日本触媒 の歴史

更新:

創業 1941年
創業者 八谷泰造・納五平
創業地 大阪府吹田市
創業・決断・現況・競合について
創業
1941年8月、八谷泰造氏と納五平氏が資本金18万円のヲサメ合成化学工業を大阪市に設立した。輸入に依存していた無水フタル酸を、国産の触媒でつくることが目的だった。1944年3月、稼働まもない吹田工場のプラントが爆発して死者を出したが、八谷泰造は撤退せず再建を選び、他社が退いた市場に残った。1945年6月には戦災で本社工場を焼失して本社を吹田へ移し、1949年4月に日本触媒化学工業へ改称する。1952年5月に大阪証券取引所へ上場し、1991年6月に現在の日本触媒へ社名を変更した。
決断
触媒でつくれる原料を自前化し、その原料を使う製品まで下りてきた。1959年6月、資本金4.8億円の2倍を超える9.8億円を投じて日本石油化学の川崎コンビナートへ参画し、酸化エチレンの製造を開始した。1970年5月には姫路製造所でアクリル酸の国産化を果たし、1983年11月には姫路製造所で高吸水性樹脂の量産に入っている。無水フタル酸で磨いた気相酸化の触媒技術がアクリル酸へ移り、そのアクリル酸が紙おむつ用樹脂の原料になった。原料から最終製品までを一社で持ったことが、後発の参入でも先発を上回る原価を作った。
現況
稼いだ資本の向かう先が、高吸水性樹脂の増産から株主還元へ切り替わった。2026年3月期の売上収益は3,999億円、営業利益は175億円で、マテリアルズが売上2,788億円・利益102億円、ソリューションズが1,211億円・利益65億円である。売上の7割を持つマテリアルズの利益率は3.7%にとどまる。主力の高吸水性樹脂をつくる姫路製造所では2012年9月にアクリル酸タンクが爆発する事故を起こし、以後は安全管理の立て直しに費用を割いてきた。2025年4月の中期経営計画2027では政策保有株式を簿価の半分へ減らし、売却代金の約200億円を自己株式取得へ充当する。
競合
高吸水性樹脂で先に抜いた相手と統合を決め、その統合は白紙に戻った。1985年に後発で参入した日本触媒は、先発の三洋化成工業を1年で上回り、世界首位の座に立つ。2019年5月には両社の経営統合を発表したが、準備期間中に欧州事業が新型コロナウイルスで悪化し、3度の業績下方修正で対等統合の前提だった統合比率の合意が崩れて統合を白紙撤回した。原料側では2002年3月に住友化学からアクリル酸事業を譲り受け、代わりにメチルメタクリレートモノマー事業を渡している。界面活性剤から入った三洋化成工業と違い、原料を自前で持つ構えが高吸水性樹脂の原価の作り方を分けた。
長期業績の推移 1951〜2026年
日本触媒:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

第1章 1935-1960 爆発事故を越えた無水フタル酸の残存者利益

この章はまだ書いていません。気が向いたときに書き足しますね!

第2章 1961-1981 研究所の新設とアクリル酸の製造開始による石油化学への進出

この章はまだ書いていません。気が向いたときに書き足しますね!

第3章 1982-2011 高吸水性樹脂SAPの事業化とテクノアメニティ、住友化学とのアクリル酸事業交換

この章はまだ書いていません。気が向いたときに書き足しますね!

第4章 2012-2026 姫路製造所の爆発事故とSAPの収益低下、三洋化成との統合撤回

この章はまだ書いていません。気が向いたときに書き足しますね!

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

歴史年表 1941〜2022年

日本触媒の沿革1941〜2022年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1935〜1960年爆発事故を越えた無水フタル酸の残存者利益爆発事故を越えて無水フタル酸の生産を守り抜いた残存者利益の確立

1944年3月、吹田工場の無水フタル酸プラントが試運転中に爆発し死亡者を出したが、八谷泰造氏は事業継続を決めた。1949年に社長へ就任して経営体制を立て直し、危険な量産技術に踏み切れない企業が多いなかで、1950年代半ばには全国生産量の7割を占める規模へ育てた。

詳細を読む
★★★
空襲で本社焼失。吹田工場に移転
八谷泰造商号を日本触媒化学工業に変更
八谷泰造大阪証券取引所第1部に株式上場
八谷泰造無水マイレン酸の製造開始
八谷泰造半期赤字に転落。富士製鐵が救済★★
八谷泰造酸化エチレンの量産開始★★
八谷泰造姫路工場を新設
1961〜1981年研究所の新設とアクリル酸の製造開始による石油化学への進出八谷泰造本社を高麗橋に移転、吹田に研究所
八谷泰造川崎第二工場を新設
北野精一アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立

1959年の石油化学参入に始まり、1970年のアクリル酸国産化、1983年の高吸水性樹脂(SAP)市場への後発参入を経て、日本触媒がアクリル酸からSAPまでの原料一貫生産体制を構築し上げた一連の経営判断。三洋化成に7年遅れた参入でありながら、参入から1年で国内生産量首位に立った。

詳細を読む
★★★
北野精一追浜工場を新設(1978年休止)
北野精一セカンダリーアルコールエトキシレートの製造を開始
石川三郎姫路研究所・川崎研究所を新設
1982〜2011年高吸水性樹脂SAPの事業化とテクノアメニティ、住友化学とのアクリル酸事業交換石川三郎メタクリル酸・同エステルの製造を開始
石川三郎姫路製造所で高吸水性樹脂(SAP)の製造を開始★★
石川三郎高吸水性樹脂(SAP)の製造を開始
中島爾NA Industries Inc.を設立(米国法人)
中島爾10ヵ年総合経営計画「テクノアメニティ」を策定
田中荘三社名を「日本触媒」に変更
田中荘三子会社を設立
田中荘三子会社を設立
田中荘三ベルギーに子会社を設立
田中荘三長期経営計画「テクノアメニティNV」を策定
田中荘三住友化学との事業交換によりアクリル酸事業を取得
田中荘三住友化学にメチルメタクリレート事業を譲渡
田中荘三シンガポール・アクリリック等2社を取得★★
近藤忠夫日本乳化剤と中日合成化學を取得
2012〜2026年姫路製造所の爆発事故とSAPの収益低下、三洋化成との統合撤回池田全德アクリル酸プラントの全面停止と、社是を最上位に据え直した安全管理の立て直し

2012年9月29日、姫路製造所のアクリル酸製造プラントエリアで爆発・火災事故が発生し、消火にあたった消防副士長1人が死亡、36人が負傷した。危険物製造所等一時使用停止命令により、姫路製造所と隣接する関係会社の全プラントが停止した。 アクリル酸及びアクリル酸エステル、高吸水性樹脂、特殊エステル、洗剤原料用などの水溶性ポリマーは2013年3月末時点でも操業を停止したままで、爆発火災事故に係る損失は2013年3月期に8,882百万円、2014年3月期に8,323百万円を特別損失へ計上した。

詳細を読む
★★★
池田全德吹田工場を閉鎖(研究拠点として継続活用)★★
池田全德高吸水性樹脂の増産を決定★★
五嶋祐治朗SAPの収益性が低下。サバイバルPJを開始★★
五嶋祐治朗最終契約まで結びながら実現しなかった共同株式移転による経営統合

2019年5月29日、日本触媒は三洋化成工業との経営統合の検討に関する基本合意書を締結し、同年11月29日には共同株式移転により統合持株会社「Synfomix株式会社」を設立する最終契約を締結した。2020年10月1日の効力発生を予定していたが、2020年4月13日に2021年4月1日への延期と株式移転比率の見直しを決議し、同年10月21日に両社の合意で最終契約を解約した。

詳細を読む
★★★
五嶋祐治朗最終赤字108億円に転落★★
五嶋祐治朗プライム市場に移行
出典・参考

免責事項およびポリシー