創業1912年、立川勇次郎が岐阜県大垣市で揖斐川電力を設立した。揖斐川の水力資源で他地域より安価な電力を生み、大日本紡績ら紡績工場を大垣周辺に誘致する地域産業モデルを敷いた。1917年に大垣工場でカーバイド製造を開始し、自社発電によるコスト優位を活かした垂直統合に踏み込んだ。
決断1921年に揖斐川電気へ商号変更したが、1942年に売電事業から撤退してカーバイド専業へ転換した。1960年のメラミン化粧板で蓄えたエッチング技術が1970年のプリント配線板参入を支え、1991年に最後の電気炉が消えカーバイドから撤退した。1994年のインテル攻略プロジェクトで研究予算と40代エース50名を投入し、1995年のインテルのプラスチック基板素材転換と噛み合って1996年に大量受注を獲得、1982年商号変更後のイビデンは半導体部材メーカーとしての地位を固めた。
課題2017年に約600億円の構造改革費用で赤字転落しても無借金体質で翌年に投資再開、2022年3月期のインテル向け売上は約1736億円・全社の約43%に達した。直近はAIサーバー向けICパッケージ基板で7〜8割のシェアを握り、2026〜28年度の3ヵ年で電子事業に5000億円規模の設備投資を計画する。顧客前受金活用という従来の自己資金主義からの方針転換が、AI需要の強さと顧客集中リスクの両方を抱えながら持続可能かが直近の主題である。
歴史概略
1912年〜1969年電力会社からカーバイドメーカーへの転身
水力資源を核とした地域産業の創出
1912年に立川勇次郎は岐阜県大垣市で揖斐川電力株式会社を設立した。揖斐川の水力資源を活用した水力発電事業に参入し、他地域より安価な電力を武器に、大日本紡績をはじめとする紡績工場を大垣周辺に誘致する戦略を打ち出した。発電事業と電力需要創出を同時に設計する地域産業モデルで、大垣はやがて繊維産業の集積地として発展し、高度経済成長期まで続く地域経済の基盤がこの創業期に築かれた。電力会社が発電設備を保有するだけでなく、みずから地域産業の創出主体として振る舞う発想は当時としては異例で、のちのイビデンの事業設計の原型となった。
1917年に大垣工場を新設してカーバイド製造を開始し、自社発電によるコスト優位を活かした垂直統合型の事業モデルを築いた。1921年に商号を揖斐川電気へ変更し電力と化学の二本立てを打ち出したが、戦時中の水力発電会社の統合再編で独立企業としての電力事業継続が困難となり、1942年に売電事業から撤退してカーバイド専業への転換を余儀なくされた。創業の原点である電力事業を自らの意思ではなく時局の要請で手放した経験は、のちの事業転換を繰り返すイビデン独自の企業文化に影響を与えた。電力喪失で残された水力由来の自家電力と電気炉技術が、次の半世紀の化学・素材事業を下支えする資産として残った。
建材参入が準備したエッチング技術の蓄積
戦後の1949年に東京証券取引所に上場し、カーバイド製造を主力事業として高度経済成長期を迎えた。1960年に建材分野に参入し、メラミン化粧板の製造を開始して非化学素材への事業領域の拡張を図った。メラミン化粧板の製造工程で必要となる精密なエッチング加工技術は、一見すると建材とは無関係な領域への寄り道のように見えたが、後年のプリント配線板参入における技術的基盤となった。後に振り返れば、イビデンの事業変遷を貫く技術の連鎖転用の一環をなす。一つの事業で蓄積した要素技術が次の事業領域で別の形で活用される連鎖の構造が、この段階で輪郭を現した。
1982年に商号を揖斐川電気からイビデンへ変更し、旧来の電力会社や化学メーカーのイメージからの転換を内外に示した。水力発電のコスト優位がカーバイド製造を可能にし、そのカーバイドの化学加工技術がメラミン化粧板事業につながり、メラミン化粧板の工程で培われたエッチング技術がやがてプリント配線板参入を支えるという技術の連鎖転用が、イビデンの事業変遷を貫く構造である。どの段階でも一見すると無関係な新事業のように見える選択が、実際には前段階の技術的な蓄積を前提としてはじめて成立していた点に、この企業の独自性が表れている。連続する事業転換は、手持ちの技術資産を別産業に投げ直す試行の積み重ねだった。
1970年〜2007年プラスチック基板の逆張りと半導体部材への転身
プラスチック素材の逆張りとインテル攻略
1970年にイビデンはプリント配線板への参入を決めた。建材分野で蓄積したエッチング加工技術を転用する形で新事業を立ち上げ、1972年に実用化にこぎ着けた。1976年にオイルショック後のカーバイド需要減退を受けて緊急合理化対策を発表し、200名規模のリストラを実施する苦渋の判断を下した。長年の主力であったカーバイドの構造的な行き詰まりが、結果として半導体関連への事業傾斜を後押しする圧力となり、イビデンはこの時期から電子部材メーカーへの変身に舵を切った。主力事業の衰退という逆境が次の事業軸の形成を促す構図がここで鮮明になり、以降の経営判断の枠組みが定まった。
1987年にプラスチック製パッケージ基板の生産を開始した。当時の市場ではセラミック製基板が主流で、プラスチック素材で挑むのは業界の常識から見れば後発参入の賭けだったが、絶縁性における素材特性の優位を根拠に素材選定の判断を下し、米国にも販売会社を設立してシリコンバレーへの直接営業体制を敷いた。1990年代前半は積層加工における技術的な困難から製造コストが下がらず、価格の引き下げも思うにまかせず、PC向けの量産採用にはなかなか至らず、経営として苦しい時期が長く続いた。素材選択が業界の主流と逆を向いていた以上、採用に至るには顧客側の素材転換を待つほかなく、その決断が下されるまで辛抱する期間が続いた。
電気炉の火が消え社員の心に火がつく
1991年に最後の電気炉の火が消え、イビデンはカーバイド事業から撤退した。同年に社長に就任した遠藤優は、電炉の火が消えたことで社員の心に火がついたと後に述懐し、半導体事業に会社の活路を求める方針を明確に打ち出した。1994年にインテル攻略プロジェクトを発足させ、全社の研究開発予算をほぼ全額パッケージ基板事業に集中投入し、40代のエース社員50名を選抜して2年での量産化という至上命題を課す前例のない集中体制を敷いた。社長自身がプロジェクトと心中するとまで公に表明した覚悟の一点集中が、社員の意識を変え、組織全体を新しい方向に突き動かした。撤退と集中投入が同時に進んだ時期で、本業喪失の衝撃が新事業への動員力に転化した。
1995年にインテルがパッケージ基板をセラミック製からプラスチック製へ切り替える方針を発表し、1996年にイビデンが数百万個規模の大量受注を獲得した。1998年に大垣工場に製造新棟を新設し、二期連続で過去最高益を達成した。遠藤社長がプロジェクトと心中するとまで宣言した覚悟の一点集中が、インテルの素材転換決定のタイミングと噛み合って結実した事例で、イビデンの半導体部材メーカーとしての地位を固める契機となった。既存主力事業の衰退が新規事業への傾斜を生み、それがたまたま業界の構造変化と一致することで成果に至る連鎖が、ここに一つの形として現れた。8年にわたった素材選択の賭けが、顧客側の意思決定によって報われた瞬間でもあった。
2008年〜2023年グローバル量産体制とAI需要取り込みへの布石
無借金経営が支えた投資再開と需要回復
2008年にイビデンはパッケージ基板・プリント配線板・DPF向けに累計で約618億円にのぼる設備投資を実施し、その全額を自己資金で調達する堅実な財務姿勢を貫いた。最大の投資項目はマレーシアでの海外生産拠点の立ち上げで、2011年の工場稼働を目指してパッケージ基板の製造拠点が建設された。フィリピンにも2001年の時点で製造拠点を設置しており、国内外にまたがるグローバル量産体制が整ったのはこの時期である。翌2009年にリーマンショックで約87億円の最終赤字を計上したが、借入依存度が低く財務危機には至らず、半導体需要の変動に対する財務的な耐性がここで示された。
2017年にマレーシアを中心としたパッケージ基板の減損を含む約600億円の事業改革構造費用を特別損失として計上し、最終赤字628億円に転落した。2018年に半導体需要の回復を見越してパッケージ基板への投資を直ちに再開し、設備投資額を約900億円にまで引き上げる積極姿勢を示した。赤字計上の直後に投資を再開できたのは、無借金に近い財務体質があったからこそ可能な判断で、自己資金による設備投資という長年の堅実な方針が、需要変動期における戦略的柔軟性を担保する源泉となった。財務保守が投資機動性を生むという関係は、以降の同社の基本方針として定着した。2017年に社長に就任した青木武志は「ゼロから育て、形にする仕事は無上の喜び。昨日より今日、1ミリでも良いから進化しよう」(ニュースイッチ 2023/04)と語り、赤字期を挟んだ投資再開の意思決定の根底にある経営哲学を示した。
データセンター需要の拡大とインテル依存の深化
データセンター需要の拡大でインテル向けの販売高は年を追うごとに増え、2022年3月期にインテル向け売上が約1736億円に達し、全社売上の約43%を占めた。電子セグメントの営業利益率は約23%に到達し、電力会社として発足してから110年余を経て、技術の連鎖転用を繰り返して先端半導体部材メーカーへ変貌した。一つの主要顧客への依存度が事業の安定性に与える影響という古典的な論点が、今度は半導体業界という舞台で改めて問われ、経営陣は顧客多様化の必要性を意識し始めた。青木武志は「お客さまのデファクトスタンダードとなり、期待を越える提案をする。経営者に大切なのは好奇心と謙虚さ」(ニュースイッチ 2023/04)と述べ、顧客基盤の側に深く入り込む戦略を継続した。
2023年にかけてはPC・汎用サーバー向けの需要が世界的に伸び悩み、パッケージ基板事業の成長率は一時的に鈍化する場面もあった。生成AI向けサーバー需要の立ち上がりが半導体部材業界全体の景色を一変させた。AIサーバー向けICパッケージ基板という新しいカテゴリーが拡大し、イビデンが長年インテル向けに積み上げてきた大型・高多層化への対応技術が、そのままAI半導体パッケージへの適用に活かされた。CPU向けビジネスの緩やかな減速が続くのに対し、GPU向けビジネスは立ち上がりで、顧客ポートフォリオの構造変化の入り口にイビデンは立った。過去のインテル一極集中で築いた技術資産が、GPU・AI半導体という新しい顧客側の転換と噛み合う巡り合わせが、ここで再び訪れた。