UUUMの創業者は、光通信出身の鎌田和樹氏である。鎌田氏は光通信で「最年少執行役員」を歴任するなど順調に出世していたが、光通信の事業展開に「飽きてきた」ことで、起業家に転身した。
2013年6月27日に鎌田和樹氏は、YouTuberの収益化支援のために東京原宿にON SALE株式会社を設立した。当時、知名度を高めつつあったHIKAKIN氏と出会い、YouTuberへの可能性を感じたという。
この経緯から、後にHIKAKIN氏はUUUMの最高顧問に就任している。
創業期の鎌田社長は、Youtueberとカフェなどで地道に会い、自社の物販ECサイト「ON SALE」への参画を呼びかけた。当初はマネジメントではなく、物販収益の確保を目論んだ。
ところが当時は有名YouTuberであっても、視聴回数が限られており、物販では苦戦した。
わかったことは「思ったよりもモノが売れない」ということでした。ユーチューバーは、やっぱり影響力は強いんです。だからたとえば無料のアプリだったら数万ダウンロードされる。でも、10万円のカメラは数万個も売れない。効果がなかったわけではないですが「これはビジネスにならないな」と9月末に気づきました。6月27日に会社をつくったので3ヶ月後のことでした。
創業資金の1000万円が枯渇したため、資金調達を実施。当時は無名だったVC(Anri)から2100万円を調達。これがマネジメント業に転換する原資となった。
「方向性がいい」「動画っていう方向性がいいね」
創業者の鎌田氏は、様々なYouTuberに出会う中で、彼ら・彼女らが企業からの広告案件を請け負う際に、様々な雑務に追われているニーズを汲み取った。そこで、従来の物販業ではなく、マネジメントに需要があると判断し、YouTuberのマネジメント業に参入した。
主に企業からの広告案件を取り扱うことで、YouTuberの収益化を支援するビジネスに転換した。
2014年には商号をUUUM(大文字)に変更し、物販業からマネジメント業へのシフトを鮮明に打ち出す。
いま振り返ると、ビジネスモデルを3ヶ月でピボットしたのはいい判断でした。「ユーチューバーによる通販」から「ユーチューバーのマネジメント業務」へのピボットです。ただ、うちには誰も「芸能事務所上がり」がいませんでした。つまり、人をマネジメントするということを誰もやったことがなかった。クリエイターには「ぶっちゃけ、うちはぜんぜん完璧じゃない。でも、言ってくれたら2回目は完璧になるように頑張るから教えて。一緒にやろう」と伝えていました。マネジメントだからといって「上から」ではなくて「一緒にやろう」と言っていたんです。むしろ動画をつくるのはクリエイターだから「ぼくらはどんなお手伝いができますか?」というスタンスでした。
2014年4月に実施した資金調達(5億円)を元手に、本社を森ビルが運営する「六本木ヒルズ」に移転。年間の推定賃料は5000万円。オフィス移転により、YouTuberの募集(および撮影)におけるブランド向上を狙った
GoogleはYouTubeを普及させるために、大々的な広告キャンペーンを決定し、「好きなことで生きていく」の広告キャンペーンを展開。この広告宣伝を通じて日本でYoutueberが認知されるとともに、HIKAKIN氏が起用されたことで、UUUMの認知が拡大した。
また、UUUMは売上高の50%以上ををGoogleからの収入(主にアドセンスと推察)が占めることとなり、UUUMにとってGoogleは業績を左右する重要な取引先となった。
YouTuberに対するサービス支援を拡充。MCNやゲーム事業(ネット配信コンテンツ)の立ち上げに注力
タレント育成で大手芸能事務所と協業を開始
UUUM所属タレント以外の参入が相次いだとことで、YouTubeにおける再生回数のシェアが低下。業績の下方修正を決定した。実額ベースで売上高(▲15.4%)・営業利益(▲32.1%)・経常利益(▲32.4%)・純利益(▲54.6%)の下方修正を実施。下方修正によって、UUUMの株価が暴落した
鎌田氏が社長を退任。新規事業に注力するため、経営体制を刷新
ショート動画以外の長尺動画の再生回数が低迷したことを受けて、所属YouTuberの収益が減少。新規事業や、タレントへのマーケティング支援も伸び悩んだため、在庫評価損失の計上も決定した。この結果、2023年5月期に最終赤字10.5億円に転落