1909年創業。井上貞治郎が国産初の段ボールを製造し、5社合併で聯合紙器を設立。段ボール・紙器の一貫生産体制を構築し、トライウォール買収で重包装でもグローバル展開。日本の段ボール業界を100年以上牽引する。
1909
決断
井上貞治郎氏が起業を決意
1909
決断
三成社を創業・国産初の段ボール製造
1920
5社合併により聯合紙器株式会社を設立
19205社合併により聯合紙器株式会社を設立
1923
日本製紙(大阪市西淀川本社)を吸収合併
1923日本製紙(大阪市西淀川本社)を吸収合併
1930
大阪工場を新設(淀川工場)
1930大阪工場を新設(淀川工場)
1936
東京電気(現・東芝)との資本提携
1936東京電気(現・東芝)との資本提携
1937
東京工場を新設
1937東京工場を新設
1948
名古屋工場を新設
1948名古屋工場を新設
1949
大阪証券取引所に株式上場
1949大阪証券取引所に株式上場
1961
利根川製紙工場を新設
1961利根川製紙工場を新設
1962
地方工場の新設を積極化
1962地方工場の新設を積極化
1963
創業者の井上貞治郎氏が逝去・労働争議が激化へ
1963創業者の井上貞治郎氏が逝去・労働争議が激化へ
1968
三カ年計画を策定
1968三カ年計画を策定
1972
商号を「レンゴー株式会社」に変更
1972商号を「レンゴー株式会社」に変更
1975
不況対策第8項目を発表・半期赤字に転落
1975不況対策第8項目を発表・半期赤字に転落
1975
新京都工場を新設
1975新京都工場を新設
1985
千葉工場を新設
1985千葉工場を新設
1990
マレーシア合弁事業に資本参加
1990マレーシア合弁事業に資本参加
1990
軟包装営業部を新設
1990軟包装営業部を新設
1991
福井化学工業を合併(金津工場・武生工場)
1991福井化学工業を合併(金津工場・武生工場)
1993
三田工場を新設(大阪工場を移転)
1993三田工場を新設(大阪工場を移転)
1993
旧仙台工場跡地にショッピングセンターを着工
1993旧仙台工場跡地にショッピングセンターを着工
1994
新潟段ボール・旭川レンゴーを合併
1994新潟段ボール・旭川レンゴーを合併
1998
朋和産業を子会社・軟包装事業に進出
1998朋和産業を子会社・軟包装事業に進出
1999
セッツ(旧摂津板紙)を合併
1999セッツ(旧摂津板紙)を合併
2000
住友商事元副社長・大坪清氏が社長就任
2000住友商事元副社長・大坪清氏が社長就任
2000
丸三製紙を子会社化
2000丸三製紙を子会社化
2005
葛飾工場と京都工場のリニューアル(投資額60億円)
2005葛飾工場と京都工場のリニューアル(投資額60億円)
2005
大和紙器の神奈川工場跡地を譲渡
2005大和紙器の神奈川工場跡地を譲渡
2006
決断
日本製紙・住友商事・レンゴーの3社で戦略提携を締結(のちに解消)
2008
新京都事業所を発足(段ボール・紙器一体型工場)
2008新京都事業所を発足(段ボール・紙器一体型工場)
2010
子会社のハマダ印刷機械を解散
2010子会社のハマダ印刷機械を解散
2010
川崎工場跡地を売却・売却益65億円
2010川崎工場跡地を売却・売却益65億円
2010
福島矢吹工場を新設(115億円)
2010福島矢吹工場を新設(115億円)
2011
板紙・段ボールを値上げ(+10%)
2011板紙・段ボールを値上げ(+10%)
2012
新仙台工場を新設(投資額100億円)
2012新仙台工場を新設(投資額100億円)
2012
独占禁止法に違反・公正取引委員会が立ち入り検査
2012独占禁止法に違反・公正取引委員会が立ち入り検査
2013
中国の子会社持分を譲渡(赤字につき事業縮小へ)
2013中国の子会社持分を譲渡(赤字につき事業縮小へ)
2014
新名古屋工場を新設・旧名古屋工場跡地を売却
2014新名古屋工場を新設・旧名古屋工場跡地を売却
2016
トライウォールを買収・重包装事業でグローバル展開へ
2016トライウォールを買収・重包装事業でグローバル展開へ
2017
原紙生産体制を再編・淀川工場での生産終了
2017原紙生産体制を再編・淀川工場での生産終了
2019
買収防衛策を廃止決議
2019買収防衛策を廃止決議
2024
愛媛東温工場を新設(投資額140億円)
2024愛媛東温工場を新設(投資額140億円)
2024
子会社アームエル東セロを発足
2024子会社アームエル東セロを発足
業績を見る
レンゴー:売上高売上
■単体 | ■連結(単位:億円
9,007億円
売上高:2024/3
レンゴー:売上高_当期純利益率利益
○単体 | ○連結(単位:%)
3.6%
利益率:2024/3
業績を見る
区分売上高利益※利益率
1950/3単体 売上高 / 当期純利益---
1951/3単体 売上高 / 当期純利益---
1952/3単体 売上高 / 当期純利益---
1953/3単体 売上高 / 当期純利益---
1954/3単体 売上高 / 当期純利益---
1955/3単体 売上高 / 当期純利益---
1956/3単体 売上高 / 当期純利益33億円1億円3.6%
1957/3単体 売上高 / 当期純利益46億円1億円3.0%
1958/3単体 売上高 / 当期純利益52億円1億円3.4%
1959/3単体 売上高 / 当期純利益54億円1億円2.9%
1960/3単体 売上高 / 当期純利益77億円2億円2.8%
1961/3単体 売上高 / 当期純利益110億円3億円2.8%
1962/3単体 売上高 / 当期純利益158億円4億円3.1%
1963/3単体 売上高 / 当期純利益185億円6億円3.2%
1964/3単体 売上高 / 当期純利益230億円6億円2.6%
1965/3単体 売上高 / 当期純利益242億円6億円2.4%
1966/3単体 売上高 / 当期純利益247億円5億円2.0%
1967/3単体 売上高 / 当期純利益282億円4億円1.4%
1968/3単体 売上高 / 当期純利益318億円5億円1.5%
1969/3単体 売上高 / 当期純利益363億円2億円0.5%
1970/3単体 売上高 / 当期純利益452億円6億円1.3%
1971/3単体 売上高 / 当期純利益547億円9億円1.6%
1972/3単体 売上高 / 当期純利益582億円8億円1.3%
1973/3単体 売上高 / 当期純利益686億円6億円0.8%
1974/3単体 売上高 / 当期純利益1,118億円26億円2.3%
1975/3単体 売上高 / 当期純利益1,076億円11億円1.0%
1976/3単体 売上高 / 当期純利益1,020億円5億円0.4%
1977/3単体 売上高 / 当期純利益1,231億円5億円0.4%
1978/3単体 売上高 / 当期純利益1,375億円20億円1.4%
1979/3単体 売上高 / 当期純利益1,359億円18億円1.3%
1980/3単体 売上高 / 当期純利益1,714億円20億円1.1%
1981/3単体 売上高 / 当期純利益1,899億円29億円1.5%
1982/3単体 売上高 / 当期純利益1,843億円14億円0.7%
1983/3単体 売上高 / 当期純利益1,769億円30億円1.6%
1984/3単体 売上高 / 当期純利益1,829億円21億円1.1%
1985/3単体 売上高 / 当期純利益1,998億円14億円0.7%
1986/3単体 売上高 / 当期純利益---
1987/3単体 売上高 / 当期純利益---
1988/3単体 売上高 / 当期純利益---
1989/3単体 売上高 / 当期純利益---
1990/3単体 売上高 / 当期純利益---
1991/3単体 売上高 / 当期純利益---
1992/3連結 売上高 / 当期純利益3,128億円43億円1.3%
1993/3連結 売上高 / 当期純利益2,848億円33億円1.1%
1994/3連結 売上高 / 当期純利益2,720億円30億円1.1%
1995/3連結 売上高 / 当期純利益2,816億円22億円0.7%
1996/3連結 売上高 / 当期純利益2,870億円13億円0.4%
1997/3連結 売上高 / 当期純利益2,917億円32億円1.0%
1998/3連結 売上高 / 当期純利益2,851億円26億円0.9%
1999/3連結 売上高 / 当期純利益2,779億円14億円0.5%
2000/3連結 売上高 / 当期純利益3,544億円60億円1.6%
2001/3連結 売上高 / 当期純利益3,812億円37億円0.9%
2002/3連結 売上高 / 当期純利益3,712億円5億円0.1%
2003/3連結 売上高 / 当期純利益3,643億円-28億円-0.8%
2004/3連結 売上高 / 当期純利益3,750億円38億円1.0%
2005/3連結 売上高 / 当期純利益3,911億円109億円2.7%
2006/3連結 売上高 / 当期純利益4,021億円130億円3.2%
2007/3連結 売上高 / 当期純利益4,129億円94億円2.2%
2008/3連結 売上高 / 当期純利益4,353億円56億円1.2%
2009/3連結 売上高 / 当期純利益4,466億円78億円1.7%
2010/3連結 売上高 / 当期純利益4,573億円169億円3.6%
2011/3連結 売上高 / 当期純利益4,748億円102億円2.1%
2012/3連結 売上高 / 当期純利益4,926億円71億円1.4%
2013/3連結 売上高 / 当期純利益5,026億円129億円2.5%
2014/3連結 売上高 / 当期純利益5,231億円37億円0.7%
2015/3連結 売上高 / 当期純利益5,226億円57億円1.0%
2016/3連結 売上高 / 当期純利益5,325億円98億円1.8%
2017/3連結 売上高 / 当期純利益5,454億円138億円2.5%
2018/3連結 売上高 / 当期純利益6,057億円166億円2.7%
2019/3連結 売上高 / 当期純利益6,531億円171億円2.6%
2020/3連結 売上高 / 当期純利益6,837億円277億円4.0%
2021/3連結 売上高 / 当期純利益6,807億円285億円4.1%
2022/3連結 売上高 / 当期純利益7,469億円281億円3.7%
2023/3連結 売上高 / 当期純利益8,460億円204億円2.4%
2024/3連結 売上高 / 当期純利益9,007億円330億円3.6%
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1909
4

井上貞治郎氏が起業を決意

レンゴー創業者・井上貞治郎氏について

レンゴーの創業者は井上貞治郎氏(明治14年生まれ)である。姫路の農家に生まれ育ったが、丁稚奉公を通じて生家を後にして職を得た。ただし、特定の専門職を極めるのではなく、商家・中華料理屋・石炭屋を転々とするなど、生活基盤は安定しなかった。一時的に石炭屋では収入を得て「遊ぶ金」も工面できたというが長続きはせず、10代から20代にかけて職を転々とした。

井上貞治郎氏は職業が安定しない中で、20代前半で「お雪」と結婚。それでも職が安定せず、貧しい生活を送った。貧乏生活から脱却するため「お雪」を実家に帰し、一切のツテがない中、単身で中国大陸(満州)に渡ることを決意。4年間にわたり中国大陸で雑用を請け負うことで日銭を得たが、この間、病気がち(結核)であった「お雪」は日本で亡くなってしまった。

中国大陸でも雑用が中心であり、うだつが上がらなかった。宿賃が払えずに、オーストラリアで真珠貝の採集(10人中3人が亡くなると言われた)に従事する寸前に至った。幸運にも、中国から日本に帰国する際も、無一文であったため、偶然宿の隣部屋にいた阪大佐太郎氏(偽名)が若い日本人の女性(一説には日清紡の女工)を人身売買する場面を目撃し、その弱みを握って脅し、船の運賃を確保した。なお、井上貞治郎は「大阪に帰れば家も金もある」と嘘を言い、借りた金を踏み倒すつもりで悪党と共に日本への帰途についた。

このため、井上貞治郎氏は、青年期において、蓄財に失敗し、さらには家族を失うなど、思い通りにいかない「波瀾万丈の人生」を歩んだ。井上貞治郎氏がレンゴーの創業者として著名な存在になった戦後、同氏の人生の歩みがテレビドラマ化(作品名『流転』)され、高視聴率を記録した。

段ボール製造で起業を決意

流浪していた井上貞治郎氏にとって転機になったのが、1910年4月の日本帰国であった。悪党・阪大佐太郎から手渡された手切金としての10銭を握り、井上貞治郎氏は桜の咲き誇る上野公園にて起業を決断する。このエピソードから、レンゴーの創立記念日は「井上貞治郎氏が起業を決意した日」とされ、1910年4月と定義されている。

事業内容については「メリケン粉(パン屋)と紙屋」の2つで迷った末に、紙で起業することを決意。そして、偶然東京で目にした「ボール紙をシワ寄せした電球梱包紙」に関心を抱き、段ボールとして売り出すことを決めた。

証言

わたしは足かけ4年、あてもなく放浪し続けた大陸をあとに、博多丸の特別3等船室におさまって、いよいよ内地への帰途についたのであった。法網をくぐって生きている悪党の情に縋って、内地へ帰る私の心の中は、反省と悔恨に満たされ、今更ながら「金無くして人生なし」という私なりの人生哲学を強いられるようになったのである。

それにしても、鮮・満・中、長年にわたる私の流浪生活は、思えば、すべて恥ずかしいことの連続だった。無謀というより、無茶苦茶であった。危ない橋渡りばかりで、我ながら慄然とする。おまけに、この異郷の生活で得たものは何一つなく、ただいたずらに歳をとったというにすぎない。今こうして尾羽打ち枯らして日本へ帰っていくというのも、実を申せば自分の金、自分の力ではない。相手が悪党と知りつつ、その不純の金を借りての帰国なのだ。情けないなんとも言いようがないではないか。金がなければこそ、婦女誘拐の男をも、恩人としなければならないのである。

「ああ、金が欲しい。それも不浄な金でなく、真面目に儲けた美しい金が欲しい・・・」

金がなくては、人間一匹、どうすることもできぬ。金を離れて人生なしと、船の上での思いはいつもそこへ落ち着いた。


井上貞治郎氏が起業を決意に関する出来事年表
19104月
井上貞治郎氏が起業を決意
19104月
三成社を創業
1909
4

三成社を創業・国産初の段ボール製造

1910年に梱包材の製造機械を改造し、井上貞治郎氏はこの梱包材を「段ボール」と名付けて売り出した。このため、レンゴーは日本国内における「段ボール」の創始者とされるが、ボール紙にシワをつけた紙はドイツ製の製品が国内に出回っていたのが先である。

井上貞治郎氏が会社を立ち上げたのは、1910年8月に発足した「三盛社」であった。共同設立の形態をとり、段ボール製造機械を用いて電球やタバコの梱包材の生産を開始。ただし立ち上げ直後は経営が軌道に乗らず、赤字続きであったため共同設立者が離れ、最後は井上貞治郎氏だけが残された。それでも事業を継続し、島田洋紙店から借金をして大量生産のためにドイツから製造機械を輸入。これにより量産を実現し、段ボールの事業を軌道に乗せた。

段ボールの国産化

東芝向け輸出電球の梱包に活用

段ボールの製造における転機は、大正時代に勃発した第一次世界大戦による好景気であった。このうち特に重要であったのが、東京電気(現・東芝)からの受注であった。

1914年頃から東京電気はウラジオストック経由で電球の海外輸出を本格化し、井上貞治郎氏は梱包用の材料として段ボール(包み紙)を受注した。この経緯により、東京電気としては電球輸出のための段ボールが必需品となり、同社が段ボールメーカーに接近する布石となった。

1920
5社合併により聯合紙器株式会社を設立
1923
7

日本製紙(大阪市西淀川本社)を吸収合併

競合の出現を防止するために、日本製紙(現・日本製紙とは無関係の会社)を合併。同社の工場を「千船工場(西淀川区佃7-1-60)」として稼働

1930
12

大阪工場を新設(淀川工場)

一貫生産体制へ

大阪工場を新設(淀川工場)に関する出来事年表
193012月
大阪工場を新設(加工工場)
19364月
大阪工場で原紙からの一貫生産を開始
201712月
淀川工場における生産を終了
1936
東京電気(現・東芝)との資本提携
1937
東京工場を新設
1948
名古屋工場を新設
1949
5

大阪証券取引所に株式上場

戦後の株式市場の再開に合わせて上場

大阪証券取引所に株式上場に関する出来事年表
19495月
大阪証券取引所に株式上場(第1部)
19505月
東京証券取引所に株式上場(第1部)
1961
利根川製紙工場を新設
1962
7

地方工場の新設を積極化

1962/3期(単体)売上高 158億円当期純利益 4億円

古紙回収で全国をカバーするために、地方工場の新設を積極化

1962/3期(単体)売上高 158億円当期純利益 4億円
地方工場の新設を積極化に関する出来事年表
19624月
鳥栖工場を新設
19687月
岡山工場を新設
19704月
郡山工場を新設
19719月
青森工場を新設(函館工場の閉鎖)
19719月
湘南工場を新設
197210月
豊橋工場を新設
19805月
小山工場を新設
1963
創業者の井上貞治郎氏が逝去・労働争議が激化へ
1968
1

三カ年計画を策定

1968/3期(単体)売上高 318億円当期純利益 5億円

労働争議を鎮静化するために、1968年に山野社長は経営を正常化するために「3ヵ年計画」を策定。職工・工員制度の廃止や、新入社員合宿教育・完全月給制など、レンゴーの組織改革を実施

1968/3期(単体)売上高 318億円当期純利益 5億円
三カ年計画を策定に関する出来事年表
19711月
ストライキにより小倉工場で約1ヶ月休業
1972
商号を「レンゴー株式会社」に変更
1975
1

不況対策第8項目を発表・半期赤字に転落

1975/3期(単体)売上高 1,076億円当期純利益 11億円

オイルショックにより段ボール業界(原紙)において、供給過剰が発生。業界内では協調的な設備廃棄が進行し、レンゴーも原紙生産の縮小や、業界内の不況カルテルへの参加を決定した。

1975/3期(単体)売上高 1,076億円当期純利益 11億円
不況対策第8項目を発表・半期赤字に転落に関する出来事年表
19751月
不況対策第8項目を発表
19779月
段ボール原紙の不況カルテルに参加
19798月
利根川製紙工場で第3号機を破棄(構造改善)
198411月
製紙原価委員会を発足
1975
新京都工場を新設
1985
千葉工場を新設
1990
8

マレーシア合弁事業に資本参加

海外進出を本格化

マレーシア合弁事業に資本参加に関する出来事年表
198711月
海外要員育成制度発足
1990
軟包装営業部を新設
1991
福井化学工業を合併(金津工場・武生工場)
1993
三田工場を新設(大阪工場を移転)
1993
旧仙台工場跡地にショッピングセンターを着工
1994
新潟段ボール・旭川レンゴーを合併
1998
朋和産業を子会社・軟包装事業に進出
1999
セッツ(旧摂津板紙)を合併
2000

住友商事元副社長・大坪清氏が社長就任

2000/3期(連結)売上高 3,544億円当期純利益 60億円

摂津板紙(セッツ)とレンゴーの合併に際して、調整役として奔走した大坪氏がレンゴーの社長に就任。レンゴーの創業家である長谷川薫氏による要請であり、レンゴーとしては住友商事という社外から社長を迎え入れる代表異動となった。

2000/3期(連結)売上高 3,544億円当期純利益 60億円
2000
丸三製紙を子会社化
2005
8

葛飾工場と京都工場のリニューアル(投資額60億円)

2005/3期(連結)売上高 3,911億円当期純利益 109億円

https://www.rengo.co.jp/news/2005/20050518.html

2005/3期(連結)売上高 3,911億円当期純利益 109億円
2005
4

大和紙器の神奈川工場跡地を譲渡

2005/3期(連結)売上高 3,911億円当期純利益 109億円

住友商事及び住友不動産に対して、子会社である大和紙器の神奈川工場の跡地を売却。譲渡価格は59億円であり、レンゴーは特別利益として固定資産売却益55億円を計上した。跡地は住友不動産による分譲マンション「パークスクエア湘南茅ヶ崎(2008年竣工)」として再開発された

2005/3期(連結)売上高 3,911億円当期純利益 109億円
2006
11

日本製紙・住友商事・レンゴーの3社で戦略提携を締結(のちに解消)

2006/3期(連結)売上高 4,021億円当期純利益 130億円

2006年11月にレンゴー・日本製紙・住友商事の3社は「戦略提携の締結」を発表。3社間で株式を持ち合うことで連携を強化しつつ、レンゴーと日本製紙は将来の経営統合の可能性を模索するために提携を決定した。

背景は、製紙業界におけるTOBを通じた再編可能性が浮上したことにある。2006年7月に業界トップ企業の王子製紙が、北越製紙へのTOBを宣言するなど、買収を通じた再編可能性が高まりつつあった。このため、レンゴーと日本製紙の戦略的提携は、これらの買収に対する防衛策という側面も存在した。2008年には一部報道で「レンゴーと日本製紙の経営統合」が報じられるなど、再編の動きに注目が集まった。

ところが、レンゴーと日本製紙における連携は思うように進まず、リーマンショックによる景気悪化もあり、2009年に提携解消を決定した。これにより、レンゴーは単独企業として段ボール市場の飽和に向き合う形となった。

2006/3期(連結)売上高 4,021億円当期純利益 130億円
日本製紙・住友商事・レンゴーの3社で戦略提携を締結(のちに解消)に関する出来事年表
20067月
王子製紙が北越製紙にTOB(失敗)
200611月
日本製紙・住友商事・レンゴーの3社で戦略提携を締結
20085月
日本製紙との経営統合を否定(リーク報道)
20093月
日本製紙との戦略提携を解消
2008
新京都事業所を発足(段ボール・紙器一体型工場)
2010
3

子会社のハマダ印刷機械を解散

2010/3期(連結)売上高 4,573億円当期純利益 169億円

2002年に買収した完全子会社・ハマダ印刷機械の業績悪化により同社の解散を決定。2010年3月期に事業整理損失として29億円(単体ベースでは49億円の損失)を特別損失として計上

2010/3期(連結)売上高 4,573億円当期純利益 169億円
2010
3

川崎工場跡地を売却・売却益65億円

2010/3期(連結)売上高 4,573億円当期純利益 169億円

川崎工場の跡地(2007年10月閉鎖)をオリックス不動産に売却。レンゴーは固定資産売却益65億円を計上。ハマダ印刷機械の損失を補填する形となり、FY2009の当期純利益は78億円に着地した。

なお、川崎工場の跡地は商業施設「EARTHクロスガーデン川崎店」として再開発された

2010/3期(連結)売上高 4,573億円当期純利益 169億円
2010
福島矢吹工場を新設(115億円)
2011
4

板紙・段ボールを値上げ(+10%)

2011/3期(連結)売上高 4,748億円当期純利益 102億円

リーマンショックからの景気回復を受けて、基準価格を値上げ改定

2011/3期(連結)売上高 4,748億円当期純利益 102億円
板紙・段ボールを値上げ(+10%)に関する出来事年表
20094月
板紙・段ボールを値下げ
20114月
板紙・段ボールを値上げ(+10%)
20176月
原紙・段ボールを値上げ(+10円/kg)
2012
新仙台工場を新設(投資額100億円)
2012
6

独占禁止法に違反・公正取引委員会が立ち入り検査

2012/3期(連結)売上高 4,926億円当期純利益 71億円

段ボールおよび原紙について、公正取引委員会がレンゴーを「独占禁止法」の疑いで立ち入り調査を実施。この結果、違反が認められたことから、レンゴーは約60億円の課徴金の支払い義務を負った。これを受けて、特別損失として59億円を計上へ

2012/3期(連結)売上高 4,926億円当期純利益 71億円
独占禁止法に違反・公正取引委員会が立ち入り検査に関する出来事年表
20126月
公正取引委員会が立ち入り検査
20146月
課徴金支払いで特別損失を計上
課徴金引当金繰入額59億円
2013
7

中国の子会社持分を譲渡(赤字につき事業縮小へ)

2013/3期(連結)売上高 5,026億円当期純利益 129億円

中国では段ボールの需要が急増したが、現地企業が優勢となり、レンゴーは苦戦。2013年7月に現地合弁会社の株式を一部売却し、中国事業を縮小

2013/3期(連結)売上高 5,026億円当期純利益 129億円
中国の子会社持分を譲渡(赤字につき事業縮小へ)に関する出来事年表
20105月
中国現地法人の出資比率を引き上げ
20137月
中国の子会社持分を譲渡(赤字につき事業縮小へ)
2014
1

新名古屋工場を新設・旧名古屋工場跡地を売却

2014/3期(連結)売上高 5,231億円当期純利益 37億円

名古屋市東区砂田橋4-1-52に存在した名古屋工場の跡地を住友不動産に売却。簿価2億円に対して、譲渡価格は96億円となり、売却益として90億円を計上

2014/3期(連結)売上高 5,231億円当期純利益 37億円
新名古屋工場を新設・旧名古屋工場跡地を売却に関する出来事年表
20141月
新名古屋工場を新設
投資額150億円
20149月
旧名古屋工場跡地を売却
固定資産売却益90億円
2016
10

トライウォールを買収・重包装事業でグローバル展開へ

2016/3期(連結)売上高 5,325億円当期純利益 98億円

レンゴーは2009年に日本マタイを子会社化し、重包装事業に進出していた。その後、重包装事業における海外展開を本格化するために、2016年10月に香港企業「トライウォール」を買収。同社の買収価格は244億円であり、レンゴーとしては最大規模の買収となった。

2016年には欧州(ドイツ)における事業展開を強化するために、現地企業2社を合計323億円で取得。トライウォールを通じて経営することにより、レンゴーは同社を通じた重包装事業の海外展開を推進した。

2016/3期(連結)売上高 5,325億円当期純利益 98億円
トライウォールを買収・重包装事業でグローバル展開へに関する出来事年表
20095月
日本マタイを子会社化・重包装事業に進出
201610月
トライウォールを買収
買収価格244億円
20194月
独トライコー社と独グッドマン社を買収
買収価格323億円
2017
12

原紙生産体制を再編・淀川工場での生産終了

2017/3期(連結)売上高 5,454億円当期純利益 138億円

1930年に稼働したレンゴーの主力工場であった淀川工場において、原紙生産を終了。

2017/3期(連結)売上高 5,454億円当期純利益 138億円
原紙生産体制を再編・淀川工場での生産終了に関する出来事年表
20218月
淀川物流センターを新設(旧淀川工場跡地)
2019
買収防衛策を廃止決議
2024
愛媛東温工場を新設(投資額140億円)
2024
子会社アームエル東セロを発足
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