚泥処理装置のプラントメーカーへ参入した。1963年には環境装置類の販売を開始している。碍子という一製品で世界一になった会社が、次の成長源を複数の分野に分散させる戦略を明示した点で、この構想は以後60年間の事業展開の枠組みを決めた。セラミック技術を碍子に閉じ込めず、用途を広げて多角化していく思考様式が、このとき組織に埋め込まれた。 [21][22]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [21]1962年 米レオポルド社から急速濾過用集水装置の技術導入を受け上下水処理プラントメーカーへ参入
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [22]1963年 環境装置類の販売を開始
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [19]1964年から発足の第1次長期経営計画で売上構成を碍子6・非碍子製品4とする6:4構想を発表
    • [21]1962年 米レオポルド社から急速濾過用集水装置の技術導入を受け上下水処理プラントメーカーへ参入
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [20]1958年 ベリリウム銅の工業生産に成功(金属製品の製造販売開始)
    • [22]1963年 環境装置類の販売を開始

1965年〜 セラミック多角化と海外現地生産

日本ガイシの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1965年 500kV変電所用碍子の開発
  2. 1965年 販売会社NGK INSULATORS OF AMERICAを設立
  3. 1971年 電子工業用セラミックス製品の製造販売開始
  4. 1973年 GE社と合弁でロックインスレーターズ(LOCKE INSULATORS)を設立
  5. 1976年 フォード社に自動車排ガス浄化用セラミックスハニカム担体を初納入
  6. 1977年 ベルギーの碍子メーカーの買収と欧州生産拠点NGKボドゥールの設立 輸出と技術供与で世界一に立った碍子を、なぜ欧州では現地の工場ごと買って作ったか
  7. 2002年 電力貯蔵用NAS電池(ナトリウム/硫黄電池)を事業化

超々高圧送電と北米・欧州への進出

1965年、同社は500kV変電所用碍子一体製管を開発、翌66年以降は500kV大容量送電線用の高強度懸垂碍子をシリーズ化した。日本の超々高圧送電時代に対応する基幹製品で、国内電力会社向け需要の柱となった。同じ1965年、北米での碍子拡販のためNGKアメリカ(現NGK-LOCKE)を設立、1968年にはNGKカナダ、1976年にはドイツにNGKヨーロッパを設立した。1973年には米GE社と合弁でボルティモアにロックインスレーターズ(LOCKE INSULATORS)を作り、碍子の現地生産を開始、1977年にはベルギーの碍子メーカーを買収してNGK-BAUDOURとした。 [23][24][25][26][27]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [23]1965年 500kV変電所用碍子を開発、翌66年以降500kV大容量送電線用の高強度懸垂碍子をシリーズ化
    • [25]1968年 NGKカナダ設立、1976年 ドイツにNGKヨーロッパ設立
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [24]1965年 北米碍子拡販のためNGKアメリカ(NGK INSULATORS OF AMERICA・現NGK-LOCKE)を設立
    • [26]1973年 米GE社と合弁でボルティモアに碍子製造会社LOCKE INSULATORS, INC.を設立し現地生産を開始
    • [27]1977年 ベルギーの碍子メーカーを買収しNGK-BAUDOURとした

「NGK」は日本碍子のアルファベット頭文字で、商標として定着するにつれて海外現地法人の統一ブランドとなった。国内で作って輸出するのではなく、各市場の現地で作って売る体制を1970年代に敷いた点が、後の事業基盤を決めた。ベルギー拠点は後に自動車排ガス浄化用セラミックスの欧州供給拠点となり、碍子のために作った拠点がセラミック総合企業の版図の基礎となった。 [28]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [28]「NGK」は日本碍子のアルファベット頭文字に由来し海外現地法人の統一ブランドとなった
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [23]1965年 500kV変電所用碍子を開発、翌66年以降500kV大容量送電線用の高強度懸垂碍子をシリーズ化
    • [25]1968年 NGKカナダ設立、1976年 ドイツにNGKヨーロッパ設立
    • [28]「NGK」は日本碍子のアルファベット頭文字に由来し海外現地法人の統一ブランドとなった
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [24]1965年 北米碍子拡販のためNGKアメリカ(NGK INSULATORS OF AMERICA・現NGK-LOCKE)を設立
    • [26]1973年 米GE社と合弁でボルティモアに碍子製造会社LOCKE INSULATORS, INC.を設立し現地生産を開始
    • [27]1977年 ベルギーの碍子メーカーを買収しNGK-BAUDOURとした

フォード向けハニカム担体と自動車セラミックスの拡大

1970年、米国で大気浄化法(マスキー法)が成立し、自動車の排ガス規制が強まった。同社はセラミックス製ハニカム(ハチの巣)担体の開発に着手、1976年にフォード社への納入を成功させた。同年から自動車用セラミックス製品の製造販売を正式に事業化し、以後この分野は同社の収益の柱へと育った。1985年にはベルギーに自動車用セラミックス製品製造会社NGK CERAMICS EUROPE、1988年には米国にNGK CERAMICS USA、1996年にはインドネシア、2001年には中国蘇州、2003年にはポーランド、2008年にはメキシコと、自動車生産地に沿って製造拠点を連続的に設けた。 [29][30][31]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [29]1970年 米国で大気浄化法(マスキー法)が成立
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [30]1976年 セラミックス製ハニカム担体をフォード社へ納入成功、同年から自動車用セラミックス製品を事業化
    • [31]自動車用セラミックス製造拠点を1985ベルギー(NGK CERAMICS EUROPE)・1988米国(NGK CERAMICS USA)・1996インドネシア・2001中国蘇州・2003ポーランド・2008メキシコと展開

自動車向けセラミックス事業の拡大は、1964年の6:4構想が想定した「非碍子製品」の中心的な成功例となった。碍子は電力会社が顧客の B2B ビジネスで数量が電力インフラ投資に連動するのに対し、自動車セラミックスは世界の自動車生産台数に連動するため、グローバルな需要成長を直接取り込めた。1986年に社名表記を漢字「日本碍子」から片仮名「日本ガイシ」に変更し、海外のNGKブランドとの一体感を訴求した背景には、すでに事業実態が碍子専業から離れていた事情がある。 [32]

  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [32]1986年 社名表記を漢字「日本碍子」から片仮名「日本ガイシ」に変更
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [29]1970年 米国で大気浄化法(マスキー法)が成立
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [30]1976年 セラミックス製ハニカム担体をフォード社へ納入成功、同年から自動車用セラミックス製品を事業化
    • [31]自動車用セラミックス製造拠点を1985ベルギー(NGK CERAMICS EUROPE)・1988米国(NGK CERAMICS USA)・1996インドネシア・2001中国蘇州・2003ポーランド・2008メキシコと展開
    • [32]1986年 社名表記を漢字「日本碍子」から片仮名「日本ガイシ」に変更

NAS電池・ベリリウム銅・半導体装置用部材

同社は1958年に工業生産に成功していたベリリウム銅事業を、1986年に米国NGK METALS設立で現地生産化した。2002年には電力貯蔵用NAS電池(ナトリウム/硫黄電池)を世界に先駆けて事業化し、再生可能エネルギー時代の長時間蓄電用途を狙った。同年には米半導体製造装置用モジュール製造会社FM INDUSTRIESに資本参加、後のデジタルソサエティ事業の出発点となった。2008年3月期には売上高3648億円、営業利益693億円という当時のピーク水準に達している。 [33][34][35]

  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [33]1986年 ベリリウム銅事業を米国NGK METALS設立で現地生産化(事業の起点は1958年の工業生産成功)
    • [34]2002年 電力貯蔵用NAS電池(ナトリウム/硫黄電池)を世界に先駆けて事業化
    • [35]2002年 米半導体製造装置用モジュール製造会社FM INDUSTRIESに資本参加

しかし2009年3月期はリーマンショック後の需要急減で売上2732億円(前年比▲25%)、営業利益328億円に落ち込んだ。さらに2011年9月、三菱マテリアル筑波製作所で同社製NAS電池の火災事故が発生、国内外の出荷停止と事故対応費用で2012年3月期には特別損失654億円を計上し、親会社株主に帰属する当期純損失356億円に転落した。世界初の実用化製品だったNAS電池が、事業化から約10年目で信頼回復の長期戦に追い込まれた局面である。 [36]

  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [36]2011年9月 三菱マテリアル筑波製作所で同社製NAS電池の火災事故が発生
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [33]1986年 ベリリウム銅事業を米国NGK METALS設立で現地生産化(事業の起点は1958年の工業生産成功)
    • [34]2002年 電力貯蔵用NAS電池(ナトリウム/硫黄電池)を世界に先駆けて事業化
    • [35]2002年 米半導体製造装置用モジュール製造会社FM INDUSTRIESに資本参加
    • [36]2011年9月 三菱マテリアル筑波製作所で同社製NAS電池の火災事故が発生

2011年〜 半導体シフトと事業転換

日本ガイシの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2011年 加藤太郎氏が社長に就任
  2. 2011年 NAS電池火災事故が発生
  3. 2012年 親会社株主に帰属する当期純損失356億円を計上
  4. 2013年 大島卓氏が社長に就任
  5. 2015年 新日鐵住金から日鉄住金エレクトロデバイスの全株式を取得
  6. 2019年 エヌジーケイ・セラミックデバイス多治見工場が操業開始
  7. 2021年 半導体製造装置用セラミックス部材を柱とするデジタル社会領域への事業構成転換 自動車排ガス浄化用セラミックスの先細りを前に、日本ガイシは次の柱をどこに据えたか

大島卓在任中の復元

2013年6月、加藤太郎から大島卓へ社長交代があった。NAS電池事故後の事業立て直しと、同時に進む自動車セラミックス・半導体装置向け製品の成長を両にらみで運営する局面である。2015年1月には新日鐵住金から日鉄住金エレクトロデバイスの全株式を取得して完全子会社化(後のNGKエレクトロデバイス)、半導体セラミックパッケージ事業を取り込んだ。並行してタイNGK CERAMICS、2017年にポーランド第2工場、2019年には中国蘇州第2工場と、自動車セラミックスの世界生産網をさらに拡張している。 [37][38][39]

  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [37]2013年6月 加藤太郎から大島卓へ社長交代
    • [38]2015年1月 新日鐵住金から日鉄住金エレクトロデバイスの全株式を取得し完全子会社化(後のNGKエレクトロデバイス)
    • [39]タイNGK CERAMICS設立、2017年ポーランド第2工場、2019年中国蘇州第2工場と自動車セラミックス世界生産網を拡張

業績は2014年3月期売上3086億円・営業利益442億円から2015年3月期3786億円・615億円、2016年3月期4357億円・808億円と急回復した。為替円安と自動車生産回復、半導体装置向け製品の需要拡大が重なった。2018年3月期には売上4511億円・営業利益700億円に達し、碍子以外のセラミック事業が全社収益を牽引する構造へ転じた。森村グループの1919年創業から約100年で、事業構成は創業時の想定から離れた場所にあった。

  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [37]2013年6月 加藤太郎から大島卓へ社長交代
    • [38]2015年1月 新日鐵住金から日鉄住金エレクトロデバイスの全株式を取得し完全子会社化(後のNGKエレクトロデバイス)
    • [39]タイNGK CERAMICS設立、2017年ポーランド第2工場、2019年中国蘇州第2工場と自動車セラミックス世界生産網を拡張

2019年多治見工場と半導体製造装置用製品の主力化

2019年1月、エヌジーケイ・セラミックデバイスの多治見工場が操業開始した。半導体製造装置用製品(SPE)の製造拠点で、この頃から同社は半導体装置向けセラミックス部材を事業転換の中核に据えた。2020年3月期は売上4420億円・営業利益550億円、2022年3月期は売上5104億円・営業利益835億円、2023年3月期は売上5592億円まで伸びた。2021年4月、大島から小林茂に社長交代が行われ、同月に「NGKグループビジョン Road to 2050」を発表する。 [40][41]

  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [40]2019年1月 エヌジーケイ・セラミックデバイスの多治見工場が操業開始(半導体製造装置用製品の製造拠点)
    • [41]2021年4月 大島から小林茂へ社長交代、同月「NGKグループビジョン Road to 2050」を発表

ビジョンはカーボンニュートラル(CN)とデジタル社会(DS)への進化を2本柱に据え、2025年度の業績目標として売上6000億円・営業利益900億円・純利益600億円・ROE10%・EPS200円を掲げた。併せて2030年度の新事業売上1000億円を目指す「NV1000」構想も公表し、DAC(Direct Air Capture)、サブナノセラミック膜、グリーンエナジー、次世代複合ウエハー、ハイセラムキャリアを商品候補として並べた。碍子の名を冠した会社が、「セラミック技術」を抽象化した会社への自己定義変更を明文化した局面である。 [42][43]

  • 日本ガイシ 決算説明会(2025年3月期)
    • [42]Road to 2050 の2025年度目標:売上6000億円・営業利益900億円・純利益600億円・ROE10%・EPS200円
    • [43]2030年度の新事業売上1000億円を目指す「NV1000」構想を公表(DAC・サブナノセラミック膜・グリーンエナジー・次世代複合ウエハー・ハイセラムキャリアを候補に)
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
    • [40]2019年1月 エヌジーケイ・セラミックデバイスの多治見工場が操業開始(半導体製造装置用製品の製造拠点)
    • [41]2021年4月 大島から小林茂へ社長交代、同月「NGKグループビジョン Road to 2050」を発表
  • 日本ガイシ 決算説明会(2025年3月期)
    • [42]Road to 2050 の2025年度目標:売上6000億円・営業利益900億円・純利益600億円・ROE10%・EPS200円
    • [43]2030年度の新事業売上1000億円を目指す「NV1000」構想を公表(DAC・サブナノセラミック膜・グリーンエナジー・次世代複合ウエハー・ハイセラムキャリアを候補に)

2024年3月期の微妙な減益

2024年3月期、売上高は為替円安効果で5789億円と過去最高を更新したが、営業利益664億円(前期比▲1%)、当期純利益406億円(同▲26%)と利益は減少した。中国スマホ低迷継続で業績悪化したセラミックパッケージ事業等で減損損失を計上したことが純利益を押し下げた。デジタルソサエティ事業は半導体市場悪化を受けた半導体メーカーの投資抑制で減収減益、エンバイロメント事業は自動車生産回復で増収増益という対照的な動きだった。

同社の事業構造は、エンバイロメント(自動車排ガス浄化ハニカム等)・デジタルソサエティ(半導体装置用・電子部品)・エネルギー&インダストリー(碍子・NAS電池)の3本柱で、それぞれが独立した市況サイクルを持つ。1つのセグメントが落ちても他がカバーする分散効果が働く一方、3本すべてを同時に伸ばすのは難しい構造にある。NGKグループビジョンの2025年度営業利益900億円目標は、2024年3月期時点で達成が厳しい水準に後退し始めていた。 [44]

  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【事業の内容】
    • [44]事業構造はエンバイロメント・デジタルソサエティ・エネルギー&インダストリーの3本柱
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【事業の内容】
    • [44]事業構造はエンバイロメント・デジタルソサエティ・エネルギー&インダストリーの3本柱

日本ガイシの沿革1904〜2026年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
森村組が日本陶器合名会社を設立
芝浦製作所に15kV用碍子を初納入
日本碍子を設立★★
化学工業用機器類の製造販売開始
点火プラグ部門を分離、日本特殊陶業を設立★★
知多工場を新設
東京・名古屋・大阪の各証券取引所に株式上場
金属製品(ベリリウム銅)の製造販売開始
レオポルド社から急速濾過用集水装置の技術導入
小牧工場を新設
第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化碍子で世界一になった会社が、なぜ売上の4割を碍子以外に置くと定めたか 詳細を読む★★★
500kV変電所用碍子の開発
販売会社NGK INSULATORS OF AMERICAを設立
電子工業用セラミックス製品の製造販売開始
GE社と合弁でロックインスレーターズ(LOCKE INSULATORS)を設立
フォード社に自動車排ガス浄化用セラミックスハニカム担体を初納入★★
自動車用セラミックス製品の製造販売開始
ベルギーの碍子メーカーの買収と欧州生産拠点NGKボドゥールの設立輸出と技術供与で世界一に立った碍子を、なぜ欧州では現地の工場ごと買って作ったか 詳細を読む★★★
ベルギーに自動車用セラミックス製造会社NGK CERAMICS EUROPEを設立
社名表記を「日本ガイシ」に変更
自動車用セラミックス製造会社NGK CERAMICS USAを設立
インドネシアと中国に海外子会社を設立
自動車用セラミックス製造会社NGK(蘇州)環保陶瓷を設立
松下雋米半導体製造装置用モジュール製造会社FM INDUSTRIESに資本参加
松下雋電力貯蔵用NAS電池(ナトリウム/硫黄電池)を事業化★★
松下雋2008年3月期売上高3648億円、営業利益693億円を記録
加藤太郎加藤太郎氏が社長に就任
加藤太郎NAS電池火災事故が発生★★
加藤太郎親会社株主に帰属する当期純損失356億円を計上★★
大島卓大島卓氏が社長に就任
大島卓新日鐵住金から日鉄住金エレクトロデバイスの全株式を取得★★
大島卓エヌジーケイ・セラミックデバイス多治見工場が操業開始
小林茂小林茂が代表取締役社長に就任
小林茂半導体製造装置用セラミックス部材を柱とするデジタル社会領域への事業構成転換自動車排ガス浄化用セラミックスの先細りを前に、日本ガイシは次の柱をどこに据えたか 詳細を読む★★★
小林茂NAS電池の製造・販売活動終了を決議★★
小林茂社名を「日本ガイシ」から「NGKコーポレーション」に変更予定
出典・参考
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【沿革】
  • 日本ガイシ 決算説明会(2025年3月期)
  • 日本ガイシ 有価証券報告書 第159期(2024年3月期)【事業の内容】

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