計画策定の背景
花王は1960年代に販社改革を断行し、問屋依存から脱却することで価格統制力と販売情報を自社に集約する流通構造を構築した。この仕組みにより、日用品市場において長期的な競争優位を確立し、1970年代以降は設備投資と研究開発を積み重ねることで、安定したキャッシュフロー創出力を高めてきた。1980年代後半にはTCRによる原価改革、1990年代後半にはEVA導入と、経営管理手法も環境変化に応じて更新され、資本効率を重視する経営が社内に浸透していった。
一方で2000年代以降、海外事業の収益性低下や化粧品事業の長期停滞により、利益成長は次第に鈍化した。EVAは全社視点では一定の規律として機能したものの、事業別の投下資本効率や成長投資の優先順位を十分に可視化できない局面が顕在化した。こうした反省を踏まえ、花王は構造改革と成長戦略を軸に中期経営計画のあり方を見直し、2023年8月にK27を策定し、2024年12月期からの適用を開始した。
経営の基本方針
K27では、全事業をROICを基軸に再評価し、資本効率の改善と価値創出力の回復を最優先課題として位置づけた。日用品事業では、長年にわたり蓄積してきたブランド、技術、流通データを一体で活用し、価格競争に依存しない高収益モデルの再構築を進めることで、安定的にキャッシュを生み出す基盤を強化することを目標としている。
同時に、海外事業および化粧品事業については、規模拡大を目的とした投資から、収益性と再現性を重視した選別投資へと転換を表明している。成長が見込める領域には集中的に経営資源を投下し、成果が見えにくい事業については構造改革を進めることで、全社としてのキャッシュフロー創出力を高めることを目標とした。すなわち、K27は短期的な売上成長を追う計画ではなく、持続的に資本効率を高め、成長投資と株主還元を両立させる経営への転換を志向した。
Author’s Insights
これまでの花王の改革は、なぜ企業価値の改善として十分に積み上がらなかったのか。
販社改革やTCR、EVA導入など、花王は時代ごとに先進的な経営手法を取り入れてきたが、2000年代以降は海外事業の収益性低下や化粧品事業の停滞により、ROICや株価評価の改善には結びつきにくかった。これまでの意思決定と比較して、今回のK27では企業価値の観点で何を最も変えようとしているのか。
K27では、本当に改革をやり切るために判断の前提が切り替わったと言えるのか。
過去の中計では、構造改革や成長戦略が掲げられながらも、事業の継続や段階的な改善が前提とされてきた。K27で示されているROIC重視や事業再評価は、従来の延長ではなく、途中で後退しない前提に基づくものだと言い切れるのか。
アクティビストがK27に異議を唱えた状況を経て、花王は外圧ではなく内圧によって経営改革を進められる素地があるか。
K27は花王自身の問題意識に基づいて策定された計画である一方、その後にアクティビストから資本効率や事業構造に対する批判が提示された。これに対して、反発や防御にとどまるのではなく、指摘をきっかけとして経営内部に緊張感を生み出し、今後の経営計画や意思決定を内圧として更新していくことができるのか。
花王が日用品業界で競争優位を築けた原点は、半世紀以上前に決断した販社改革にある。1960年代以降、同社は問屋を介した間接流通から距離を取り、小売との直接取引を軸とする体制へと移行していく。この判断は、既存の流通慣行との摩擦や販管費の増加を伴うものであり、問屋が競合のライオンを味方するなど、当時の花王としては明確なリスクテイクだった。
痛みを伴いながらも、販社を自前で構築したことで、花王は小売店の販売情報をリアルタイムで把握できるようになった。1970〜80年代にかけて整備されたこの仕組みは、1980年代以降にPOS活用が一般化する最初期において、現場情報を本社の意思決定に反映させる回路として機能していた。つまり、流通改革は、それ自体が目的ではなく、次の製品開発に繋げる起点となったことに競争優位性があった。
つまり、花王がデータ分析を軸としたマーケティングを展開できた理由は、問屋という障壁を事前に取り除いたことに由来する。販売実績や消費動向を製品改良や需要予測に結びつけるプロセスは、流通を外部に委ねたままでは成立しにくい。販社改革によって得られた情報の蓄積が、分析と改善を繰り返す土台となり、結果として長期的な競争力につながっていった。
よって、花王の流通改革による競争優位は、データ分析やマーケティング手法そのものにあったのではない。問屋を介さない体制を早期に選択し、情報が自社に集まる構造を先に作ったことに本質があった。データ分析は後からでも模倣できるが、流通構造そのものを組み替える意思決定は容易ではない。花王は半世紀以上前に、分析が可能になる前提条件を整えることで、競争の起点を製品や施策ではなく、意思決定のプロセスを組み替えたことに、競争優位の源泉があった。