1998年〜 創業とネット広告の確立と事業基盤の拡充
サイバーエージェントの業績推移
- 1998年 サイバーエージェントを設立
- 1998年 サイバークリックの販売開始
- 2000年 ITバブル頂点での東証マザーズ上場と株価暴落 創業2年での上場と「天国と地獄」——藤田晋氏は何を得て、何を学んだか
- 2001年 村上ファンドの接近と買収防衛 現金が株価を上回った会社を、藤田晋氏はどう守り抜いたか
- 2003年 「終身雇用」の方針と離職率低減への人事改革 離職率30%のベンチャーが、なぜ長く働く会社をめざしたか
- 2004年 CAJJプログラムを導入
- 2004年 アメーバブログの立ち上げとメディア事業への参入 広告代理からメディア保有へ——藤田晋氏はなぜ「自らやってみせる」道を選んだか
営業代行から広告会社への転換という起点
1998年3月、藤田晋氏は人材会社インテリジェンスを退職し[1]、東京都港区にサイバーエージェントを設立した[2]。新卒時代のネット媒体営業の経験を武器に、まずはWebMoneyの営業代行契約を締結[3]し、自社プロダクトを持たない販売特化型で事業を開始する。同年7月にはクリック保証型広告「サイバークリック」の販売を始め[4]、営業代行企業からインターネット広告会社への転換を果たした。実際にバナーやテキストがクリックされた回数で課金する仕組みで、2000回保証で14〜18万円という価格設定で中小企業を中心に顧客を獲得した。この価格帯は当時の広告商品として参入しやすく、24歳の創業者が率いる新興企業にとって顧客基盤を広げる足がかりとなる[5]。藤田氏は創業の原動力を、一人の熱狂から全ての創造が始まるという信念[6]に置いている。
- [1]藤田晋は人材会社インテリジェンスを退職して創業(創業時24歳)
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [2]1998年3月 東京都港区にサイバーエージェントを設立(創業者 藤田晋)
- 証券52(5)(614)
- [3]創業初期はWebMoneyの営業代行契約から事業を開始(自社プロダクトなし)
- [5]サイバークリックは2期目(1999年9月期)に263百万円を計上し収益源化
- サイバーエージェント 4Q決算説明資料(2004年9月)
- [4]1998年7月 クリック保証型広告「サイバークリック」の販売開始
- 賢者の選択 2018年2月8日
- [6]サイバーエージェント藤田晋社長による発言(一人の熱狂から全ての創造は始まる)
システム開発は堀江貴文氏が率いるオン・ザ・エッヂ(のちのライブドア)へ委託[7]し、2期(1998年10月〜1999年9月)には全社売上高4.52億円に対して0.78億円の外注費を支払った。堀江氏は宇野康秀インテリジェンス会長とともに社外取締役に名を連ね[8]、両社は合弁会社フープスも設けている[9]。主力のクリック保証型バナー「サイバークリック」は1999年12月時点で提携先の約2,500サイトへ広告を配信[10]し、ネット広告市場の拡大期に事業規模を伸ばした。広告商品の開発を外部に預けつつ、自社は営業網の構築に経営資源を集中する分業が、創業期の同社の成長を支えた構造である[11]。
- 週刊東洋経済 1999年12月11日号「[ニュービジネス創造]サイバーエージェント 営業代行で開眼、ネット広告で急成長」
- [7]オン・ザ・エッヂはインターネットシステム開発会社で、社長は堀江貴文氏だった
- [8]1999年12月時点で堀江貴文氏(オン・ザ・エッヂ社長)と宇野康秀氏(インテリジェンス会長)が社外取締役を務めた
- [9]1999年12月時点でオン・ザ・エッヂとの合弁会社フープスがバナー広告の掲載収入を登録者へ還元するサービスを始めていた
- [10]1999年12月時点でサイバークリックは提携先の約2,500サイトへバナー広告を配信していた
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [11]連結売上高は1998年9月期の19百万円から1999年9月期の452百万円へ拡大した
- [1]藤田晋は人材会社インテリジェンスを退職して創業(創業時24歳)
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [2]1998年3月 東京都港区にサイバーエージェントを設立(創業者 藤田晋)
- 証券52(5)(614)
- [3]創業初期はWebMoneyの営業代行契約から事業を開始(自社プロダクトなし)
- [5]サイバークリックは2期目(1999年9月期)に263百万円を計上し収益源化
- サイバーエージェント 4Q決算説明資料(2004年9月)
- [4]1998年7月 クリック保証型広告「サイバークリック」の販売開始
- 賢者の選択 2018年2月8日
- [6]サイバーエージェント藤田晋社長による発言(一人の熱狂から全ての創造は始まる)
- 週刊東洋経済 1999年12月11日号「[ニュービジネス創造]サイバーエージェント 営業代行で開眼、ネット広告で急成長」
- [7]オン・ザ・エッヂはインターネットシステム開発会社で、社長は堀江貴文氏だった
- [8]1999年12月時点で堀江貴文氏(オン・ザ・エッヂ社長)と宇野康秀氏(インテリジェンス会長)が社外取締役を務めた
- [9]1999年12月時点でオン・ザ・エッヂとの合弁会社フープスがバナー広告の掲載収入を登録者へ還元するサービスを始めていた
- [10]1999年12月時点でサイバークリックは提携先の約2,500サイトへバナー広告を配信していた
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [11]連結売上高は1998年9月期の19百万円から1999年9月期の452百万円へ拡大した
ITバブル期の調達と崩壊後の試練
2000年3月、サイバーエージェントは東証マザーズに上場した[12]。上場後ほどなく時価総額は一時3900億円に達する[13]。上場で調達した207億円[14]の使途として投資育成事業を選択し、ネット関連ベンチャー企業への投資を拡大したが、ITバブル崩壊で投資先の企業価値は落ち込んだ。創業からわずか2年での上場[15]と、その直後の市場急変という経験が、以後の投資判断と財務運営に影響を与える。207億円という調達規模は創業期の企業として異例であり、使途の選択が事業の方向性を規定する重い判断となった。本業の広告代理での黒字を投資育成事業の評価損が食い潰す構図に、若い経営陣は数年かけて答えを出すことを迫られた[16]。
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [12]2000年3月 東京証券取引所マザーズに上場
- サイバーエージェント 有価証券報告書
- [13]上場時の時価総額は一時3900億円に達した
- [14]上場で207億円を調達し投資育成事業に充当
- サイバーエージェント 有価証券報告書【沿革】
- [15]1998年3月の設立から2000年3月の上場まで2年
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [16]連結営業利益率は2000年9月期▲49.9%・2001年9月期▲1.7%・2002年9月期▲2.6%・2003年9月期▲0.9%と赤字が続き、2004年9月期に+6.5%へ転じた
赤字が続くなか、2001年には村上ファンドが株主提案を行い[17]、藤田社長の経営に対する外部からの圧力が強まった。2003年には「終身雇用宣言」を発表[18]し、人材の定着と組織の安定を図る判断を下す。2004年9月には保有する投資有価証券の売却を通じて黒字転換を達成[19]し、投資育成事業を正式な事業セグメントとして開始した。上場からの4年間[20]は、バブル期の資金調達と崩壊後の事業整理が同時に進行した期間であり、外部株主との対峙と内部の組織基盤づくりが並行して進む。創業者による経営の独立性を守る姿勢[21]と、人材を軸に組織を束ねる方針が、同社の経営スタイルとして形作られた。
- サイバーエージェント 有価証券報告書
- [17]2001年 村上ファンドが株主提案
- [18]2003年 「終身雇用宣言」を発表
- [19]2004年9月 投資有価証券売却で黒字転換・投資育成事業を開始
- サイバーエージェント 有価証券報告書【沿革】
- [20]2000年3月の上場から2004年9月の黒字転換まで4年
- 大量保有報告書・変更報告書
- [21]藤田晋氏の保有比率は2001年10月時点で34.20%だった
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [12]2000年3月 東京証券取引所マザーズに上場
- サイバーエージェント 有価証券報告書
- [13]上場時の時価総額は一時3900億円に達した
- [14]上場で207億円を調達し投資育成事業に充当
- [17]2001年 村上ファンドが株主提案
- [18]2003年 「終身雇用宣言」を発表
- [19]2004年9月 投資有価証券売却で黒字転換・投資育成事業を開始
- サイバーエージェント 有価証券報告書【沿革】
- [15]1998年3月の設立から2000年3月の上場まで2年
- [20]2000年3月の上場から2004年9月の黒字転換まで4年
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [16]連結営業利益率は2000年9月期▲49.9%・2001年9月期▲1.7%・2002年9月期▲2.6%・2003年9月期▲0.9%と赤字が続き、2004年9月期に+6.5%へ転じた
- 大量保有報告書・変更報告書
- [21]藤田晋氏の保有比率は2001年10月時点で34.20%だった
撤退基準の社外開示という子会社経営の原型
2004年9月期4Q時点のサイバーエージェント連結役職員は799名[22]となり、メディア584名・広告代理178名・経営本部37名で構成された。職種別では営業24.0%・制作23.8%・運営23.5%が中心となり、現場3職種で全体の71%を占めた[23]。管理職9.6%・管理8.7%、技術職は7.2%、その他3.1%[24]にとどまり、広告代理の販売拠点として営業組織を厚く配置する人員構成である。一方で FY2004 の連結営業利益は17.26億円となり、FY2000 の▲16.36億円から4年で黒字転換した。投資育成事業の評価損で沈んだ本業が、広告代理の販売拡大と組織整理を経て収益基調へ戻った段階となる[25]。
- サイバーエージェント 4Q決算説明資料(2004年9月)
- [22]2004年9月期4Q時点の連結役職員799名
- [23]役職構成比 営業24.0%・制作23.8%・運営23.5%(現場3職種で71%)
- [24]管理職9.6%・管理8.7%・技術7.2%・その他3.1%
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [25]連結売上高は2000年9月期の3,276百万円から2004年9月期の26,728百万円へ8倍に拡大した
2004年5月、新規事業の採算管理を可視化する CAJJ(CyberAgent Jigyo&Jinzai)プログラムを導入した[26]。新規事業を子会社・カンパニーに分け、3ヶ月平均粗利益を基準に J3(新規)/J2(先行投資)/J1(中核)の3階層で管理する設計である[27]。撤退基準を社外に開示する点が特徴で、J2 は赤字下限▲3000万円/6ヶ月・粗利益500万円/月で J3 降格、J1 は赤字下限▲6000万円/6ヶ月・粗利益1500万円/月で J2 降格[28]となる。2004年9月期4Q の J1 事業合計は売上86.45億円・営業利益10.49億円[29]、新規事業等合計は売上1.72億円・営業利益▲1.71億円[30]となり、中核と先行投資の収益差が定量化された。撤退基準を IR で公開する運営設計は、その後の大量子会社経営の原型となる[31]。
- サイバーエージェント 4Q決算説明資料(2004年9月)
- [26]2004年5月 CAJJ(CyberAgent Jigyo&Jinzai)プログラムを導入
- [28]J2=赤字下限▲3000万円/6ヶ月・粗利益500万円/月でJ3降格/J1=赤字下限▲6000万円/6ヶ月・粗利益1500万円/月でJ2降格
- [29]2004年9月期4Q J1事業合計 売上86.45億円・営業利益10.49億円
- [30]2004年9月期4Q 新規事業等合計 売上1.72億円・営業利益▲1.71億円
- サイバーエージェント 2004年9月期4Q決算説明資料
- [27]CAJJ は J3(新規事業・グループ)/J2(先行投資事業・プロジェクト)/J1(中核事業・カンパニー)の3ステージで、粗利益500万円/月で J2 へ、1500万円/月で J1 へ昇格する設計だった
- [31]2004年9月期4Q時点の J1 にはシーエー・モバイル、ネットプライス、アクシブドットコム、シーエーサーチ等の子会社・カンパニーが並んだ
メディア事業の広告関連売上は 02/7-9 の10.49億円から 04/7-9 の22.29億円へ2年で倍増[32]した。内訳ではモバイル(携帯)広告が356→736百万円(+107%)、アフィリエイト(成果報酬型)が217→738百万円(+240%)と伸びた一方、PC(WEB)広告は90→75百万円[33]で停滞し、PC 表示型が頭打ちとなりモバイル向けと成果報酬型が成長を牽引する媒体構成へ変わった。2004年9月にはブログサービス Ameba(アメーバブログ)を開始し、山川健一・片岡義男ら著名作家へ執筆枠を提供[34]してコンテンツを外部の書き手で補った。月間 PV は 2005-10 の291百万から 2009-01 見込みで6,973百万へ約24倍となり、うちモバイルが3,332百万 PV と全体の48%[35]を占めた。
- サイバーエージェント 4Q決算説明資料(2004年9月)
- [32]メディア広告関連売上 02/7-9 10.49億円→04/7-9 22.29億円(2年で倍増)
- [33]モバイル広告356→736百万(+107%)・アフィリエイト217→738百万(+240%)・PC(WEB)90→75百万
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [34]2004年9月 ブログサービス Ameba(アメーバブログ)を開始・山川健一・片岡義男ら著名作家へ執筆枠を提供
- サイバーエージェント 1Q決算説明資料(2009年9月期)
- [35]Ameba月間PV 2005-10 291百万→2009-01見込 6,973百万(約24倍)・うちモバイル3,332百万PV(約48%)
- サイバーエージェント 4Q決算説明資料(2004年9月)
- [22]2004年9月期4Q時点の連結役職員799名
- [23]役職構成比 営業24.0%・制作23.8%・運営23.5%(現場3職種で71%)
- [24]管理職9.6%・管理8.7%・技術7.2%・その他3.1%
- [26]2004年5月 CAJJ(CyberAgent Jigyo&Jinzai)プログラムを導入
- [28]J2=赤字下限▲3000万円/6ヶ月・粗利益500万円/月でJ3降格/J1=赤字下限▲6000万円/6ヶ月・粗利益1500万円/月でJ2降格
- [29]2004年9月期4Q J1事業合計 売上86.45億円・営業利益10.49億円
- [30]2004年9月期4Q 新規事業等合計 売上1.72億円・営業利益▲1.71億円
- [32]メディア広告関連売上 02/7-9 10.49億円→04/7-9 22.29億円(2年で倍増)
- [33]モバイル広告356→736百万(+107%)・アフィリエイト217→738百万(+240%)・PC(WEB)90→75百万
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [25]連結売上高は2000年9月期の3,276百万円から2004年9月期の26,728百万円へ8倍に拡大した
- サイバーエージェント 2004年9月期4Q決算説明資料
- [27]CAJJ は J3(新規事業・グループ)/J2(先行投資事業・プロジェクト)/J1(中核事業・カンパニー)の3ステージで、粗利益500万円/月で J2 へ、1500万円/月で J1 へ昇格する設計だった
- [31]2004年9月期4Q時点の J1 にはシーエー・モバイル、ネットプライス、アクシブドットコム、シーエーサーチ等の子会社・カンパニーが並んだ
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [34]2004年9月 ブログサービス Ameba(アメーバブログ)を開始・山川健一・片岡義男ら著名作家へ執筆枠を提供
- サイバーエージェント 1Q決算説明資料(2009年9月期)
- [35]Ameba月間PV 2005-10 291百万→2009-01見込 6,973百万(約24倍)・うちモバイル3,332百万PV(約48%)