三菱ケミカルグループ の歴史

創業

2005年

創業者

※三菱化学+三菱ウェルファーマ

創業地

東京都

直近売上高(2026/3)

37,040億円

長期業績と転換点(2005/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ2005年に化学と医薬という性格の異なる事業を持株会社で束ねたのか
A 2005年10月、合従連衡の進む総合化学で景気変動の大きい汎用化学だけに依存しない収益基盤を求めたためである。三菱化学と三菱ウェルファーマが株式移転で三菱ケミカルホールディングスを設立し、東証・大証に上場した。発足時の売上高は2兆1894億円。シクリカルな汎用化学と研究開発型の医薬という性格の異なる事業を同一資本の下に束ねつつ、事業運営は旧2社のまま分けて残す設計であった。枠組みを先に組み、中身の一体化は後から進める順序で出発した。
Q なぜ小林喜光体制は2005年からの10年で4社を取り込みながら業務統合を後回しにしたのか
A 2007年就任の小林喜光が「KAITEKI経営」を掲げ、化学に偏らない3本柱を最短で揃えることを優先したためである。おおよそ4年に1件のペースで三菱樹脂・田辺三菱製薬・三菱レイヨン・大陽日酸を取り込み、化学・医薬・産業ガスの3事業を10年で揃えた。だが買収のたびに新事業を持株会社の下へ並べるだけで、業務基盤の統合は次の中計へ先送りされた。2017年に中核3社を合併してもERPは10種以上が併存した
Q なぜ2025年に完全子会社化したばかりの田辺三菱製薬を手放したのか
A 2025年2月、新薬開発に費用のかさむ医薬を抱えるより化学事業の収益回復へ資本を集めるためである。三菱ケミカルグループは2020年に約5000億円で完全子会社化したばかりの田辺三菱製薬を、米ベインキャピタルへ約5100億円で譲渡すると決めた。20年かけて揃えた総合体が3事業の一つをまるごと外す初の大型売却である。得た資金は次の買収ではなく500億円の自己株式取得と配当性向35%という株主還元へ充てた

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2005年〜 大連結期と子会社群の統合拡大と事業基盤の拡充

三菱ケミカルグループの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2005年 三菱化学と三菱ウェルファーマの共同株式移転・三菱ケミカルホールディングス設立(2005年成立) 石化の市況変動に揺れる総合化学は、なぜ化学と医薬を持株会社で束ね、KAITEKI経営へと向かったのか?
  2. 2007年 小林喜光氏が社長に就任
  3. 2007年 三菱樹脂の株式交換による完全子会社化と機能商品の持株会社直下への集約 石化の傘下にあった機能商品を、なぜ公開買付け・現物配当・株式交換の3段を踏んで持株会社の直下へ移したのか
  4. 2007年 三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併し田辺三菱製薬発足
  5. 2009年 リーマンショックで純損失計上
  6. 2010年 三菱レイヨンの公開買付けによる子会社化(総額約2100億円) 小林喜光社長は「世界シェア1位」を掲げ、脱・総合化学のなかでなぜ約2100億円の買収に踏み切ったか
  7. 2014年 大陽日酸を公開買付で子会社化

持株会社という外形、ふたつの事業会社という中身

2005年10月、三菱化学と三菱ウェルファーマは株式移転で三菱ケミカルホールディングスを設立し、東証・大証に上場した。発足時の売上高は2兆1894億円。化学と医薬という性格の異なる2社を持株会社の下に並べる構造は、当時の日本の総合化学では珍しい選択だった。石化・機能材料を主軸とした三菱化学と、旧三菱東京製薬・三菱ウェルファーマの系譜をもつ医薬事業を、同一の資本のもとに置きつつ事業運営は分けたまま残す設計である。シクリカル性の強い汎用化学と研究開発型の医薬を同じ資本の下で束ねるという構えが、発足当初から組織の骨格とリスク分散の考え方を決めていた。 [1][2]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [1]2005年10月に三菱化学と三菱ウェルファーマが株式移転で三菱ケミカルホールディングスを設立し東証・大証に上場した
    • [2]発足時(2005年3月期)の売上高は2兆1894億円だった

ねらいは事業会社の自律性を保ったままグループ全体の戦略を一元化することにあったが、この「持株会社+多事業会社」という構造は、以後10年以上にわたってグループの統合度合いを低く保つ要因にもなった。後継指名の経緯も持株会社の狙いを映していた。冨澤龍一社長(当時)は「私は収益の基盤づくりは得意だが、成長戦略を描くのは得意でない」として、記憶媒体子会社・三菱化学メディアの社長としてDVD事業を世界首位に育てた技術系トップの小林喜光を後継に指名し、2006年6月に取締役、2007年4月に2代目社長として拡大路線を主導する体制が固まった。 [3]

  • 週刊東洋経済 2007年2月10日号
    • [3]小林喜光は2006年6月に取締役、2007年4月に2代目社長として就任した

2005年度は連結売上高の約45%を占める石油化学事業が連結営業利益の約25%しか稼げない一方、医薬品事業は連結営業利益の約27%を稼ぎ、両部門の営業損益は1996〜2005年度の10決算期のうち7決算期で互いの増減を補い合っていた。シクリカル性の強い汎用化学と研究開発型の医薬を同じ資本の下で束ねる構えは、この相互補完の実績を踏まえたものだった。小林は快適(Comfort)・健康(Health)・環境(Environmental)を掲げる「KAITEKI経営」を打ち出し、医薬・機能材料・産業ガスを順次取り込む一連の再編を主導する。グループの骨格となる3本柱の姿はここから描かれ始め、第1期の総合化学化をその後10年で複数の再編を重ねながら、総合化学最大手への道筋が作られた。 [4][5]

  • 週刊東洋経済 2007年2月10日号
    • [4]2005年度の石油化学事業は連結売上高の約45%を占めながら連結営業利益の約25%しか稼げず、医薬品事業は連結営業利益の約27%を稼いだ
  • 週刊東洋経済 2007年7月7日号
    • [5]小林喜光は快適(Comfort)・健康(Health)・環境(Environmental)を掲げる「KAITEKI経営」を打ち出した
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [1]2005年10月に三菱化学と三菱ウェルファーマが株式移転で三菱ケミカルホールディングスを設立し東証・大証に上場した
    • [2]発足時(2005年3月期)の売上高は2兆1894億円だった
  • 週刊東洋経済 2007年2月10日号
    • [3]小林喜光は2006年6月に取締役、2007年4月に2代目社長として就任した
    • [4]2005年度の石油化学事業は連結売上高の約45%を占めながら連結営業利益の約25%しか稼げず、医薬品事業は連結営業利益の約27%を稼いだ
  • 週刊東洋経済 2007年7月7日号
    • [5]小林喜光は快適(Comfort)・健康(Health)・環境(Environmental)を掲げる「KAITEKI経営」を打ち出した

三菱樹脂・三菱レイヨンを取り込んだ機能商品志向

2007年10月、三菱ケミカルホールディングスは三菱樹脂を株式交換で完全子会社とした。三菱化学が公開買付けで買い増した三菱樹脂株を現物配当で受け取り、そのうえで株式交換に踏み切る3段の手続きである。同月には三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併して田辺三菱製薬が発足し、医薬事業は国内大手規模に拡大した。翌2008年4月には三菱化学の機能材料事業とフィルム関連3社を三菱樹脂へ集約し、基礎化学品・機能商品・医薬の3事業会社を持株会社が横並びに束ねる構えが整った。総合化学最大手の輪郭は、この一連の再編でおおよそ描かれた。 [6][7][8]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [6]2007年3月に三菱化学が三菱樹脂株を公開買付けで追加取得し、9月に現物配当で持株会社へ移したうえ、10月の株式交換で三菱樹脂を完全子会社化した
    • [8]2008年4月に三菱化学の機能材料事業と三菱化学ポリエステルフィルム・三菱化学産資・三菱化学エムケイブイの3社を三菱樹脂へ集約し統合新会社として発足させた
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [7]2007年10月に三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併して田辺三菱製薬が発足した

2010年3月に三菱レイヨンを公開買付で連結子会社化し、同年10月に完全子会社化した。炭素繊維・アクリル樹脂・MMAを取り込み、世界MMA首位級のポジションを得る。リーマンショック直後に純損失671億円を計上した直後の決断であり、業績悪化期に攻めの再編を仕掛けた経営判断であった。MMAは以後アジア市況の振れに翻弄される事業となり、2020年代の構造改革の主要論点にまで持ち越された。一度取り込んだ事業を10年単位でどう扱い直すかという問いも、この三菱レイヨンの取り込みから始まった。 [9][10][11]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [9]2010年3月に三菱レイヨンを公開買付で連結子会社化し同年10月に完全子会社化した
    • [10]三菱レイヨン取り込みで炭素繊維・アクリル樹脂・MMAを得て世界MMA首位級のポジションを得た
    • [11]リーマンショック直後(2009年3月期)に純損失671億円を計上した
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [6]2007年3月に三菱化学が三菱樹脂株を公開買付けで追加取得し、9月に現物配当で持株会社へ移したうえ、10月の株式交換で三菱樹脂を完全子会社化した
    • [8]2008年4月に三菱化学の機能材料事業と三菱化学ポリエステルフィルム・三菱化学産資・三菱化学エムケイブイの3社を三菱樹脂へ集約し統合新会社として発足させた
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [7]2007年10月に三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併して田辺三菱製薬が発足した
    • [9]2010年3月に三菱レイヨンを公開買付で連結子会社化し同年10月に完全子会社化した
    • [10]三菱レイヨン取り込みで炭素繊維・アクリル樹脂・MMAを得て世界MMA首位級のポジションを得た
    • [11]リーマンショック直後(2009年3月期)に純損失671億円を計上した

産業ガスを第三の柱に据えた大陽日酸連結化

2014年11月、大陽日酸を公開買付で連結子会社化した。産業ガス国内最大手の取り込みによって、グループは化学・医薬・産業ガスという3つの収益柱を持つ構造になった。同年4月にはヘルスケアソリューション事業を統合して生命科学インスティテュートを発足させ、医薬の周辺領域も束ねている。おおよそ4年に1件のペースで買収を重ねた第1期の拡大路線は、この大陽日酸の取り込みで一区切りを迎えた。グループ売上は3兆円台に乗り、国内総合化学のなかでも突出した規模となる。次の経営課題は統合側に重く残され、以降の10年にわたって統合の進捗が経営の中心テーマとなった。 [12][13][14]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [12]2014年11月に大陽日酸を公開買付で連結子会社化した
    • [13]大陽日酸は産業ガス国内最大手である
    • [14]2014年4月にヘルスケアソリューション事業を統合して生命科学インスティテュートを発足させた

大陽日酸の取り込みは、汎用石化の景気感応度を産業ガスの安定収益で補完する狙いの再編だった。のちにこの大陽日酸は2020年10月に持株会社化して日本酸素ホールディングスとなり、上場を維持したまま自律性を高める。グループ有利子負債の4-5割を同社関連が占める構造もここで形作られ、2020年代には「日本酸素を売却すべきか」という論点を繰り返し呼び寄せる種となった。安定収益源として取り込んだはずの産業ガスが、のちに資本効率の制約としても語られる。取り込みはゴールではなく、10年後には経営課題の側へ位置づけが転じた。拡大路線の果実と副作用が、ひとつの取引のなかに最初から共存していた構図でもある。 [15]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [15]2020年10月に大陽日酸が持株会社化して日本酸素ホールディングスへ商号変更した
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [12]2014年11月に大陽日酸を公開買付で連結子会社化した
    • [13]大陽日酸は産業ガス国内最大手である
    • [14]2014年4月にヘルスケアソリューション事業を統合して生命科学インスティテュートを発足させた
    • [15]2020年10月に大陽日酸が持株会社化して日本酸素ホールディングスへ商号変更した

2015年〜 ワンカンパニー化への模索と事業基盤の拡充

越智体制が外形先行・中身後追いで始めたグローバル運営

2015年6月、3代目社長として越智仁が就任した。越智は中期経営計画「APTSIS20」を推進し、リージョナルヘッドクォーターを4極に置いて地域ごとに自律的に動かす体制を整えた。2019年5月の日経インタビューでは、グローバル競争に勝ち抜くためには業種の垣根を越えた連携が欠かせないとの認識を示し、研究開発投資の2割を企業間共同研究に振り向ける構想を語っている。拡大期に積み上げた事業群をいかに連携させるかが越智体制の中心課題であり、地域主体の運営と業種横断の連携という2つの軸が並行して掲げられた。第2期の運営モデルの輪郭はここで形づくられ、以後のワンカンパニー化論議の土台となる。 [16][17][18]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [16]2015年6月に越智仁が3代目社長に就任した
    • [17]越智は中期経営計画「APTSIS20」を推進した
  • 日本経済新聞 2019年5月9日
    • [18]越智仁は2019年5月の日経インタビューで業種の垣根を越えた連携が欠かせないとの認識を示した

ただし当時のリージョナルヘッドクォーターは本社の裁量権が、地域に合った活動をスピード感を持って展開しにくいという課題が残った。のちにギルソン期の振り返りで瀧本EVPが認めたように、コーディネーターの域を超えてビジネスを動かす権限までは地域に渡っていなかった。地域別に動く組織は作ったものの、中身はなお本社中心の製品プッシュ型で、市場から出発する意思決定までは届かなかった。APTSIS20期に芽生えたグローバル運営の構想は、外形を先に作り中身を後から埋めるという三菱ケミカル特有の順序をここでも繰り返し、次期ギルソンの急進改革の前提を作った。

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [16]2015年6月に越智仁が3代目社長に就任した
    • [17]越智は中期経営計画「APTSIS20」を推進した
  • 日本経済新聞 2019年5月9日
    • [18]越智仁は2019年5月の日経インタビューで業種の垣根を越えた連携が欠かせないとの認識を示した

三菱ケミカル発足 ── 12年越しの事業会社統合

2017年4月、三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンの3社が合併し、事業会社「三菱ケミカル」が発足した。持株会社の発足から12年を経ての中核事業会社統合である。統合新会社の売上高は3兆円近くに達し、単一企業として国内最大の総合化学メーカーとなった。旧3社に合計56あったビジネスユニットは26に集約され、10の事業部門へ再編されている。越智仁社長はホールディングス社長と新会社社長を兼ね、4年で500億円のシナジーを積み上げて2020年度に営業利益2000億円を達成する目標を掲げた。買収で並べた3社の技術と顧客基盤を一体で動かせるかどうかに、統合の成否がかかっていた。 [19][20][21]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [19]2017年4月に三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンの3社が合併し事業会社「三菱ケミカル」が発足した
    • [20]中核事業会社統合は持株会社の発足(2005年)から12年を経ての実現だった
  • 週刊東洋経済 2017年4月22日号「深層リポート 三菱ケミカル 世界で戦えるか──日本最大の化学メーカー始動」
    • [21]統合新会社の売上高は3兆円近くで単一企業として国内最大となり、旧3社の56ビジネスユニットを26に集約して10事業部門へ再編し、4年で500億円のシナジーと2020年度の営業利益2000億円を目標とした

法人の統合は成っても、業務基盤の一体化は後追いとなった。合併3社はそれぞれが過去の買収を通じて取り込んだ会社の集合体であり、ERPシステムは10以上が併存する。財務諸表はつなげて作成できたものの、米国から日本にある製品を発注することすらできない状態が後年まで残った。のちにギルソン社長が「ビジネスの観点からつながっているとは言えない」(IR Day 2022年9月)と述べたこの構造は、発足時から抱えていたものであった。法人は1つでも業務は旧三菱化学・旧三菱樹脂・旧三菱レイヨンの3つの島に分かれたままで、グローバル運営への切り替えは次期経営陣の課題として残された。 [22][23]

  • 三菱ケミカルグループ IR Day 2022
    • [22]統合3社のERPシステムは10以上が併存した
    • [23]ギルソン社長はIR Day 2022年9月に「ビジネスの観点からつながっているとは言えない」と述べた
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [19]2017年4月に三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンの3社が合併し事業会社「三菱ケミカル」が発足した
    • [20]中核事業会社統合は持株会社の発足(2005年)から12年を経ての実現だった
  • 週刊東洋経済 2017年4月22日号「深層リポート 三菱ケミカル 世界で戦えるか──日本最大の化学メーカー始動」
    • [21]統合新会社の売上高は3兆円近くで単一企業として国内最大となり、旧3社の56ビジネスユニットを26に集約して10事業部門へ再編し、4年で500億円のシナジーと2020年度の営業利益2000億円を目標とした
  • 三菱ケミカルグループ IR Day 2022
    • [22]統合3社のERPシステムは10以上が併存した
    • [23]ギルソン社長はIR Day 2022年9月に「ビジネスの観点からつながっているとは言えない」と述べた

田辺三菱の完全子会社化と急進改革を呼び込んだ赤字転落

2020年3月、田辺三菱製薬を公開買付と売渡請求で完全子会社化した。同月、新型コロナ禍と石化市況悪化が直撃し、グループはFY20に純損失75億円を計上した。リーマン以来の赤字であり、汎用化学への依存度の高さが再び露呈する。医薬の完全取り込みで収益を安定化させようとした矢先に、石化のシクリカル性が足元をすくった格好である。第1期で積み上げた総合化学のコングロマリットは、業種の異なる事業を抱え込んでもなおシクリカルリスクを十分には吸収しきれないことが、コロナ禍の数字の形で示された。越智体制の終盤は次期への課題引き継ぎの色合いを強め、組織と資本を一体にする次の一手を不可避とした時期でもあった。 [24][25]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [24]2020年3月に田辺三菱製薬を公開買付と売渡請求で完全子会社化した
    • [25]FY20(コロナ禍)にグループは純損失75億円を計上した

田辺三菱の非公開化は、上場子会社の少数株主とのコンフリクトを解消し、医薬事業をグループ完全統合する意図だった。一方でコロナ禍での赤字転落は、ポートフォリオ転換の必要性を決定的にした。同年10月の大陽日酸の持株会社化(日本酸素ホールディングスへの商号変更)と合わせ、グループは構造改革の入口に立つ。拡大路線を主導した越智体制は2021年3月まで続き、次の舵取り役は日本の総合化学では前例のない外国人社長を社外から連れてくる決断につながった。第2期は拡大の総括期であると同時に、次期の急進改革を呼び込む土壌が整った時期でもある。 [26]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [26]拡大路線を主導した越智体制は2021年3月まで続いた
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [24]2020年3月に田辺三菱製薬を公開買付と売渡請求で完全子会社化した
    • [25]FY20(コロナ禍)にグループは純損失75億円を計上した
    • [26]拡大路線を主導した越智体制は2021年3月まで続いた

2021年〜 外国人社長の急進改革と揺り戻しと事業基盤の拡充

三菱ケミカルグループの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2021年 ジョンマーク・ギルソンが社長就任
  2. 2021年 新経営方針「Forging the Future」を発表
  3. 2022年 三菱ケミカルグループに商号変更
  4. 2023年 筑本学氏が社長就任

外国人社長が掲げた「Forging the Future」の射程と速度

2021年4月、ダウコーニング出身のジョンマーク・ギルソンが社長に就任した。日本の総合化学大手で初の外国人社長である。同年12月には新経営方針「Forging the Future」を発表し、組織簡素化・コスト構造改革・石化分離再編・スペシャリティ強化・ERP統合の5本柱を掲げた。なかでも石化からのカーブアウトは業界に再編期待を生み、日本の総合化学の構造を動かしうる一手として注目を集める。第1期からの拡大で膨らんだ組織を外部の目で一度解体し直す構想であり、日本の総合化学の経営スタイルそのものの切り替えを狙う意欲的な就任として、業界内外で広く受け止められた。外部招聘の速度は、それまでの化学大手の文法を書き換えるものと受け止められた。 [27][28][29]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [27]2021年4月にダウコーニング出身のジョンマーク・ギルソンが社長に就任した
    • [28]ギルソンは日本の総合化学大手で初の外国人社長である
  • 三菱ケミカルグループ IR
    • [29]2021年12月に新経営方針「Forging the Future」を発表し組織簡素化・コスト構造改革・石化分離再編・スペシャリティ強化・ERP統合の5本柱を掲げた

ギルソンの問題意識はわかりやすかった。「日本中心で成功してきたが、成長は海外で起きている」「市場ベースのモデルに移行する必要がある」(IR Day 2022年9月)。MCGは製品プッシュ型の組織で、米国にバッテリー関連の販売チームはあっても自動車全般を扱うチームがない。こうした実態を変えるべく、市場別グローバルチームと単一ERPへの集約を進めようとした。拡大の果てに残った組織の歪みを短期間で直そうとする構想は、日本の総合化学ではこれまで見られなかった射程と速度をもち、越智期までの段階的な路線からの転換を対外的にも強く印象づけた。既存の組織文化との摩擦の大きさが、同じ速度で表面化した。 [30]

  • 三菱ケミカルグループ IR Day 2022
    • [30]ギルソンはIR Day 2022年9月に「日本中心で成功してきたが、成長は海外で起きている」と述べた
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [27]2021年4月にダウコーニング出身のジョンマーク・ギルソンが社長に就任した
    • [28]ギルソンは日本の総合化学大手で初の外国人社長である
  • 三菱ケミカルグループ IR
    • [29]2021年12月に新経営方針「Forging the Future」を発表し組織簡素化・コスト構造改革・石化分離再編・スペシャリティ強化・ERP統合の5本柱を掲げた
  • 三菱ケミカルグループ IR Day 2022
    • [30]ギルソンはIR Day 2022年9月に「日本中心で成功してきたが、成長は海外で起きている」と述べた

「三菱ケミカルグループ」改名で明文化したスペシャリティ志向

2022年7月、社名を三菱ケミカルホールディングスから三菱ケミカルグループに変更した。ホールディングス色を薄め、グループ一体運営への意思を示す改名である。同年9月のIR Day 2022では機能商品事業のマーケットベース型への転換と、半導体・OLED・MLCC・GaN基板等を成長領域とする方針が示された。石化で稼ぐ構造からスペシャリティで稼ぐ構造への転換を、社名と戦略の両面で同時に宣言した形になる。2005年の発足以来ほぼ形を変えなかった社名そのものにも方針転換が刻まれ、スペシャリティ志向はここで対外的にも明文化されて業界に発信された。以降の経営判断はすべてこのスペシャリティ志向を基準に測られる土壌が整う。 [31][32]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [31]2022年7月に社名を三菱ケミカルホールディングスから三菱ケミカルグループへ変更した
  • 三菱ケミカルグループ IR Day 2022
    • [32]2022年9月のIR Day 2022で機能商品事業のマーケットベース型への転換方針が示された

しかし石化分離は容易には進まなかった。中国メーカーの大増産でMMAアジア市況は2022年7月の2,100ドル/トンから9月には1,600ドルへ落ち込み、英キャッセル工場は再開を断念。米国アルファ法新増設の意思決定も延期された。「分離・再編、独立化を進めるときに容易になるよう内部でカーブアウトを進める」(IR Day 2022年9月)と語られたものの、パートナー探しは難航し、市況はカーブアウトの値札そのものを引き下げる。石化を切り出そうとしたそのときに切り出し先の市場が縮んでしまう形で、分離再編は構想段階の最初の関門でつまずき、石化の扱いは以後も未決のまま次期経営陣に引き継がれた。 [33][34]

  • 三菱ケミカルグループ IR Day 2022
    • [33]中国メーカーの大増産でMMAアジア市況は2022年7月の2,100ドル/トンから9月に1,600ドルへ落ち込んだ
    • [34]ギルソンはIR Day 2022年9月に分離・再編・独立化を進めるため内部でカーブアウトを進めると語った
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [31]2022年7月に社名を三菱ケミカルホールディングスから三菱ケミカルグループへ変更した
  • 三菱ケミカルグループ IR Day 2022
    • [32]2022年9月のIR Day 2022で機能商品事業のマーケットベース型への転換方針が示された
    • [33]中国メーカーの大増産でMMAアジア市況は2022年7月の2,100ドル/トンから9月に1,600ドルへ落ち込んだ
    • [34]ギルソンはIR Day 2022年9月に分離・再編・独立化を進めるため内部でカーブアウトを進めると語った

揺り戻し ── 筑本学就任と「規律が欠けていた」総括

2023年6月、生え抜きの筑本学が5代目社長として就任した。筑本は日経ビジネスのインタビューで、石化再編の主導はできず、まず自社の稼ぐ力を高めることが先決であるとの認識を示し、ギルソン路線からの距離を明示した。ギルソン期に進んだ大量退職や経営と従業員の心の乖離が組織の足元を揺さぶっていたことが就任時の背景にある。外部の目で解体し直す路線から、内側の現場を立て直す路線へと経営の力点は振れた。生え抜き社長の復帰は単なる人事ではなく、経営方針そのものの再設定を意味し、グループ内部の受け止めも急進路線からの安心感を伴うものだった。 [35][36]

  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [35]2023年6月に生え抜きの筑本学が5代目社長として就任した
  • 日経ビジネス 2024年6月3日号
    • [36]筑本は日経ビジネスのインタビューで石化再編の主導はできずまず自社の稼ぐ力を高めることが先決との認識を示した

2024年11月の経営方針説明会で筑本は「KV30策定後、選択と集中も十分にできなかった。経営の混乱で経営と従業員の心が離れた」(経営方針説明会 2024年11月)と異例の自己総括を行い、新たな経営ビジョン「KAITEKI Vision 35」と新中期経営計画2029を発表した。キーワードは「つなぐ」であり、筑本は別インタビューで、グループが培ってきた技術・人材・知恵を徹底して「つなぐ」ことによって稼げる会社へ変えるという路線を要約している。複数会社の統合で形成された組織の連携不足を組み直すところから始める宣言であり、ギルソン期の急進改革を一部取り込みつつ現実路線に引き戻す形で第3期は閉じられる。第4期のテーマは「つなぐ」という一語のもとに束ねられた。 [37][38]

  • 三菱ケミカルグループ 経営方針説明会(2024年11月)
    • [37]2024年11月の経営方針説明会で筑本は「KV30策定後、選択と集中も十分にできなかった。経営の混乱で経営と従業員の心が離れた」と総括した
  • 三菱ケミカルグループ IR
    • [38]2024年11月に新経営ビジョン「KAITEKI Vision 35」と新中期経営計画2029を発表した
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
    • [35]2023年6月に生え抜きの筑本学が5代目社長として就任した
  • 日経ビジネス 2024年6月3日号
    • [36]筑本は日経ビジネスのインタビューで石化再編の主導はできずまず自社の稼ぐ力を高めることが先決との認識を示した
  • 三菱ケミカルグループ 経営方針説明会(2024年11月)
    • [37]2024年11月の経営方針説明会で筑本は「KV30策定後、選択と集中も十分にできなかった。経営の混乱で経営と従業員の心が離れた」と総括した
  • 三菱ケミカルグループ IR
    • [38]2024年11月に新経営ビジョン「KAITEKI Vision 35」と新中期経営計画2029を発表した

三菱ケミカルグループの沿革1994〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
三菱化成と三菱油化の合併・三菱化学の発足(1994年成立)石炭化学の三菱化成と石油化学の三菱油化はなぜ一つになり、総合化学最大手として何を追ったのか? 詳細を読む
赤字事業の撲滅と四日市エチレン停止による「脱・総合」への転換総合化学最大手の看板を守るか、利益を取るか——三浦昭社長はなぜ四日市のエチレンを止めたか 詳細を読む
冨澤龍一三菱化学と三菱ウェルファーマの共同株式移転・三菱ケミカルホールディングス設立(2005年成立)石化の市況変動に揺れる総合化学は、なぜ化学と医薬を持株会社で束ね、KAITEKI経営へと向かったのか? 詳細を読む★★★
小林喜光小林喜光氏が社長に就任
小林喜光三菱樹脂の株式交換による完全子会社化と機能商品の持株会社直下への集約石化の傘下にあった機能商品を、なぜ公開買付け・現物配当・株式交換の3段を踏んで持株会社の直下へ移したのか 詳細を読む★★★
小林喜光三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併し田辺三菱製薬発足★★
小林喜光リーマンショックで純損失計上
小林喜光三菱レイヨンの公開買付けによる子会社化(総額約2100億円)小林喜光社長は「世界シェア1位」を掲げ、脱・総合化学のなかでなぜ約2100億円の買収に踏み切ったか 詳細を読む★★★
小林喜光ヘルスケアソリューション事業を統合し生命科学インスティテュートを発足
小林喜光大陽日酸を公開買付で子会社化★★
越智仁越智仁氏が社長就任
越智仁三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンの統合・三菱ケミカル発足(2017年成立)持株会社の発足から12年を経て化学系3社を1社に束ねた統合は、なぜ「器先行・中身後追い」と呼ばれたのか? 詳細を読む★★★
越智仁田辺三菱製薬の完全子会社化(4918億円TOB)と親子上場の解消不振の上場子会社を巨額買収で取り込むか——越智仁社長はなぜ発表前株価の5割増しで買い付けたか 詳細を読む★★★
越智仁コロナ禍で純損失転落
ジョンマーク・ギルソンジョンマーク・ギルソンが社長就任
ジョンマーク・ギルソン新経営方針「Forging the Future」を発表
ジョンマーク・ギルソン三菱ケミカルグループに商号変更
ジョンマーク・ギルソン筑本学氏が社長就任
筑本学MMA大増産でスプレッド急悪化、構造改革を加速
出典・参考
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書
  • 週刊東洋経済 2007年2月10日号
  • 週刊東洋経済 2007年7月7日号
  • 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書【沿革】
  • 日本経済新聞 2019年5月9日
  • 週刊東洋経済 2017年4月22日号「深層リポート 三菱ケミカル 世界で戦えるか──日本最大の化学メーカー始動」
  • 三菱ケミカルグループ IR Day 2022
  • 三菱ケミカルグループ IR
  • 日経ビジネス 2024年6月3日号
  • 三菱ケミカルグループ 経営方針説明会(2024年11月)

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