写真材料の老舗だった小西六が、デジタルカメラの普及で祖業を失ったあと、ミノルタとの経営統合で複写機メーカーに生まれ変わった。だが情報機器一本足の収益構造は2010年代に陰りはじめ、米遺伝子診断会社Ambry Geneticsへの大型M&Aで多角化を狙うも、巨額減損として跳ね返った。
2017年の買収から7年後の2024年、Ambryを売却し人員5,200名を削減して、ようやく構造改革を完遂した。FY24は営業損失640億円・当期損失475億円という「決算改革年度」と引き換えに、FY25第3四半期累計で事業貢献利益347億円まで回復している。
歴史概略
第1期: 写真材料の老舗・小西六(1873〜1970)
東京麹町の小西屋から国産フィルム製造へ
コニカミノルタの源流は、1873年に東京麹町で開業した小西屋六兵衛店である。創業時は欧米から輸入した写真および石版印刷材料の取扱から始まり、1882年には東京市内に工場を作ってカメラ・台紙・石版器材の自社製造販売へと業態を広げた。1902年に東京淀橋(現在の西新宿)に建設した工場「六桜社」では、乾板・印画紙の本格生産が始まった。
1929年にはフィルム製造販売を開始し、輸入頼みだった国産感光材料の供給者として地歩を固めた。1936年に株式会社小西六本店を設立、翌1937年に株式会社小西六に改称し、東京日野に感光材料の新工場を建設している。1943年に小西六写真工業株式会社へと商号を改め、1949年には東京証券取引所に上場した。
写真からカメラ機材まで広げた多角化
戦後の小西六写真工業は、感光材料の単一カテゴリから機材へと事業を広げていった。1944年に昭和写真工業を合併して小田原事業場を獲得、1956年には米国にKonica Photo Corporationを設立して海外販路の整備を進めた。当時の海外子会社設立は、戦後日本の写真産業の中でも先行事例にあたる。
1963年には東京八王子に新工場を建設し、淀橋からの移転を進めた。八王子工場は当初こそカメラ・レンズ生産の中核だったが、1972年に電子複写機工場として整備拡充されることになり、カメラ・レンズ生産は山梨コニカ・甲府コニカへと移管されていった。写真材料の老舗が、機材と感光材料を両輪に事業を組み直した時期である。
電子複写機への進出
事業構造の決定的な転機は、1971年の電子複写機の製造販売開始だった。それまでフィルム・カメラ・印画紙という写真材料一本だった小西六が、オフィス機器の市場へと初めて踏み出した瞬間である。背景には、写真材料市場の頭打ち懸念と、米ゼロックスが切り拓いた事務機市場の急成長があった。
1973年にはドイツにKonishiroku Photo Industry (Europe) GmbHを設立し、欧州市場への足場を作った。1978年に本社を東京西新宿に移転、1979年には兼松ユービックス販売の全株を取得して事務機販社の自前化を進めた。電子複写機事業はその後10〜20年かけて、写真材料に代わる主力事業へと育っていく。
第2期: コニカへの改称とミノルタ統合(1971〜2013)
北米事務機事業の獲得とコニカへの脱皮
1986年、米Royal Business Machines(後のKonica Minolta Business Solutions U.S.A.)の全株を取得し、北米事務機販売の足場を獲得した。同じ1987年には、ドイツにKonica Business Machines Manufacturing GmbHを設立し、米国に印画紙工場とPowers Chemcoを設立するなど、海外生産販売網を一気に拡張している。
そして1987年10月、社名を小西六写真工業から「コニカ株式会社」へと改称した。「写真工業」を外すこの改称は、写真材料の老舗から事務機・情報機器ブランドへの脱皮を社名の上でも宣言する出来事だった。1990年代を通じて、コニカは写真材料事業と複写機事業の二本柱で経営を続けたが、デジタルカメラの普及によって写真フィルム需要は2000年代に入って急速に縮小していく。
ミノルタとの経営統合
2003年8月、コニカはミノルタ株式会社と株式交換により経営統合し、コニカミノルタホールディングスへ商号を変更した。布石は2000年4月からの両社の重合法トナー共同開発提携にあり、技術者間の議論が長期化したことで「1社での開発には限界がある」との認識が高まったことが背景にある(日経ビジネス 2003年1月27日)。2003年4月に純粋持株会社制へ先行移行し、その上でミノルタを取り込む形で統合は実行された。
統合後、6事業会社・2共通機能会社へと事業を再編し、グローバル販売子会社も統合した。旧コニカは高速デジタル複写機、旧ミノルタはカラーレーザープリンターという情報機器の補完関係が統合の根拠だったが、写真フィルム事業とカメラ事業という両社の祖業は重荷として残ることになった。
カメラ・フォト撤退と1054億円の特別損失
2006年1月、コニカミノルタHDはカメラ事業およびフォト事業からの撤退を発表した。カメラ事業は旧ミノルタ約130年の祖業に相当し、フォト事業は旧コニカの主力事業だった。一眼レフ(αシリーズ)資産はソニーへ売却され、ミニラボなどは事業終了を決定した。
事業撤退で2,243名の人員削減を実施し、生産設備の減損286億円・販売拠点の整理費用等597億円・人員合理化費用171億円を含む合計1,054億円を特別損失として計上した。この結果、FY05(2006年3月期)は最終赤字▲543億円に転落している。2013年4月にはグループ会社7社を吸収合併し、純粋持株会社から事業会社に移行してコニカミノルタ株式会社へ商号変更、HD体制10年の総括を行った。
第3期: 多角化M&Aと負の遺産(2014〜2024)
Ambry Genetics買収と非情報機器多角化
2014年6月に山名昌衛が社長に就任した後、コニカミノルタは情報機器に依存した収益構造からの脱却を狙って、非情報機器領域への多角化M&Aを進めた。象徴的だったのが2017年10月の米遺伝子診断会社Ambry Genetics Corporationの買収である。プレシジョンメディシン事業として遺伝子診断市場へ参入し、米国の医療データを持つことを成長戦略の柱に据えた。
しかしAmbryをはじめとする非情報機器事業は、買収時に想定した収益貢献を果たせなかった。FY18の営業利益624億円をピークに、FY19には82億円まで急減し、FY19には当期純損失▲30億円で約20年ぶりの赤字に転落している。コロナ禍に入る前から、コニカミノルタの事業構造は劣化の兆しを見せていた。
コロナ禍と1031億円の純損失
2021年3月期(FY20)、コニカミノルタは営業損失▲150億円・当期純損失▲152億円という本格的な赤字を計上した。コロナ禍によるオフィス需要の急減で複写機ハードの販売台数が落ち込み、ノンハード(消耗品・サービス)の前提も崩れた。2021年6月、社長は山名昌衛から大幸利充へ交代し、執行体制が刷新された。
決定的な打撃はFY22(2023年3月期)に訪れた。売上高は1兆1,304億円まで回復したものの、Ambry Geneticsをはじめとするのれんの大規模減損損失を計上し、当期純損失は▲1,031億円まで膨らんだ。非情報機器領域への多角化M&Aが、巨額減損として顕在化した瞬間だった。
中期経営計画「事業の選択と集中」
2023年5月、大幸体制下でFY23-FY25中期経営計画が策定された。「FY23・FY24で事業の選択と集中を完遂し、FY25を成長基盤確立年と位置付ける」という方針で、非重点事業(プレシジョンメディシン)と方向転換事業(DW-DX、画像IoTソリューション)を切り出して整理することがコミットメントとされた(決算説明会 FY24-4Q)。
2024年4月にプレシジョンメディシン事業のInvicro社全持分を譲渡し、2024年11月にAmbry Geneticsの全株式を米Tempus AIへ譲渡する契約を6億ドルで締結、2025年2月に譲渡を完了した。同時にグローバル構造改革として通期約200億円の一時費用を計上し、24年3月末からFY25-1Q時点までに人員約5,200名を削減している。FY24は通期営業損失▲640億円・当期損失▲475億円という「決算改革年度」となった。
直近の動向と展望
Turn Around 2025
FY25を「Turn Around 2025」と位置付け、ROE5%以上の確実達成と成長基盤の確立を掲げている。FY25見通しは売上1兆500億円・事業貢献利益525億円(率5.0%)・営業利益480億円・当期利益240億円で、中計3カ年累計で有利子負債を約2,000億円削減する計画である。米国相互関税の影響を約140億円と試算し、価格対応・販管費削減・低関税率国への生産シフトで打ち返しを進めている(決算説明会 FY26-1Q)。
FY25-3Q累計の事業貢献利益は347億円・営業利益333億円・当期利益214億円といずれも大幅増益で、ターンアラウンドは数値に表れている。プロフェッショナルプリントは8年ぶりのdrupa 2024で200件超の成約を獲得し、中速印刷機MPPは前年比30%超の販売増を記録した。DW-DXはFY26上期累計で黒字転換し、産業印刷は米国市況悪化で黒字化に遅れが生じている。
ガバナンス改革と次期中計
社外取締役・取締役会議長の程氏は、FY24通期決算説明会で「ガバナンスは先進的なものを取り込んでいるのに、なぜ業績に結果が出ないのか」「コミットメントがデリバーできないのは会社の体質として根付いてしまっているのではないか」と過去のガバナンス課題を率直に説明した(決算説明会 FY25-4Q)。社外取締役が過半数を占め議長を社外取締役が務める体制下で、取締役会と執行・資本市場・社員の信頼関係再構築が主題化された1年だった。
次期中期経営計画は2026年4月23日の決算説明会前に公表予定で、半導体製造装置向け光学コンポーネントや機能材料の高透過フィルムSANUQI、インテリジェント再生材といった「成長の芽」が中長期の柱として位置付けられている。2027年2月には丸の内本社オフィスから港区への拠点集約・本社移転を計画しており、ターンアラウンドの仕上げから次の成長フェーズへの移行を準備している。