ロート製薬 の歴史

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沿革

1899〜2026年 1899年に山田安民氏が大阪で創業し、胃腸薬「胃活」を売り出した信天堂山田安民薬房が起源。1909年発売のロート目薬で大衆薬の地位を築き、1988年には米メンソレータム社を買収してその商標をアジアへ展開した。目薬・胃腸薬・スキンケアを主力とする大衆薬メーカーで、売上の約半分を海外が占める。

沿革

1899年に山田安民氏が大阪で創業し、胃腸薬「胃活」を売り出した信天堂山田安民薬房が起源。

1909年発売のロート目薬で大衆薬の地位を築き、1988年には米メンソレータム社を買収してその商標をアジアへ展開した。目薬・胃腸薬・スキンケアを主力とする大衆薬メーカーで、売上の約半分を海外が占める。

1899年〜創業期信天堂山田安民薬房の創業と胃活・ロート目薬の発売

  1. 信天堂山田安民薬房を創業。胃腸薬「胃活」を発売
  2. 点眼薬「ロート目薬」を発売
ロート製薬売上高

1939年〜安定成長期ロート製薬の設立とシロンによる胃腸薬事業

  1. ロート製薬を設立
  2. 胃腸薬「シロン」を発売
  3. 本社工場を新設
  4. 大阪証券取引所第2部に上場
  5. 東京証券取引所・大阪証券取引所の第1部に指定
ロート製薬売上高1974年3月期73.43億円

1975年〜転換期メンソレータム商標の取得とメンソレータム社の買収

  1. 日本ジョセフィンなど3社を買収
  2. 化粧品事業に参入
  3. 軟膏メンソレータムの商標使用権を取得
  4. 胃腸薬で国内シェア首位陥落
  5. メンソレータム社を買収
  6. 子会社を新設
  7. ロート・インドネシアを設立
  8. ロート・メンソレータム・ベトナムを設立
  9. ロートUSAを設立
  10. オーチャードパーク市に工場を新設
ロート製薬売上高1998年3月期399億円

1999年〜安定成長期山田邦雄体制でのスキンケア投資とアジア・米国展開

  1. 山田安邦氏が会長、山田邦雄氏が社長に就任
  2. スキンケアに本格投資
  3. 森下仁丹と戦略的業務提携を締結
  4. 吉野俊昭氏が社長に就任
ロート製薬売上高2012年3月期1,202億円

2013年〜安定成長期再生医療への参入とユーヤンサン買収による事業領域の拡張

  1. 再生医療研究企画部を新設
  2. 他家脂肪由来間葉系幹細胞を用いる再生医療に参入
  3. やえやまファームの株式を取得
  4. 社外チャレンジワーク制度を開始(社員の副業容認)
  5. 吉野俊昭社長が急逝、山田邦雄氏が会長兼社長に復帰
  6. 杉本雅史氏が社長に就任
  7. 日本点眼薬研究所を子会社化
  8. 天藤製薬を子会社化
  9. 販売促進費を抑制。3期連続で利益率を改善
  10. シンガポールの漢方薬企業ユーヤンサン・インターナショナル社を子会社化
  11. 2032年満期の転換社債型新株予約権付社債を発行
  12. Thann Oryzaの子会社化を決議
ロート製薬売上高2026年3月期3,437億円

系譜

前身は1899年創業の信天堂山田安民薬房。1949年にロート製薬を設立し、1988年にメンソレータム社を買収した。2021年に天藤製薬、2024年にユーヤンサン・インターナショナル社を子会社化。買収で医薬品の領域を広げ、多角化を進めた。

系譜

前身は1899年創業の信天堂山田安民薬房。

1949年にロート製薬を設立し、1988年にメンソレータム社を買収した。2021年に天藤製薬、2024年にユーヤンサン・インターナショナル社を子会社化。買収で医薬品の領域を広げ、多角化を進めた。

1899年 1949年 1975年1988年 2020年2021年 2024年 2026年 信天堂山田安民薬房 1899年創業・胃活発売 ロート製薬 1949年ロート製薬を設立 日本ジョセフィン 1975年3社を買収 メンソレータム社 1988年買収 日本点眼薬研究所 2020年子会社化 天藤製薬 2021年子会社化 ユーヤンサン 2024年子会社化・漢方薬
長期業績の推移 1959〜2026年

業績

ロート製薬:歴代社長と長期業績の推移売上高(億円)純利益率(%)
1970年3月期〜2026年3月期

第1章 1899年〜 信天堂山田安民薬房の創業と胃活・ロート目薬の発売

1899年〜大阪南区清水町の信天堂山田安民薬房と、胃活に続けたロート目薬

山田安民氏は1899年2月、大阪市南区清水町に信天堂山田安民薬房を構えた。薬房が最初に世に出した製品は目薬ではなく、胃腸薬の「胃活」。薬房は製造と販売を自ら手がけ、1949年9月に株式会社へ改組するまで個人経営を続けた。1968年の時点でもロート製薬は、少ない品目に力を集めて大量に生産し販売する方針を創業以来のものとして掲げていた。1962年7月期の販売実績では「ロート胃腸薬シロン」が売上高の74.5%を占め、胃腸薬は創業から60年余りを経ても事業の中心にあった。日々の不調に常用される胃腸薬を1品目に絞って始めたことが、品目を絞って量を売る後年の経営方針の原点になったとみられる。

  • 企業の歴史 : 明治百年 1968年「ロート製薬」
    • [1]1899年2月、山田安民が大阪市南区清水町で信天堂山田安民薬房を創設
    • [3]1949年9月、個人経営を株式組織に改組しロート製薬を設立(資本金1000万円)
    • [4]創業以来「少品種多量生産販売」を方針とする(1968年時点)
  • 証券 14(11)(162) 1962年
    • [2]1899年2月、信天堂山田安民薬房の商号で胃腸薬「胃活」を発売
    • [5]1962年7月期の販売実績でロート胃腸薬シロンが26.9億円・売上高の74.5%

薬房は胃活の発売から10年後の1909年に「ロート目薬」を発売した。処方はドイツのミュンヘン大学教授ロートムンド博士によるものとされた。これで薬房は胃腸薬と目薬の2品目を持ち、この2本は半世紀後も主力事業であり続けた。1961年の眼科用剤の全国生産高31.2億円のうち、ロート製薬は11.45億円、36.7%を占める業界首位。1949年に個人経営を改組して設けた株式会社も、商号にロートの名を冠した。胃の薬と目の薬はどちらも家庭に常備される大衆薬であり、山田安民氏は少ない品目で広い需要をとらえる組み合わせとして目薬を選んだのだろう。

  • 証券 14(11)(162) 1962年
    • [6]1909年(明治42年)、ロート目薬を発売
    • [8]1962年7月期の売上はシロン74.5%・目薬25.2%・頭痛薬0.3%
    • [9]1961年の眼科用剤全国生産高31.2億円のうちロート製薬11.45億円・36.7%で業界首位
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968年「ロート製薬」
    • [7]ロート目薬はミュンヘン大学教授ロートムンド博士の処方
    • [10]1949年9月、個人経営を改組し資本金1000万円のロート製薬を設立
参考文献[1]-[10]
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968年「ロート製薬」
    • [1]1899年2月、山田安民が大阪市南区清水町で信天堂山田安民薬房を創設
    • [3]1949年9月、個人経営を株式組織に改組しロート製薬を設立(資本金1000万円)
    • [4]創業以来「少品種多量生産販売」を方針とする(1968年時点)
    • [7]ロート目薬はミュンヘン大学教授ロートムンド博士の処方
    • [10]1949年9月、個人経営を改組し資本金1000万円のロート製薬を設立
  • 証券 14(11)(162) 1962年
    • [2]1899年2月、信天堂山田安民薬房の商号で胃腸薬「胃活」を発売
    • [5]1962年7月期の販売実績でロート胃腸薬シロンが26.9億円・売上高の74.5%
    • [6]1909年(明治42年)、ロート目薬を発売
    • [8]1962年7月期の売上はシロン74.5%・目薬25.2%・頭痛薬0.3%
    • [9]1961年の眼科用剤全国生産高31.2億円のうちロート製薬11.45億円・36.7%で業界首位

1910年〜両口のロート式点眼容器と、上海に設立した山田製薬

薬房は1931年、ロート式の点眼容器を考案した。容器の改良を境に、目薬の需要は大きく増加。点眼容器の考案から9年後の1940年には山形県新庄市に製瓶工場を開設し、目薬の瓶を仕入れに依存せず自社で生産する体制に改めた。1962年の時点でロート製薬は販売する商品のすべてを自社で製造し、資材の規格化と製造工程の機械化によって製品原価を同業他社より低く抑えていた。薬効では差をつけにくい大衆向けの目薬に、容器は差しやすさという別の差別化要因を与えたと思われる。

  • 企業の歴史 : 明治百年 1968年「ロート製薬」
    • [11]1931年(昭和6年)、ロート式点眼容器を考案
    • [12]点眼容器の考案により目薬の需要が急増
  • 証券 14(11)(162) 1962年
    • [13]1940年(昭和15年)、山形県新庄市に製瓶工場を開設
    • [14]1962年時点で商品は100%自社製品、原料・資材の規格化と工程の機械化で製品原価が同業他社より低い

薬房は1938年、上海に子会社として山田製薬株式会社を設立した。上海の子会社は、国外の市場を開発する取り組みの最初の拠点にあたる。薬房本体は株式会社に改めず、山田安民氏の個人経営のまま海外に製造子会社を持った。1941年には奉天に満洲山田製薬株式会社を設け、売り先を中国から満洲へも延ばした。上海の設立から3年のうちに、薬房は中国と満洲の2か所に、創業者の姓を冠した製造子会社を構えた。日中戦争の下で大陸の需要に応えるには、日本から出荷するよりも現地で製造する拠点が要ると山田安民氏は判断したと推察される。

  • 証券 14(11)(162) 1962年
    • [15]1938年(昭和13年)、上海に子会社として山田製薬(株)を設立
    • [17]1949年9月まで個人経営で、同月に株式組織へ改組
    • [19]上海(1938年)に続き奉天(1941年)に製造子会社を設立
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968年「ロート製薬」
    • [16]海外市場開発として1938年に上海へ山田製薬(株)を設立
    • [18]1941年(昭和16年)、奉天に満州山田製薬(株)を設立し支那・満州方面に販路を拡張
参考文献[11]-[19]
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968年「ロート製薬」
    • [11]1931年(昭和6年)、ロート式点眼容器を考案
    • [12]点眼容器の考案により目薬の需要が急増
    • [16]海外市場開発として1938年に上海へ山田製薬(株)を設立
    • [18]1941年(昭和16年)、奉天に満州山田製薬(株)を設立し支那・満州方面に販路を拡張
  • 証券 14(11)(162) 1962年
    • [13]1940年(昭和15年)、山形県新庄市に製瓶工場を開設
    • [14]1962年時点で商品は100%自社製品、原料・資材の規格化と工程の機械化で製品原価が同業他社より低い
    • [15]1938年(昭和13年)、上海に子会社として山田製薬(株)を設立
    • [17]1949年9月まで個人経営で、同月に株式組織へ改組
    • [19]上海(1938年)に続き奉天(1941年)に製造子会社を設立

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出典・参考 2件
出典・参考
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968年「ロート製薬」
  • 証券 14(11)(162) 1962年

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