歴史的背景
中外製薬は1925年の創業以来、注射薬や大衆薬を中心に事業を拡大してきたが、個別製品のヒットに依存する事業構造は収益の変動が大きく、長期的な競争優位を築きにくかった。1960年代には主力製品の販売不振により業績が悪化し、1966年には無配転落と早期退職者募集に踏み切るなど、事業基盤の脆弱さが顕在化した。これを契機に、同社は短期的な販売拡大よりも研究開発力の蓄積を軸とする経営へ転換し、1970年代後半からバイオ医薬品分野への継続投資を開始した。1980年代以降、海外技術との提携や研究拠点整備を進め、長期的な創薬基盤の構築を優先する姿勢を明確にしていった。
2002年には、スイスの大手製薬企業であると戦略的アライアンスを締結し、創薬と初期開発を中外製薬、グローバル販売をロシュが担う役割分担を確立した。これにより研究開発リスクと販売投資を分離し、創薬機能に経営資源を集中する事業モデルが形成された。2010年代には抗体医薬を中心とした製品群が収益の中核となった一方、薬価抑制の強化や新規モダリティの台頭により創薬環境の不確実性は高まった。こうした構造変化を踏まえ、固定期間の数値目標による管理ではなく、長期視点で到達像を定めるビジョン先行型の経営計画へ移行する位置づけとなった。
目指す姿と経営の目的
2030年に向けた経営の中心は、創薬研究と初期開発への資源集中である。自社が強みを持つ抗体技術や創薬プラットフォームに投資を継続し、研究人材や開発基盤を優先的に拡充することで、継続的に新薬候補を創出する体制を整備する。一方で、販売や後期開発については提携先のネットワークを活用し、自社で全工程を抱え込まない分業体制を維持する。事業領域は研究開発力との整合性を基準に選択し、周辺領域への拡張は抑制する方針をとる。
キャッシュアロケーションは研究開発投資を最優先とし、創薬基盤の強化に継続的に再投資する。短期的な利益目標よりも長期的な研究成果の積み上げを重視し、数値目標による固定的な統制は行わない。進捗管理は中期マイルストンと単年度計画で行い、外部環境や開発状況に応じて配分を見直す運用とする。財務成果はこれらの投資活動の結果として位置づけ、創薬力の持続的強化を経営の主軸とする。
Author's Questions
なぜ中外製薬は、数値目標を掲げる中期経営計画ではなくビジョン先行型へ移行したのか
創薬は研究開始から上市までに長期間を要し、成功確率も限定的である中で、固定期間の数値目標が研究開発投資や資源配分の柔軟性を制約していなかったか。1960年代の事業不振や2002年のロシュとの役割分担の確立を含む歴史的経緯を踏まえ、どのような構造認識が計画手法の転換につながったのか。
ロシュとの戦略的アライアンスは、今後も維持可能なのか
2002年の提携以降、中外製薬は創薬と初期開発、ロシュはグローバル販売という役割分担を前提に事業モデルを構築してきたが、創薬技術やモダリティの変化、グローバル製薬企業を取り巻く競争環境の変化によって、この分業関係の前提条件は変わりつつあるのではないか。加えて、ロシュが筆頭株主である一方で中外製薬は上場企業として少数株主を抱えており、資本構成やガバナンスの観点からも、この関係性には固有の緊張関係が内在していると考えられる。両社の資本関係、意思決定構造、研究開発上の相互依存の度合いを踏まえたとき、どのような条件が満たされる限りにおいて、この戦略的アライアンスは維持され得るのか。