大塚HD の歴史

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創業 1921年
創業者 大塚武三郎
創業地 徳島県鳴門市
創業 1921年9月、大塚武三郎氏が徳島県鳴門市で大塚製薬工場を創業した。鳴門は製塩業
1921年9月、大塚武三郎氏が徳島県鳴門市で大塚製薬工場を創業した。鳴門は製塩業の中心地で、塩から化学品を取り出す技術が土地に根付いていた。武三郎氏は製塩で出る苦汁を原料に塩化マグネシウムを作り、やがて病院向けの輸液へ移る。輸液は大量の水と塩、そして厳格な品質管理を要する基幹医療品で、水と電解質を扱う化学プラント型の工場運営がここで鍛えられた。1964年8月、医薬品事業を分社して大塚製薬を設立した。輸液が生む現金の上に自社開発と消費財を重ねる二階建ての事業構造は、この分社から始まる。2008年7月に大塚ホールディングスを設立し、2010年12月に東京証券取引所第一部へ上場した。
決断 医薬品会社でありながら、薬局の外へ商品を流す判断を繰り返してきた。1965年のオ
医薬品会社でありながら、薬局の外へ商品を流す判断を繰り返してきた。1965年のオロナミンCは炭酸入りで清涼飲料水の扱いとなり薬局で売れず、炭酸を抜いて医薬品にする道を採らずに酒販・食料品店のルートを一軒ずつ開拓した。1980年には"飲む点滴"ポカリスエットを出し、輸液の発想を消費財へ持ち込む。1989年1月には米ファーマバイトの経営権を取得し、米国の店頭で売るサプリメントの主力ブランドを得た。医薬で当てるまでの長い開発期間を、消費財の日銭が支える形である。2002年に自社創製の抗精神病薬エビリファイが米国で承認を得て、この構造の上に世界の中枢神経領域が載った。
現況 利益の八割強は医療関連事業が生んでいる。2025年12月期の売上収益2兆4,68
利益の八割強は医療関連事業が生んでいる。2025年12月期の売上収益2兆4,689億円のうち医療関連は1兆7,442億円、そのセグメント利益4,453億円は4事業の合計5,362億円の8割を超える。ネイチャーメイドとポカリスエットを含むニュートラシューティカルズ関連は売上5,776億円に対し利益577億円で、利益率では医薬に遠く及ばない。2010年12月に持株会社へ移行して東証一部へ上場し、この二つを同じ傘の下に残したまま公募・売出で約2,200億円を得ている。地域別では北米1兆1,689億円が日本7,181億円を上回り、売上の半分近くを米国で立てている。
競合 医薬専業へ寄る同業のなかで、大塚だけが消費財を手元に残した。武田薬品工業は202
医薬専業へ寄る同業のなかで、大塚だけが消費財を手元に残した。武田薬品工業は2020年に大衆薬事業を投資ファンドへ売却し、第一三共も2026年に市販薬子会社をサントリーホールディングスへ譲渡した。いずれも市販薬の安定した収益と引き換えに処方薬へ資源を集中した判断である。大塚は逆で、ニュートラシューティカルズ関連の5,776億円が、中枢神経領域で繰り返す減損を受け止める役に回っている。世界の大手がこの領域から退いたあとも残ったため、競合は薄い代わりに開発の失敗は自社だけで負う。競争は薬効の差ではなく、失敗を吸収できる収益の幅で起きている。
長期業績の推移 1974〜2025年
大塚HD:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
1997年3月期〜2025年12月期

第1章 1921-1960 (気が向いたら執筆します!) 大塚製薬工場の創業と輸液を軸とする医療用製品

第2章 1961-1988 (気が向いたら執筆します!) 大塚製薬の設立とオロナミンC・ポカリスエット・カロリーメイトによる消費者向け事業

第3章 1989-2001 (気が向いたら執筆します!) Pharmavite社の取り込みによるニュートラシューティカルズ事業の確立

第4章 2002-2009 (気が向いたら執筆します!) エビリファイの米国承認と持株会社体制への移行

第5章 2010-2026 (気が向いたら執筆します!) 東証一部上場と買収による医療関連事業の拡大

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歴史年表 1921〜2025年

大塚HDの沿革1921〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1921〜1960年大塚製薬工場の創業と輸液を軸とする医療用製品大塚製薬工場を創業★
1961〜1988年大塚製薬の設立とオロナミンC・ポカリスエット・カロリーメイトによる消費者向け事業大塚正士医薬品事業を切り出して据えた二階建ての事業モデルの構築

1964年8月、大塚は医薬品事業を分社し、大塚製薬工場の販売部門を切り離して大塚製薬を新設した。大塚正士氏は新会社を"グループの長男"と位置づけ、他社模倣を脱する自社開発の担い手として、息子の大塚明彦氏を開発・生産の責任者に据えた。輸液で安定して稼ぐ体制の上に開発と消費財を重ねる、二階建てモデルの出発点になった経営判断。

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★★★
大塚正士オロナミンCドリンクを発売★
大塚明彦ポカリスエットを発売★★
大塚明彦カロリーメイトを発売★
1989〜2001年Pharmavite社の取り込みによるニュートラシューティカルズ事業の確立大塚明彦経営権の取得による健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得

1989年、大塚製薬は米カリフォルニア州のサプリメントメーカー、ファーマバイト社の経営権を取得した。同社の主力ブランド"ネイチャーメイド"をそのまま取り込み、日本にサプリメント市場がほとんど存在しない時代に、海外の健康食品事業を先取りした買収であった。

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★★★
樋口達夫樋口達夫が代表取締役社長に就任★
2002〜2009年エビリファイの米国承認と持株会社体制への移行樋口達夫自社単独での米国販売を採らず、BMS社との共同商業化で収益源を国内消費財から海外医薬品へ移した重点の移し替え

2002年11月、大塚製薬は米国で抗精神病薬「エビリファイ」(ABILIFY)の販売を開始した。米国での開発と商業化は、1999年にブリストル・マイヤーズ スクイブ・カンパニー(BMS社)と結んだ契約に基づくもので、自前の販売網を築いて単独で売り切る道は採っていない。ポカリスエットとカロリーメイトで稼いできた会社の収益源は、ここから国内の消費財より海外の医療用医薬品へ移っていく。

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樋口達夫エビリファイ(アリピプラゾール)が米国で承認★★
樋口達夫大塚HDを設立し持株会社体制へ移行、樋口達夫が社長兼CEOを兼務★★
樋口達夫大鵬薬品工業を株式交換により完全子会社化★★
樋口達夫大塚化学を完全子会社化★
2010〜2026年東証一部上場と買収による医療関連事業の拡大樋口達夫公募・売出約2200億円を集めた、同業に大きく遅れての株式公開

2008年7月に持株会社の大塚ホールディングスを設立した大塚グループは、2010年12月15日に東京証券取引所第一部へ上場した。公募価格2100円に対し初値は2170円を付け、公募・売出の規模は約2200億円、公開価格ベースの時価総額は1兆1714億円に達した。製薬大手として最も遅い上場で、創業家の大塚明彦会長のもと、樋口達夫社長が調達資金をポスト・エビリファイの投資へ振り向ける構図であった。

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★★★
樋口達夫アステックスファーマシューティカルズを買収★★
樋口達夫樋口達夫が大塚製薬(子会社)代表取締役社長に再登板★
樋口達夫医薬に寄せず栄養事業を植物性食品へ広げた資源の振り分け

2017年7月26日(現地時間)、大塚製薬がカナダのプラントベース食品会社デイヤフーズInc.の全株式を取得する契約を締結し、8月31日に買収を完了した経営判断。カナダに設けた買収目的子会社を通じ、現金35,209百万円を対価に議決権の100%を取得した。のれんは11,981百万円で、無形資産には商標権及び販売権等6,626百万円とその他無形資産17,896百万円を配分している。

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樋口達夫デイヤフーズを買収★
樋口達夫ビステラを買収★
樋口達夫売上収益が1.7兆円台に到達★
樋口達夫レキサルティが日本でうつ病・うつ状態の効能取得★
樋口達夫FY24売上収益2.3兆円・営業利益3235億円と過去最高★
井上眞井上眞が代表取締役社長兼CEOに就任★
出典・参考

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