2005年〜 大連結期と子会社群の統合拡大と事業基盤の拡充
三菱ケミカルグループの業績推移:連結
- 2005年 三菱化学と三菱ウェルファーマの共同株式移転・三菱ケミカルホールディングス設立(2005年成立) 石化の市況変動に揺れる総合化学は、なぜ化学と医薬を持株会社で束ね、KAITEKI経営へと向かったのか?
- 2007年 小林喜光氏が社長に就任
- 2007年 三菱樹脂の株式交換による完全子会社化と機能商品の持株会社直下への集約 石化の傘下にあった機能商品を、なぜ公開買付け・現物配当・株式交換の3段を踏んで持株会社の直下へ移したのか
- 2007年 三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併し田辺三菱製薬発足
- 2009年 リーマンショックで純損失計上
- 2010年 三菱レイヨンの公開買付けによる子会社化(総額約2100億円) 小林喜光社長は「世界シェア1位」を掲げ、脱・総合化学のなかでなぜ約2100億円の買収に踏み切ったか
- 2014年 大陽日酸を公開買付で子会社化
持株会社という外形、ふたつの事業会社という中身
2005年10月、三菱化学と三菱ウェルファーマは株式移転で三菱ケミカルホールディングスを設立し、東証・大証に上場した。発足時の売上高は2兆1894億円。化学と医薬という性格の異なる2社を持株会社の下に並べる構造は、当時の日本の総合化学では珍しい選択だった。石化・機能材料を主軸とした三菱化学と、旧三菱東京製薬・三菱ウェルファーマの系譜をもつ医薬事業を、同一の資本のもとに置きつつ事業運営は分けたまま残す設計である。シクリカル性の強い汎用化学と研究開発型の医薬を同じ資本の下で束ねるという構えが、発足当初から組織の骨格とリスク分散の考え方を決めていた。 [1][2]
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
- [1]2005年10月に三菱化学と三菱ウェルファーマが株式移転で三菱ケミカルホールディングスを設立し東証・大証に上場した
- [2]発足時(2005年3月期)の売上高は2兆1894億円だった
ねらいは事業会社の自律性を保ったままグループ全体の戦略を一元化することにあったが、この「持株会社+多事業会社」という構造は、以後10年以上にわたってグループの統合度合いを低く保つ要因にもなった。後継指名の経緯も持株会社の狙いを映していた。冨澤龍一社長(当時)は「私は収益の基盤づくりは得意だが、成長戦略を描くのは得意でない」として、記憶媒体子会社・三菱化学メディアの社長としてDVD事業を世界首位に育てた技術系トップの小林喜光を後継に指名し、2006年6月に取締役、2007年4月に2代目社長として拡大路線を主導する体制が固まった。 [3]
- 週刊東洋経済 2007年2月10日号
- [3]小林喜光は2006年6月に取締役、2007年4月に2代目社長として就任した
2005年度は連結売上高の約45%を占める石油化学事業が連結営業利益の約25%しか稼げない一方、医薬品事業は連結営業利益の約27%を稼ぎ、両部門の営業損益は1996〜2005年度の10決算期のうち7決算期で互いの増減を補い合っていた。シクリカル性の強い汎用化学と研究開発型の医薬を同じ資本の下で束ねる構えは、この相互補完の実績を踏まえたものだった。小林は快適(Comfort)・健康(Health)・環境(Environmental)を掲げる「KAITEKI経営」を打ち出し、医薬・機能材料・産業ガスを順次取り込む一連の再編を主導する。グループの骨格となる3本柱の姿はここから描かれ始め、第1期の総合化学化をその後10年で複数の再編を重ねながら、総合化学最大手への道筋が作られた。 [4][5]
- 週刊東洋経済 2007年2月10日号
- [4]2005年度の石油化学事業は連結売上高の約45%を占めながら連結営業利益の約25%しか稼げず、医薬品事業は連結営業利益の約27%を稼いだ
- 週刊東洋経済 2007年7月7日号
- [5]小林喜光は快適(Comfort)・健康(Health)・環境(Environmental)を掲げる「KAITEKI経営」を打ち出した
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
- [1]2005年10月に三菱化学と三菱ウェルファーマが株式移転で三菱ケミカルホールディングスを設立し東証・大証に上場した
- [2]発足時(2005年3月期)の売上高は2兆1894億円だった
- 週刊東洋経済 2007年2月10日号
- [3]小林喜光は2006年6月に取締役、2007年4月に2代目社長として就任した
- [4]2005年度の石油化学事業は連結売上高の約45%を占めながら連結営業利益の約25%しか稼げず、医薬品事業は連結営業利益の約27%を稼いだ
- 週刊東洋経済 2007年7月7日号
- [5]小林喜光は快適(Comfort)・健康(Health)・環境(Environmental)を掲げる「KAITEKI経営」を打ち出した
三菱樹脂・三菱レイヨンを取り込んだ機能商品志向
2007年10月、三菱ケミカルホールディングスは三菱樹脂を株式交換で完全子会社とした。三菱化学が公開買付けで買い増した三菱樹脂株を現物配当で受け取り、そのうえで株式交換に踏み切る3段の手続きである。同月には三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併して田辺三菱製薬が発足し、医薬事業は国内大手規模に拡大した。翌2008年4月には三菱化学の機能材料事業とフィルム関連3社を三菱樹脂へ集約し、基礎化学品・機能商品・医薬の3事業会社を持株会社が横並びに束ねる構えが整った。総合化学最大手の輪郭は、この一連の再編でおおよそ描かれた。 [6][7][8]
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書【沿革】
- [6]2007年3月に三菱化学が三菱樹脂株を公開買付けで追加取得し、9月に現物配当で持株会社へ移したうえ、10月の株式交換で三菱樹脂を完全子会社化した
- [8]2008年4月に三菱化学の機能材料事業と三菱化学ポリエステルフィルム・三菱化学産資・三菱化学エムケイブイの3社を三菱樹脂へ集約し統合新会社として発足させた
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
- [7]2007年10月に三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併して田辺三菱製薬が発足した
2010年3月に三菱レイヨンを公開買付で連結子会社化し、同年10月に完全子会社化した。炭素繊維・アクリル樹脂・MMAを取り込み、世界MMA首位級のポジションを得る。リーマンショック直後に純損失671億円を計上した直後の決断であり、業績悪化期に攻めの再編を仕掛けた経営判断であった。MMAは以後アジア市況の振れに翻弄される事業となり、2020年代の構造改革の主要論点にまで持ち越された。一度取り込んだ事業を10年単位でどう扱い直すかという問いも、この三菱レイヨンの取り込みから始まった。 [9][10][11]
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
- [9]2010年3月に三菱レイヨンを公開買付で連結子会社化し同年10月に完全子会社化した
- [10]三菱レイヨン取り込みで炭素繊維・アクリル樹脂・MMAを得て世界MMA首位級のポジションを得た
- [11]リーマンショック直後(2009年3月期)に純損失671億円を計上した
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書【沿革】
- [6]2007年3月に三菱化学が三菱樹脂株を公開買付けで追加取得し、9月に現物配当で持株会社へ移したうえ、10月の株式交換で三菱樹脂を完全子会社化した
- [8]2008年4月に三菱化学の機能材料事業と三菱化学ポリエステルフィルム・三菱化学産資・三菱化学エムケイブイの3社を三菱樹脂へ集約し統合新会社として発足させた
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
- [7]2007年10月に三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併して田辺三菱製薬が発足した
- [9]2010年3月に三菱レイヨンを公開買付で連結子会社化し同年10月に完全子会社化した
- [10]三菱レイヨン取り込みで炭素繊維・アクリル樹脂・MMAを得て世界MMA首位級のポジションを得た
- [11]リーマンショック直後(2009年3月期)に純損失671億円を計上した
産業ガスを第三の柱に据えた大陽日酸連結化
2014年11月、大陽日酸を公開買付で連結子会社化した。産業ガス国内最大手の取り込みによって、グループは化学・医薬・産業ガスという3つの収益柱を持つ構造になった。同年4月にはヘルスケアソリューション事業を統合して生命科学インスティテュートを発足させ、医薬の周辺領域も束ねている。おおよそ4年に1件のペースで買収を重ねた第1期の拡大路線は、この大陽日酸の取り込みで一区切りを迎えた。グループ売上は3兆円台に乗り、国内総合化学のなかでも突出した規模となる。次の経営課題は統合側に重く残され、以降の10年にわたって統合の進捗が経営の中心テーマとなった。 [12][13][14]
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
- [12]2014年11月に大陽日酸を公開買付で連結子会社化した
- [13]大陽日酸は産業ガス国内最大手である
- [14]2014年4月にヘルスケアソリューション事業を統合して生命科学インスティテュートを発足させた
大陽日酸の取り込みは、汎用石化の景気感応度を産業ガスの安定収益で補完する狙いの再編だった。のちにこの大陽日酸は2020年10月に持株会社化して日本酸素ホールディングスとなり、上場を維持したまま自律性を高める。グループ有利子負債の4-5割を同社関連が占める構造もここで形作られ、2020年代には「日本酸素を売却すべきか」という論点を繰り返し呼び寄せる種となった。安定収益源として取り込んだはずの産業ガスが、のちに資本効率の制約としても語られる。取り込みはゴールではなく、10年後には経営課題の側へ位置づけが転じた。拡大路線の果実と副作用が、ひとつの取引のなかに最初から共存していた構図でもある。 [15]
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
- [15]2020年10月に大陽日酸が持株会社化して日本酸素ホールディングスへ商号変更した
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
- [12]2014年11月に大陽日酸を公開買付で連結子会社化した
- [13]大陽日酸は産業ガス国内最大手である
- [14]2014年4月にヘルスケアソリューション事業を統合して生命科学インスティテュートを発足させた
- [15]2020年10月に大陽日酸が持株会社化して日本酸素ホールディングスへ商号変更した