サイバーエージェントの歴史
転換期
1998年〜マザーズ上場とアメーバブログによる媒体保有への転換
- サイバーエージェントを設立[2]
- サイバークリックの販売開始
- 本店を東京都港区北青山に移転[3]
- マザーズ上場後に株価暴落[3]
- 本店を東京都渋谷区道玄坂(渋谷マークシティ)に移転[4]
- 村上ファンドへ買収防衛[5]
- 終身雇用方針への転換[6]
- CAJJプログラムを導入[7]
- 黒字転換
- 投資育成事業に参入
- アメーバブログ開始[8]
筆者所見
創業期のサイバーエージェントが描いたのは、自前の集客ではなく、他社の多数のサイトを広告網として結ぶ仲介だった。藤田晋氏は、ポータルに利用者を集めるヤフーとは逆に、ヤフー以外のサイトのネットワーク化を掲げた[1]。2000年3月には1日2,400万ページビューを抱え、ポータル以外の広告網で国内首位に立った[1]。その規模は他社の媒体に依存しており、上場直後の株価暴落の局面で収益を支えなかった。アメーバブログの開始は、自社の媒体へ軸足を移す結論である。
- [1]証券アナリストジャーナル 2000年4月号「サイバーエージェント 藤田晋」
転換期
2005年〜アメーバへの先行投資とスマホシフトの宣言
- アメーバ事業本部を新設[8]
- エンジニア採用本格化
- アメーバピグの提供を開始
- ジークレストを完全子会社化
- Ameba事業が黒字転換
- ゲーム事業強化のためアプリボットを設立[3]
- スマホシフトを宣言
- ゲーム事業強化のためCygamesを設立[3]
- Cygames株をDeNAへ一部譲渡
- サイバーエージェントFXの株式売却
- スマホ向け大規模プロモーションを実施
- Ameba事業の構造改革を実施
- 東京証券取引所市場第一部へ指定替え[3]
筆者所見
Amebaへの先行投資が残した最大の資産は、閲覧数よりも、技術者を抱える組織への転換だった。2004年9月期末の技術職は7.2%にとどまり、営業・制作・運営が各2割強を占めた[9]。2006年のエンジニア採用の本格化は、広告の販売会社に内製の開発力を植えつける決断になった。その蓄積があったからこそ、2010年にアプリボット、2011年にCygamesを設立してゲームへ事業を広げられた[10]。Amebaの赤字は、技術の会社へ転じる投資だったと言える。
- [9]サイバーエージェント 2004年9月期4Q決算説明資料
- [10]サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
安定成長期
2015年〜AbemaTVへの投資とFIFAワールドカップ放映権の取得
- AbemaTVを設立[3]
- コーポレートのブランドロゴを一新[3]
- AbemaTVが「AbemaTV(現・ABEMA)」を開局[3]
- ゲーム事業強化のためQualiArtsを設立[3]
- ゲーム事業強化のためColorful Paletteを設立[3]
- FC町田ゼルビア子会社化[3]
- WinTicketを設立[3]
- Abema Towersに本社移転
- コーポレートガバナンス改革[11]
- リアルゲイトの株式を取得し不動産領域へ参入[3]
- 最高益を達成
- 東京証券取引所プライム市場へ移行[3]
- ABEMAでW杯無料生中継
- AbemaTVへの投資を継続
- サクセッションプラン策定
- 企業買収を積極化
- 舞台制作会社ネルケプランニングがグループ参画[3]
- 業績予想を下方修正
- AI技術の活用を推進する「AIオペレーション室」を新設[12]
- 「アニメ&IP事業本部」を新設[3]
- ニトロプラスを子会社化[13]
- アニメ制作スタジオ「CA Soa」を設立[3]
- 連結子会社の不適切会計で過年度売上高の訂正見込み[13]
- 山内隆裕氏が社長に就任[13]
筆者所見
ABEMAの10年は、ゲームの利益を放送へ投じる資金循環が支えた。2015年のAbemaTV設立後も、2016年にQualiArts、2018年にColorful Paletteを設けた[3]。赤字のメディアでW杯の無料生中継に踏み切れたのは、収益源を別に育て続けたからである。2024年のアニメ&IP事業本部の新設は、ゲームとメディアを知的財産で結ぶ試みと言える[3]。サクセッションプランを経て、この循環を回す役目は創業者から後継の経営陣へ移る。
- [3]有価証券報告書(2025年12月24日)